2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全6件 (6件中 1-6件目)
1
日記にも書きましたが検診時に子宮内にポリープが発見され、子宮体がん検診を受けることになり、第一段階の細胞検査で 「 異常なし 」 の結果をもらうまでの1週間は本当に長く感じられましたこの期間、いろんなことを考えました。命について真剣に見つめた日々でもありました。私は持病があるので病院との縁は深く(嫌だけどね)、医者とのつきあいも何十年にも及ぶので、診察時のDrの話しぶりで結構今の自分がおかれている状態(心配しないといけない体調なのかそれほどでもないのか)がわかります。こんなこと自慢にならないけど(笑)ポリープが発見されたときのDrの説明は、あきらかに「これはちょっと心配かも」って顔でしたポリープがたくさんあって、それが普通の形状とは違うことにひっかかってるみたいでした。・・・だからソウハ手術も強く勧められたのだと思います。なので、病院から帰った私は、とってもとっても不安になって、それこそ悪い方へ悪い方へと考えてしまいます。体調がすごく悪かったあの頃(脱力感、倦怠感がひどかった)すでに悪かったのではないかとか、生理痛がいつもひどいのもそのせいなのではないかとかそして、一番悩んだのは母親になんて言おう・・・ということ。尋常ではない心配性の母に、とてもじゃないけど言えな~いもしも悪性だとしたら、この母親への告知が一番大変なことになるのは間違いないと思いました。どんどん不安が広がる私は、ひたすらサイトめぐり。時間があると常にパソコンに向かい「子宮体がん」について調べまくっていました。その内容に一喜一憂したりして、自分がこんなに弱かったことを自覚したり。でもそんな中、がん患者の方々のブログを読んで、みなさんの前向きな姿勢、絶対負けないという強い気持ちに触れることによって、私自身もすごく勇気づけられたのです。不運にもがんになってしまったけれど、それによって家族や周囲の人たちの温かさを知り、がんになったことは決して不幸なことではない、がんという病気から教えてもらったことがたくさんあるとみなさんおっしゃいます。すごいなぁ・・・自分の身の上におこったつらい体験を、こんな風に受け止めて前へ前へと進んでいく強さ。そんな方々にいろんなこと教わりました。この長かった1週間も私にとって貴重な時間だった気がします。 「 毎日を大切に生きる 」あたりまえのことを気付かせてもらいました。ありがとう。
2009年08月31日
コメント(22)
どうもご心配をおかけしました。今日1週間前の検査結果を聞きにいったところ、「クラス2」つまり異常なしでした。とはいえ、多発性ポリープがごろごろとあることには変わりなく、ソウハ手術後の組織検査で異常なしと言われてはじめて安心できるのだけれど、悪性の場合は今回の組織検査でわかるはずなので、まず心配はいらないとのことでした。そして、手術は生理の終わる頃が一番いいので、次の生理が始まった時点で手術日の予約を入れることになりました。これだってビビリの私には相当怖いんだけど、かなりの確立で 「 がんではない 」ことがわかっただけで気持ちは楽です。とにかく第一関門は無事通過・・・みなさんには、たくさんご心配と励ましのメールをいただき、本当にありがとうございました。おかげさまで、不安定な気持ちの長い1週間をなんとか元気に過ごせました。心よりお礼申し上げます。とりあえず今日のご報告でした!
