Accel

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November 10, 2013
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「あの」
 あくまでも、柔らかい声が発せられた。
 まるで・・・これから日が昇り、段々と明るくなるこの朝の陰影をそのままに具現化したかのような声。
「あまり、私の大事な人を苛めないで頂きたいですね」
ビアルが、微笑みながら、ゆっくり言った。

「カンさん。
 そして、ブナンさん・・・
 私は、ニルロゼと出逢って数月しか過っていません。
 が、彼の性分は、ずいぶん判っているつもりです・・・

 ビアルは、ブナンの両足に両手をあてがいながら、ふわりと首を傾げた。

「どうして、もっとはっきり言って差し上げないのです?
 そのナーダさんは、結婚するのだ、と。
 結婚を控えた女性に、昔の恋人を逢わせる訳にはいけない、と・・・」
 ビアルは、ブナンの足を丁寧にさすりながら、ほんのりと言った。
「ご心配及びません・・・
 ニルロゼには、既にもう、この私というものがあります」
 言い切った。

「は?」
 思わず、カンが身じろぎし、肩に激痛が走り、その顔を苦痛に歪める。
 ニルロゼは、相変わらず、何の会話が繰り広げているのか、その話の中身は判るのに・・・なのに、判るのに、頭がついていかない。

 今ニルロゼはですね、追いかけるものがあるらしく・・
 それを見つけるのに、命をかけているのですね。
 私はニルロゼのそのようなところに惚れ込んだのです。
 ですがね、まあ、ニルロゼも普通の男となんら変わらない部分があるようで、ナーダさんに逢わないと、どうしてもにっちもさっちもいかないと申しているのです。
 嫌な男です。


 ビアルは瞳を伏せ、ため息を吐くように言葉を続けた。
「私の顔を立てて、ナーダさんに逢わせていただけませんかね?
 まあ確かに酷かもしれませんが、女性は現実的な生き物なのです。
 過去の男にいつまでも縛られないのです。
 そしてニルロゼは単純明快です。
 未来のために、ナーダさんにお遭いしたいのですから」

 ビアルは顔をあげ、ニルロゼの方を見つめた。
「ニルロゼ。
 さて、流石に鈍いあなたでも、話が理解できて来ましたね?
 ナーダさんは、ご結婚されるようですよ。
 このお二人は、ご結婚前のナーダさんの気持ちを乱してはならない、と、あなたが逢うのを引き止めているのです。
 いくらあなたでも、そのぐらいは理解できますね?」
 ビアルが言葉を区切るが、ニルロゼは、まだ、硬直した表情のままである。
「・・・結婚の意味さえ判らないとか言いそうですね、これは困りました」
 ビアルはやれやれ、という表情になった。

「カンさんとブナンさんがおっしゃっていましたね。
 一生涯、相手を支える、それが結婚ですよ、ニルロゼ。」

 ビアルはブナンから手を離し、ゆるりと立ち上がった。
 一足・・・一足と・・・・
 ニルロゼの方に、近づく。
「ニルロゼ。
 よく、聞いてください。
 女性はですね、できるなら、愛する人と、生涯を供にしたいと思うものです。
 ところが、人間の摂理・・・まあ、動物の摂理、ですかね。
 我々は、子孫を残すようにできているのです。
 つまりは、結婚は、二つの意味がある・・・
 女性が夢を見るような結婚と、そしてもう一つ・・・
 子孫を残すという目的ですね」
 ビアルはとうとう、ニルロゼの目の前に立ち塞がった。

「ナーダさんは、どのような理由か、どなたかとご結婚する事を決心されたのです。
 ですから、あなたは、もう蚊帳の外という訳ですよ。
 それでも、ナーダさんにお逢いになりますか」


 遠い・・・・・
 長い、時間が。
 過ぎたようだった。

 ニルロゼは、目の前のビアルの瞳に、自分が映っているのをみつめていた。
 ずっと・・・前も。
 こうだった。

 ニルロゼは、ふっと肩を落とすと、ふらりと後ろを振り返り、家から出ようとした。
「待て、どこに」
 カンが慌てて呼び止めようとするのを、ビアルが制した。
「ニルロゼ、私は明日にここを出ますからね」

