2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全18件 (18件中 1-18件目)
1
この数年前より私の場合就寝中に軟便が出てしまう。これは、子供達も知らない。この症状が出たのが、レペタンの座薬を使用してからである。大学病院の担当の主治医には相談してビオフェルミンRを服用しているが、単なる整腸剤であるから・・・・・・ほとんど効き目がない。目が覚めても、お尻の皮膚感覚麻痺があるので毎日手をお尻に持っていき匂いを嗅いで自分で確認する日々が続いている。一時は良くなった時もあるが、この数日軟便に悩まされている。かといっておむつをするのも抵抗がある。一番いいのが、レペタン座薬を使わないのがいいのだが・・・・・レペタン静脈注射だけでは痛みをコントロール出来ないのだから、使用せざるおえないのである。車椅子生活になってから、あちこちと不具合が出てくるがこれも私の与えられた宿命と思うことにしよう!!
2006年02月28日
コメント(2)
女子のお節句が近づいている。先日のお花の稽古で桃を主体にした盛り花をいけた。今のところ先生が前もっていけてくれるから、それを真似るだけだから何の問題もない!いつから自分でいけれるのか??桃の花をいけていても私自身は全く節句と思いつかなかった。昨日、姉が家に来て私の生花を見て節句が近いね!と言われ・・・・・そうっか!などと思う私の無関心さ飽きれる。春よこい!!
2006年02月27日
コメント(0)
先日は娘の着物の着付けが終えた時に娘が急に気分が悪いと言い出し、急きょ稽古を休むことにした。どうも娘の体調が悪い時に私の着付けの仕方が悪かった為だ。娘が茶道をしている様子から茶道の場合所作の中で立ったり座ったりすることが多く、着付けがしっかりしてないと着崩れしていまうので腰紐や帯をきつく締めてしまった事がいかなかったのかもしれない?昨日は、娘も私も洋服のまま稽古へ行った。私達親子が習っている先生はとても褒め上手である。決して叱ったりしない。まだまだ習って間もなしということもあるのだろうが何度でも同じことを言ってくれる。忘れてしまったことも、決して叱咤するのではなく心からの言葉で話す方が茶道の場合でも亭主側からは気持ちが通じると言われる。私達が今習っていることは茶道でも華道でもルールというかマニュアルを覚えているのであるが、マニュアル通りのお茶席は恙無く進行はするが心が無くなくなるケースが多いと先生に教わった。はやり心の会話が一番なのだろうと思うが、でもそれもルールを知っていての事だ。まずは、ルールを早く覚えたいなぁ~!
2006年02月25日
コメント(0)
私の注目の女子フィギアースケートのフリーが今日の早朝にあり、いつも朝寝坊の私でも起きて見ていた。安藤選手の4回転の挑戦は素晴らしいが、これまで練習からこの最近の試合を通して4回転は行っていなかったし成功率も低い中での挑戦は私からは無謀と思えた。まだ若いのだからオリンピックの雰囲気を味わい確実な演技をしてほしいかった。見ていて最後の方は、スタミナも切れているのが素人の私でも分かったので今後はスタミナと試合の駆け引きと技の切れをもっと磨いてほしい。若さで今回の経験を体で感じたことは彼女の財産になることを願う。村主選手は私からは素晴らしいと思えた。解説者の方から、技の面でもっとアピール出来る何かをもう一つほしいといわれていたので、そこを課題にして今後の選手生命の中で磨いてほしい。でも、コーエンやスルツカヤ選手の転倒などと違い村主選手は試合全体からミスも少なく緊張感の中で全く見劣りすることがなかった。否、彼女達より私からは村主選手の方が良かったと思えた。村主選手のインタビューで彼女の悔しさがヒシヒシと感じとられた。村主選手の演ずる役者という演技競技は素晴らしい!!荒川選手はもうオリンピックの真の金メダリストとしての女王である演技には感動した。安定した演技と表現力とスピードすべて素敵だった。彼女がこれまでどれだけ苦労していたのか、今回の報道で初めて知った中で本当に(^ ○ ^)お!(^ □ ^)め!(^ ◇ ^)で!(^ ▽ ^)と!(^ ・ ^)う!今回のオリンピックでメダルのない日本だったが、私は各試合の中で入賞した選手には敬意を表している。メダルだけが全てではないはずである。でも、見ているとメダルが日本に齎せないのはなぜ?とは思っていた。本当にオリンピックでメダルを取ることの難しさをしった。女子フィギアースケート選手の三人のは感動を貰い感謝する。