2009年08月29日
コメント(26)
「がんかもしれない・・・」昨日からこの言葉が頭の中をぐるぐる、ぐるぐる2年に1度の子宮がん検診を受けたのが1ヶ月前。(市の婦人科検診は2年に1度なんです)その時に内診したら子宮筋腫がいくつか見つかりました大きくなったりすると心配なので、1ヵ月後もう1度診察しにきて・・・とDrに言われていたので病院に行ったのが昨日。その間にがん検診の結果が自宅に郵送され、「 異常なし 」になっていたので何の心配もせず診察を受けたのです。 「筋腫は小さいままなのでこのまま様子見ればいいですね」 と言いながら診察をしていたDrが「 うん? 」手が止まり、 「ちょっと子宮の中に水を入れて詳しく検査していい?」 いい?と聞かれて嫌とも言えず、 「お願いします」と・・・ 「ちょっと痛いけどすぐ終わるし」って言うので一瞬なのかなぁと思ったら、 これが結構長く感じて 水を入れて膨れた子宮を映し出したモニターには、 素人目にもはっきりいくつものポリープが見てとれます。 子宮の壁がぼこぼこになってる 「子宮体がんの検査しますね」・・・これがまた痛いっ やっと検査から開放され、Drにお話を伺うため診察室へ入ると、 難しい顔したDrがモニターに映っていた写真を見ながら説明してくれます。 普通はつるっときれいな形をしていなければならない子宮が、 多発したポリープのため凸凹になっているから、 このまま放置はできないこと。 これを見ただけでは悪性か良性か判断できないので、 結果が出る1週間後にどんな処置をするか相談すること。 良性だとしても、ソウハ手術をしなければならないけれど、 そのときは部分麻酔と点滴の麻酔のどちらか選べること。 説明を受けたあと、ビビリの私は 「悪性の可能性高いですか?」と聞くと 「う~ん、なんともいえないなぁ・・・。」難しい顔のまま とにかく1週間後、はっきりしてからということになりました。悶々とした1週間となりそうです毎回受けていたがん検診は「子宮頸がん」なので、今回のように子宮の中に異常があってもわかりません。子宮体がんの検診は、何か症状が出てからやることが多いそうです。受診者の体の負担もかなり違います。でも家に帰って、冷静になって考えると1ヶ月前の検診の時も内診したのに、その時なぜ子宮の異常に気付いてもらえなかったんだろう、と思いました。わかりにくいものなのか・・・だとしたら、今回わかってラッキーだったのかも。 「がんかもしれない」そう思ったとき、一番に思ったのは心配性の母が知ったら私より先に倒れてしまうだろうなということ。もちろんはっきりしてからじゃないと言うつもりないけど、良性ポリープだったとしてもすごい心配かけちゃうだろな・・・話さなければならないときのことを考えると、今からゆううつあとは仕事のこと。実は9月から友人先生が足の外科手術のため入院されるので、私のレッスンのない月曜だけ2ヶ月間代講レッスンすることになっています。私も手術なんてことになったらシャレにならないよぉ 命には限りがあります。そんなことは誰でも知っています。でも、自分の【 限り 】はまだまだ先のことと思い込んでしまいます。私は持病があるので長生きすることはかなわないだろうと思いながら、今すぐどうこうということはないだろうって過ごしてました。それが、「あなたはがんです」と言われたら、嫌でもその【 限り 】を意識することになるでしょう。もちろん今の医学では がん=死 ではないけれど、今までの気持ちとはあきらかに変わるでしょう。私に受け止めることできるかなぁ・・・余命1ヶ月の花嫁の長島千恵さんがおっしゃってた「明日が来るのは奇跡です」という言葉を思い出しました。いつもなにげなく過ぎていく日々だけど、明日を迎えることができるって幸せなことなんだって思います。そんなことを病院から帰っていろいろと考えてブルーになってたけど、とにかく結果が出ないことにはどうすることもできないし、1週間後結果を聞いてからまた考えればいいや、と今は思ってます。今さらジタバタしたところでどうにもならないし。悪性だったら、その時はその時。 長い1週間になりそうです・・・
