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人の命を奪う、つまり人殺しだ。メディアでは、子殺し・親殺し・人殺しに何だかんだと心理分析する。自分以外の命を奪うことにどういう正当性があるのか?汚い言葉であるが、人殺しという言葉しか表現しかないのだ。命を奪うことに、美化する言葉などいらないと思う。
2006年08月31日
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人は何の迷いもなく容易く人生を終える人はいないだろう。仕事となると、本当に悩みがつき物だ。今、仕事を辞めたいと考えている人いませんか?その辞めたい理由は何?どれだけ耐え抜いたの?辞めて何かしたいことあるの?次の当てはあるの?人間関係で辞めようと考えている人は、いつまで経っても同じ悩みにぶつかるよ!職場への不満のある人は、何処の職場でも不満でるだけだよ!賃金に不満がある人は、次の職場ではもっと不満を持つよ!終身雇用の時代ではないけど、ヘッドハンティングされるくらいの器になりなさい。定年退職される方は、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟で退職前の会社の肩書きを捨てなさい。捨てきれないない人は、早くから関連の会社へ頭を下げて次の職を貰いなさい!世の中そう甘くないです。
2006年08月29日
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今日、社会保険事務所へ高額医療の件で朝から電話をいれているが・・・・昼になっても繋がらない。社会保険庁に対しては不祥事や無駄遣いなど色々問題が多い。きっと問い合わせも多いのかも・・・と思いつつも、繋がらないことにそうした事もイライラの原因にもなる。サービスであるから、どんなに問題があっても電話が通じなければ不信は一層強くなる。社会保険庁も今後色々な改革の中であるから、余計な出費を望んではいない。それでも、電話の問い合わせに数時間もかかるようでは本来のサービスとは言えない。
2006年08月28日
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誰しも逃れられないこと・・・・年を取るということだ。時間は等しくあると思っていた時期もあった。が、人其々で時間の使い方に違いがあり運命という言葉では表せない無残・理不尽など事件事故で命を奪われた人・・・自然の力で奪われる命など、この世の中ではまだまだ自分では知らないところで其々の地で短い人生を抓まれていることもありうる。そうした不条理な人生で老いも至らずこの世から消える命も考えながら、その中で70代・80代・90代と生きながらえる人生もある。この日本では当然のように長寿を誇っているが、個々人生で幸せな老いを得ている人はそう多くはないように思う。私の場合は、特に老いる事に人より早く考えていないならないと思っている。車椅子生活で何とか10年近く過ごせて来れたが、今後の10年も同じように過ごせるか?と考えると疑問も多い。具体的な老後をイメージ出来ないもどかしさもある。今は、扶養の子供達と老いた母との現状維持の生活を保つことを考えているだけだが・・・・自分の老いは始まっているのだから・・・・・・・!NHKの特別養護老人ホームの映像を見ながら、考え込んでいる自分が今いる。
2006年08月27日
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私の趣味として、華道を習っている。昨日も練習日で、夜の9時半に出かけた。お稽古事を始める時は、無職の状況で何か心を満たす為に始めた。それが、6月より今の仕事場を得て当初は疲れが溜まりいつまで続くのか??であった。されど、何とか私の習っている先生が夜遅くても受け入れてもらえるので有り難い。仕事から終えて、一眠りしてから最近は出向いている。いつであったか?目が覚めると夜の10時を過ぎている。( ̄△ ̄;)エッ・・?先生に電話はをすると・・・・・・先生が夜の11時でもOK!と言われた。本当に頭が下がる。そして、何とか続けられたと思うのだ。昨日は、先生から盛り花はお墨付きが出て9月から次の段階になった。先生から自由花に進むか、生花にするか聞かれた。先生は形にとらわれず生けることもいいよ!言われたが私は生花を教えてもらうことになった。まだ、自分では盛り花も決して何処が良くて何処が悪いのかよく分かっていない状況でいいの?と思っている。そこで、自由に生ける花にトライしてもどうも納得出来る生け花が出来ないと思う。先人達が色々な形で決め事を、まずは知ることが先なような気がする。いつまで続けられるか分からないが・・・・・男でも挑戦したい。車椅子の状況でも受け入れてくれた加藤先生には感謝し、その流儀でもある池坊のお家にも感謝!
