Accel

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December 16, 2013
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 カンの気持ちは乱れていた。
 もう、とにかく、どうしたらいいのか判らなかった。
 彼は、右手で涙を拭うと・・・
 サーシャの右手首を掴んで、自分の肩から離した。

「もう、もういいよ・・・
 もう帰って・・・」
 顔を左に背けると、女性の手も離した。

 本当は、まるで、よくなんかなかった。
 本当は、もっとこうして傍にいてほしいし・・・



 すると、サーシャの左手が、カンの右手をとった。
「・・・」
 カンが、驚いてサーシャの方を見るのにも間に合わず・・・
 サーシャは、右手で・・・
 再び、カンの左肩に、触れてきた。
 カンは、サーシャにかける言葉が思いつかず、ただ、唖然としていた。

 なぜ・・?
 俺が嫌いなんだろう?
 なら、俺に触りたくもないはずだ・・・

 色々な思いが頭を廻って、なんだか訳が判らなくなっていた。

 それでも、愛しい人が・・・

 少し触れる部分が柔らかくて・・・・
 鼓動は早くなる一方である。


「ああ・・・まるで・・・」
 カンは、ようやく、自分の心境に当てはまる言葉を思いついた。
「これは、生き地獄だ・・・

 どっちだろう・・・」

 カンは、我慢できず、右手を動かすと、サーシャの背に回した。
「き、君はどっちなんだ・・・
 嫌な男がこんなに近くにいて・・・
 地獄かい・・・?」

 サーシャは、黒い瞳を、やや、カンの目線に合わせ・・・
 そして言った。
「そうね。地獄の方ね、きっと」

 カンは瞳を閉じた。
 なんだか判らない・・・
 俺はどうすればいいんだ・・・・


「サーシャ・・・
 君は・・・
 なぜ・・・
 わざわざ、地獄に足を踏み入れているんだ・・・」
 カンは、右手を床に落とし・・・
 切ない笑みを浮かべて言った。
「・・・・」
 サーシャは黙っていた。


「・・・
 サーシャ・・・
 そういえば・・・・」
 カンは、そこでやっと、ある事に気が付いた。
「なぜ、俺が嫌いなんだ・・・?
 俺は、なにか、君に悪いことをしただろうか・・・」
「したわ」

 即答だ。
 カンは、驚いて、瞳を開け、サーシャの顔を見た。
「・・・そ、そう・・・?
 そうだっけ・・・?」
 カンは、必死に色々思い出そうとしたが、これといって彼女に嫌われる要素を思い出せない。

「私も聞きたいわ。
 私のどこが好きなの」
 いきなり、サーシャはとんでもない事を聞いてきた!

「えっ・・・」
 カンは、真っ赤になって、瞳を左右に動かした。

 どこ、と言われても・・・


「こ・・・これは、困ったな・・・
 ああ、未だに、ビアルさんの仕返しなのだろうか、これは・・・」
 カンは、思わず口走ってしまった。
「なに、その仕返しって」
 サーシャが聞いてくる。

「・・・ニ、ニルロゼを苛めた仕返しだって。
 俺は散々痛い治療を受けた上に、好きな女性をばらさないと更に痛くすると脅された。
 あんな恐ろしい仕返しはこりごりだ・・・」

「そう」
 サーシャは、僅かに、カンに体を寄せてきた。

 わ・・・
 た、頼む!
 こ、これは・・・
 これは、本当に、生き地獄だ!

「さ、サーシャ・・・
 き、君は、本当にサーシャか・・・?
 まさか、ビアルさんが化けているのか?
 それとも、美しい地獄の使者か?
 た・・・
 頼むから・・」
 カンは、真っ赤になって、サーシャを振り払おうとした。
 その右手を、サーシャが遮る。

「私の質問にまだ答えていないわ」
 サーシャが、そう言うと、カンは、荒い呼吸の中で、必死に考えた。

 え、ええと、
 どこ、どこなんて・・
 そんなの、知るか!