2009年08月23日
コメント(28)
やってもぉた~っまたしても、ほとんど書き上げていたものをすべて消してしまいました何度同じ失敗をすればいいんでしょうか・・・なぜにこのキーを押しちゃうの、あたしもう脱力感いっぱいなのですが、気をとりなおしてもう1度チャレンジします 15日は2年前に亡くなった義祖父の3回忌でした。(享年95歳)この2年、毎日のように聞こえていた怒声はなくなり、気難しい義祖父のご機嫌を伺うこともしなくてよくなり、犬猿の仲だった義父(婿養子)は穏やかになり、あの頃には想像できないほど 「平和」 なわが家となりました義祖父が健在のころは、この辛い毎日がどれだけ続くのだろう・・・と、苦しくなるときもあったけど、今から思えばあの日々が私を強くしてくれて(なりすぎ?)、少しは成長したのではないかと思います。それに義祖父が 「悪役」 になってくれたから、他の家族の結束は固まり、義母や夫の優しさに気付くことができたのだと思えるようにもなりました。だから今回は心から義祖父の冥福を祈ることができました。 法事にあわせて、先週月曜に一旦帰っていた息子も再び帰省義弟家族も集合し、あたりまえのようにお泊りでも以前よりあまり抵抗なく迎えることができるようになりました。慣れたのもあるけど、自分が義母の立場に近くなったというか(孫ができたけじゃないけど)、気持ちがわかるようになって、1年に2回しか集まれないんだから一晩くらい泊まってほしいって思うのは当然だなぁ・・・ってね。もう中学生の孫たちが嫌がらず泊まることも不思議なんだけど(笑)そのかわり、この義弟家族の帰省を全身で否定しているのが一人・・・いえ一匹ルルです(汗)普段人懐っこくて、友人が遊びに来ると自分から寄っていくほどのルルですが、団体で来られると苦手みたいみんながやってくると、脱兎のごとく2階に駆け上がり私たちの寝室にひきこもり状態。トイレもせずごはんも食べず、ずぅぅぅ~っと下りてきません何度か様子を見に行くと、ひたすら毛づくろいをしています。もうこれでもかってくらい・・・かなりのストレスを感じてるみたい義弟たちとの宴会が終わり(これはとっても楽しい~)、うるさかった子どもたちも(ほんと精神的に幼いのよね、娘も含め)寝静まった午前1:00ごろ、私もやっとシャワーができてほっと一息ついたころ・・・ルルの足音が聞こえてきました静かになったので、ごはんを食べにきたみたい食いしん坊ルルは一食も抜けないんだね、きっと(笑)トイレにも入りスッキリ心なしか長い時間トイレにいました。我慢してたのかな~心配してたのでほっとしたけれど、このあと夜中も落ち着かず鳴いたりして、結局ルルも私も熟睡できませんでした次の日も、ほとんど2階にひきこもり。時々様子伺いに来るものの、その顔がまさしく 「まだいるんかい」 って怒ってる(笑)超迷惑顔のルルでした。みんなが帰ったその日の夜は、家族だけになった茶の間で手足を伸ばしてのびのびおねんねよかったね、やっといつもどおりのお家だよでもねぇ、これからも正月とお盆は辛抱しなきゃいけないからね。 さて、息子が帰り際ぼそっと一言 「夏休み中にもう一回来るかも・・・同伴者連れて」まっ、以前ドタキャンされたこともあるから、期待せず連絡を待ちたいと思います。そして長かった就職活動もようやく終わりそうです。ある企業から内定いただきました本人も嬉しそうでした。これで一安心・・・あとは卒論がんばってね
2009年08月17日
コメント(20)