2006年02月24日
コメント(0)
昨年から体調を崩し、入退院を繰り返していた叔母だったが最初の診てもらっていた医院の見立て違いもあって、漸く大きな病院へ骨折というアクシデントから大きな病院で整形外科に入院して、その後一度以前からの悪かったところを内科の先生に診てもらえて、専門の病院へ移り今年始めから本格的な治療を始めることになっていた。しかし、叔母の体は悲鳴をあげていたのだろう正月に一度危ない状態に陥ってしまい身内が集まった。一時意識レベルがなくなった時期が先生方の懸命の治療のおかげでなんとか持ち直したて、ほっとしていた。その時のダメージが大きかったのか、昨年の年末まで会話を出来ていたのが全く出来ない状態続き、1月半ばには時々でもあるが意識が持ち治した時期もあり、なんとか食事が出来るまで回復出来るように祈っていたのだが・・・・先日息を引き取ってしまった。葬儀は、本当に疲れる。私の父も亡くなって15年になるが、ほとんどその時の葬儀の進行を覚えていない。私の住んでいる地域は、昔からの仕来りなどがあり大きな市などとは違い組から同行の仕来り、儀式が色濃く残っている。喪主は、ほとんどその方々のお伺いを受けながら葬儀を進めることになる。今回は、私は喪主ではないがずーと見ているだけでも疲れる。まして、同じ地区であっても仕来りが異なるからこれまた全く喪主のアドバイスも出来ない。私の場合は、下肢不自由だから何も出来ないのだから周りの方にお願いしますと頭を下げるくらいが精一杯だ。私の母の妹が今回亡くなったので、私の母がもしもの時はどうなることか本当に心配になる。でも、あの世に旅立つことは順送りとは限らない。母より私が先に亡き父の元へ行くかもしれない。そうしたら、私の息子が喪主になるだろうが・・・・・まだ大学生で若い息子がそうした儀式を受け入れることができのだろうか心配になる。
2006年02月23日
コメント(0)
昨日の昼過ぎに電話がなった。いとこの婿さんからで暫く何を言っているのか分からなかった。でも、病院名を出されてやっと叔母のことだ頭が回る。急いで、老いた母と病院へ着く。既に息は途絶え、死化粧もして綺麗に看護士さんがしてくれていた。叔母は5~6年から肺疾患で息が出来にくかった。近くの専門医ではないところで治療を受けていたので、この2~3年で自己呼吸が出来にくい状態が続いていた。本来なら色々な病院で調べてもらっていたらと心残りである。専門医師にかかったのが昨年の暮れからで病名も違っていた。叔母は近くの病院を信じていたのだろう!でも、一端弱ると老いも手伝い寝たきりになる。昨年の暮れまで、口から自分の好きなものは少量でも食べれていた。その間、叔母の配偶者が突如の死になり、このところやっと落ち着いていたじきだ。人が亡くなると色々なことがある。地方によっても違うし、所変われば風習も違う。同じ地区の中でも、習慣は異なるのだ。だから、田舎ということもあり今年市に合併ということもあり斎場も以前と違う。人一人が亡くなると大勢の方に本当にご厄介になる。下の手伝いも色々揉め事が出て、もう葬儀となると大変である。でも、叔母には叔父もいるあの世で合っていることで叔母は安堵しているだろうか?苦しかった呼吸からも解放され、もう苦しむことはない。残された者は、冥福を祈るしか方法がないのだ。人は、いつお迎えがくるか分からないのだ。明日の命も、誰しも分からない。悔いのない時間を大切にしたいと思っている。
2006年02月20日
コメント(2)
これまで、会社頼みで全て税の申告を任せてきた。今回自分の会社を辞めて、自己申告しなければならない!面倒と思う気持ちとこれが一般社会人の当然の義務でもあるのだ。その中で、医療費の支払いが非常に多い。深夜の注射の回数が多いから仕方ないのかもしれないが、自分の痛みの弱さもあるのかもしれないと反省する気持ちもある。障害者として医療助成を受けているというものの・・・・・これも公の公費から還元されているし、辞めた会社の健康保険組合からも還付があるから凄く助けられている。もっと、強くならねばと思う!
