Accel

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January 29, 2014
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 果たして、昼時となった。
 レシアが準備した昼食を、アモは喜んでいただいていた。
 これで、彼女の食事を食べるのは3度目であった。
 前回までは、レシアの父も一緒だった。
 今日は2人きりで、向かい合っていると、少し間が持たない面もある。
 壁側に座ったレシアは、やや疲れている雰囲気があった。
 先日まで、目の見えない父を世話していたからもあろう。
 それでも、ハーギーでの、もの悲しく切ない女性ばかりを見ていたアモにとっては、レシアは未知の生活を営む女の子であった。

 レシアの方も・・・こうして、特定の男の子を家に上げるのは、初めての事なので、どうしたらいいのやら、戸惑いが隠せなかった。

 ビアルはどの家にも行っているのだから・・・・

 レシアは、濃い青色の瞳を、向かいに座ったアモに向けた。
 甲冑も脱がず、弓も下ろさずに食事を取っているアモを見ると、レシアはちょっとだけ、アモとの“距離”を感じずにはいられなかった。
「ごちそうさま!」
 アモが、にこやかに言っている。
「レシア、片付けるのを手伝おうか?」
「・・・い、いいわ?それより、少しゆっくりしましょう?」
 レシアが下げる皿の残りを、アモも下げる。
 調理台の脇の水瓶の水で塗らした布巾で皿を拭くレシアを見ながら、アモは疲れた雰囲気の少女になにか気の利いた言葉をかけられないかと、必死に考えた。
「そういえば、お父さんは、しばらく目が見えなかったんだってね。
 どのぐらい前からなんだい?大変だったろう」

「そうね。5年よ。
 1年ちょっと前から、ビアル様に診て貰っていたの」
「そう」
 粗末な服を着た少女を、黙って見ていたアモは、食卓に戻って椅子に座った。

「ビアル・・・か。

 何者なんだろう」
 アモは、背の弓を手にとって、弓の張り具合を見るように弦を引っ張った。
「わからないわ。
 でも、とても素晴らしい方だと思うわ・・・」
 レシアは、アモに背を向けたまま、頬を染めた。
 以前は、心ひそかにビアルを想っていた・・・ほんの憧れではあったが・・・

「人の生き方ってさ、色々あるな・・・
 ビアルみたいに、望まれている人もいるし・・・
 俺は、自分の立つ場所を確保できたのは最近だ。
 レシアは、お父さんが、大変だったかもしれないけれど、お父さんがいるってさ、素敵じゃないか・・・
 俺の仲間はお父さんを知らない人が殆どなんだぜ」
 アモは、弦に目をやりながら、溜息をついた。

「・・・・」
 レシアはそこで、やっと、やや哀しげな雰囲気のこの少年が背負うものが、目に見え初めて来た。
 遠くの噂でしか知らない、ハーギー・・・
 殺戮の場であり、人を殺すことで報酬を得るという・・・・
 だが、アモから感じることができるのは、深い哀しみと、そして・・・・

「まあ、でも居ないことを嘆いても始まらないさ。
 仲間も一杯いるし、今は仕事もあるし、こうして君の家の手伝いもできる。
 少しは役に立っているといいけど」
 アモは、優しい笑みを見せた。
 あの、黒き者から助けてくれたアモは、一途で、力強い精神があった。
 その精神は、暗い過去の上に成り立っているのかもしれないが、それであってもなお・・・
 つよい、と思えるのだ。

「とても助かっているわよ、アモ。
 お父さんも喜んでいるわ。
 さあ、少しはくつろいだら?
 いつもこんな格好しているんでしょう?
 肩が凝るわよ。」
 レシアは笑いながら、アモに弓を下ろすよう促した。
 アモは肩をすくめて従うと、弓を納める皮かけを下ろした。

「君に初めて会ったときに・・・
 弓を持っていなかった。
 あの時、どこからかともなく、とんでもない素晴らしい弓が現れたんだ。
 あれは、俺への啓示だと信じている・・・
 俺は、弓を離してはならないのだ、とね」
 アモは、片目を瞑って、自身の弓を指先で弾いた。
「君が俺を気遣ってくれるのは嬉しい。
 でも、君が思うより、俺らは練磨しているんだ・・・
 こんなのずっと装着しているとか、どうってことないのさ」
 そう言いながらも、弓を壁際に置いた。

