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本を捨ててきた。娘のオムツが3パック入っていた段ボールに、ぎっしりと2箱分。ほとんど、学生時代に使用していた書籍である。今では役に立たない改正前の法律書やら、面白そうだから読んでみよう、と思った部落問題の本やら思想本。これを本気で研究してみようかと、かじりかけた、メディアと政治に関連する本、本、本。こんな年数の古い物は大手古本屋では、たとえ値がついても10円だろうし、値がつきませんでした、と、私の学生時代のことを言われているみたいで気分が悪いし、うず高く詰まれた本の向こうからそう言われてしまったら、正直、ちょっと恥ずかしい。ネットで社会科学系の本を専門に扱っている古本屋を見つけて、そこに問い合わせてみたが、特に法律書は値段がつかなく、古い物であれば戦前まで遡らないと価値が出ないそうだ。オークションで売ったり、チマチマ譲り手を捜す手間を時給換算したら、もういいや、という気になった。何冊か、めぼしいものを抜いて、残りは月に一度の廃品回収の日に、本気で出すつもりだった。が、ひょんなきっかけで話すことになった方が、近くの大手古本屋チェーンの横で古本屋を営む方で、そこも社会科学系を専門に取り扱っている古本屋であることが分かった。確かに、ここは学生街。そういった古本屋が地元にあってもおかしくない。私だって、大学の近くの古本屋で、よく、授業で指定された本を探したものだ。彼の古本屋は、一日のうちで午後だけ開いていたり、突然、休んだりしたので、なんとなく、候補に挙げていなかった。聞けば、子供たちが独立し、奥さんが亡くなってからこっちは一人ぼっちで、細々と商売を続けている、とのこと。そういえば、通りから古本屋の2階を見ると、枯れた鉢植えがずっとそのまま出窓に置いてある。そんな身の上話も束の間、早速、本の話をすると、彼は、今までの、孫の話をする細い肩のおじいちゃん、から変貌した。私の持っている本の中に、「丸山眞男はあるかい?」「憲法だったら、吾妻のは?」と、次から次へと矢継ぎ早に聞いてくる。正直、彼が列挙した名前のうち、ほとんどが知らない名前だった。私は彼に本を『託そう』と思った。『売る』のではなくて、『託す』私の本が、誰か一人でも頬を紅潮させた若き研究者や、野望をもった若者の役に立てば、それでいい。「お金はいりませんので、是非、引き取ってください。」と頼み、後日、また来ることを約束して後にした。どうして、そうまでして本を処分したかったのか。それは、もちろん、手狭になったからである。が、こういった本以外の本で手狭になる、ということは、私が今、こういった本とは無縁になっている、ということだ。それをどうして捨てられなかったか、といえば、いつか、この学問に戻りたかったからだ。いや、そうではない。この学問をしていた頃の自分の価値観やらに戻りたかったのだ。戻れると思いたかったのだ。逆に言えば、この本の山がある限り、私は現実から逃れ、いつまでも、現実と乖離した状態でいなければならないのだ。私は障碍児を授かった。そのことは私にとって、交通事故で片足を失ってしまったかのように、一生捨てることの出来ない現実だ。そして、そのことは、今までの価値観を180度変えてしまう出来事だった。それでいい。そのことに忠実に生きていこうと思う。娘の補聴器は全く国からの補助が出ない。そして、医療費控除も受けられない。(厳密に言えば、受けることも可能)そんな、法律の落とし穴にハマってしまった娘を抱きかかえながら、どうして、アメリカの選挙活動とメディアの役割、などが勉強できるだろう。今の私だからこそ、できる研究や生かせる学問があるかもしれず、それこそが、現在や未来の誰かを、たった一人でも救うことが出来ることに、つながるかもしれない。もちろん、そんな時間も余裕もないのだが…。段ボール箱、2箱分。それを解体して、小分けにしたり、同じ大きさの本を長細く積んだりして、最近では使用していない娘のベビーカーに詰め込んだ。古本屋のおじさんは、「こんなにあるなら、私がお宅に出向きましたのに」と、笑った。いいです、というのに、彼は私に皺の寄った千円札を4枚手渡し、「丸山眞男のと、シュムペーターの、あれは良い本だったね。良い勉強されてきたんだね。」また、そういった本があったら、よろしくね、とまた笑った。彼のその一言のおかげで、私は、上手に、何かのページを書き終えたような清々しい気持ちになった。