「・・・ひ、一目惚れだ!」
 とうとう、言ってしまうと、もうどうにでもなれ、といった顔つきになって、開いた右手でサーシャの右腕を掴んだ。
「ど、どうせ俺は単純だ・・・
 どうだ、結局男なんて、そうなんだ。
 わかったか」
 自棄気味に言った。

「ふうん・・」
 サーシャは、ちょっと呆れたような目をしていたが、考え入るような瞳になった。
「じゃあ、どうして嫌われているかも、判るんじゃないの」
「え・・・」

 カンは、思わずサーシャの瞳に見入った。

 なんだ?
 どういう意味だ・・・・


「・・・
 逆・・か・・・?
 君は、一目で俺が嫌いになったってか?
 こりゃ、いいや・・・
 それは、いい理由だ・・・」
 カンは、サーシャに触れていた右手に視線を移した。

「いつ?
 いつ、俺を見たんだ・・・
 いつから、俺は嫌われている・・・」
「覚えていないの、本当に」
「え・・・」
 カンは、再びサーシャの顔を見て、そして視線を宙に泳がせた。

 まさに、これは、試練だった。
 本当に、未だにビアルの仕返しが続いているかのようである。

「・・・君が俺を始めて見た時に・・・
 俺も君を見ている・・・ってことか?
 ・・・それは・・・
 ハーギーの時の事・・・か・・?」

 カンは、目の前の女性を凝視した。
 ハーギーの時・・・
 ”ハーギー”の時は、どれほどの女性を悲痛な目に遭わせただろう。
 それは、己にっとってもまた、苦痛の思い出でもあった。

「す、すまない・・・
 俺は、あの頃、どれだけの人に・・・その・・
 酷い事をしたか、覚えていない・・・
 君も、そのうちの一人か・・・」

 カンは、サーシャの腕に触れていた右手を・・・
 ゆっくり離した。
「そう、そうだったか・・・
 それは、知らなかった・・・
 申し訳ない・・・」

 しばし、また・・・
 無言の、暗い夜が続いた。
 その間もずっと・・・
 サーシャは、カンの左肩に、触れていた・・・

 カンは、目を開けていれば、その姿が目に入ってしまうので・・・
 目を瞑っている方が多かった。


 ハーギーでのことが、思い出された・・・
 まだ、自分が牢番になる前のこと・・・

「ハーギーを出て」
 ぽつり、とカンが言った。
「皆で、一つの班を作って・・・
 これから4つに別れるというとき、君を始めて見た・・・
 いや、もちろん、君の事は知っていた。
 牢に入っていたからな・・・
 他にも沢山の女性を見てきたのに・・・
 どうして俺は君が好きになったんだろう・・・
 ねえ、サーシャ・・・
 教えてくれ・・・
 他にも沢山男がいるのに・・・
 どうして俺を嫌いなんだ・・・」
「さあ」
 サーシャは、短く答えた。


 また・・・
 時間が無駄に流れていく。
 カンは、ジリッと力を込めると、右手を動かし・・・
 サーシャの背に腕を回した。
「・・・夜が・・・
 明けたら・・・
 もしかして、君は・・・
 朝の光と共に消えていなくなったりして」
「さあね」

 カンは、愛しい人の顔を、穴の開くほどに見つめた。
 ぐっと右手に力を込め、女性の体を自分の方へと抱き寄せた。

「なんだか、俺はもうどうでもよくなってきた・・・
 君がこうしてさえしていてくれれば・・・
 治らなくてもいいし、死んでもいいや・・・
 君が俺を嫌っていても、もうそれでも・・・

 サーシャ・・・
 いや、違う・・・
 違う・・・」
 カンは、呼吸を乱しながら、必死に言葉を続けた。

「前の事を忘れて、とは言わない。
 どうか、お願いだ・・・
 ずっと、こうして俺の傍にいて・・・」


 しばらく、サーシャは応えなかった。
 カンは、戸惑いながら・・・
 サーシャの背を撫でていた。

「・・・」
 サーシャは、カンの胸に埋めていた顔を上げて、少し体を起すと、カンの顔を見た。
 カンが、なんとも表現しがたい表情をしていた。
 その瞳を見ていたサーシャは、体を屈めると・・・
 カンに抱きついて、瞳を瞑った。


