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前回BSで録り損なった映画「ソフィーの世界」を再び放映してくれたので、今回は間違いなく録画して今日観ました。ちょうど10年前NHK出版から出て話題を呼んだ同名作品の映画版です。 ヨースタイン・ゴルデルの原作はファンタジー仕立てのわかりやすい哲学案内書でしたので、私も当時夢中で読みました。でもあの内容を映画で表現できるのかなあと心配半分期待半分で観だしたところ、主人公のソフィーを演じる可憐で魅力的なシルエ・ストルティンちゃんに導かれてあっというまに映画の世界に引き込まれてしまいました。 2時間足らずの映画なので当然原作の哲学のお勉強も全体の3割に満たないものですが、「あなたはだれ?」「世界はどこからきた?」などという文字通り哲学的な問いかけで始まり、ミステリアスな展開でヨーロッパ史のいくつかの現場に連れ回してくれるような映画などどこを探してもありそうにないので、これはかなり楽しめる映画であることには違いありません。 ちなみに監督はエリック・グスタヴソン、1999年のノルウェー映画です。上の画像は信州で入手した道祖神の土鈴です。
2005年10月31日
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またまた消費税増税の掛け声がかしましくなってきましたね。外車や貴金属類、高級家具、高級家屋などなど庶民に縁遠いものに消費税かけるのなら我慢もできますが、日雇いの労務者が大衆食堂で食べる最も安いうどんや丼物にまできっちり10数%の税を掛けるなんて、非人道的とさえ思います。 石原都知事が「消費税は一番公平な税だ」などとまやかしを言い、おまけに「買いたくなきゃ買わなきゃいい」とまで言ったとか。あんたはどこかの料亭や高級レストランで我々の口にはできないものを食しているのかもしれんけど、日々かつかつのものを食べて何とか飢えをしのいでいる者達に、「買いたくなきゃ買わなきゃいい」とはよくも言えたもんだ。 与党のお歴々が消費税反対や教育福祉予算カットに反対する者に投げかける常套句、「財政難だから仕方ないだろ」にはもう辟易。この国を軍事国家にする野望を捨てれば明日からでもできることばかり。 九条改悪して戦争できる国になったら、日本もアメリカみたいに世界の憲兵になるのかね。気に食わない国があれば力ずくでねじ伏せる気かね。国民から取れるだけの金しぼり取って、軍事費に回すんかね。もっとまともな頭の政治家が増えなきゃ、この国ほんとに滅んじまうよ。
2005年10月29日
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今日から読書週間だそうですね。きのうに引き続き、読書の話を。 私には読みたい本が常時列を作って待っている状態なので、いわゆる話題図書にはあまり飛びつきません。だから本好きの友だちと話をしても噛み合わないことが多いです。まあそんな私が比較的ミーハー的に素早く手に入れ、しかも面白かった作品は小川洋子さんの『博士の愛した数式』でしょうか。2004年度の本屋大賞に輝いた作品ですから、今さら私が推薦しなくても、本好きの方ならとっくに読んでおられるでしょう。 「雨あがる」「阿弥陀堂だより」の小泉堯史監督によって映画化され、新春ロードショーも決定しているとか。また日本映画に素敵な一作が加わることでしょう。 さて、以前は新作が出れば待ち伏せ買いする好きな作家が何人かいたものですが、今はそういう作家、残念ながら一人しかいません。『石の来歴』で芥川賞をとった奥泉光氏です。氏の作品は恐らく「通好み」だと言えそうです。私には女性ファンがほとんどいないと本人が自らのサイトで嘆いておられましたが、さもありなんという感じの作品が多いことも確か。 私個人の趣味で言えば、初期のかっしりした文体のミステリアスな作品もさることながら、最近のワンセンテンスにワンユーモアをちりばめた『新・地底旅行』『坊ちゃん忍者幕末見聞録』『鳥類学者のファンタジア』『「吾輩は猫である」殺人事件』などが好きです。 ただ氏の作品には時々私の理解を超えた(箸にも棒にも掛からない)ものがあります。『浪漫的な行軍の記録』『グランド・ミステリー』がそれなんですが、数ページ読んでもちっとも面白くなく、作者の意図がまったくつかめないのです。文学的に過ぎるのでしょうか。 私が最も気に入ってるのは、『プラトン学園』。読書の楽しみが満喫できました。ただ、この作品もきのうの瀬名さんの作品同様、結末がハチャメチャで、何とも惜しいことです。 この夏予約して買った『モーダルな事象』、当然ながらまだ読むには至らず、列の後ろの方で物欲しそうな顔して待っております。冬のうちには読めるかな。