この前の日曜、実家の両親の 金婚式 のお祝いを近くの料理屋さんでしましたはじめは妹家族と私ら家族が両親を招待して、一緒に食事しようかと思っていたんだけど、いい機会だし叔父たちやいとこにも声をかけてみようということに・・・父は一人っ子ということもあるのか、母のきょうだい(弟2人・妹2人)をかわいがり、一緒に食事に行ったり旅行したりと、とても仲の良いきょうだいなので、叔父たちは都合がつけば来てくれるだろう・・・と思ってました。でもいとこたちは、適齢期を過ぎた(汗)独身の子もいれば、県外にお嫁に行った子もいるし、結婚したいとこたちのそれぞれのだんなや奥さんが嫌がるかもしれないし、全員は無理だろうなぁ、と思いつつ連絡してました。それがなんと全員が(結婚している子はだんなや奥さん、子ども連れで)快く参加してくれるという返事がきました仕事で欠席の叔父1人だけを除き、親戚一同36名(子ども含む)の大宴会となりましたみんなが来ることは両親にはサプライズですそして司会はもちろん私 11:20 両親と迎えに行ってるダーリン&娘を除き全員集合 迎える際の「おめでとう」コール練習・・・2回やりなおし(笑) 11:30 両親到着・・・時間調整にダーリンがんばってくれました(娘が連絡係) 私の合図で全員そろって「おめでとう~」 叔母たちから花束贈呈(きょうだいからのプレゼント) 何も知らされてなかった両親はそりゃぁびっくりしてました 私から両親の紹介をし、叔父の乾杯で宴会のはじまり、はじまり~ 12:30 きょうだい一人一人からお祝いコメントをいただく 娘の知らない両親の新婚の頃の話が聞けたりして面白かった 叔父さん、叔母さんありがとう 孫たちから一人ずつコメントを書いた色紙をプレゼント 全員で前に出てコメントを読み上げてもらう 息子は読み上げる前に、ちゃんとあいさつもしてくれた 次々と読み上げてくれるものの、 小学2年の恥ずかしがりやの甥っ子が、 恥ずかしさに耐え切れず泣いてしまうハプニング 私が代読し、甥っ子は両親に手渡す役を・・・泣きながら(笑) 引き続いてビンゴゲーム大会 景品は1~5位がタイガースグッズ(要らな~いとの声あがる) あとは有名ブランド「ダイソー」商品(笑) 子どもたちには私の教室の体験レッスン券のついた花火セット(爆) 13:30 私たち夫婦からのプレゼントお披露目 プレゼントは父と母の名前を使った名前詩の額にしました 妹の手紙朗読 私たち姉妹は姉=お笑い担当、妹=まじめ担当なので、 最後は妹に締めてもらうことに あいかわらず長い手紙だったけど 私たちの気持ちをよく伝えてくれました。 ラストは父のあいさつ 途中から涙声になっちゃって こっちまで泣けてきて閉会のあいさつ 私としたことがヘロヘロになっちゃいました おひらきの後、全員で写真撮影 いい記念になりました みんな本当に、本当に、ありがとう~小さい頃の両親はお世辞にも仲がいいとは言えず、妹と「離婚したらどっちについていこうか」よく話し合ってました(笑)そんな両親が、いろんなことがありながら、実に50年、ともに支え合ってなによりもそろって元気にこの日を迎えることができ、こんなに嬉しいことはありません。 今はすっかり優しいじいちゃん、ばあちゃんとなった両親には、これからもできるだけ長く2人で元気に仲良く暮らしてもらいたいものです 少しは親孝行の真似事ができたかな~
2009年08月12日
コメント(24)
昨日の朝のことです。いつも私たちの寝室まで起こしに来るルルが来ないので、珍しいなぁ・・・と思いながらうつらうつらしてました。(早く起きろよっ)お弁当を作らないといけないので、のそのそと起き出し階段を下りようとすると、顔を洗っていたダーリンが(私たちの洗面台は2階のおどり場にあるので)「またどこかにルルが閉じ込められたんじゃないかな。呼んでる声がする」と言います。 