Accel

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December 11, 2013
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 カンの家の戸口から、少し隙間風が吹いた。

 サーシャは、家の入り口付近で、立ったまま子供をあやし・・・
 ちらりとカンを見て言った。
「カン。
 別の人に頼んでよ。
 私、子供が小さいし。
 それに、どうして私なの?
 私、あなたがどうなろうが、知ったこっちゃないわ」


「そ、そう・・」
 カンは、そこまで言われてしまい・・
 もはやそれ以上、彼女を引き止める言葉を考えることができなくなった。
 確かにそうだった。
 サーシャの子供は、あと少しすれば1歳半になるし・・
 ヤンチャの盛りだ。
 カンも以前に、サーシャの子供、サレンと遊んだことがある。
 おぼつかないが歩き回る年頃のサレンが、こんな小さな家にいたのでは、怪我人のカンにも影響がある。

「悪かったね・・・変な事言って。
 昨日はありがとう・・
 そ、その、とてもうれしかった・・」


 その姿をちらりと見たサーシャは、横目使いで言った。
「誰か、他の人を頼んであげる?」
 するとカンは、顔をあげた。
「・・・・」
 右手を軸にして、体を起こした。


「サーシャ」
 カンは、ぎこちない動作で、右手を左肩から離し、これで何度目かとなるであろう・・・
 目の前の女性の名を呼んだ。
「俺は君に頼みたい。
 ずっとでなくてもいい。
 君が開いた時間でいいから・・
 だから、俺の治療をして欲しい。」
 サーシャは、困ったような、気恥ずかしいような表情を浮かべ、カンの目線から逃れた。
「い、嫌よ。
 どうして私があなたなんか・・・」
 またサーシャに背を向けられたカンは、すっかりと落胆の表情になってしまった。
「そう?嫌?
 なら・・・仕方ないね。」
 カンは、ふらふらと、また身を横たえた。

「・・・」
 サーシャは、その姿を横目で見て、ため息混じりに言った。
「本当にいいの?
 他の人を頼まなくても」
 カンは、ふてくされたように目を瞑ると、ぼそっと言った。
「他の人じゃ、嫌だ・・・」
 額に汗をかき、真っ青な顔になって、顔をしかめるカンの姿を、サーシャは唇を噛んで見ていた。

「なんでよ。
 どうして私?」
 俯いたまま、サーシャは入り口に寄りかかった。
「そ、それは」
 カンは心臓がドキドキしてきた。

 ああ、ブナンは、あのアルジェに、ただ、治療を頼んだら、“なぜか”などとは、アルジェに聞かれていなかった。
 ああ、俺はどうすればいいのだ・・・


「サーシャ。
 少し、こっちに来てくれ。」
 カンが言う言葉に、今度はサーシャが素直に従い、カンの傍へと寄った。
 すると、サレンがむずがってサーシャの手を離れ、カンの足を登り始める。
「ああ、これは参った。
 俺の唯一の右手がふさがれてしまった」
 そういいながら、カンはサレンを右手で抱きしめた。

「しばらく、俺はこのとおりの体だし。
 もしかして、一生左手が使えないかも・・・
 ああ、もう、面倒だな。
 俺はだ、3月と言わず・・・
 ずっと君にいてほしいが。
 ああ、つまりだ・・・」
 カンは、必死の形相で、早鐘のような鼓動の勢いのままに、まくしたてた!
「お、俺が治っても、君に傍にいてほしい!
 ええと、俺は、君が、
 ええと・・うわっ」
 サレンが、カンの顔をいじっていたが、左肩に手を伸ばしたので、カンは痛みに顔をしかめた。

 ちょっと、気まずい雰囲気になった。
 カンは必死にサレンをあやしながら、また視線をサーシャに移す。
「君が、好きなんだ」
 ずばっと言ってしまってから、カンは哀れな程に赤くなった。

「ふうん」
 サーシャは、カンの手から子供を抱き上げると、ちょっと横を向いて、ぷいっと言った。
「・・・
 私の気持ちは、無視するわけ・・・」
 カンは、驚いて・・・
 左隣に座った女性の方を見た。

