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とおってもご無沙汰致しました。日記はたまに書いていたのですよ。アップしそびれていただけで。というわけで3/15分から纏めてアップしてみました(笑)ここの処、家には寝に帰るだけ状態な日が多かったので。でもって睡眠不足で眠くてPCに向かう気力も無く。まあ好きな事やってそんな状態なので文句は無いのですが。さて、明日は何とか空けられたので、美容院に行きたいなと。
2004年04月23日
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突然何かが食べたくなる事って、ありませんか。好きだけれど、久しく食べていないものだったり、かつて一度食べただけだけれど、忘れ難く記憶しているもの。Deep fried potato skin確かそんな名前。何だか正確な記憶も無いのだけれど、食べた時の情景や、美味しかったという思いだけはちゃんと覚えている。美味しかったという記憶が連れてくる、懐かしい情景、懐かしい人々。その懐かしさが、益々美味しかったという記憶を強化する。何て事は無い、ご馳走でも何でもないものだけれど、愉しかった時を呼び起こしてくれる美味の記憶。Deep fried potato skinその名の通り、じゃがいもの皮を揚げたもの。そう聞いただけじゃ美味しそうでも何でもない。じゃがいもの皮なんて、普段は捨てているものだもの。日本ではせいぜい食べるのは新じゃがの季節くらい?そう、食べたのはロンドンのピカデリーサーカス近くにあったパブ。前にも書いた事があると思うけれど。残念ながら過去形。今も同じ場所にパブはあるけれど、もう同じパブではない。同じメニューも無い。ロンドンではよく行くパブの一つだった。ちょっと薄暗い、広い店内。どす黒さと蛍光色が交じり合ったような、赤だの青だのといったカーペットやチェアカバーの色は、ここでは当たり前の自然な色だった。所謂ボックス席のようなテーブル席が、かなり余裕のある間隔で並んでいた。いつも陣取るのは壁際の一角。ロンドンのパブにしてはフードメニューが結構あった。殆ど揚げ物だったけれど。そんな中のお気に入りが、Deep fried potato skin。他にもFried mushroomなんかも好きだった。厚く剥いたじゃがいもの皮に衣をつけて揚げたものに、サワークリームとサルサソースをつけて食べる。胸焼けしそうにべたべたの油なのに、もう換えたらと思えるような揚げ油の匂いなのに、それでも美味しいと思ったのは、普段ろくなものを食べていなかったロンドン生活のせい?と思わなくもないけれど。でも本当に美味しかった。今はもう遠く離れ離れになった友人達と、午後の一時を過ごした記憶。こんなものばかり食べているせいで太ったと嘆くとてもチャーミングな友人の、トレーナーに隠れたジーパンのボタンは外れたままだった。そういえば私もあの頃は太ったっけ。それに気づいてチョコレートバーを食べるのを止めたんだわ。チョコレートバーなんて日本では食べていなかったのに、ロンドンでは種類が多い事もあったけれど、他に美味しいものが少なかったから…。ああ、そうだ。ソルト・アンド・ビネガー・フレーバーのクリスプスが食べたい。シュリンプス・フレーバーも好きだったわ。サンドイッチとクリスプスの小袋、またはチョコレートバー。そんなランチを毎日摂っていたら太るわよね。それを止めて私のランチに登場したのはセロリだった。日本と違ってロンドンではセロリは安い。ぱりぱりセロリを一本そのまま齧っている私に、目を剥いていた友人達。あとはフルーツ。りんごのお目見え回数はかなりのもの。これも種類が豊富。ビターかサワーかスウィートか。そして日本のりんごと違って小振りなので一人で食べ切れる。懐かしい味、懐かしい場所、懐かしい時間。あの場所はもう無いし、あの時の友人達と再び集まる事も無いだろうけれど、あの味だったら自分で再現できる。むしろ私が作った方が美味しいとは思うけれど、記憶の美味を上回る美味の記憶を作る事はできないだろうな。でも問題が一つ。どのじゃがいもを使ったらいいのかしら?