「・・・・
 アモ・・・
 ハーギーは、辛かったのね・・・」
 レシアは、思わず口からその言葉がついて出た。

「・・・・」
 アモは、深いため息をついた。
「・・・・
 大丈夫だよ・・・
 もう、過去の話だ。
 もう、終わった話さ・・・・」
 アモが口を閉ざすと、二人は会話がなくなり、やや気まずい雰囲気になった。


 どうしよう。
 なにを言おう。
 ああ、くそ。
 どうすればいいのか、レガンに聞いてくればよかったな・・・・

 アモは、両手を組んだり、頬杖したり、足を組んだり、必死に考えた。
 が、なにも思い浮かばない。

 レシアは、樹を削り上げて創ったかのような雰囲気のアモに、少し見とれたり、その姿から目線を逸らしたり、しながら、なにを話せばいいのか戸惑っていた。
 色々聞きたいこともあったが、アモを悲しい思いにはさせたくなかった・・・

 無常にも無駄な時間だけが過ぎ、アモは、少し、窓の外を見た。
「・・・屋根でも、修理しようか?」
「?」
「もう暫くしたら、俺は戻らなくちゃ。
 屋根の上でも、見てくるよ・・・・」

 アモは、壁に立てかけた弓かけを通り越し、ゆっくり玄関から外へと出た。
 レシアは、アモが座っていた椅子に手を触れてみた。
 もっと、アモの事が知りたい、と思っていた。
 でも、それは、アモにとって、言いたくないことかもしれなかった・・・

 アモは、レシアの家の屋根に上ると、壊れた箇所を早速見つけ、果たしてどうしようかと思っていた。
 と同時に、その部分からレシアがちらりと見えて、少し鼓動が早くなった。

 盗み見ようと思っている訳でもないのに、目線がレシアを追ってしまう。
 見える範囲からレシアが見えなくなると、少しホッとしながら、鉄鎚を握りなおした。

 どうやら、レシアの事が気になるのかもしれない・・・
 熱くなる胸を押さえながら、アモは、呼吸を整えた。
 いや、いや、しかし、ええと・・・
 ええと・・・

 と、アモの耳に、誰かの足音が聞こえた。
 すぐ近くまで来ていた。
 人の気配が察知できるアモにとって、足音がするまで気が付かないなど、かなりの狼狽ぶりである。
 きらり、と鋭い目線でその足音の方に精神を集中させた。


「まあ!ビアル様?」
「遅くなりました。申し訳ございません・・・」

 レシアの声と、ビアルの声だ・・・
 アモは、黒い瞳を揺らめかした。
 レシアの声色が、明らかに、自分に対する声と、違っていた。

「ビアル様・・・
 今まで、ありがとうございます。
 父は、目が見えるようになったのです」
「それはなによりです」
「おかげさまで、仕事に行っています」
「そうですか」

 アモは、思わず会話に聞き耳を立てていた。

「お元気になったドハーさんにお会いしたいです。
 また日を改めて参りましょう・・・」
「あ、あの、待って・・・」

 声が、かなり低くなった。
「あの・・・ビアル様。
 あの、お願いが」

 屋根の上に、両生類のように這い蹲っているアモには、二人の姿は見えない。
 アモは、赤くなり、額と手に汗を滲ませ、なぜか歯まで食いしばって、その会話に聞き入っていた。

「いかがしましたか?」
「・・・は、恥ずかしいです、中に・・・」

 コトリ・・・
 二人が、室内に入ったようだ。


 う!
 これは、なんだ!?
 これはっ!!!!???

 アモは、顔面が蒼白になってきた!