2006.01.31
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私を憂鬱にさせていたクラス懇談会。結論から言うと、行かなかった。保育園に迎えに行った娘の体調が思わしくなかったのだ。担任の保育士と相談した結果、インフルエンザも流行っていることだし、夜、出歩くことは得策ではないだろう、という有り難い流れと相成った次第。はじめから、こうやって行かなければ良かったのだ。何も戦うだけが兵法ではない。打って出るときには出て、守るときには守る。出席しなければ負けたような気持ちに陥っていたとは…まだまだ、娘のことで涙を流している最中なんだなぁ…。金曜日に持って帰り損ねたお昼寝布団を、土曜日に取りに訪れた際、クラス懇談会の結果が、プリントされて入っていた。「来年のクラス幹事が誰に決まったか」「保育園での子供たちはストレスを感じて生活していることを忘れないで下さい」と、話し合った内容の最後に、「どんな子供に育ってほしいか、また、そのためにどんなことを心がけているか」についての、皆の意見がまとめられていた。それを読んでいたら、心から行かなくて良かったと安堵してしまった。『当たり前のことを当たり前に出来る子供に育ってほしい』『あいさつの出来る子供に』『最近、「嫌い」と言うようになったので、それだけは直して欲しい、うちのものは誰も言わないのに…』そう、テーマは『どんな子供に育ってほしいか』それなのに私は、どんな大人に育ってほしいか、を考えてしまった。だって、そうだろう。『お迎えに行く時間まで、一人、教室の端でおやつをまだ食べている娘にとって、当たり前のことがどんなに大きな壁なのだろう』『あいさつしても、大半は相手に伝わらない発音』『「好き」「嫌い」という手話を覚え、それを可能な限り使って、相手に100%意志表示できるようになっただけで、どれだけ、娘の世界が広がったことか』もちろん、本音と建前はあるだろう。クラスの中の代々続いている医者の家系の一人息子の親は、以前ランチをした際に「中学から夫と同じ私立に入れないと」と言っていた。それぞれの家庭に、もっと複雑な想いが存在することも、あるのかもしれない。だが、建前として出してくるネタが、あまりにも『和やか』ではないか。私は障碍のある子供しか育てたことがないので分からないが、こうまでして、障碍のある子供を育てたことがない親との違いが歴然とあるのか。彼女たちと、そう、『時間の流れ』の違いを感じて、悲しくなってしまった。子供時代には子供時代の楽しみや、想いがある彼女たち。一方、いつまでも手がかかる子供にあくせくしながらも、常に「生活できる大人へ」という目標のために今を生きる、私。これでも、『障碍があってもなくても、子育ての悩みや苦労は同じ』と、言うのか。似非人道者よ。おかげで、また眠れない。
2006.01.29
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今日のクラス懇談会が憂鬱で仕方がない。保育園のため、開始が夜19時から。仕事をしている人は、その時間に合わせて帰り、園が注文を受けてくれるお弁当を親子で食べればいいが、うちはそうはいかない。16時半にお迎えに行って、真っ直ぐに帰ろうとしない娘と格闘しつつ、帰宅時間は早くても17時過ぎ。そこから、入浴して、食事をして、また、18時半には家を出なければならない。いや、そんなことは全て割愛したっていいのだ。食事だって、外食すればいい。風呂に入らなくたって死ぬわけではない。気がすすまないのは、クラス懇談会での本日の議題。『どんな子供に育って欲しいか』『また、そのために何を心がけて育てているか』どんなことを、どこまで本音で話せばいいのだろう。クラスのメンバーは働くために子供を預けている。『障碍』について1秒でも考えたことのある人は少数派だろう。4月から入ってきた新しいクラスメートを厄介者、と思っている人だっているかもしれない。