 カンは、暫く呆然としたまま、右手でサーシャの背に触れていた。

「・・・ああ、サーシャ。
 俺は、どこまでも、欲が深いらしい・・・
 短期間で肩を治してもらいたくなってきた」
 思わず、そう言った。

「どうして・・・?」
 サーシャはカンの体に抱きついたまま言った。

「な、治ったら、両手で抱きしめられる。
 そしたら、君の子供も抱きしめられるな・・・
 そうだ、そういえば・・・つ、ついでに、俺の子供なんかも・・・
 どうだろうか・・・」

「欲が深いわ」
 ペシッとサーシャはカンの肩を叩き付けた!
「い!痛い!
 頼む、女神様、優しく治療してくれ・・・」

「まあ!女神様は、万能じゃないかもしれないわよ?
 あなた自分で言ったじゃないの、治らないかもしれないって」
 サーシャが、それでも優しくカンの肩に触れた。

「いや、治ってみせる・・・
 絶対、両手で君を抱きしめたい・・・
 絶対にだ」

「まあ・・・呆れた人ね。
 私の気持ちは、相変わらず無視ね」
「ふん、君の気持ちは大体読めたぞ」
 カンは、やっと余裕の笑みを見せた。


「俺が嫌いだから、俺を治して、そして俺にミソクソ哀れな思いをさせるつもりだな?
 だが、そうは問屋が卸さないぞ・・・
 君がなんと言おうが、俺は何度でも、君を口説いてみせる・・・」
「まあ」
 サーシャは、笑い出した。
「ずいぶん自信満々なのね」

 と、カンは、右手でサーシャの背を撫で・・・
 その手をゆっくり、目の前の女性の頬に触れさせた。

「いや?口説き落とす自信はないよ。
 だけど、俺は君が好きだっていうのだけには、自信があるな」
「まあ、精々頑張ることね」
 サーシャは、カンに触れていた手で、男の右手をゆっくり払うと、また右手で彼の左肩に触れ始めた。

「サーシャ・・・」
 カンの、少し甘えた声がした。
「抱きしめたい・・・」
 男の指が、躊躇いながら・・・
 サーシャの背に、再び回された。

「・・・ああ、俺はむしろ・・・
 あの獣に感謝すべきか・・・
 こうして君を抱きしめられるなんて。
 ・・・本当に、何度も何度も・・・
 君を見ていて、いつも思っていたんだ・・・
 君を抱きしめたいって・・・」

 カンは、肩が楽になって・・・意識が遠くなってきた。
「・・・サーシャ・・
 俺の傍に、いてくれるよね・・・」
 サーシャは、ただ黙っていた。

「俺の近くに、ずっと・・・・」
 と、サーシャは、少し顔を上げた。
「だったら、まず肩を治さなきゃね」

 カンは、サーシャの瞳を見つめていたが、彼女の背に回していた手を、頭の方に回し、その頭を自分の方へと引き寄せた。
「な、なにする・・」
 サーシャが抵抗する暇を与えず、カンは彼女の唇を奪ってしまった。

「なにするの・・」
 サーシャが真っ赤になって、必死にカンから離れた。
「・・・いや・・
 もっと治るのが早くなるかなとか思って・・」
「じょ、冗談じゃないわ」

 カンは、サーシャから離れた右手を、彼女の右手に触れさせた。
「冗談ではないよ。
 俺は本当に君が好きだ・・・
 ”あの時”と比べて貰うと困るよ。
 俺は全身全霊をかけて君が好きだ!
 ・・・?
 まあ、今は左が使えないがな」
 ちょっと笑うと、目を瞑った。


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Last updated  December 16, 2013 07:33:43 PM
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月夜見猫 @ 愛するケーナさまあはあと! おはようございます☆ >いつも本当にあり…
月夜見猫 @ オスン6757さん おはようございます。 >いつもありがと…
月夜見猫 @ もぷしーさん★ おはようございます。 >今まだうろうろと…
風とケーナ @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) 月夜見猫さま、こんばんは♪ いつも本当に…
オスン6757 @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) おはようございます。 いつもありがとう…

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