「・・・」
 少女は、なかなか本題に切り出せないようだった。
 ビアルの雰囲気は、まったく読み取れない・・・・

「お悩みですね」
 静かに、ビアルが言った。

「では、いいものをお見せします?
 あたるもはっけ、あたらぬもはっけ、
 占い師ビアルとは私のこと・・・」
 ビアルが、食卓に動いてきて、椅子に座った。
 その姿の一部が、アモの目に入った。

「さあ・・・
 私には、なにも気を回さずに・・・
 あなたの心に集中してください」
 ビアルの前に座ったレシアが、ビアルの置いた光る石に、目を凝らしているようだ。

「・・・・
 ビアル様・・・
 ビアル様は、誰かを、お好きですか・・・」
 レシアは、唐突に言った。

「おや」
 ビアルは笑っているようである。
「常に・・・深く。
 すべてにおいて、です」
 ビアルは静かに応えた。

「誰かを好きになるというのは、潤いと、活力と、優しさに繋がること・・・・
 好きになるということは、自身を愛することなのです」

 ビアルは、光る石を懐に仕舞うと、立ち上がった。
「レシアさん。
 あなたが始めてですよ。
 私に、好きな人がいるかと聞いた方は・・・」
 フフ、と笑ったようであった。


 ビアルは静かに家を出て行った。
 その黒い影を、レシアの家の屋根から、これまた静かにアモが見送っていた。


 好きになるということは、自身を愛すること・・・

 ビアルが言った言葉が、アモの心に深く、飲み込んだ湯のようにゆっくりと波紋を広げて行った。

 好きになる、ということを・・・
 理解できない、したくない、そういう思いがあったかもしれない。

 しかし、ビアルはなんと言ったであろうか・・・

 自分自身を愛することだ、と。

 自分については・・・
 そうだ・・・
 今まで、女性を傷つけた過去ばかりにとらわれて、だから女性との距離をついとっていたが・・・
 それは、そんな過去を持つ自分が愛せなかったからなのだ・・・・

 アモは、ビアルが別の人の家に入って行っても、その家を見続けた。

 なるほど・・・
 だから、姫に気に入られているのか・・・
 ビアル・・・
 たいした者だな・・・


 アモは目を細めた。
 そして、両手を見た。

 自分自身を、愛せるだろうか?

 タコができ、あちこち黒ずんでいる手のひらに視線を落とし、少年アモは、彫刻のようにその場で同じ姿勢をとっていた。

「アモ」
「アモったら!」
 大きな声が、少年を我に返らせた。
 レシアの声だ。
 アモは、屋根の上からひょいと飛び降りると、何事もなかったように、レシアの家に入った。
「もう!
 そろそろ帰る時間じゃないの?
 遅れたら、怒られるんでしょ?」
「あ、ああ」
 アモは、俯いて、自分の胸の、紫色に染められた布を仕舞った辺りを見た。

「ねえ、アモ・・」
 レシアが、少し向こうを見ながら言った。
「・・・なに?」
 アモも、ちょっと視線を外しながら答える。

「今度の休みに、また来てね。
 アモがよければ、ハーギーの時のことを、教えて・・・」

「・・・・」

 アモは、唾を飲み込んだ。
 あの、血と、殺戮と、赤と・・・
 あのハーギーのことを・・・レシアに・・・・

「・・・無理にとはいわないわ。
 喋れるところから、教えて」

「・・・・」
 アモは、ぐっと唇を噛んでレシアをちらりと見ると、少女もまた、切なそうな・・・それでいて、どことなく、確かめるような・・・?雰囲気の・・・
 やや、頬を上気させたその表情を見て、アモは、鼓動が早くなってきた。

「う・・・うん・・」
「・・・・」
 レシアは頬を染めたまま、視線を外していた。

 ああ、うまく言えん。
 ええと、なにを言えばいいんだ。
 ええと・・・

「じゃ、じゃあ今度ね・・・」
 結局、通り一遍のことしか言えないアモだった。





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Last updated  January 29, 2014 08:33:00 AM
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月夜見猫 @ 愛するケーナさまあはあと! おはようございます☆ >いつも本当にあり…
月夜見猫 @ オスン6757さん おはようございます。 >いつもありがと…
月夜見猫 @ もぷしーさん★ おはようございます。 >今まだうろうろと…
風とケーナ @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) 月夜見猫さま、こんばんは♪ いつも本当に…
オスン6757 @ Re:「フィギアスケート選手を応援しよう!」(02/18) おはようございます。 いつもありがとう…

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