2004年04月22日
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飛鳥の旅が中断したままでこの先書くのか解らないので、旅の最後にあった忘れ難い思い出を綴ってみようと思います。最終日、時間の赦す限り行きたい場所を廻り、とても美味しい昼食を摂りました。蕨もちが美味しくて、お土産に購入。飛鳥の旅で口にしたものは、総て美味でした。亀石にお別れを告げ、後はもう帰るだけ。荷物は既に駅に運んであるので、散策を愉しみながらゆっくりと飛鳥駅までの道程を歩きました。竹薮脇の道を歩いていくと、竹薮とは反対側の道の際に少し張り出した場所があり、車が止まっています。いえ、正確にはそこから出ようとしていたのですが、前日の雨の為舗装されていないその場所はぬかるんでいて、僅かに傾斜もある事から抜け出せずにもがいていました。男性一人がアクセルを踏み、もう一人の男性が後ろから押しているのですが、どうにもならない様子。男性二人でどうにもならない事に私達が加わっても変わらないかなと思いながらも、取り敢えず手伝いを申し出てみました。「運転できる?」そう訊ねられて、思わず運転席を覗き込んだ私。マニュアルで免許を取ったものの、オートマに乗るようになり、また現在は殆ど運転しなくなった事から、マニュアル車を動かす事に全く自信が無かったのです。幸いな事にオートマ車でした。という訳で私がアクセルを踏み、男性二人とmeemeeさんが後ろから押す事になりました。そして見事車はぬかるみから脱出する事に成功。私が押してもきっとものの役に立たなかったでしょう。なりかけペーパードライバーでも役に立てて良かったです。「これ持っていって」そう言って差し出されたのは、採れたての筍でした。彼らはそこの竹薮に筍掘りに来た帰りだったのです。私とmeemeeさんに二つづつの筍。美味しそうでとても嬉しかったのですが、それと同時に重たいだろうなあとも。特にmeemeeさんは一人だからこんなに沢山いらないと言ったのですが、遠慮していると思ったのか持っていって持っていってと差し出され、断り切れずに戴く事になりました。もっと持っていく?と言われ、もう充分過ぎますと慌てた私達。重いけれどもこんなに沢山の、しかも新鮮な筍を食べる機会など滅多にありません。帰ってからの愉しみができた事に、足取りは軽やかでした。meemeeさんにもう一つ持っていかない?と言われましたが、流石に三つも担いでは…滑車付きの旅行鞄で来れば良かったけれどね。乗り換えの京都駅で、夕食を買い込む為に駅と直結しているデパートの地下売り場へ。そこで売られている筍の値段を見て、重たいけれど貰ってきて良かったとにやにや。そして持ち帰った筍の美味しかった事!後にも先にも、あんなに美味しい筍を食べた事がありません。ああ、忘れられない味覚です。次に飛鳥に行くのも、やっぱり筍の季節に限るかしら。
2004年04月21日
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お酒。ここで言うお酒は酒類全般の事ですが、私はワインも日本酒もビールも好き。勿論何でも良いという訳ではなく、「美味しい」という形容詞付きのものに限りますが。本格焼酎にも興味が出て、近頃は奄美の黒糖焼酎の出番が多かったりします。「お酒は二十歳を過ぎてから」という事で(ま、建前上)、私の酒歴は大した事も無いですが(首を傾げないように)、それでもそれなりに遍歴というものがあったりします。最初にお酒に興味を覚えたのはカクテルでした。というのも時はカクテルブーム(ん?この頃二十歳は過ぎていないなあ…笑)。ピーチツリーフィズなんかが持て囃されていた頃です。学生だった私は、当時バブル期においての高級レストラン(多くの人が当然のように湯水の如くお金を使っていたので、値段だけは高級な店は当時沢山ありました)でアルバイトをしていて、バーカウンターは当初男性アルバイトだけが担当できたのですが、興味を持った私は自分でシェーカーやら何やらを揃え、本を読み、家でカクテルを作って愉しみ、終いにはバーカウンター担当に捩じ入りました。そうそう、カクテルの本を読んでいて、ギムレットの頁でレイモンド・チャンドラーを知り、嵌ったのもその頃の事。『長いお別れ(Long Good Bye)』のあの有名な台詞です。現在の私から見れば、ホールスタッフの殆どが学生アルバイトという店は、高級には程遠く思えますが、それでもマニュアル通りとはいえ、置いているワインの名前と特徴、勧め方などを覚えさせられたので、ワインにも興味を持つようになりました。そう、当時はワインブームでもあったのです。とはいえ今程の情報も無く、高ければ、珍しければ、というバブル期ならではの風潮の中での事でしたが。解禁時にボジョレ・ヌーヴォやクリスマスにはシャンパンを、競って注文を取った覚えがあります。