多くの友人から、あえて私と娘をチョイスして付き合ってくれる、障碍の関係ないママ友だちとは訳が違うのだ。疲れて帰ってきて、甘える子供に弁当を与えながら、自分も空腹をようやく満たした後、「私が死んでも一人で生きていける生活力をつけてほしい」では、「はぁ??」と思いつつも、非道な人間に思われたくもないし、仕方なく手を叩くしかないではないか、笑顔を作って。逆の立場だったら、私はこんな反応をしただろうな。そうか、逆の立場。娘に障碍がなかったら、私は、どんなことを書いただろう。先日。人生も半ばに近づいてきて、ようやく、服、というものに目覚めた。娘の服を購入しに、冬物セールなどを回るうち、売っているもの、どれもこれも、私好みの店を見つけてしまった。とある、アメリカ製の服ブランドの店、なのだが、生地の光沢がない感じといい、色合いといい、柄といい、なんともいい。家にある服をほとんど処分して、入れ替えてしまいたい、と、思うほど入れこみ、アウトレットモールのセールにまで行ってしまった。こんなことは生まれて初めてだった。アウトレットモールどころか、郊外にあるショッピングモールに入っているブランドであるし、そんなに、珍しいものではない。今まで何度も見ていただろう。それでも、どうして、今まで自分のストライクゾーンを外していたか、と言えば、もしかしたら、幼少時代の経験ではないか、と思った。実母は自分の好み以外は拒絶する人だった。それは服も例外ではなかった。その拒絶のやり方は凄絶で、徹底的にバカにし、出かけようという背中に、「そんなみっともない格好で恥ずかしくないのか。」「ヘンだ、ヘン、ヘン。」「バカにされればいい。ざまぁみろだ。」と、更に投げつけた。いつからか自分の好みは封印され、だからといって、親の好みも受け入れられず、家にある物や、安い物で、サイズのある物を、なんとなく着るようになった。もしも、だ。幼少時代に自分の好みを確立することができ、このブランドに出会っていたならば、この服のメーカーに就職しよう、という気持ちになったかもしれない。この服に似合う自分になろう、と、外見を磨いていたかもしれない。外国のブランドだから、英語も楽しく勉強したかもしれない。もちろん、全てが良い影響ではないだろうし、後悔しているわけでは全くない。ようは、親の影響力の話を考えていたのだ。長くなってしまった。絶対的な事実をとして残るのは、実母が私の人生の選択肢を一つ、つぶしてしまっていた、ということだ。もし、娘に障碍がなかったら、私は、こんなことを話しただろう。「娘が自分の力で人生を回し、歴史を動かせたと自負できるような何かに出会える人生を送って欲しい。そのために、経験や知識や情報を出来うる限り与えて、彼女の選択肢を多くしてあげようと思っている。」では、障碍があったら、どんなことを話せばいいのだろう。…同じことでいいのかもしれない。「娘が、これに出会えたから生きてきて良かった、と思えるような何かに出会える人生であってほしい。そのために、経験や知識や情報を出来うる限り与えて、彼女の選択肢を多くしてあげようと思っている。」あぁ、これでは、「私が死んでも一人で生きていけるように」と変わらないかなぁ…。うーん…。憂鬱だな…。
2006.01.27
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過日。掲示板での書き込みの最後を、『強くなりたいです』と結んでおられる方がいらっしゃった。『強くなりたい』私も常にそう思っている。が、私は一体、誰に対して、何に対して、『強くなりたい』と思っているのだろう。時に、掲示板や日記にコメントを残してくださった方に、お返事を書かせていただいているうちに、自分に対して書いているような感覚にとらわれることがある。このときも、そんな感覚に陥り、なんだか深く考えこんでしまった。社会だろうか。制度だろうか。行政だろうか。自分たちに好意以外の感情を向ける人たちに対してだろうか。そんな風にしか周囲を見ることの出来ない、弱くて脆い自分に対してだろうか。その全て、なのだろうか。答えは分からない。が、ただ、一つ言えることは、この腕の中の、かよわい娘に対して、ではない、ということだ。『強くなる』ことに疲れたとき。私は娘をぎゅっと抱きしめて、その匂いの中に埋没する。