2006年02月18日
コメント(2)
昨年まで会社を辞めたので、今年は確定申告をする必要がある。そこで、今日は地元の指定庁舎に行った。時間は午後10時半頃だが・・・・・待ち時間2時間以上かかると受付の人に言われ・・・・・・・帰ってきた。まだ、前の務めていた会社から昨年の源泉徴収の明細が届いていないから書類不備で改めて来るように言われることは分かっていたが、もし人が少ないのならば何処に何をどう書けばいいか先に聞いて置けば、自分で記入して郵送しようかと思っていたのだが・・・・・・説明を受けるまで待つのもなんだか面倒だなぁ・・・・家に戻った。今は、インターネットから申告も出来るようだがどうも人に確認して提出しないと申告漏れが発生しそうだ。書類が整った時点で再度申し込みしよう。
2006年02月16日
コメント(0)
仕事を止め、目下仕事を探している。車椅子になった時は不安はあったが社会へ出ることに意欲も持っていた。それが、このところ年のせいだろうか社会への適合性があるのか自信がなくなっている。3月に面接の予定があるのだが・・・・・!まだまだ子供を養っている身であるから、そんなことを言っている場合ではないのだが・・・・・。
2006年02月15日
コメント(0)
500mのスケートを応援していた自分がいた。昨日もなんだんかんだと言いながらついついテレビに見入っていた。下馬評が大きいかったので、きっと加藤選手はメダルは取れると思っていた。しかし、無常にも6位だった。試合にはトラブルが付き物だが・・・・まだ、若いから今度に期待する。及川選手の4位には本当に惜しいところだ。でも、彼のコメントは最高だ!周りに対する感謝で涙する人柄にほれた。また、頑張ってほしい。試合の最中に痛みがひどかったけれど、試合後まで何とか病院へ行くのを我慢出来た。我慢出来たのも彼らの試合のおかげだ!感謝!感謝!
2006年02月14日
コメント(0)
冬季オリンピックと言えば、札幌オリンピックを一番に思い出す。本来なら長野オリンピックの方が前々回だから直ぐに浮かぶはずなのだが・・・どうしてだろうか?長野の方ならオリンピックは長野だろうと思うに違いない。長野オリンピックは市民や県民のボランティアの方が多く、身近なものに違いない。でも、私の思い出としては札幌の記憶が鮮やかである。笠谷選手たちのジャンプで三つのポールを日本国旗が独占した感激がある。それとトワ・エ・モアも白い恋人たち虹と雪のバラードが自分の青春の一ページに組み込まれているからだろうか?今回のトリノオリンピックも選手やその関係者の方達にとっては一番の記憶になるだろうが、私の中では少し関心薄いかもしれない。とはいえ、始まるとどうしても気になりついつい見ることになるのだが・・・。テレビなどで始まる前に可也の期待を持たせた解説もあってそれなりの期待をして見ているが、今のところ結果が出てこない。期待が大きい分きっと選手も昔のようなプレッシャーとは違った意味のプレッシャーがあるに違いない。選手もどうどうとメダルを狙うというくらいだから、自分自身に言い聞かせているのだろう。ただこれまでの試合を見ていると、世界のレベルはメディアが伝える以上に高いものである。日本の選手も世界を回っているから、自ずから自分の位置は分かっているだろうがそう簡単にメダルがとれるとは思っていないだろう。折角オリンピックに選ばれたのだから、自分の悔いのない力を出してほしいと思う。私の関心事というとフィギュアースケートの三人娘である。彼女らのことは色々マスコミが取り上げているからそれなりに気になる。彼女らのミスの無い試合と世界のトップ選手との戦いが楽しみである。タイムだけで競う試合とは違い、フィギュアにはジャッジの採点方式があるから以前の主観だけのジャッジだけでなく新しいルールの中でどう戦うのかにも興味が湧く。モーグルの上村選手にも期待していたが・・・・・うん~残念だ!技術に拘った為に、本来の攻撃的なスピード感が出なかったのではと素人判断をしている。一番悔しい思いをしているのは本人なのだから・・・・残念としか言えない!