2005年10月27日
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今どきこんな本読んでる人いるのかなあなどと思いながら、瀬名秀明氏の『ブレイン・ヴァレイ』を読み終えました。 瀬名氏といえば『パラサイト・イヴ』が有名ですね。映画の方はまったくいただけませんでしたが、原作は結末部分以外はけっこうはまりました。緻密な手術の描写を読みながら、昨今の医療技術がここまで進んでいるのなら、手術といっても無闇に怖がることはないんだなと私の認識を改めさせてくれた作品でした。また、ミトコンドリアなるものの正体がよくわかり面白かったものです。惜しいかな、最後のドタバタはやめてほしかった。作者の集中力、精神力ももはやここまでかという感じでした。 『八月の博物館』も始め期待を持って読み出したのですが、一々の描写がくどく、しかも展開が遅いので、もったいないけれど途中で投げ出しました。 私は高校時代、クラブでプラネタリウムを担当しておりましたので、『虹の天象儀』は興味深く読むことができました。アイデアも展開もなかなか良かったです。 そして今回の『ブレイン・ヴァレイ』。先日古書店で安く手に入れたものです。脳の働きはまだよくわかっていないことが多いですが、大変興味そそられる分野です。「神とは何か?」という大それたテーマを、脳の進化から追求した意欲作です。例によって多数の文献を駆使して構築したSF世界は見事です。が、やはり惜しむらくは、あと少しという所でほころびが生じ、結末がドタバタに終わってしまうことです。 最近こういう堅固なSFを書ける作家が少ない(私が知らないだけかもしれませんが)なか、瀬名秀明氏は貴重な存在だと思っています。氏には最後ストンと胸に落ちるような、完成度の高い作品を期待しております。
2005年10月26日
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昼ごろ娘からメールがあった。「スピード出した自転車どうしで出会いがしらに衝突して、相手のおばちゃんだけ飛んでって背中を打ちはってん」電話で詳しく尋ねてみると、相手はぶつかった瞬間ハンドルから手を離したので、後ろに飛んだもよう。お互いに連絡先と名前など交わして別れたらしい。娘は「治療代とか払わないといけないのかなあ」と心配の様子。 だいぶ経って電話があった。「おばちゃん、肋骨2本折れてたんやて。労災の申請出すから、警察に行こ」ということになったらしい。再び電話。「今日は痛いから、明日にするって。お見舞いとか行った方がいいんやろか」と言うから、住所がわかっているのなら行くべきだと言ってやった。 交通事故の場合、ぜったい先に謝ったらだめだと言われている。裁判になったとき負けるからだ。まあ時と場合によるのだろうけれど、勝ち負けの問題かなあと私などは思う。自分が悪いと思うときは謝ってしまうものだし、逆に相手が先に謝ったからと言って、相手に全責任をなすりつけるなんて卑怯ではないか。 どうしても必要な裁判まで否定はもちろんしないけれど、アメリカのようにちょっとしたことでもすぐに裁判という社会に、私はなじめない。勝負ごとが嫌いなのと関係あるのかないのか。ちょっと前に流行っていた「勝ち組」「負け組」などという言葉は、反吐が出るほど嫌だった。 で、お見舞いに行ったら、だんなさんもビックリして帰宅されていて、「お前だけが怪我をしたというのは、やはり歳の差かな」と笑っておられたとか。全治一週間なので、あえて労災扱いにしないということで話はついたらしい。娘にはこれもまたいい勉強になっただろう。とりあえずは、めでたしめでたし。写真は京都国立博物館の側面(南側)
2005年10月24日
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きのうは「蝉しぐれ」を観てきました。夫婦50割引が1年間延長になったので助かります。「雨あがる」以降、それ以前のものと一線を画した時代劇作品が当たっていますね。「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」など。これらに加えて私は「郡上一揆」や「草の乱」などの一揆ものも好きです。 内容については公式サイトhttp://www.semishigure.jp/をご覧になっていただければと思いますが、私が最近このての作品をよく観るのは、当時の人々の生活や考え方をもっと知りたいからです。