この世の中を私と娘の二人きりにトリミングして、時の流れも止めてしまう。そうして頭の中のスイッチを『娘のために強くなる』ことから『娘に寄り添う』ことに切り替える。すると、不思議と力が湧いてきて、強くなることを止めたのに、何故かまた強くなれる。そう、確かに私は強くなった。それは、『強くなる』ことに躍起になっていたからではない。娘に寄り添うことができるようになって得た強さなのだ。いや、ぶっちゃけて言おう。少しづつ娘を好きになってこれたから、それに伴って少しづつ手に入れることのできた強さ、なのだ。過日、掲示板にお返事をさせていただいた時には、そんな気持ちを返事に託した。が、あれから数日も経っていないのに、どうだ。娘の意志をねじまげ、自信をなくさせ、恫喝で行動を制御して、力を誇示したりする。より神経を使い、手をかけ、保護しなければならぬ相手に対して、これみよがしに『強さ』を見せつけ、お前は無力なのだから言うことを聞け、と、強要する。私は、誰に対して、何に対して、『強くなりたい』と思っているのだろう。私は、誰のために、何のために、『強くなりたい』と思っているのだろう。
2006.01.25
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東京在住の学生時代の友人が、京都土産として我が家に置いていってくれた七味が気に入っいている。座りの悪い木の筒に入っていて、胴に『黒七味』と書かれた和紙を巻いた風情ある代物だ。今までも、七味やらワサビやらには、財政の許す限りだが、それなりにこだわってはいた。が、今までが何だったのか、と思うほど、それは辛味も、薫りも、どこまでも深い。鍋物が美味しい、この時期。多用に多用を重ねて、あぁ、これがなくなったらどうやって生きていけばいいの、と、思うほど目減りしてきた頃。地元テレビの情報番組で、『各百貨店で今年、流行ると思われる一品』という企画を眺めていて驚いた。ワールドカップをあてこんだドイツ製品などに交じって、この『黒七味』が紹介されたのだ。置いていってくれた友人の様子だと、そんなに最近流行っていて、という感じではなかった。確かに、公私共に京都に馴染みある友人であるし、グルメな人だが、彼女の愛用している七味が、『今年、流行るであろう一品』と目新しい物として、この地方都市で紹介されたことに、ついつい「へぇ」と声が出てしまった。今更だが、確かに、情報の発信源であり、話題の中心は、ここ日本では東京なのだなぁ。その東京も、あちらの文化、こちらの流行を取り入れたりして、源流を辿ったら、案外、名前も知らない小さな国の貧しい村の伝統だったりするのかもしれない。そういえば、年末、実妹に会ったときも、こんなことがあった。お菓子を作ることも食べることも好きな実妹に、「カカオ80%のチョコレートはやめたほうがいいよ」と、言った。原料名の羅列に、まず『砂糖』と書かれたようなチョコレートではなく、カカオ純度の高いチョコレートを最近よく見かけるようになった。いきなり80%から食べたら、とんでもなく、私のような素人受けの悪い代物であったため、話のついでに言ってみたことだった。すると、実妹は、「何、それ」食べたことがないだけではなく、知らない、と言う。実妹が住む街は、実家から車で1時間ほど。住所が『市』ではなく『郡』からはじまる山間だ。情報は、東京から各地方都市、そして更に方々へ。水が高きから低きへ流れるがごとく、これも一つの自然なのだろう。そんな情報発信源で暮らしたい、と都会へ出るのも良し。ゆったりと時間が流れる田舎で暮らすことも良し。私のような小心者は、情報のシャワーは浴びていたいが、でも、デパートはここ周辺の5件を回って、電化製品を買うならこの街で、と、取捨選択少なく小回りでチョイス出来る、そんな、ここ地方都市が暮らしやすい。
2006.01.24
