温故知新
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また、母親による幼児虐待死事件が明るみになった。育児放棄(ネグレクト)で、一日に与えた食事の量は茶碗1杯のご飯と麦茶1杯の水分。4歳男児が89センチ、8キロしかなかったという。世間はまた、彼女を大いに批判するのであろう。子どもを産んだこともない独身のアイドル崩れが目に涙を浮かべ怒りを露にしたりするのだ。まるで、自分だったら同じシチュエーションでも絶対そんなことはしない、と。私は笑えない。虐待した母親を。あれは私だった、と思う。「息子はしゃべろうとしないし、歩こうとしなかった。育児に疲れ食事を減らした。」未熟児として出生し、その後も発育が不良だった息子を、元夫の家族と同居しながらアルバイトで新聞配達をして育てていた彼女。その彼女が語った、『しゃべろうとしない歩こうとしない=育児に疲れた=食事を減らした』という心の方程式を、一体、世の中のどれだけの人が分かってあげられるというのか。いつまでたってもしゃべらない、歩こうとしない我が子。周囲の子どもはどんどん先に進み、当たり前のように昼間、ママ友と公園で談笑している姿。細い身体。襲われる自責の念。児童相談所に相談にいっても、のってくれるのは息子の悩みだけ。母親の心の闇には応えず、頑張れ、焦るな、と、繰り返され、徐々に自信をなくしていく毎日。崩れていった理想の日々。戻らない生活、人生。見えない未来。笑顔が消えていく彼女が手にとるように、私には分かる。「こんな子どもを育てる意義が分からない」「消えてくれたらいいのに」彼女を襲う悪魔のささやく声が、私には聞こえてくる。そして、私は笑えない。自分だったら同じシチュエーションでも絶対に虐待などしない、と、言わんばかりにカメラの前で胸を張った独身アイドル崩れを。娘を授かる前の私は、あちら側にいた。娘に障碍がなければ、今も、あちら側の人間であることに何の疑いもなく、世の中を蹴散らしていた。人の白い目に気づきもせず。気づいても、その視線を送る者を憐れとさえ思いながら。薄っぺらい空虚な、でも、思いっきり豪奢できらびやかな世界に必死にしがみつきながら、生きていたと思う。どれが幸せだったか、ではない。どれを選択しても、それが私の人生で、それもたった一度の人生である。その覚悟がいつできるか。病の床にふせって気付くか。うらぶれて薄っぺらい世界から滑落して気付くか。年老いて気付くか。障碍のある娘を授かって気付くか。犯罪に手をそめて後に気付くか。紙一重なのだろう。
2006.09.14
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