「現代人が見失ってしまったかつての日本人の生き方をもう一度見直しませんか」的なキャッチコピーに素直に乗っかるのも何ですが、現代の都会の喧騒から遠く離れた世界にいっときでも身を浸していると、魂のリフレッシュになるのも事実です。 古典文学を読んでいても思いますが、昔の人の言動から学べることは多いです。いいところは真似すればいいし、悪いところは改めればいい。温故知新というやつです。古人の知恵を学ばぬのは愚かなことです。 さて、この「蝉しぐれ」ですが、心に清涼感の残る実に後味のいい映画でした。主人公のきりっとしたストイックな心のありよう、ヒロインのこれもまた情に流されず切ないまでの厳しさを押し通す強さ。ほとばしり出る激情が必ずしも押し込められた想いより強い愛情とはかぎりません。悲恋という一語でくくれない二人の恋情が胸を打ちます。 映像はどこをとっても美しく、殺陣も迫力満点でした。ただひとつ惜しむらくは、方言を用いなかったことによるリアリティの欠如。映画制作にとって方言は必ずネックになるとは思いますが、「たそがれ清兵衛」のあの生き生きとしたリアリティはやはり方言が一役買っていたと思うのです。若手を多く起用したことで方言を捨てざるを得なかったのだろうとは推察できますが、やはり惜しいことでした。追記:上の写真の植物、皿回しのように生えているのですが、いったい何でしょうか。ご存知の方、教えて下さい。
2005年10月20日
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今日の夕食は串カツでした。私は大阪生まれの大阪育ち、言うなれば生粋の浪速っ子なんですが、実は串カツ屋さんで串カツを食べたの生まれて初めてです。もっとも、札幌で「1000円串カツ食べ放題」の店に入ったことはありますけどね(って何でわざわざ北海道でやねん)。それから居酒屋さんのような所で食べたことは何度もあります。もともと串カツ自体は好きなんですよ。 ではどうして今まで串カツ屋さんに入ったことがなかったのか。どうしてでしょうね。生活圏が天王寺(阿倍野)から離れていたからというのは理由の一つですね。また学生のころ親から、あのあたり(通天閣のある新世界界隈)はガラが悪いから近づかない方がいいと洗脳されたのが祟っているのも事実です。酒が弱いというのもありますね。 最初の勤務先が飲み屋街を通って行く所だったので、帰りによく先輩につき合わされて居酒屋にも寄ったものですが、その後の職場はそろいもそろって近隣に飲食店などない所でしたのでますます縁遠くなってしまったのでしょう。 私はラグビーの町に住んでいながらラグビーをほとんど観ません。野球もそれほど好きでないので阪神ファンとは言えません(勝てば嬉しいという程度です)。東の人に「大阪と言ったら吉本ですねえ」と言われるといい気がしません。つまり天邪鬼なんですかねえ(ちなみにたこ焼きもお好み焼きも好物です)。 で、今日の串カツ食べた感想。大阪の人は私の知らない所でこんな美味しいものをずっと食べてたんやねえ! もっといろんな店を発掘せな。
2005年10月19日
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今日は地元の文字通り前夜祭。明日は太鼓台(布団太鼓とも言い西日本特有のもの)が神社の境内を雄壮に行き来しますが、今夕は激しい雨が降っていたので何もありません。地元の人でさえ本当に何もないと思っています。でも神社の本殿を覗いてみると、奇妙な酒盛りをおがむことができます。宮座の酒比べ神事と呼ばれるものです。 きっちり説明すると煩瑣になるのでしませんが、要は昔お庄屋さんクラスの人たちが氏子代表として年に一回秋祭りの前夜に集まり、自分の部落(差別用語かも知れませんがお年寄りは普通に使いますしニュアンスを変えずに代用できる言葉がありません)で造ったどぶろくを持ち寄って神様の前で飲み比べをし、その行為を奉納した名残が今に伝わっているものと思われます。 現在氏子代表は32名おり、私もその一人なので毎年参列しています。勝手にお酒を造ることができないご時世なので酒屋さんで売っている既成のお酒4種と、肴4種(味のついていないゴボウ、サトイモ、大豆、豆腐)が4人の当番によって用意されます。(大豆の加工品である豆腐が入っているのがどうも解せませんが)宮司さんの祈祷のあと、一時間かけてこれらを飲み食いするわけです。 友達がいるわけでなし、席を自由に移動できるわけでなし、下戸の私にはけっこう辛い一時間です。伝統行事だというので(煙草の煙も我慢して)半ば諦めて出席していますが、うまく代替わりできなければ先細っていかざるをえない、意義の薄れた神事です。