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障碍児を育てていて困ることは多々ある。その中の1つが、ポジショニングをどうするか、を考えることだ。最近、たて続けに、そんなことが多い。先日は、こうだ。保育園で、障碍児を育てる親の会が催された。歴代の障碍児と、その親が、出席できる限り集まった。下は、うちの子供。上は、20を過ぎたダウン症のお子さん。それはそれは壮大な会であった。最初は卒業した子供さんの近況を報告。次に在園児の大きな子供から。最後がうちの発言であった。が、何を言えばいいのだろう。本当に聞きたいことは、聞けるハズもない。例えば、「保育園が子供を放ったらかしにしている、と思ったことはありませんか。」娘の担任をはじめ、5人もの保育士が出席しているのに。が、明らかに場は、現役の母親が悩んでいることに対して、「大丈夫だよ、うちもこんなに大きくなったし」と、言いたい雰囲気をかもし出している…(と、感じる…)しかし、難聴児ゼロ、手術を要する障碍児ゼロ…。どんな発言をしたら場が盛り上がるんだろう…。辛い時間を過ごしてしまった。また、こんなこともあった。同じマンションの人から、相談を受けた。「△△(娘の名前)ちゃんの通っている言語教室を紹介してほしいんだけど…」これに関しては、ややこしい伏線やら裏やらがいっぱいあって、面倒だから割愛する。想像して欲しい。結果として、同じマンションの3人で会うことになった。一人は私。一人は私が以前、ひょんなきっかけから大学病院の言語教室を紹介することになった、娘より一学年年上の女の子の母親Aさん。もう一人が、今回、Aさんに相談して、私に回ってきた、娘と同じ学年の男の子を持つBさん。以上の3人である。Aさんの子供は、手帳を持っていないとはいえ、言語面や運動面の発達の遅れは顕著に目立つ。発達検査でも、かなりの遅れが見えている。Aさんは療育に積極的で、原因究明にも必死で、あちらこちらの病院に行き、療育にも熱心。だが、それは、自分が公園デビューを失敗したせいだ、とか、良くない友達と遊んでいたせいだ、と、言っている。Bさんの子供は、3歳になっても単語も出ていない。が、遅れていることも、個性、と言って欲しいと思って、1回、児童相談所に行ったっきり、どこにも行っていない。今回、幼稚園入園(Aさんの子供と同じ幼稚園)を前にして、子供がどうやってコミュニケーションを取るのか心配になって相談してきた次第。Aさんは、自分の子供に異常があることは認めているけど、それは後天的なことで、『治る』と思っている。ゆえに、少しでも私が、『同じ立場』という発言をすると、怒ったような焦ったような表情やコメントをする。一方、Bさんは、Aさんの子供の異常は気付いているし、もちろん、うちの娘が障碍児だと知っているが、そのどちらとも違う立場で、発達面でも『問題の無い遅れ』だと言って欲しい。そんな二人と話すために、「うちは問題がはっきりしているけど、Bさんは違うんだから、メキメキと伸びると思うよ」「うちは障碍児だけど、Aさんは違うから、塾みたいに通わせてるんでしょ?」と、繰り返しているたびに、なんだか、ウンザリしてきてしまった。そういった発言をしたり、場を取り繕っている度に、娘を裏切っているような気分になるのは何故だろう。来週は保育園のクラス懇談会。テーマは、『どういった子供に育てたいと思っているか、また、そのためにどんなことをしているか』さぁ、次はどういったポジショニングを意識するべきか…。
2006.01.21
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商売。景気回復も庶民レベルでは実感できないような、このご時勢。様々な人が、様々な感覚で、自分の店のドアのカギを開けているんだな、ということを実感できた出来事があった。私の住んでいる地域には、『こどもまつり』なるものがある。地域の保育園や学童などが合同で大きな公園を貸し切り、新聞に折り込みチラシを入れて、それはそれは大々的に行う。各園には、この『こどもまつり』遂行のための人員が割かれ、桜もとうに散った初夏に行われるというのに、本格的な冬将軍の前から準備をしはじめる。去年のチラシを手に取ったら、そのタイトルの上に30回に近い数字がナンバリングしてあった。年に1回なのだから、単純に、30年近く、こうやって催していることになる。その歴史の重さに圧倒され、ついつい、折込チラシのための広告の新規開拓を自ら買って出てしまった。一日経って冷静になり、熱に浮かされた自分を恨んでもすでに時遅し。私の手元には、広告を取るための資料や手紙などが山とあった。