2006年08月26日
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人はどう接することに満足を得るのだろうか?最近つくづく考えさせられる。人と接する為に、清潔感はとても大切である。そこに、個人の要望を探るに色々なテクニックが必要となるのだが・・・自分には未だそれが出来ない。自分には兎に角話を聞くことに徹することに努めている。でも、満足感を与えているのか?毎日の反省になる。様々な人の考えについていくのに、本当に疲れるとは思っていなかった。
2006年08月24日
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人は、社会へ参加することに意義があると思う。されど、どうしても働けない人もいる。だた、働ける状態であるのに働かないというのは悲しいことだ。病気も人の働く意欲を妨げることありうる。でも、それでも多くの人は何とかして働くことを考えるものだと思っていた。多少の病気で、自分を生活保護状況でこの世を渡ろうとする人もいることに可也の違和感を覚える。生活保護の対象者には、どういう基準かよくは知らない。確かに老いて、何の収入もなく社会の保護を受けなければならないことは受け入れられる。酷い障害でどうしようもなく収入の当てのない人であればそれも社会の保護が必要であろう。日本の社会保障という考えの中で、憲法で人間として生きる上で最低保障を掲げているから・・・私がそういったことを考える立場ではないが・・・・・。少なくとも、努力して仕事を見つけてほしい。人は何事も諦めては、その時点から前には進めなくなる。
2006年08月22日
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私のような車椅子の障害を持っている者は、少なくともバリアフリーとかハートヒル法によって可也世の中で認知されてきた。これまでも、そして今も職場で自分なりに努力をしてはいるつもりだ。されど、内臓疾患の中にはまだまだ職場で辛い立場に置かれている人も多いらしい。一見するだけでは健常者として扱われてしまう。障害者手帳にも認定されない病気の方もいる。大変不自由な思いの中で、仕事し又仕事探している人が多い。もっと、広い心で色々な人が其々の障害を持っていても公平な目で見てほしい世の中が来ないものだろうか!障害者も其々自分に甘えることなく最善の努力をしてほしい。でも、どうしても出来ないことは認めてもらえる職場が増えてほしい。病気は等しく誰にでも襲ってくるものである。苦しい思いをしている者、本人自身である。追い討ちを打つような言葉や態度取られると本人は居た堪れなくなる。是非是非、皆にそれなりの幸せが訪れることを祈ることと、こうしてブログで書き記すことくらいが出来る方法かなぁ~!
2006年08月21日
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この数年、高校野球は新聞で決勝を見て結果を楽しんでいた。なぜか、今年はテレビ観戦をしていた。素晴らしい試合であった。田中投手と斉藤投手ともよく踏ん張った。投手を支えた野手も素晴らしい!明日の再試合も楽しみだが、明日は仕事ゆえいつ通りその夜のニュースと新聞で結果を楽しみたいと思う。高校野球を観戦していて、ふと思ったことがある。決して野球好きではない私である。高校野球に興味が持てるのに、プロ野球にはなぜか興味が持てない。なぜなのか?
2006年08月20日
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娘の喪服の用意に悩んでいる。着物に関しては、一応冬・夏用を用意した。なんでも、19歳の女性の厄年に用意する慣わしあると聞いた為・・・・まぁ~呉服店のセールストークと思えるが、何れ必要となるものと思い誂えた。しかし、問題は洋服の準備だ。今年の春先に中学の同級生が事故で亡くなった。その時、娘には黒のジャケットがあり黒のパンツで友達を見送るばと思っていた。が、娘は黒のジャケットを普段の通学用に着ており、それより酷いことにジャケットに直しようもないホツレがあった。その時は、まだ寒い日でもあったのでそのジャケットにショールを付けて何とかその場は凌げた。だけど、これから二十歳ともなれば色々な場面で冠婚葬祭の準備を考えなければならない。男親だけ育てているから、準備出来ないなって言い訳はきかない。ただ、女性は年と共に体の線が違ってくるし、着るデザインも変わってくる。色々楽天のサイトから物色しているが、どれを選ぶか?迷ってしまう。世間の親はどうしているのだろう?きっと母親がいれば、いざとなれば自分の服をそれなりに着こなせる手立てがあるだろうが・・・!うん~色々と年頃の娘を持つと考えさせられる事が多い!