「君の気持ちか・・・
 考えてなかったな・・」
 カンはがっかりして、瞳を瞑った。
「ああ・・
 いや?
 判っていたよ・・
 君は俺が嫌いなんだろう?
 だから、今まで言えなかった・・・」

 もはや状況は絶望的だった。
 カンは、うんざりしたような、諦めたような表情で、吐息をついた。
「・・・せめて、俺の左が動けばなあ」
「は?」
 サーシャは、必死に表情を殺そうとしていたが、思わずカンを見た。
「う、動けばなんだっていうのよ」
「うん。
 こっちが動けば、君の気持ちなんか無視して、君を抱きしめるのに」
「ば、馬鹿じゃないの」 
 いきなり、歯の浮くような事を言い出したカンに、サーシャはあたふたとしてしまった。

 カンは、もうヤケクソになったのか、少し口を尖らせて、頭を左右に振り・・
 そして、思い切ったような表情になって、一言一言噛み締めるように言った。
「こんな形で玉砕するとは、俺も思いたくなかったね。
 言わないつもりだったのに・・・
 でも言った以上は言うぞ。
 俺は君が好きだ。
 だから・・・だから、俺の傍にいてほしいです。
 でも」

 カンは、諦めたような笑みを浮かべた。
「君が嫌なら、諦めるよ」

 すると、サーシャは、立ち上がってカンの傍を離れ・・・・
 とうとう、家を出て行ってしまった。
 カンはがっかりし、痛む肩に顔をしかめながら、酒を飲んだ。

  あ~。
  もう、駄目だあ。
  俺は痛くて死んでいくんだな~・・・

  ああ、情けない。
  俺はサーシャが好きなのに・・・


  痛みが酷くて・・・・
  もう、肩から下を、取ってしまいたかった。
  そうしたら、どんなに楽だろう。

 ガンガンと鳴り響く頭の中で
 カンは、ニルロゼが寄越した東の鍛冶の剣を、掴んでみた。

  本当に、斬ってしまおうか・・・・・

  だが、再び襲った痛みに、またその手を左肩に添える。


  俺は、俺は・・・

 激痛に耐えながら、ひたすら、床に身もだえし、歯を食いしばっていた。


 夜に、なった。
 カンは、夢を見ていた。
 素晴らしく美しい人が・・・
 自分に触れていているのだ。


 これは・・・
 ビアルだろうか。

 はっと目をあけると、蝋燭もつけずに、カンの脇に座って・・・
 サーシャが、自分の肩に触れていた。
 あまりのことに、呆然としていた。
 これは、なにかの間違いではないだろうか・・・

「サーシャ・・」
 女性の名を呼んでみた。
 呼ばれた女性は、少しだけ、顔を上げ、こちらを見た。
「サーシャ。
 ああ、なんてこった。
 どこの天使様かと思ったよ・・・」
 カンは、嬉しさと、戸惑い、そして、心臓の高鳴りに、呼吸が速くなるのを抑えるのに必死だった。

 サーシャは、何も言わないでいるので、カンは何を言えばいいのか、全く困ってしまった。

 サーシャは、俺が嫌いなんじゃないのか?
 どうして、また来てくれたんだ?