今までにも何度か自分から出てこれなくなったことがあるルル 大好きな義父のあとを追って トイレまでついて行き 一緒に中に入ったのを義父が気付かず ドアを閉めてしまって出られなくなることはもう何回も うちのトイレ 男性用の縦型の便器(なんて言うんだろ)のスペースがあり そこを使うときってわざわざ戸を閉めないおじいちゃん 用を足しているときにルルが入ってしまうんですよぉ そして耳が遠いのでルルの鈴の音にも気付かず ルルがいるのにトイレから出る時、戸を閉めてしまう。 それから仏さまにお供えをするのに 毎朝義母が仏間に行くのだけど その時も知らないうちにルルも入ってて 仏間に閉じ込められてしまったり。 義父母の部屋の中に気付かれずずっといたことも・・・ 今回はどこなのよ、と思いつつ階段を下りると確かにルルの鳴き声が聞こえる茶の間のあたり押入れや棚の戸を片っ端から開けてみる。 いない となりのキッチン物置の戸やその辺の扉という扉を全部開けてみる。 いない なんで声がこんなに大きく聞こえるのに 私もだんなもだんだんあせって、「ルル~」「ルル~」と呼びながら家中を走り回るけど、どこをさがしてもいないのよ。その間にもルルの助けを求める鳴き声が聞こえて・・・その声が本当に「早くあたしを見つけて」と言ってるように聞こえて・・・まさか何かの拍子に外へ出たのかと思い、パジャマのまま家の周りを見てみるけど形跡もないし、だいたい外に出ると声が小さくなるから、やっぱり家の中に絶対いるはず。 でも、どうしてもいない 2人でどこからルルの声が聞こえるか耳をすませますやっぱり茶の間にいると大きく聞こえる気がする・・・こんなに近くで聞こえるのに、なぜルルの姿が見えないの・・・どこにいるのルル・・・見つけてあげられなくてごめん・・・このままわからなくて、声がきこえなくなったらどうしよう・・・どんどん焦ります そのとき。 トトト・・・と屋根裏から足音が屋根裏ダーリンが「屋根裏に入るわけないよな」と言うと、一緒に探してくれてた義母が「この前、大工さんが屋根裏を見るのに(少しリフォームするので)壁開けてたから、そこから入ったのかも」もうその言葉を聞くか聞かないかのうちに、ダーリンったら屋根裏に続いている2階の物置へダッシュいろいろとぶち込んである(汗)品物を放り出し(あとで片付けが大変でした)、壁をはずしルルを呼ぶと・・・にゃあにゃあ甘えた声を出し、鈴をならしながら、ルルがダーリンの方へやってきたよかったぁぁぁ・・・無事救出ですしっかし、顔も手足も見事にすすでまっくろ。あわててお風呂場で洗ったけど、きれいにとれなかったわ。べっぴんさんがだいなしだぁ でも、屋根裏へ行くにはキッチンのいつも閉めている戸の向こうへ行かなければ行けないはずで、この戸を少しの間でも開けっ放しにした犯人がいるはずすると義母が「ごめん。あたしやわぁ」・・・やっぱりね洗濯するときに、ついうっかりしばらくの時間開けっ放しにしたらしく、そのほんの少しのチャンス(笑)にルルが出たらしい。これまでも、義母のついうっかりで、脱走しかけたことが何度かあってそのたびにひやひやしてるのです。もっともっと注意はらってほしいけど、もともと私たちの勝手でルルを引き取ったから、あまり文句も言えなくて。嫌がらずかわいがってくれてるもんなぁ。それにさぁ、ルルよ。猫なんだから帰り道くらいわかってよ。自分が来たところ戻れば出てこられるはずやん。なぜわからなくなって助けを呼ぶのよ、猫なのにぃ(笑) さて、朝からみんなをふりまわし騒動をおこしたルルは、ここのところ息子の部屋がお気に入り開かずの間になってた息子の部屋ですが、週末に1度目の(2泊3日)帰省をするので(盆にもう1度来る)久しぶりに掃除してたらルルもやってきて、部屋の隅々を点検してました(笑)気付くとベッドでおやすみ中~よっぽど気持ち良かったのか、それ以来よく息子のベッドで眠るようになりましたなので、今はドアを開けていつでも息子の部屋に入れるようにしてます。このままだと「息子の部屋」ではなく「ルルの部屋」になりそうです(笑)
2009年08月05日
コメント(20)
全6件 (6件中 1-6件目)
1