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明日から新しい学期ですね(北のほうの学校ではもうすでに新学期が始まっていますが)。宿題は全部できあがっていますか? 小学生をお持ちの方などは、もういったい誰の宿題なのかわからない状態でてんてこまいなんじゃないですか。 私は子どものころからかなり変っていたようで、苦手な工作以外の宿題はぜんぶ夏休みのはじめのうちに仕上げてしまっていました。早ければ3日、遅くても1週間以内には片付けてしまいました。 夏休みは遊ぶもの。ふだん経験できないようなことに時間を使うべし。いちいち覚えていませんが、楽しかったことだけは確かです。 宿題に読書感想文というのがあって、嫌でしたねえ。中学の時は百科事典で適当な作品のあらすじだけ読んで感想文を捏造していましたっけ。 高校の国語の宿題で書かなければならなくなった時、初めて読む決断をしました。できるだけ薄っぺらな本にしようと、カフカの『変身』を選びました。読みが浅く、サラリーマンの悲哀がどうのこうのという、まったくピントはずれの感想文を提出しました。それから半月ほどたったころでしょうか、本の後ろにあった解説に気が付き、初めてこの作品のテーマが何であるのかを知りました。 私としては顔から火が出るほど恥ずかしく、全文書き直すつもりで先生に返してもらいに行ったのですが、先生は曖昧な受け答えをするばかりで頑として返してくれません。どうやら中を読みもせず、提出したかどうかだけチェックして、早々に捨ててしまっていたようです。 このこと以外にもいろいろと、この先生は私にとってはまことにありがたい反面教師でした。後に私は高校の国語教師になりましたが、可能なかぎり読書感想文は書かせたくありませんでしたし、長期休暇中の宿題には反対し続けました。感想文を気にしなければ読書はもっと楽しくなるし、宿題がなければ休みはもっと充実するのです。 宿題がなければ子どもは遊びまくって悪いことを覚えるですって? そうかもしれませんが、多すぎる宿題はずるい子どもや要領のいい生徒をたくさん生み出し、クラスの人間関係をまずくすることも事実です。
2005年08月30日
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前回はちょっと湿っぽい内容だったので、今回は明るい話題を。私の素性・経歴はおいおい明かしていく予定ですが、話の都合で知っておいていただきたいことを大雑把に挙げておきます。◆1990年代前半まで:子供3人(男女男)を持つ幸福な家庭を営む◆1990年代後半:妻が発病(4年間繰り返し訪れる鬱。その後激しい躁状態。躁のとき子供を2人連れて家出、病状の一つである浮気)◆2001年離婚◆2003年退職◆2004年再婚(この妻にも2人の子供がある)自分で言うのもなんですがこの10年波乱万丈ですなあ。それはともかく私の娘に男の子がいて(つまり私の孫です)、これが来月2歳になります。誕生日プレゼントをお金で渡したり玩具を買って与えたりでは平凡すぎると考えた私は、娘に一つの案を持ちかけました。お父さんが文を書くから、お前はそれに絵をつけてくれないか。二人合作の絵本を作って、お母さん(元妻)に読んでもらうというのはどうだろう。娘は小中高どの学校でも、ユニークな絵を描く(変な)子として知られていました。元妻はお話の会や朗読会で活躍していたことがあります。私は物書き志望だったことがあります。 今はそれぞれ別々の家庭で暮していますが、年に一回(今年うまくいけば毎年したいと思っています)こうして自分の得意分野を生かして作品を作るなんて、とっても素敵じゃないですか。娘は快くOKしてくれました。そんなわけで私は初めて幼児用絵本の文に挑戦です。まあこんなことができるのも、新しい妻が、信じられないぐらい心の広い女性であったればこそです。感謝!