2006年08月20日
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この夏の甲子園の高校野球、決勝に早稲田実業と駒大苫小牧に決まった。両校の球児には、明日は優勝目指し頑張ってもらいたい。されど、この甲子園球場にまで来れなかった高校生はきっと来年に向けもう戦いが始まっているだろう。我が三重県は、この十数年一回戦敗退でいつもがっくりとしてしまう。夏が速く終わってしまったような気分になるのは、なぜ?充分我が県の高校球児も他県に負けないくらい練習をしているのだろうが、どうも我が県の球場は狭いように思う。それがいきなり甲子園という広い晴れ舞台に登場するのだから、平常心で戦うことは容易ではないだろう。これは、我が県だけではないと思う。地方の県の高校球児も同様であるから、決して敗退理由にはならないかも・・・・・!私の友人の息子が、二浪して漸く早稲田大学へ入学出来た。そして、彼の夢であった野球部に入って練習しているらしい。二浪中も彼なりに受験勉強とその合間に野球へ独自の練習をしていた。その彼が入部して四ヶ月で20kgも体重が減ったという。もちろん、体が締まったともいえるのだが急激な体重の減り方は要注意である。夢を追える喜びには、辛い毎日がある。今年、甲子園へいけなかった球児たちも夢を捨てず大学や社会人野球・ノンプロでなど色々な場所で其々の夢に向かって頑張れ!!
2006年08月19日
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お盆も過ぎ、我が家の息子は一昨日帰ってきた。今月の13日に私はお墓にお参りした。心の中では、子供達にも一緒にと想っていたのだが・・・・どうも強制的に勧めることにも抵抗があった為自分一人のご先祖へ挨拶した。息子には跡取りしての自覚を促すこともせず育ててきた。しかし、将来の事を思うとせめてお墓のお世話くらいはしてほしいと思っていた。私が墓参りする前の日12日の夜に、一度携帯へ電話して息子へ話をしようと考えていたが・・・・私が話をすると、どうも話が余計なことまで話しそうで躊躇しそのまま連絡することはなかった。すると、8月16日の夜に息子の夢の中に我が家のご先祖様という女性の人が現れて、水を飲ませてと頼んだという・・・・・・これって不思議!きっと私が躊躇していたことを、ご先祖が伝えに現れたのだろうか?息子は急きょ家に帰って着て、ご仏壇とお墓参りに出かけた。こういうことって、本当にあるのだなぁ~と自分でも驚いている。
2006年08月19日
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昨日ラジオで、就労の多様化の話をしていた。昨今、ニート問題も指摘されている。人は、”何故働くの?”という若者もいて働くことの意義さえ疑問視する人も多い!大人になりたくない!などという人もいるらしい。されど、そうした若者に日本の三つ義務だよ!なんていう言葉で納得させられるほど甘くない。教育を受ける義務・労働の義務・納税の義務45~60代の親は、確かに子供に甘いし本心で子供に語りかけることも少ないようだ。この数年からニートから脱しても、アルバイトかパートそれに派遣社員になれればいい方である。じゃーバイトやパート・派遣社員に問題があるかというとそうでもないのだ。本人の選択として自分で選んでその働き方をしている人には問題はないと思う。されど、正社員として雇用され歩む賃金とその他の働き方では一生涯の所得が途轍もなく違ってくる。じゃー派遣社員だから仕事が違うかというとそうでもない。その職場の正社員と同等の仕事行っているのに、報酬が全く異なる。派遣社員には正社員の道はない。(紹介派遣社員を除く)直接雇用で、バイト・パートから正社員になる道もあるが・・・・・・・これもほとんど少ないパターンだと思う。小泉さんが総理なられて民間に出来ることは民間に・・・・・ともっともと思える言葉には、末端の労働者の事まで考えていないような気がする。多くの職場でしわ寄せが来ているのも小泉さんは知っているのだろうか?雇用形態の多様化の中には、事業主側に大きなメリットあり雇われ側には何の美味しさもない事が多い。私達は雇用体系をしっかり勉強することが必要である。
2006年08月18日