 ビアルの声が聞こえているのか・・・ニルロゼは、音も無く家から出て行った。

「さて」
 ビアルは、きゅっと美しく笑った。
「私の大事な目覚ましを散々苛めて下さったこの御代は高いですよ」
 ビアルは、ぬっと外套の両腕を捲り上げ、まずはブナンの上体を引っ張って、カンの頭の方に、ブナンの足を持ってきた。
「ふふ。
 私を侮っていただいては、非常に困ります。
 私は、今まで、ぜんっぜん!
 中途半端な治療しかしてなかったんですからねえ・・・」
 ニヤリ・・・
 ビアルが、美しい顔で、恐ろしい笑みを作った。
「あなた方・・・
 私の大事なニルロゼに、あそこまで言うという事はですね、ご自分方も、それなりの覚悟がおありですね?
 ふふふ。
 私が本気になったら、ニルロゼが味わった以上の事を、あなた方は味わうのです。
 さー、いいですねっ」
 ビアルは、捲り上げた両腕を、くわっと構えると、まるで恐ろしい魔術師かのような笑みで、唇を吊り上げ、その瞳をきらきらとさせた!




 霧が・・・
 出ていた。
 チラリ、チラリと、その人物の影を見る男たちが居た。
 彼らは、ニルロゼという男が、他の者に発見されないようにと、硬く言われていた。
 彼らは、ニルロゼの動向を注意深く見ていた。
 その、ニルロゼ。
 まるで、幽霊のように、ふらふらと歩いていた・・・
 ふら、と止まってみたり、また、一歩歩んだり・・・
 それを繰り返しながら、とうとう、この班の出口へと、ニルロゼは辿り着いた。
 ニルロゼは、がっくりとうなだれた表情で、深いため息を付いた後・・・
 出口を守る男の一人につぶやいた。
「・・・俺の前にここに来た、旅人は」
 護衛は、やや汗ばんで答えた。
「ケルジのところにまだ居る」
「そうか・・・
 あの旅人は、ミョールという異国に行こうとしている。
 誰か、志のある者があれば、彼らに付いていってほしい・・じゃあな」
 ニルロゼは、それだけ言うと、とぼとぼと、出口から外へ出た。


 太陽が、東の大地を染め始めている・・・
 ニルロゼは、ちらりとその空を見たが、よろよろと大きな樹の近くに行くと、その樹に抱きついて、そして倒れこんで、再び大きな溜息をついた。


 結婚?

 ニルロゼは、ワンワンと鳴り響く頭の中の音の中で、必死に考えた。


 一生を、守る・・・・

 いつの間にか、少年は、両手をきつく握り締めていた。

 ただ、逢いたかった。
 それだけだ。
 それだけなのに・・・・


 若々しい少年の頬に、熱い涙が伝った。
 涙が出ていることすら気が付かず、ひたすらに、首を振り続けた。


 俺は、
 俺は・・・

 地面に臥せったまま、ニルロゼは、声もなく泣き続けた・・・


 昼。
 夜。
 丸一日・・・
 それから、ニルロゼは、ひたすらに、剣を振り続けた。
 ンサージから教わった、剣舞だ。
 何種類もの剣舞があった。
 その中でも、ンサージが、一番好むと言っていた型・・・・
 ンサージが、構え、かざし、繰り出す・・・
 その姿を脳裏に浮かべ・・・
 ただ、その姿を、浮かべて、ひたすらに。

 美しくも、攻撃性と防御性を兼ねたその舞を、数人の男が、遠巻きに・・・惚れこむように見つめていた。
 彼らは、ニルロゼの名を知らない者はなかった。
 ハーギーで、一番強いのではないか、と言われた少年。
 そして、東の鍛冶が認めた男。


 夜も過ぎ、また朝が来る・・・
 とうとう、ニルロゼは、樹に背を預けて、明け方の星を見ていた。
 リュベナのことが、思い出された。
 あの、怖いお姫様のところに・・・
 そろそろ、戻らないとナ・・・・

 ニルロゼが、入り口を守る者の方に近づこうとした時。
 向こうで、誰かが手招きしているのが見えた。
 少年は、少し首を傾げ・・・
 そして、瞳を左右に動かすと、手招きする者の方へと音も無く走り寄った。

「?」
 その手は、物陰に隠れていたが、やがて、手の人物が現れる。
「・・・」
 ニルロゼは、ちょっと息を飲んだ。
「あなたは」
 唖然として言うしかなかった。
 その人物は、女性だった。
 ハーギーから出て、カン達の班に別れた時・・・
 ナーダと一緒にいた、あの人だった。
「君は・・ええと、」