2005年10月15日
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くまぷうさんの所でこんな言葉を見つけました。「もし、何かがあったらどうするつもりだったんだ! となかった事を責める人がいます その何かがなかったんだから 一緒に無事に済んだことを喜んだほうが 何十倍もいい事があります」 私の母は実に肝っ玉の小さい人で、私がすることなすこと、年がら年じゅう叱っておりました。父(故人)は反対に実に寛大で、周りに心配かけた時でも、何事も経験と言って許してくれました。結果、母の前ではいじけた嘘つき少年の私も、父の前では明るい素直な子でいられたのです。 教師になった私は、始めのころはよく生徒を叱っていましたが逆効果であることに気づき、褒める教師に転身しました。例えば遅刻した生徒や休みがちの生徒と顔を合わせたら、「がんばってよう来たな」と言う。これは本心から言わないと厭味にしか聞こえません。 私のような優しい教師は生徒の間では好かれますが、えてして教師間では嫌われる場合が多いので、八方美人の私はその方面にも心を砕いておりました。お陰で職場はいつも楽しかったです。 私も含めて人には長所も短所もあるものなのだから、長所はおおっぴらに褒めてあげ、短所はこっそり注意してあげるのがいいと思います。怖い先生や行き過ぎた管理は、嘘をつくのが上手な子どもを作り出すばかりです。
2005年10月14日
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閑中忙あり(お若いあなた、こんな言葉おまへんで)にて 隠居ながら何かれと用事はあるもので 退職ののち運動不足にならぬやうにと つとめて日々の散歩励行したるも このところ家から一歩も出ぬ日ままあり 言ひても詮無きことなれど わが町は京にあらず奈良にあらず 歩きても歩きても風情などいづくにもなし ただ嬉しきは路傍の草花 虫の声 さらには夕焼け雲のうつくしさ 折りしも入り日に会ひて くさぐさ想ひながらの帰路をとる<写真は昨夕の日没 建物は近鉄花園ラグビー場>
2005年10月13日
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京都市美術館で次の日曜日まで開かれているルーヴル美術館展に行ってきました。お目当てはアングルの、「泉」と「トルコ風呂」。同時代のライバル、ドラクロワも嫌いではありませんが、アングルの方が好みに合っています。ミーハーなのかもしれませんが、衣服や装飾品などが写真のごとくリアルに描かれていると、それだけで手放しで画家の技量に感服してしまいます。アングルの作品は美術全集などでいやというほど観てきましたが、やはり実物は違いますねえ。美しさが匂い立っています。 アングル以外の作品で特に素晴らしかったのは、フランソワ・ジェラール作「聖別式の衣装をつけた皇帝ナポレオン一世」でした。衣装の材質があまりにリアルだったので思わず単眼鏡で確認してしまいましたが、筆のタッチが神業としか思えません。以前観たレンブラントも凄かったけれど、この作家の才能を再認識した次第です。 今回はじめて携帯電話型の音声ガイド機にお目にかかりましたが(私は展示物の内容によって借りたり借りなかったりします。今回は借りませんでした)、手も少し不自由で重いものを長く持っていられない妻には以前のようなイヤホン型の方がいいと申しておりました。
2005年10月12日
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人に貸した本が戻ってこないことがある。やむを得ず催促すると、探しておくという返事は返ってくるものの肝心の本が返ってきたためしがない。そういう悲運を背負った本は決まってこちらから一方的に勧めた本だ。返してもらったからといってもう一度読むわけではないが、それでも自分のお気に入りの本が他人の家に厄介になったままというのはどうにも収まりが悪い。落ち着くべきところに落ち着いていないというのは、本にとっても不本意なことだろうと同情するのである。 鈴木清順監督の名作「ツィゴイネルワイゼン」は複数のエピソードをコラージュ風にまとめたものだが、その一つにそのあたりの事情を怪談めかして描いたところがある。友人に貸してあった本を自分の死後、娘に返してもらいに行かせる話だ。 返してくれと何度も催促するわけにもいかず、かと言って待っていて戻ってくるものでもあるまい。ただただ、お気に入りの本を他人に貸したという自らの不覚を悔やむばかりである。このまま執着が解けないと、足のなくなった私は、友人宅を一軒ずつ訪ね歩くことになりそうである。上の写真は日本海の朝焼けです。フェリーより
