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「できることが多いから良くて、できることが少ないから悪いんじゃないのよ、自分の出来ることを一生懸命やっていけばいい」TVドラマ「僕の生きる道」のSMAPの草薙くん演じる大竹君のお母さんのセリフです。ドラマ放映後、数日たっても、心に残っているセリフですので書いておきます。
2006年11月30日
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眼ぐるぐる体操もいいですが、眼を∞のように動かす体操もいいと思います。最初は指を∞の中心が鼻の真ん中にくるようにして大きく動かしてそれを眼で追うようにします。大きさは自分でコントロールできる範囲でなるべく大きく動かします。慣れてきたら指なしで眼だけを動かしてみます。やっているときはなるべく楽しいことをイメージしてください。こんな体操めんどくさいな、やりたくないなと思っているときはやめたほうがいいです。勉強をする前など集中を高めたいとき少しやってみると能率が高まると思います。脳の右脳と左脳の連絡をよくするような練習と考えていただいてもいいかと思います。
2006年11月29日
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このまえ将棋の羽生さんがTVに出てらしたのを見て、(プロフェッショナルという番組です)番組の中でも指摘されていたのですが、本当に話しながら眼がよく動くんです。これは眼が泳いでいるという感じではないです。NLPという神経言語プログラミングの世界では人の眼を動きを分析していて、左上に眼が動くときは過去の視覚記憶を呼び起こしている右上に眼が動くときは未来の視覚イメージを想像している左横に眼が動くときは過去の聴覚記憶を呼び起こしている右横に眼が動くときは未来の聴覚イメージを想像している左下に眼が動くときは過去の体感覚を呼び起こしている右下に眼が動くときは自分の心の声と対話しているなどと分析しています。思考するときに眼が動くのなら、眼を意識的に動かすことが思考力を高めるのではないか、そういう可能性もあるような気がします。眼が動きづらい人は動かす練習をすることで思考力を高めることもできるかもしれませんね。
2006年11月28日
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今日、自分の親としょうもないことで言い合いをして、久しぶりに怒ってしました。はははは、人生を楽しみに来ている人が恥ずかしいです。すると左の腎臓のあたりが痛いんです。怒ると体に毒素が出るといいますが、本当にそんな感じですね。怒った人の吐く息をびんにいれて虫をいれると虫が死ぬほどの毒らしいです。もう怒るのは絶対やめよう、怒るくらいなら無視しようというくらい嫌な感じでした。自分の損得で考えても怒るのは絶対やめたいと再確認しました。毎日やっていたら病気になることは請合います。しかし親というのはすごいものですね。肉親とは合わないと思っていたほうがいいのですね。最後の学び、修行なんですね。それも再確認です。
2006年11月27日
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人生は苦しみに来ているのではなく、楽しみに来ているって知ってましたか。ウスウス感じていましたが、やっぱりそうでした。迷ったときは楽しい方へ、向かえば間違いないようです。楽しみに来ているので、何も苦労する必要はない。勉強が出来なくてもいい(出来てもいいんです)。学校に行かなくてもいい (行ってもいいんです)。嫌な姑に会わなくてもいい(会ってもいいんです)。できないことは必要ないことかもしれない。楽しいこと、喜ばれることを何かやってればいい。自分のすることに時期が来ればめぐり合うようになっているようです。私も頼まれごとをやっているだけです。それだけでここまで来ました。いやなことはいやでもいいんです。楽しくない頼まれごとは断ってもいいんです。頼まれごとじゃないことをやっていると(自我が入ると)見事に上手くいかないんですね。運命は命を運ぶと書きますが、運ばれているのかも。よく出来ていますね。
2006年11月25日