 言葉にしたいのに、なかなか喉から出てこなくて、カンの動機は治まることがない。

 しかも更に!
 サーシャは、カンの右隣に向き合って座って、右手でカンの左肩に触れていた。
 少しだけ、彼女の二の腕が、男の胸に触れていた・・・

 ああ、ええと・・・
 俺が、こんなにドキドキしているいのが目茶目茶にばれている!
 うう・・・

 カンは、必死に目を瞑って、このどうしていいか判らない状況に、逃げることも打破することもできず、呼吸を抑えるのにひたすら必死になっていた。

 どれだけ・・・
 そんな体勢が続いていただろうか・・
 カンは、ふと、ある事に気が付いた。

「君、子供は・・?」
 男が言い出した事は、まるで的を外していた。
「ルイーゼに預けて来たわ」
「・・・そ・・そう・・」

 しばらく、また二人は黙ったままになってしまった。

 カンは、ようやく鼓動が収まってくると・・・
 重たげに右腕を動かし、指先でサーシャの左手に触れた。
「痛くて・・・
 朦朧としていた・・・
 夢みたいだ・・・」

 サーシャは、だまって視線をカンの指先に落としていた。

 やや青い顔を笑わせ、カンはサーシャの手を握った。
「きみ、きみは・・・・
 どうしてまた来てくれたんだ・・・」

 カンは、困ったような表情を浮かべた。
「無理しなくていいのに・・・
 こうしてくれると、俺は・・・」
 はあ、とため息をついて、カンはサーシャの手を離した。
「また、頼みたくなってしまう・・・
 ああ、俺はどうにかしているとも。
 もうなんとでも言ってくれ。
 どうせ君の気持ちなんて無視しまくりだろうし、
 どうせ君に嫌われているんだ」

 サーシャが、あっという間もなく、カンの右手に力が込められ、サーシャは引き寄せられて、カンの上半身に倒れこんだ!
「ちょ、ちょっと、なにすんの・・・」

 サーシャは抵抗しようとしたが、カンの傷を覆った布が目に入った。
「や、やめてよ、痛いでしょ」
「・・・」
 カンは、痛むのも構わずに、自由な右手をサーシャの背に回した。
「こうすると、もっと治りが早い」
「・・・馬鹿じゃないの」

 そう言うサーシャに、カンが呟いた。
「あの、ニルロゼが連れて来た人はビアルさんと言うが・・・
 正直、俺は、あのぐらいの綺麗な少女を見たことはない・・・
 あんなに綺麗な人がいるのに、ニルロゼの奴は、どうしてロゼに逢いたがっていたのか、俺にはいまいち理解できていなかった・・・」
 カンは、サーシャの髪を、指先でいじってみた。

「あの人・・・ビアルさんは、命をかけているそうだ・・
 よく判らないけれど、多分、沢山の人を治しているんだろう・・・
 その一人一人を命をかけて・・・
 たいしたもんだ」
 カンは、やっとサーシャを抱きとめた手の力を抜いた。
 男の手は、サーシャの背をちょっとだけ、左右に触れ・・
 一旦、床にその右手は置かれたが、また手を上げて、目の前の女性の肩に触れた。

「ええと、ビアルさんに言われたんだ。
 命をかけられる人に頼めって・・・じゃないと、治らないとさ。
 断られておいて、また言うのももう、なんというか、情けないし・・・
 ああ、でも、これで、言わないで、どうしろっていうんだ・・・」

 カンは、サーシャのやや長めの髪を、いじった。

「ああ、わかったぞ。
 じゃあ、聞けばいいんだな。
 君の気持ちを。
 ど、どうなんだ?
 君は?
 ええと、3ヵ月、俺を看てくれる?
 というか、それ以上だ。
 3ヵ月で居なくなられたら、俺は死んでしまう」



 なんだか、やたらに時だけが長く流れるように感じた。
 カンは、サーシャの髪をちょっと引っ張ってみたり、彼女の二の腕に少し触れてみたり、ちらりと彼女を見てみたり、そんなことを繰り返していた。

「な、なにか言ってくれ・・・
 サーシャ・・・」
 とうとう、拗ねた子供のような声で、カンが哀願した。

「・・・」
 サーシャは、カンから少し離れると、ちょっと溜息をついた。

「私は、あなたが嫌いよ」
「・・・」

 この言葉には、流石のカンも、衝撃をうけた。

 では、ではなぜ・・・ではなぜ、こうして・・・
 こうして、来てくれたんだ・・・

「・・・じゃあ、俺はどうすればいい・・・
 君が嫌っているのを知っていて、こうやって感受できるほど、俺はできあがっていない。
 嫌なら、お願いだから、もう来ないでくれ・・・」
 そう言うと、カンの頬に、涙が伝わった。





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Last updated  December 11, 2013 07:13:46 PM
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月夜見猫 @ 愛するケーナさまあはあと! おはようございます☆ >いつも本当にあり…
月夜見猫 @ オスン6757さん おはようございます。 >いつもありがと…
月夜見猫 @ もぷしーさん★ おはようございます。 >今まだうろうろと…
風とケーナ @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) 月夜見猫さま、こんばんは♪ いつも本当に…
オスン6757 @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) おはようございます。 いつもありがとう…

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