「私は、サーシャよ」
 サーシャと名乗った女性は、腕に小さな子供を抱いていた。
「・・・カンから聞いたよ。
 女性は好きな名前をつけたって。
 元気そうだね。
 君の子供?」
 ニルロゼは、ちょっと笑いかけた。
「・・・私も、聞いたわ。
 すっごい美人さんからね。
 あなたが、ここに来ているって」
「・・・」

 ニルロゼは、スヤスヤ眠る子供に目線を落としながら言った。
「俺、間違っているかな・・・
 やっぱ、そうなのかな・・・
 俺は、もう少ししたら、出て行くよ。
 あいつには、俺が来た事、言わないでくれ」
「あいつって誰」
 サーシャがピシリと言った。

「・・・そ、それは・・・」
 ニルロゼは、ちょっと赤くなってそっぽを向いた。

「・・・あなた、やっぱり、あの子に逢いに来たのね。
 呆れた人だわ」
 サーシャが言うと、子供が目を覚まし、ぐずり始めた。
「あ、ごめんごめん。
 よしよし・・・」
 サーシャが子供をあやす様子を見て、ニルロゼはあることを思い出した。
「そういえば、ナーダの子供はどうなった」
「・・・」
 サーシャは、上目使いでニルロゼを睨んだ。
「あの子は、今、ロゼって言う名前よ」
「・・・ロゼ?」
 ニルロゼは、瞳を丸くして驚いた。

「そうよ。
 あの子、最初ね、名前をニルロゼにしたのよ。
 その後、ロゼにしたの」
 サーシャは子供をあやしながら言った。
「あんた、本当に好かれていたのよ」

 ちょっと、間が開いた。
「でも、過去だってさ」
 ニルロゼは、頭に両手を当てた。
「俺は、過去だって。
 それに、ナ・・・えっと、ロゼは、結婚するんだろ?」
 ニルロゼは、足元の草を蹴りながら言った。

「ねえ」
 サーシャが小声で言った。
「あなた、どうしてあの子に逢いに来たの」

「・・・」
 ニルロゼは、また、カン達と同じような押し問答になるのか、と、がっかりしながら、それでもなお、同じ事を言った。
「俺は、どうせ、馬鹿だよ、サーシャ。
 俺は、単純なんだ。
 あいつに逢いたいんだ。
 それだけだよ」

 ニルロゼの表情を見ていたサーシャが・・・
 ふふ、と瞳を西に向けた。
「だって、言っているわ」
 サーシャが言い終わらない間に・・・
 西の岩陰から、人が現れた。

 普段のニルロゼなら、人の気配を読めないなどということはない。
 だが、今のニルロゼは、”普段”ではなかった。
 色々な思いが1日中押し寄せ、それを整理するのが精一杯だった。
 やっと、その思いを、どうにか自分なりに纏めた、そんな矢先だったのだ。


 そんな矢先、のニルロゼの前に・・・
 やや、赤茶けた髪の・・・
 小柄な女性が・・・現れた。

 いつの間にか、二人は、まさに二人きりで、お互いみつめ合っていた。
 時が、止まるかのようだった。

 風も・・・音も・・・
 朝の光さえも・・・

 少年ニルロゼは、ただ、目の前の女性にその瞳が注いだ。

 そしてニルロゼの口が、わななくように、やっと、開いた。
「ナーダ・・・」

 なんとも、この情景には、不釣合いな、情けない一言であった。
 だが、少年にはそれしか言う言葉がなかった。
 彼女に駆け寄って、その手を取って、その瞳を捕らえたかった。
 だが、ニルロゼの足は、留まったままだった。
 その想いと裏腹に、体は、全く動かなかった。





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Last updated  November 10, 2013 03:43:45 PM
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月夜見猫 @ 愛するケーナさまあはあと! おはようございます☆ >いつも本当にあり…
月夜見猫 @ オスン6757さん おはようございます。 >いつもありがと…
月夜見猫 @ もぷしーさん★ おはようございます。 >今まだうろうろと…
風とケーナ @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) 月夜見猫さま、こんばんは♪ いつも本当に…
オスン6757 @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) おはようございます。 いつもありがとう…

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