2005年08月28日
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大学時代の同期で、友達としてつき合ってきた女性が死の床についていると聞いたので、今日見舞いに行ってきた。大手生命保険会社の外交員として先月まで働いていたが、胃痛が激しくなり入院して検査したところ、胃ではなく膵臓が癌におかされていてもう手の施しようもないのだと家人は言う。ストレスのたまりやすい仕事をしながら、それを発散させるのが下手だった本人にも原因はあるかもしれない。信頼して診てもらっていた医師の誤診が命取りになったのだとも言えよう。(社内検診はどうなっていたのかな)だが私には彼女が会社の、と言って悪ければ社会の犠牲になったと思わずにはいられない。と言うのも、結婚して子どもができ、何が原因かは知らないが離婚して女手ひとつで子どもを育てようと決意したものの、そういう女性を支援するような体制が残念ながらわが国には無いにひとしかった。高収入であるに越したことはないが、学校の懇談会や授業参観にも出てやりたいという親心から、出勤時間に融通のきく仕事を探したところ、とうてい自分に向いているとは思えない今の仕事しか見つからなかったらしい。しょっちゅう胃が痛いと洩らしていた彼女に言ってやれる言葉は、「無理しないように。会社のために命を削るようなことだけはしなさんな」だった。私は自分も過労死の不安をいだきながら仕事をしていた経験があるので、だれにでもこの言葉をかけてあげたい。資本主義というのは元来、人間の命や尊厳よりも、成績や儲けにしか興味を示さないシステムなのだということを時には思い起こしつつ、どうぞ皆さま自分をいたわりながら仕事にお励みください。彼女には安らかな眠りが訪れますように。合掌。
2005年08月26日
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前回のバリアフリーの続きではありません。選挙がらみで新しい党ができたり脱党したり、え~、なんでこの人が出てこれるのぉてな人までが出馬予定だとか。選挙ごとに厚顔無恥なヤカラを何度も見てきましたが、もう何でもありですなあ。党の垣根取っ払って無節操この上ない。おいおい、あんたこの前まで反自民ちゅうとったん違うのかえ。党利党略の選挙ならやめとくれ。われわれの生活守って、先行きの不安なくしてくれるのが、あんたら政治家の仕事じゃろうが。政界で党のバリアフリーなんて洒落にもなりませんや。
2005年08月24日
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夕方散歩の道すがら、おもしろい光景にでくわしました。60そこそこと見える男性がジュースの自動販売機に硬貨を投入したその時、販売機が大きな声でしゃべったのです。「こんばんは。冷たいお飲み物などいかがですか?(まだまだ続く…)」他人事ながら思わず、「ほっといてくれ」と心の中でつっこんでしまいました。最近は目の不自由な方のために、音声ガイド機能のついた機械が増えてきましたね。耳の遠い方のためにか、やたらその声の大きなものもあって、恥ずかしさと腹立ちで不快になることもあります。郵便局の機械がまさにそれで、大音量でピポッと鳴るごとに寿命がちぢむ思いです。でも、バリアフリーの思想を貫徹するには、健常者の意識がどんどん変っていくことが不可欠なんでしょうね。
2005年08月22日
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今日は高校時代の同級生3人で奈良散策。30年以上も腐れ縁でつながってる仲間なんですが、麻雀するわけでなし、カラオケ行くわけでなし、酒呑むわけでなし。時々会って、愚痴のこぼし合いしたり、家族の消息知らせ合ったりしてるだけなんですけどね。50過ぎたおっさんが3人ぶらぶら歩いてるのも何だかなあって感じですけど、前回入ったおしゃれな仏蘭西料理店なんか、もうまったく場違いったらありゃしない。それでもできるだけ品を落とさないよう気を遣いながら粗相のないうちに退散しましたよ。今日はもっと場違いのところに行ってまいりました。東大寺の戒壇院の近くにある、知る人ぞ知る万華鏡喫茶しろあむ。私は万華鏡やオルゴールなどがけっこう好きなので、この店はぜひ寄ってみたいところの一つでした。さすがにマスターもママもおっさん3人は珍しかったとみえて、あれこれお話をしてくださいました。あれもこれもと万華鏡のぞきを勧めておきながら、マスターいわく「男が3人並んでその恰好してると、ちょっとひいてしまいますな」。ああた、それはないでしょ!他の二人は途中からだんだん飽きて来たそうですが、私は特に気に入った「宙(そら)」と題された作品を二月堂の舞台から飛んだつもりで買っちゃいました。6400円也。その店を出て最後に向かったのが、甘党の店。以前も行ったことがある店なのですが私の食べたいと思うものがなかったので、今回は勘弁してくれと頼んだのですが、おごるから付き合えとばかりに連れていかれました。さいわい夏場限定の柚子シャーベットなるものがあったので助かりましたが、この店こそ超場違いなのでありました。
2005年08月20日