2005年10月10日
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北海道は本州から新しく入植した人たちによって拓かれた場所ですね。初期のころは協力共同の精神なくしてはやっていけなかったに違いなく、その気風は今でもいたるところに見え隠れしています。知らない人にでもいきなり声を掛けてくる人がいるのも北海道らしいとか。(大阪のおばちゃんもその点に関しては決して負けてませんけど) 封建主義的な「家」中心の生き方に嫌気がさしていた人々もこぞって新天地を求めたことでしょう。だから、北海道の人はあまり家の跡継ぎがどうのとか言わないようです。早くから結婚式が会費制(実行委員会形式)だったというのもその影響かもしれません。 雪が多いので家の形も独特です。瓦が無く急勾配の屋根なのですね(最近は平らな無落雪屋根らしい)。また土地が広いからでしょうか、垣根や石垣でやしきを囲んで自分の地所をことさらにアッピールしている家はほとんどありません。これは本州の人間にはとても衝撃的です。 美瑛の駅付近は最近きれいに開発されたのでしょう。まるでヨーロッパに来たかのような印象を受けます。北海道の広々とした農地にはヨーロッパ風の建物がよく似合います(写真)。うっとりするような景色でした。
2005年10月08日
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上の写真は美瑛に接する上富良野のかんのファームのお花畑。無料で楽しめます。残念ながらラベンダーの季節は終わっており、紫色の花はラベンダーではありません。こういうカラフルな花の帯、実際に自分の目で確かめてみたかったんです。 この近くにはトリック・アート美術館という、いやに人目を引く建物が建っていまして、元来トリックだのパロディものが好きな我々は高い入場料を払って入ることにしました。触れてよし、撮影もよしを売りものにしている美術館も珍しい。ここは一人1300円也の価値ありました。 帰りはジェットコースターの路というのを駆け抜けました。最高に気持ち良かったですぅ!
2005年10月07日
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小説にしろ映画にしろ、いい作品は何度でも楽しめます。人生のどの時点で出会うかによってさまざまな迫り方をしてくるからです。 そういう点からも「北の国から」は実によくできたドラマだと思います。若い者が観ても面白いし、ある程度人生経験を積んだ者が観てもやはり面白い。人物や人間関係が実にうまく描けています。 私はあのドラマから、人生失敗したっていいんだということを学びました。みっともなくても、教科書通りでなくても、人間幸せに生きるとはどういうことなのかを泣き笑いの中で描いてみせた傑作だと思います。 ところで、麓郷には五郎さんの住んでいたとされる「拾って来た家」と「石の家」(写真)が一般公開されています。見学料を払えば中に入れてもらえるのですが、いつもの伝で私は無料で見れる所から遠望しておりました。私にはそれで充分。「石の家」を見るには階段で小高い所まで登らねばならなかったので、私一人で見に行きました。そのかん妻は車の中で休憩していたのですが、大阪ナンバーに気付いた若者達に取り巻かれ驚き呆れられていたのだそうです。たいていの観光客はレンタカーですものね。
2005年10月05日
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「北の国から」のファンとしては(と言っても去年やっと全部通して観た新米です)、やはり富良野に行かなくては話にならないというので行ってまいりました。実は妻の父親が富良野の出なのです。で、子供時代、娘時代に行った祖父母の家が今どうなっているのか確かめたいというので、山部の村はずれを行ったり来たりしました。 結局、あれがそうかな程度に終わったのでしたが、私は観光地でない富良野を満喫することができました。今はタマネギの収穫の時季で、採ったタマネギの長蛇の列(上の写真)や上部に青いシートを掛けたコンテナ(ぎっしり詰まっているのが外から見える)が積み重ねられている光景がそこここの畑に見られました。とにかく広い、だだっ広いの一言です。農家の人はたいへんでしょうね。頭が下がります。冬の厳しさも言語に絶するものでしょう。離農して廃屋になった家も散見しました。 つづく