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悲しい知らせである。亡くなった青年は、銃撃で頭部を撃たれたという。ロシアは威嚇をしたというが、本当だろうか?亡くなった青年は母親一人で育てた、可愛い息子であったようだ。母親の涙の訴えは、ロシアに届くのか?日本は、中国・北朝鮮・ロシアそして韓国と海で隔てられているが、実は厳しい状況あるのだ。小泉総理の自己陶酔の靖国でお参りしている場合ではない。阿部氏もこの点を重要に考え、隣国との友好関係をよくよく考えて行動してほしい。亡くなった青年の為にも、全力で国が守ってほしい。
2006年08月17日
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小泉総理が靖国に参拝したと国内のメディアが挙って報道する。毎年の行事かのように、生中継で・・・・!もっと大事な報道がないのか?彼の参拝は、どうも筋が通らないことが多い。心の問題し、これまで総理になり5回参拝する。その都度、形式を変えている。まるで、中国・韓国の反応を楽しんでいるようにも見える。彼の本来の心には、戦争で亡くなった御霊に本当に礼を尽くしているのだろうか?これを、もし阿部氏が引き継ぐならゾウーとする。靖国神社には巫女はいない特殊な神社であり、神官も本来の神道ではないと思える。戦争で亡くなった多くの人は、本当に靖国に帰っているのだろうか?きっと、自分の家に戻っているに違いない。つまり、靖国神社には何の御霊もいないケースも考えられる。それより、未だに戦争で死者が判明出来ない人たちを祭ることが肝要だ。問題を政治にしてはいけない。中国・韓国も非難するのもいいけれど、靖国だけを目の仇のようにしないでほしい。いずれ、このままだと靖国自体崩壊する日が来るかもしれない。
2006年08月16日
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BS放送を何気なくつけていた。20時からのHV特集の恐竜時代から哺乳類の生き残りを描いた放送を見たかった。そのまま続きの放映を見ていた。なんと若き日のキャンディーズ特集をやっているではないか!もちろん、若きという言葉は私の若し日々を思い出しての言葉である。彼女たちの生き生きとした懐かしい曲が、私を過去へと引き戻しついつい口ずさむ。娘が隣で見て、お父さんファンだったの?と聞かれて・・・・ファンだったっけ!?私が当時好きだったのは、浅田美代子そして山口百恵である。でも、キャンディーズは当時としてはアイドルというよりコント番組にもどんどん出ていた。彼女たちの当時のコメントを聞きながら、とうとう最後まで見てしまった。自分にも画面で映る彼女らとは違うが、自分なりの若さを満喫していた時代でもある。そう考えると、あっという間に時間が過ぎたような・・・・・!でも、よくよく考えると私の人生は波乱万丈すぎた。そう考えられるのも、今が自分なりに充実しているから・・・・そう感じるのかなぁ!
2006年08月14日
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お盆休みなしです。頑張って、仕事してきます。若い時は、休日を楽しみしてましたが・・・・これも年の性でしょうか、苦にならないです。仕事出来ることに感謝!
2006年08月14日
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人と人が繋がることは幸せだけを運ぶとは限らないらしい。慶弔の風習は、其々の地域によって全く異なる。況してや県外との付き合いとなると、どうもトラブルが出る。私の姉の子供たちは、男子女子と結婚という他からみればとても御目出度いことである。でも、一緒になる二人とは関係のないところで色々な問題を噴出している。考えは都会的か田舎の風習かという単純なものでもないらしい。我が家の子供達は今は大学生であるから、暫くはそういう問題から逃れている。が、いつかは到来する問題なのかもしれない。人はトラブルを欲している訳ではないが、自分から見て割り切れないことは山とある。それが、他人と思えば考えなくて済むが・・・・親戚と思うと事は複雑だ。
2006年08月13日
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兎も角有り難いことだ!前回にも書いたが、どういう訳か旬の頂きものその時は南瓜であった。今回は、昨日今日と続けて西瓜を沢山頂いた。私が、車椅子ゆえ旬のものを食べさせようと思って自家栽培の頂き物が多くなる。私の親族とご近所は優しい人が多い!気にかけてくれることは嬉しい。ただ、一度に旬の物が集まるとどうも食べきれないなのが悩みの種にもなるのだが・・・。 贅沢な悩みだ!!