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かき氷の蜜は赤いのがおいしそうに見えますね。コチニール色素で着色したものなんかが市販されていて、家で食べる時にはそういうのをかけて食べています。外で食べるのも似たり寄ったりですが、たまに舌が真っ赤に染まるような濃い色のに出くわすこともあります。でも昔食べた味とは明らかに違います。それもそのはず、私が子どものころに食べていたかき氷の蜜はチクロという人工甘味料を使っていたんです。チクロは発がん性があるとか催奇性があると言われ、昭和44年の秋に全面禁止となりました。どうも現在ではその疑いが晴れた地域もあるらしく、ヨーロッパなどではチクロ使用が認められているようです。日本ではどうなんでしょう、名誉回復は望めないんでしょうかねえ。死ぬまでにもう一度、あの氷いちごの味を口にしたいと思っているのは私だけでしょうか。どなたかご存知ありませんか、あの昔の蜜の味に近い商品、もしくはそんな氷いちごを食べさせてくれるお店。
2005年08月19日
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<なにがなんでも郵政民営化おしすすめるぞ選挙>が実施されるようで、それにともなって自民党の一部と民主党議員らが新党を結成するらしいですね。法案反対議員の選挙区にはくの一刺客を送り込むとの噂もありますが、なあんかねえ。なにかすっきりしない法案否決→衆院解散劇でしたが、それにしても自民党の内紛ばかりが世間の注目の的になっている感がしないでもないですね。いいんでしょうかね、こんなことで。年金問題やサラリーマン増税や九条問題なんかがみんなどっかへ吹っ飛んでしまってるじゃありませんか。郵政改革は必要でしょう。小遣いかせぎの天下りなんて、とんでもない。当事者以外国民の誰も望んじゃおりませんよ。私は民営化にいいイメージを持つことができません。国鉄が民営化されたあと、職員は大量に解雇され、赤字線が次々と廃線になり、もうけ第一主義で突っ走って、先の大きな事故にまでつながっていった図式が、郵政の民営化でも同じように起こると思います。国鉄と郵政では話がまるで違うじゃないかと言われますか。それは想像力の問題です。花や虫や人が死ぬ。これがわかる人は、「時計が死ぬ」も「文化が死ぬ」もわかるはずです。
2005年08月18日
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同年輩の友人たちを見ていると、体のあちこちにガタが来はじめているらしい。一緒に食事をしたあと薬をひと粒ものまない私が羨ましいと言われる。でも腰痛もあれば物忘れもひどくなりつつあるのだ。老眼になる前に読んでしまいたい本がいろいろある。(老眼になると読書がつらいとおどす者がまわりにたくさんいる)若いときに読んだ安倍公房、芥川龍之介、太宰治、福永武彦、堀辰雄などはぜひもう一度ていねいに読んでみたい。漱石の作品でまだ読めていない、『虞美人草』や『行人』なども。買ったまま順番待ちさせている長編小説(純文学もあればエンタテインメントもある)や、ノンフィクション(賞味期限が過ぎているかも)も気がかりではある。いまだに月数冊買ってしまうのも、そろそろやめないといけないのだが。音楽を聴いたり録りためたビデオを観る合間の読書なのでなかなかはかどらないが、今生のうちに果たさなければきっと未練が残って往生できなさそうだ。
2005年08月17日
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「今日できることを明日にのばすな」なんて金言がありましたなあ。これとは反対に「明日できることは今日するな」というのもあるそうです。あくせくするのは良くないということでしょう。わが国の昔の宗教家は「今日できることを明日にのばすのも、明日できることを今日するのも、どちらも怠慢だ」と言ってのけました。前者はわかりやすいけれど、後者はちとむつかしい。つまり、明日すればいいことを今日するというのは、今日しかできないこと、今日しなければならないことを持っていないということで、お前の今日はそんなにも空虚なのかという戒めなのです。私も含め多くの人は「あ~あ、今日もあっというまに終わってしまったなあ。特にこれといったこともしなかったなあ」と後悔しながら毎日を送っているのでしょう。今日しかない今日を、来る日も来る日もくだらないテレビ番組や不毛なゲームなどに費やしていていいのかと、時には自分を省み、何のための人生なのかと、少し立ち止まって考えるくらいの余裕ある生活がしたいものです。
2005年08月16日
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60年目の終戦記念日を迎えました。戦後久しく日本の平和を維持してきたのはひとえに自民党政府のお陰などと自画自賛なさるものだから、それを真に受けて自民党を応援していらっしゃる多くの方々を私は知っています。でもそれは大いなる誤解というものです。自民党をはじめいろんな団体が仕掛けてくる、平和と民主主義への攻撃に対して、それらを必死で守ろうとする人々の運動の成果が、この60年の平和をもたらしているのです。「靖国に参拝することによって、今度戦争するときは断じて負けないという誓いを新たにしないといけない」などというとんでもない好戦的な発言をしている政治家もいます。これが民主党議員の口から公の場で出たものだということは、覚えておいていいでしょう。戦時中は鬼畜米英と悪者扱いしながら戦後は卑屈にも言いなりになって、アメリカの戦争に協力することを「国際貢献」だなどとごまかし、今や憲法を変えてまで戦争できる日本にしようと躍起になっている人々の正体をそろそろ見破る時ではないでしょうか。