2005年10月04日
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生まれて初めて小樽に行きました。 歌謡曲では「小樽のひとよ」(鶴岡雅義と東京ロマンチカ)と「小樽運河」(都はるみ)が有名ですね。文学者では、石川啄木、小林多喜ニ、伊藤整ですか。イラストレーターの永田萠さんの仕事場があるのも確かこの地でしたよね。 有名な北一硝子の各建物は修学旅行生や観光客でごったがえしておりました。私はどういうものか、光り物が好きです。宝石、クリスタル、メタリック・カラーの甲虫や車体などなど。どれもこれも見ていると欲しくなります。でもぐっと我慢して買わないようにします。 お金が惜しいからというよりも、より相応しい人が買ったほうがいいと思うからです。私が買って帰っても、どうせ一年もすれば埃をかぶって忘れ去られてしまうのだもの。 私は決していつもケチケチしているわけではありません。先日の万華鏡のように、人様から見たら無駄遣いと思われるかもしれない買物も時にはします。あの場合は私が買ってあげるのがあの作品にとって幸せに違いないと思ったからです。 お金を遣わなかったということで言えば、世界一の万華鏡ギャラリーを持つオタルカンが最も素晴らしく楽しめました。暗くなってからは旭展望台に車で登り街の夜景を愉しみました。もちろんこれもタダ。
2005年10月03日
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富良野から札幌に戻る途中おなかがへったので岩見沢の某回転寿司の店に飛びこんだ。 7時前にしては広い駐車場に車がほとんど見あたらない。でも看板は立派、活き活き○寿司亭。 店内にお客さんは3人。一皿100円というのに馴れている我々夫婦は、三百いくら、四百いくらの皿になかなか手が出せない。カウンターの中の板さんが「言ってもらったら握りますよ」と声をかけてくれるのだが、半分凍りついたような二人。くるくる回る皿の上のネタを観察しているうちに、いやに鮮度が悪く変色しているネタが多いことに気が付いた。 できるだけ経済上、保健上、無難なものだけ2、3枚取り、あとは注文して3皿ほど追加した。会計の時、バイトの女の子が意味ありげな微笑をもらし200円近くまけてくれたのは慰謝料のつもりか、はたまた口止め料であったか。単なる計算ミスとも考えられるが、真偽のほどはわからない。 教訓:北海道だからといってどの店も美味しいとはかぎらない。油断大敵!
2005年10月02日
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前回の短い日記にコメントを寄せてくださった渋爺1946さんの「優雅で素敵な時間をお過ごしで、羨ましいです」にご返事を書きかけたら、いつのまにか自分の生き方を綴っていたので、改めてこの場を借りて書くことにします。 前にも軽く触れましたが、私は大学を卒業してから50歳になるまでずっと教員(高校の国語)をしておりました。根が不器用なのか馬鹿正直なのかわかりませんが、授業の予習はほとんど欠かしたことがありません。教師は何をおいても授業で勝負というのが私のモットーです。 こちらがおざなりな授業をすれば、生徒はすぐに別のことをし出します。クラスのどのあたりに照準を向けるかが難しく、ラチ外に置かれた生徒はやはり授業から離れるので、全員が参加できるような授業を組み立てなければなりません。同じ教材でもクラスが違えば進め方も発問も変えねばなりません。 授業も生徒も好きなのでそれはいいのですが、授業の手を抜くことなく、障害物のように次から次へと現れる行事もうまくこなしていくというのは、並大抵のことではありません。それ以上に昨今は上からの管理が強められ、どう考えても生徒のためにならないような押し付けが次々と押し寄せて来て、多くの教師のストレスになっています。 私の最後の勤務校は府下でも(受検時の合格者成績平均が)下位から1、2位というすごい学校でしたのでなおさらしんどかったのだとは思いますが、仕事と時間に追われる生活から解放されるならどんな犠牲を強いられてもいいと本気で思ったものでした。 現在は年金生活ならぬ退職金生活ですが、いつまでこのような「優雅な」生活が続くかわかりません。でも後悔はしていません。プロとして恥じない仕事を精一杯したと自負しておりますから。優雅で素敵な時間を大切にしていこうと思っております。
2005年10月01日
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