2006年08月12日
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私が育った時代は、日本という国は高度経済へ歩み続けた。地域格差は現在と比べると・・・・比較にならない程ひどい状況であった。我が家は、祖父の新しいもの好きが講じてテレビは早くからあり、私は真のテレビっ子であった。アメリカのホームドラマが映ると憧れたもである。そんな私は、最近和の文化にとても関心を持つようになった。これも年を重ねた為なのかも?!不思議とこの夏は浴衣を、仕事以外では着用している。車椅子の自分が着物姿であるのが合わないのか?人からマジマジと見られることがある。まぁー浴衣というと夕方から着るものなのだろうが、休みの時は朝から出かける時は着ている。甚平もきっと着易いのだろうが・・・・今年は浴衣三着も購入したので、人の目を気にしている場合ではないのだ。私の性格上、来年の考えはどうなっているのか分からない。マイブームの時が着る時なのだ。でも、きっと変わらないと思うのが日本人としての伝統や文化をこよなく愛していきたい。
2006年08月11日
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広島・長崎とわが国に投下された原爆の脅威幾ら憎い相手の国とはいえ、この原爆は許せるものではない。被爆を受けた人も、この被害とは違った形で偏見の被害も与えた。未だに、隠している方もいるよである。悲しい国である。アメリカの軍関係者は、今でも投下を正当化している。なんと傲慢な国であろうか!愚かな国と傲慢な国が今では、表面的には仲良くしている?!
2006年08月09日
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この夏になると戦争という言葉がやたら使われる。世界のいたるところで戦争が起こっている。でも、日本人の心には戦争というと日米の太平洋戦争が持ち出される。それまでも、明治になってからアジアに向け日本は戦いを起してきた。私が教育を受けた中で、近代歴史を真っ向から学んだ記憶がない。祖父母・父母からも戦争について語られたことはなかった。私が幼い頃、戦争の影がなかった訳ではない。真宗高田派の家に方なら、津市の一身田の本山専修寺には一度は訪れることだろう。幼かった私は昭和38年頃までは、祖父に連れられ専修寺のお七夜や祭りの時は自転車に乗せられよくいったものである。当時、寺の境内には白い着物に薄茶の皮ベルトの負傷兵の方がアコーディオンやバイオリンを弾き隣には足を失った方が御座の上に座って、物乞いしている光景がいたるところにあった。私が何と訪ねると・・・・・差別的な言葉を使って説明をしていた。光景は鮮明に覚えている。もう戦争から数十年経って、翌年の39年には東京オリンピックが開催していた頃ですらそうした光景が地方にはあったのだ。祖父が差別用語で使った孫の私が、今では障害者として車椅子で生活しているのだ。天につばを吐きかけると自分に戻ってくるとはこういうことなのだ。話はそれつつあるが、人類は平和を求めつつも指導者が一歩間違うと間違った方向へと進む。宗教も其々慈悲や平和や心の問題を説いているのに・・・・・宗教戦争は止まない。民族間の争いも絶えない。性なのか?!
2006年08月08日
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わが息子の高校の同級生という女性が今日我が家に来た。大阪の大学生で方言の論文作成の為のアンケートをしたいということで尋ねてきた。まぁ~息子の同級生ということもあって気軽に引き受けた。30分くらいのアンケートには聊か長いナァ~などと思いつつも、どうやら息子の方もバンド活動をしている時に、その彼女にもチケットを買ってもらっていたりしたらしいとのこと。お互い何処でご縁があるか分からないものだ。最初、我が家に来ると学生であるというのに名刺を出す。学生でも名刺を持つの?と、聞くと知らない人などには身分を名乗る為の手段だという。ほーー納得!最後のアンケートをすると彼女は粗品というお礼の品(ボールペン)を差し出した。息子の知り合いなのだから、構わないと断る。が、アンケートをしてもらった人には必ず渡すことと譲らない。学生だから論文とはいえ自分のポケットマネーで粗品を用意するとは、感心なことだ。これから世の中へ羽ばたく用意と思い、頑張れと応援する。わが子は、まだまだ卒業できず・・・・留年組だ。比較はすまいと思うが、わが子も世の中へうまく羽ばたけと願うばかりである。
2006年08月06日
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言葉通りであると、昨日の華道の稽古で始めて気づいた。華道はまだまだ日が浅い。与えられた花をどう生けるか?とても悩まされる。今は盛り花の自然調をならっている。真も流れる方向へといける。副え花がとても難しいのだ。昨日は先生の計らいで暗めの赤の小菊に桔梗が引き立てるのに、白の小菊をと私に渡してくれた。私の頭では、与えられた花は全て使わないといけないと思ってしまう。しかし、自分で生けていてもどうも真・添・体のメリハリがつかず増して生けた花が全て埋もれてしまう。自分ではどうも生け方が分からない。先生の登場である。先生曰く全ての花が競い合ってどの花も死んでしまっているのと指摘。先生が全て取り除き、花の蕾を全て取り始めた。つまり、引き立てるには要らないものは除くことで其々の花を引き立てることを告げられた。そこには、人生に於いても当てはまることだろう。空間を得た花は其々の花を美しく引き立てるのである。自然調とは絵を描く如くである。