広告、と言ったって、B4の大きさに『こどもまつり』の記載が表面にされている裏面を幾つにも区切って、そこに名前やら営業時間やらが記載してあるような代物。自分自身を振り返っても、こういったチラシの裏を、しげしげと眺め見た記憶はない。こんなところを1コマ3000円で、果たして、買ってくれる店はあるのだろうか。店に入る前からドキドキと足取りも重く。頭の中でまとめていたハズなのに、いざ、話しはじめたら自分でも、『え!いきなりその話からか?!』と脳みそが収集つかない。質問されようものなら大パニック…こんな状態で、普段から気にいって通っている店や、子供関係の店などなどを回っているうちに、人間って成長するもので、なんとなくコツが分かってくる。何より助かったのは、相手の方が、この件に関してはプロ、ということだった。子供関係だけではなく、商店街の祭りやらのお願いや、この辺りは大学が多いので、大学祭のお願い、などなどなど。ド素人の私に比して、相手は何度もこういった話を受けていた、ということだ。そうやって、3000円の枠を3件。5000円の枠を1件。新規に開拓することができた。ノルマがあるわけではないのだが、私も『こどもまつり』の長い歴史の1ページに協力できたか、と思うと嬉しいし、下世話な話、顔が立ってホっともした。が、何よりも、そのお店の人の想い、みたいなものに触れられたことが面白かった。3000円の枠3件のうち1件は、豆を焙煎して販売している珈琲屋だった。よく通っているし店長をはじめ顔馴染みではあるが、子供関係とは言えないので、コーヒーを買ったついでに世間話程度に話したら、すぐにオッケーしてくれた。原稿を用意する店長と従業員の話を盗み聞くと、「適当でいいよ、どうせ誰も見ないって」と笑っているではないか。なるほど。ここは、この3000円で、私の口コミを買ったのだ。保育園へ帰って新規開拓できた旨を話せば皆の話題にのぼり、そこから、ちょっと行ってみよう、という人が出るだろう。近所で話題になれば、私はこの話を周囲にきっとするだろう。そこからも、話はつながっていくハズだ。何より、私という顧客は深く感謝し、ここにまた足を運ぶだろう。店長は、子供を二人、すでに成人させた年配の女性。店は3年前からと歴史は浅いが、贅沢品にも関わらず月に一度のセールには並ぶこともある。その成功の裏を垣間見られた気がした。3000円の枠のもう1件は、子供用のリサイクルショップである。話をはじめると心得たように、枠の大きさを確認し、それが絶対に変わらないことを確認し、何部をどの地域に、どんな新聞に折り込まれるかを確認した。私がしどろもどろになっていると、「こういったことには相場があって、相場以上のものだったらお願いするよ」と、言って、相場や実際どうだったかの話をしはじめた。私はここで、ポイントカードが1周し、2枚目のポイントカードも半分ほど貯まった位の買い物をしてきたが、なんだか今まで買った物が色褪せていくような気がした。全て相場を吟味し自分に有利なもの、ということが、商売をしていく上で重要だ、ということは分かる。が、リサイクルショップに対して、物を大切にすることは地球にも家計にも優しいし、何か宝探しのような気持ちで、常に「得した、得した」と勝者の気持ちで袋を手に提げて帰ってきた私にとって、「実はお前は常に敗者だったんだ、わっはっは」と笑われた気持ちになってしまった。断られる、と思っていなかった店に断られたこともあった。娘が好きなパン屋さんで、日記にも以前書いたおばちゃんの店だった。娘の保育園がたまに大量発注していることもあって、おそらくはもらえるだろう、と、思っていた。が、話しはじめた瞬間、見たこともない険しい表情になり、話し終わることもなく断られた。こういう話は発注をもらっている学校関係からいっぱいあって、一人に出したらキリがないし、こんな広告は誰も見ないし、効果があるわけがない。「力になれなくてゴメンなさいね。」と、言ったおばちゃんは、その言葉とはかけ離れた、気分を害された被害者の顔を見せていた。私は何度も謝って店を出た。確かに美味しいお店だが、当たり外れも大きい店だった。人工着色してゼラチンで固めただけの昔ながらのゼリーやバタークリームのケーキ。