ドイツワインが嫌いだったのは、この頃日本に多く輸入されていたもののせい。私は本来甘口が嫌いなのですが、シュペトレーゼやアウスレーゼクラスのものは大好きです(ものによってはカビネッットも)。アイスワイン、貴腐ワインはまた別格。ですが当時、よく見かけたドイツワインは、私には到底飲める代物ではありませんでした。なので暫くドイツワインを誤解していました。アルバイトをしていたその店に置いてあった一番高いワインはシャトー・マルゴーでした。これを頼む客は大抵決まっています。3、4人の若い女性を引き連れた男性客。4人で来て4本のシャトー・マルゴーを開け、がぶがぶと呂律も足許も怪しくなる程に飲みます。そして飲み切れずに最後の一本は半分くらい残していくのですが、これがホールスタッフの密かな愉しみでした。学生ですから自分で買うとしても安ワインしか買えません。ワインと言ってもこんなにも違うものかと思いながら、味わう事もせずにただ高いワインだからといって飲む客に、何ともいえない気持ちになりました。学生同士で飲みに行くとなれば、やはり飲むものは安いウィスキーや、焼酎でした。その頃は飲んで騒げれば良かったので、飲んではいましたが、やはりこの頃の記憶からウィスキーや焼酎を美味しいものとは思っていませんでした。ビールも飲んではいましたが、どうしても安い方に流れるので生ではなく瓶になるので、美味しいと思って飲んでいた記憶は無いです(夏は別ですが)。日本酒もたまに飲みましたが、大抵の居酒屋では置いている日本酒は一種類で、これまた美味しいとは思っていませんでした。そんな訳で、本当にお酒を愉しむようになったのは、ある程度好きなものにお金がかけられるようになったつい最近の事です。また美味しいものが多く出回り、手に入り易くなり選択肢も増えました。ビールが好きになったのは上面発酵ビールを知ってから。実はドイツに旅してからの事でした。フランクフルトの空港でミュンヘン行きを待つ間飲んだビールのあまりの美味しさに開眼し、ミュンヘンの白ビールに酔いしれたのです。イギリス滞在の頃はと言えば、貧乏留学生だったのでパブでお喋りをする間、半パイントをちびちび飲むくらいで、まだビールに本当には目覚めてはいませんでした。パブでビールを注文する時は、ラガーかビターかスタウトか指定するのよと言われて、よく解っていなかったくらいです。解らなければビアって言えば適当に出てくるわよと言われ、その通りにしていました。ギネスジャンキーの今となってみれば、勿体無い!と叫ばずにはいられません。ワインを本当の意味で愉しむようになったのは、フランスワイン(の一部)に手が届くようになってから。最初はチリやアルゼンチンのワインばかりを飲んでいました。それがいけないとは言いませんが、それだけでは知り得ない世界があるという事でしょうか。日本酒が好きになったのは、地酒が出回りだしてから。もうちょっと正確に言うと『鳥小屋』(よく行く地元のお店)に偶然足を踏み入れてからでしょうか。近頃ますます品揃えが素晴らしくなってしまって、嬉しいやら恐ろしいやら。そして本格焼酎。今まで敬遠していた焼酎ですが、本格焼酎はそれとは別物なのだと近頃気づいてしまいました。困った事ですね。各種蒸留酒やらその他諸々。世の中には魅力的なものが一杯ありますが、休肝日は絶対必要だと思うのですよ。だから旅をしたらその地のものを飲む。それ以外はもうこれ以上手を広げるのは止めなくてはねぇと思うこの頃です。
2004年04月15日
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だいぶご無沙汰してしまいました。そろそろ冬眠から醒めないと。桜も咲いた事ですし。先週末にはもう咲いているだろうと、いつもの地元メンバーでお花見の計画を立てたのですが、ちょっと読みが外れて花(ソメイヨシノ)の少ないお花見になってしまいました。木蓮ももうだいぶ散ってしまっていたし、ミモザ(フサアカシア)も盛りを過ぎていましたし。あ、ヤマザクラは綺麗でした。まあ、お外で宴会できればそれで良かったので、何の問題も無かったですが。桜の時期に宴会というと結構寒かったりするのですが、先週の日曜はとても天気が良くて暖かな日でしたしね。お昼から山の上の公園で、食べ物飲み物持ち寄って、夕方まで延々飲んで食べて愉しんでおりました。今の時期、野外で飲食するのは本当に気持ち良いですね。さて、一月末の旅日記は特にこれといった事もなく、書いていてつまらないので(笑)、あと一回だったのですがまあ気が向いたらという事にして、そろそろ次の旅の事でも考えながらのんびり書いていこうかなと思っております。
2004年04月02日
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