2006年08月05日
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私は今日ほど社会が障害者に理解を持たれていないことを痛感したことはなかった。私の事ではない。こういうことを書くと自分の仕事が推察されてしまうかもしれない・・・・だけど、書かずにはいられない。法定障害者雇用率を満たしている会社・法人・公務員などの色々あるが大企業から中小企業に至るまでほとんどといっていいほどないのが実情である。法定障害者を満たしていないとその分ペナルティーを徴収することになる。そのペナルティーを支払っても、障害者を雇用したくないと考える社会はどうなのだろう?国も色々障害者を雇用することで、助成金を用意しているのが・・・・どうも、効果が今一出て来ない。今日も、障害といっても全く健常者と同じ人のことである。とても、真面目で好青年である。右足に人工関節を入れている為、仕事となると制限がでるから雇用以来の時は本人の了解を得て相手方の会社へ連絡する。最初は、とてもいい感じで担当者と話していたが・・・・・ご本人が障害者であるけれど全く健常者同じであることを伝えた途端、担当者の応対がコロリと話し口調が変わった。先方は私も車椅子であることは知らないだろう。その担当者は、そういう方は無理の一点張りであり、障害者は面倒であるというニュアンスの言葉出た。その時点で私は、この担当者と話しても無理だし、ここで無理に紹介して面接場で嫌な思いをされることを考えると勧める会社でないと判断した。ご本人には、柔らかく障害ということを理解してもらえない会社へ例え雇用されても苦しいだけだから・・・と、ご本人に伝えた。なぜなのだろう?健常者同様なのに障害者という言葉だけで過剰な拒絶を示す。私は怒りと悔しさと悲しみが生まれた。このブログを読んでくれている会社で人事担当の方や経営者の方、ご本人の何も分かっていない先に無理ということは避けてほしいです。人物をよく見て下さい!人物の能力を見て下さい!それから、判断してほしいです。
2006年08月04日
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公のサービスは何処まで?本人が納得するのが一番であることは間違いないだろう!ただ、一人ひとりの活用する人に均一という観点からからは中々難しい。特に、このところ直接来所する人と接すると客観的に見れなくなる。満足してもらっているのか?それとも、過剰なサービスか?敏速ということも、今の私では決してスムーズな対応が出来ていないようだ。などと、色々考えると頭が煮詰まってくる。
2006年08月03日
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日は変わりましたが、仕事から帰ってくると・・・・もう寝込んでしまった。否、既に車に乗った時から眠気で本当に事故なく無事帰宅出来てよかった。昨日の晩は、本当に眠れずそこに私が目覚まし時計の一つを5時に合わせてしまい、その音で起され・・・・挙句に、6時過ぎには人に作ってもらっている田んぼの畦の草が刈ってなく水が引けないとの苦情の電話がなるはで・・・・もう一日を過ごすことが大変でした。きっと仕事でも苦情が来るのでは・・・・と想ってましたが、そこはおかげを持ちなかったです。痛みがなければ、このままベッドの上で眠り続けたいのですが・・・私の性でしょうか、そうもいきません。痛め止めの注射を病院へ行くことは、神が私に授けた罰なのでしょうか?!もう今夜は眠れることを祈ります。
2006年08月02日
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疲れが溜まっているのに・・・・なぜか眠れぬ。昨日はとても仕事が目が回るほど忙しいかった。なのに、眠れぬ!勤めて日が浅いこともあり、失敗も多い!振り返る種類上も失敗している・・・明日直さねば・・・などと考える。でも、それは明日仕事場ですることで今更どうしようもない。と分かっているが・・・・なぜか、興奮している自分がいる。眠れる夜が続く。
2006年08月01日
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先ほど病院へ行った。今年は浴衣を着るのが、マイブームであるが今夜浴衣一枚では夜の風は涼し過ぎる。まるで秋風でも吹いているように感じる。梅雨が二日前に開けたというのに、そのニュースが聞けたと同時になんだか太陽に力ない。昼も雲が多く、なつ~という感じがないのだ。私のブームと思って買った浴衣も此れでは活躍出来ないよ~!
2006年08月01日
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