2006年02月13日
コメント(0)
以前から花は自分でも好きで花屋さんで適当に買ってきて適当な花瓶に投げ入れて楽しんでいたこともあった。これは、自分だけの御呪いなようなもので子供達の試験や受験・少し気が滅入った時などは花の精からパワーが出ているような気がしていた。この間から、本格的に池坊を習って久々にこの部屋に又花が戻ってきた。今は、昔のような適当な投げ入れではない。かといって、これといった花器がある訳でもないが・・・・・近くのスーパーでガラスの花器と剣山に習った花がいけてある。先々週の彼岸花は満開から新芽が出て、今度いけている花は赤チューリップが二本(真は紫陽花の木の芽)がもう直ぐ来る春を連想させて心の隙間を和ませてくれる。いけばなは以前は女性の下だと偏見を持っていたが、習ってみると華道も茶道も和の精神が宿っているような気がする。道が付くものに柔道・剣道・弓道など逞しい道もあるが、静の中の道にも極めるには可也時間が必要である。
2006年02月12日
コメント(0)
最初は着物を選び着物を知っている人がいいと思っていたが、色々自分でも着物のサイトを検索しているいる内に訪問着とか小紋などをオーダー出来るようになってきた。しかし、やはり着物素人が選んだのには兎角ミスが付き物だ。私の不思議なところは、着物中でも帯で中でも袋帯の綺麗さに引かれオーダーしていた。しかし、私が選んだ物は大体が金糸銀糸が入ったものでどう見てもカジュアルなものでもない。そこで、今度は名古屋帯を主体に選ぶが・・・・これまた着物にも帯にも季節感が必要なことに気づくのが遅れた。娘と茶道・華道を習っているのでその中で気づかされることになる。そして最悪なことに慌てて、中古の着物(中には仕付け糸の付いた着物もあるが)を購入した。そして、昨日その着物が到着して季節感がある着物が手に入って良かったと思ったところ・・・・・・・今度は長襦袢との寸法が若干違っている。着物の補正の仕方を参考に、安全ピンで着付けてから直すがどうもしっくりいかない。お稽古の時間もあり、手直しにも時間がなくまぁなんとかなるだろうと急いで娘の運転で行った。私が華道を習っている間に、娘の補正した袖下が案の定着物の袖口から長襦袢が変に顔を出している。まぁ先生にも、素人の私が着付けをしていることを告げているので先生も仕方ないなぁ~と思っていてくれたのかもしれない。そして、今日は娘の長襦袢を着物の寸法に合わせザックザックと仕付け糸のように着物袖幅に直してみた。うん~着物は何かと難しいなぁ~!でも、娘もこんな父親の着付けでも嫌がらず着てくれる。感謝だ!!
2006年02月11日
コメント(0)
この世に生を受けた時、誰も親を選べないのとその環境下も選べない。昔のように士農工商制度ないし、家長制もない時代になっている。しかし、皇族方はその立場から逃れられない。憲法でも日本国の象徴とされている。確かに、身分を尊ばれる地位にいるし生計も宮内庁からどのような形で運営されているか知る立場にないが、保証されている代わりに一般国民のような自由な立場から乖離されているように思える。今回も天皇制を維持する為の論議がされている中、秋篠宮さまの宮妃紀子さまのご懐妊の報道である。皇太子さまの妃殿下雅子さまや紀子さまのプレッシャーはいかばかりだろうと私のようなものでも心配になる。私は離婚しているが、結婚した当初回りから子供が一年近く出来なかったことから親族や周りから子供は未だ?などと言われ、長男が誕生すると跡取りが出来たと喜ばれた。私も生まれた時からお前はこの家の跡取りだからと何かと言われて育ってきた。田舎だから仕方なかったとは言え、こんな名も無い家でも男子を優遇する状況は少なくとも残っている。法律でも男女平等としながらも、都会とは違った考えが未だにある。そうしたことを思う時に、皇族の方々のご苦労は計り知れない。
2006年02月09日
コメント(0)