明らかに前日売れ残ったと思われる固いパンを買わされたことも何度かあった。たった、一度。こういった出来事があっただけで、今まで封印してきた嫌な思い出がどんどん出てきてしまう。こうなってしまうのは、きっと、私だけではないだろう。流行から遅れた、母息子二人で営んでいる町の片隅の小さなパン屋さん。そこに留まっているには、それだけの理由がある、それが分かった。悲しいのは、何よりもおばちゃんが自分の店を守ろうと思って、良かれと思って、そう発言したのであるし、今までもそうしてきたことである。お店のお客さんと仲良く世間話をすることも。昔のレシピを頑なに守ることも。売れ残ったパンを、固くなっても売ることも。店に飾り気がないことも。そして、目先の3000円という現金を守ることも。誰も悪くはない。だからこそ悲しいのかもしれない。一方で、こんな店もある。5000円の1件は自然食品の店で、一人でも多くの人の目につくことが出来たら、と、大きい枠を契約してくれた。3000円の1件は無農薬野菜と玄米のレストラン。チラシが折り込まれる地域からは少し外れた場所にあるにも関わらず、快諾してくれた。この2箇所は、違うオーナー、違う場所にあるのに、同じことを私に語ってくれた。広告の効果でたくさんの客が入ることを期待してはいない。今、子供の食が壊れてしまっていることが悲しい。アレルギーやアトピーの子供たちが、一人でも、これをきっかけに私の店を知ってくれて、おなかいっぱい食べることができて、その姿を見て親御さんが安心してくれたら、と。その一人のために払うお金である。私は頭の下がる思いがしたし、実際に何度も頭を下げた。こういった店に並んでいる品物は、きっと店長が吟味に吟味を重ねて選んだ安全なものだ、と、安心して買うことができる。こういった店で出される食事は、高くても、きっと本物の調味料と、本物の無農薬野菜を使って、心をこめて作ってくれたものだと安心して高いお金を払うことができる。色々な店の、色々な想い。こんなことでもなければ、きっと分からなかっただろう。これからはこんな視点も合わせて店を見ることが出来たら、良質な店が見つけられるかな、と、思ったりもした。が、とりあえず強く心に誓ったこと。それは、もう2度と安請け合いすることは止めよう、だ。
2006.01.19
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『あけましておめでとうございます』のご挨拶も遅すぎるこの時期。みなさま、お元気で過ごされておいででしょうか。我が家では、また11月に娘が入院しました。彼女が生まれてから、これで皆勤…と表現するのは適当なのかしら、3年連続の11月入院。ここまできたら、我が家の年中行事として今年のカレンダーに前もって書き込んでおこうか、と半ば本気でカレンダーを睨みつけ、過ぎ去る時間の早さを思いやっています。この2ヶ月。色々なことを考えました。その中には、このブログのことについても入っていました。ここで、気の向くまま匿名で書き散らすことは、とても私を楽にしてくれます。が、同時に、膨らもうとしているパンに切れ目を入れてしまうような、そんな感覚を持ちはじめていました。切れ目を入れることは、本に書いてあるレシピ通りであるし、とても綺麗に仕上がります。切れ目を入れなければ、きっとパンはパンクしてしまうことでしょう。でも、もしかしたら、それはそれで味のある見た目になるかもしれないし、味も私の好みに仕上がるかもしれません。売るつもりで焼いているパンではありませんし、レシピ通りに作る必要や法律があるわけではありません。私好みの私だけのパンを焼くためには、どうやって何をやって生きていったらいいのでしょう。そんなことを考えて、この2ヶ月を、娘の入院の付き添いでヒドい風邪を何度かもらって点滴片手に生きてきました(笑)勝手をしている間にも、顔を見せて下さったり、書き込みまでしてくださって、ありがとうございました。また、少しづつですが、お返事させていただけたら嬉しいです。インフルエンザが流行ってきたようですね。お身体を大切にしてください。新年の挨拶がわりに…pms
2006.01.17
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