2005年08月15日
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ピークは過ぎたようにも思えるのですが、毎日暑いですねえ。私は関西人なので?、夏は暑いもの耐えるものと教えられ、エアコンも必要最小限しか使わないようにしています。さすがに熱帯夜は寝苦しいので入れてしまいますが。ところが最近うちにやってきた相棒(妻)は道産子なのでこの暑さがどうにも耐えられず、四六時中エアコンをつけるものだから、とうとう私はクーラー病のようなものになってしまいました。これは自分で防衛するしかないと判断し、自分の部屋ではランニングシャツ、彼女と一緒にいる時はその上にТシャツを着ることにしております。夏の楽しみは何と言っても冷たいもの。アイスクリームやかき氷、麦茶やスイカは問題ないのですが、ことわらび餅と冷やし飴となると、道産子にはとてもけったいなモノとうつるらしく嫌悪感を露骨に顔にあらわします。おいしいのにねえ。じゃあ北海道のものは何でもまともかと言うととんでもない。ご飯にバター醤油かけたり、赤飯に甘納豆入れたり、茶碗蒸しに栗の甘露煮入ってたり、そう甘いものが好きなんですね。トマトや納豆に砂糖をかけるのも普通だとか。別に道産子敵にまわしてののしりあい始めようってわけでもないんですけどね。同じ日本でも所変われば食文化もかなり違うってことに、この歳になっていたく感心しているんですわ。
2005年08月14日
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今年は反戦映画が少ないなあと思っていたら、昨日深夜に「TOMORROW 明日」(黒木和雄監督)をやってくれた。オンエアは関西地区だけだったから、観れなかった方も多いだろう。1988年制作で、実はその翌年の秋にテレビで放映になったのを私は観ている。悲しいかな、殆ど忘れていたが。1945年8月8日の長崎が舞台だと言えば、多くの方には察しがつくはず。あのご時世だから、現代とは違うそれなりの不自由さはあるものの、つつましく暮らす人々の「平和」で「穏やか」な日常があった。結婚の祝言、出産、恋人との別れなど、ある家族の一日が群像ドラマとして展開する。桃井かおりの出産シーンは白眉!そこで語られるどんな約束も将来の夢も、すべてが「明日」反古になってしまうことを画面の外の我々は知っている。だが彼らには何も知らされていないのだ。だからどんなささいな台詞も痛々しく胸にせまる。惨状を描くことで反戦を訴える作品があってももちろんよい。「父と暮せば」(これも黒木監督作品)のようなファンタジー作品に仕上げるのも手だろう。だが、この「TOMORROW 明日」はまったく異色の反戦映画だ。去年の8月にDVDが出たそうだから、まだご覧になっていない方はレンタルしてでも観ることをお勧めする。
2005年08月13日
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寺尾聰さんは好きな俳優だ。「雨あがる」「阿弥陀堂だより」「半落ち」など、いずれも好演していた。「亡国のイージス」にも出ているので、ためらいながらも観に行った。今日(12日)が最終日らしい。なぜためらっていたのかというと、この時期にあえて防衛庁や自衛隊の協力のもとにつくった映画だもの、何かきな臭いものを感じないほうがおかしいでしょう。ちなみに「戦国自衛隊1549」も今日が最終日。これらを観た若者(と限定しないほうがいいのかな)が、「自衛隊かっこいい」「専守防衛では戦えない、憲法改正だ」と短絡的に考えないことを望むものである。「戦争」を考える際の基本姿勢のようなものがあると私は思う。戦争になったらどうしようではなくて、戦争にならないようにするにはどうすればいいのかを考えるというものだ。危機と不安をあおりながら力で秩序を維持しようとする連中がいる一方で、暴力もおどしもない世界でみんなが仲良くやっていく方法を模索している人たちも数多くいる。思うに人間ふたり以上おれば、このどちらかの考えで関係がつくられていくと言ってもまちがいではなかろう。あなたの家族や友人関係、同僚や顧客などなど。今いい関係結べてますか。
2005年08月12日
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BS2で「男はつらいよ」全48作を放映しだした。私は若いころ、この映画が苦手だった。わざとらしいギャグ、あいかわらずの失恋話、浪花節的な人情物語。ようするにとっかえひっかえのワンパターン、マンネリズムに耐えられなかったのだ。ところが、人なみに結婚もし子供もでき、なんやかんやで人生ってこんなものかと思い始めたころから、この作品が面白く観れるようになりだした。図書館のとレンタルビデオでランダムに全作観終えた時は、すでに人生の半ばにさしかかっていた。今回は第1作から順番に観ていけるのがうれしい。途中から出てくる吉岡秀隆君(満男)の成長もゆっくり楽しむことにしよう。
2005年08月12日
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