慣用句では六十歳の手習いというらしいが、私にとっては稽古ごとは小学校の時にそろばんと習字以来である。その頃は、嫌々習っていたので習字は二年足らずで止めそろばんも同じくで履歴書に書ける程の検定には至らなかった。今回、娘の茶道を習うということから娘の同意あって同じ時間帯に華道を習うことにした。一回目は先週の金曜日である。華道にも色々流派があるそうだが、教えてもらうのは池ノ坊である。初めてのいける素材花は彼岸桜・アイリス・ピンクのストックである。まずは、盛り花からだ。最初は先生が、いけるところを見本に説明をして頂きながらそれを頭に叩き込み、それを自分である程度観察してから自分で壊し再度同じようにいけるということを三回する。でも、三回目になると最初いけてもらった先生の見事な生花から程遠くなって締まりのないものとなった。先生が三度目にチェックを入れて、締りない部分を指摘された。真となる枝が少しの角度で随分違ってくる。そして、剣山の手元を締めることで一層まとまった生花になった。こうして今後一ヶ月はこのような練習をするらしい。その後、娘の茶道部屋通されて娘の練習を見ながら私も先生のお弟子さんのお手前を説明されて一腹頂くことになる。その中で、懐紙の使い方やお菓子の取り方お茶碗の手解きとお茶碗の拝見なども教えてもらう。私の今回知り合えた先生は、私のような障害者にも理解して頂ける方で有難い。私の生花も、先生はもっとひどいもの心配してらしいがある程度教える質はあるらしい。(これは、先生のお上手も入っている言葉なのだろう!)今は、その生花が家で再度いけてある。彼岸花が満開になっている。心に余裕は無いが・・・・・少しは趣味を見つけることも大事だなぁ~と思っているこの頃である。
2006年02月08日
コメント(0)
何が楽しみなのだろう!私のホームページへアダルトサイトを貼り付ける人がいる。何回削除したことだろう。これまで、私と同様な痛みや痺れで苦しんでいる人達が自分の思いや考えを書いてもらっていたがこのサイト貼り付ける人が出てから全く書き込みをしてもらえなくなった。私の管理不足もある。ただ、どうも見ても私のホームページの主旨からこうしたいたずらが妥当でないことは分かるはずなのに・・・・・悲しい人の到来に困惑している。たぶん、抗議の文面を入れても一層いたずらを煽ることになるだろうからイタチごっこになるだろうけど削除のみが一番の対策なのかなぁ!
2006年02月05日
コメント(0)
私が昨晩は娘と茶道・華道の稽古に行っていた頃から少し冷たい鈴鹿おろしの風に乗って少し雪が舞い落ちていた。娘は茶道を私は初釜の経験から華道が適当と思って娘の介助がないと身動きが取れないので娘の同意で一緒にお稽古をすることになった。このことは又の後日に書き込みたい。今日はその後たぶん深夜の1時から本格的に降り始めたのだろう。私が痛みがひどくなって3時頃に電話で外も見ず注射のお願い電話を入れ外は寒いということは分かっているので、着込みを沢山して用意し外へ出ると一面真っ白である。ノーマルタイヤしかない私の車少し思案するが、痛みには勝てない!既に座薬を二本使用しているからこれ以上は注射頼みになる。シンシンと夜の車の明かりに照らされる雪は綺麗だが、どうもスリップしないかと心配である。手動改造のオートマチックであるが一応セカンドにしてエンジンブレーキがかかるように慎重に運転、漸く病院に着くといつもはインタホンを押して看護士さんが裏玄関を開けてもらう。日によっては病棟で忙しい時は5~10分近く外で待つこともあるが、今日は看護士さんが気を利かして頂いたのか既にドアは開いていて、注射の用意も出来ていた。有難かった。行きはヨイヨイ帰りが怖いで・・・・・帰る時はそんなに時間は経っていないのに雪の降り方が激しくなっている。一回橋の回り角で少し後部タイヤが滑ったが、なんとか無事に自宅へ着いた。今日はこの調子だとこちらは可也積もる気配だ。娘は先日の積雪の折に追突事故を起こしているから・・・・・アルバイトでもあるのならとても心配だ!!
2006年02月03日
コメント(0)
仕事からここ暫く遠ざかりつつある。一応、ハローワークで一件の面接が三月八日に決まっている?書類審査があるのならひょっとするとそれまでに不合格の通知が来るかもしれない。ただ、面接が決まっているとしても定員が一名だから安穏としていられる立場ではない。ただ、職安の人の話では4月以降にならないと障害雇用の求人はほとんど期待出来ないのが実状らしい。ということで、それまではあまり焦ってみてもどうもならないだろうと思っている。一応ネットとチラシの求人は目を通してはいるが・・・・・やはりこれという仕事がない。こうした時間の中、私の生活リズムがどうも崩れてしまっている。朝の起床がどんどん遅れてしまっている。就寝も遅くなっている。もちろん深夜の痛め止めの注射を打っている為もあるが、気が緩んでいることの方が要因としては大きい。気合が足りないのだ!昨日友人から連絡が久しぶりに入った。最近連絡していなかったので心配しのことだが、事情を話すとぷー太郎なんだと言われてしまった。確かに、ぷー太郎なのだから仕方ない!
2006年02月02日
コメント(0)
全18件 (18件中 1-18件目)
1

![]()