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自分は心配性で悩みやすい、自分は無価値な人間とか思っていても実はそれは過去の経験の脳への刷り込みでなっているということがあります。子供時代に受けた心の傷とか。子供のときに成績のことで叱られたことがきっかけで勉強は苦手で楽しくないものと思ってしまうということもあるでしょう。心に傷があると「ワクワク楽しむ」とかいっても自分には無理無理と思ってしまいますよね。よく考えてみると、それは本来の性質でなくて、脳に無理やり入れられたソフトであって、そういうこともあったけど、よくがんばってきたな、とか今も結構、恵まれているな、とか、これからもきっとうまくやっていけるよ、とか、本当は結構やれば出来るんじゃないとか、自分に都合のいいソフトと入れ替えてしまうということができるんですよね。そういう入れ替え作業って、しつこくやっていればできるんです。子供はそういうことは自分で出来ないので、常に子供にはほめる言葉で自信を持たせるということが必要ですね。昨日、息子にちょっとしたことで、「ついてるね」といったら「うん、僕はいつでもついてるよ、みんなもついてる」と言われたので驚きました。「ついてるよ、・・・・だから」とか理由も言えるようになってきました。寝入りばなには、そういう言葉が入りやすいので、子供に「・・君はなんでも出来るんだよ」とか「とても優しい子だね」「明日もきっといいことあるよ」とか声かけしてあげましょう。
2006年11月19日
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いつもワクワク楽しんで感謝して生きていくだけ。そういう結論に至りました。脳は自由にイメージして考えられるのですから、いつもワクワク楽しく生きるのは自分しだいで誰でも出来ることです。あとの人生はそれを確認し、実践していくだけの毎日です。
2006年11月18日
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陰徳とは人に知られないで、ゴミを拾ったり、掃除をしたり、人が喜ぶことを言ったり、何かいいことをすることです。これって貯金みたいなもので、貯金しておくと何かよいことが起こるんですね。下心、邪心ありありで、してもいいみたいですよ。ここがポイントです。反対に人が苦しむようなことを言うとか、意地悪するとかしていると貯金が全部なくなってマイナスになります。マイナスになるとどうなるかというとそれは、あの人になんであんなことが・・・ということも起こったりするそうです。おお、こわい!そういう点からも、イジメってやめたほうがいいですね。かなりのマイナスですね。いずれ刈り取りがやってきますよ。
2006年11月17日
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売れるからすごいというわけではないですが、先月末発売の小林正観さんの「宇宙を貫く幸せの法則」八重洲ブックセンターの人文科学部門第一位を獲得でございます。その下の方に「トイレ掃除」の本も入ってますね。八重洲ブックセンター
2006年11月13日
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視機能のトレーニングに興味のある方、どんなものか知りたいとか軽い気持ちの方でも結構ですが、大阪でセアラ姫さんの主催でこんな講座があります。指導者養成講座参加資格、特にありません。指導者になるかどうかとか別に今は決めてなくてもOKです。そんなに難しいものでもありません。ご自分の子供の指導に活かしたいという方でも結構です。
2006年11月12日
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何か一つ出来ることがあれば人は生きていけます。私も一つのことしかできません。たとえば字が読めない、書けないとします。そうすると必ず他の機能が発達するようになっているように思うのです。たとえば物を作ることにたいして素晴らしい能力があるとか、一生懸命仕事をするとか、創造性が豊かであるとか、作物を育てる力があるとか、人に親切であるとか、さまざまな。出来ないところにばかり眼を向けがちですが、いいところが必ずあるはずです。それは誰しも同じです。みんな違っていて、みんな素晴らしい。日本国憲法は個人を尊重することを保障しています。学校教育ではほとんどライトがあたらない部分ですが、そういうところを伸ばしていくこと、も非常に大切なように思います。
2006年11月10日
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婦人公論の今月号の五味太郎さんと江国香織さんの対談のなかから、(婦人公論って結構面白いですね。)ボストンにあるフリースクールの先生は「教育とは何ですか」という質問に対し、「ただ、待つこと、です」と答えられたそうです。うーん、深いですね。周りの強制からではなく、子供の心から何かしたいという気持ちが起こるのを待つ、子供の発育によって学習の準備が出来るのを待つ、子供の理解を待つ、色んな捉え方ができるでしょう。待つこと、私たち親にとって忍耐が必要ですが、本当にそうなのかもしれませんね。
2006年11月07日
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いやな人に会わなくていいし、いやなところに行かなくていい。大人も子供もそうです。イジメのある学校でも頑張っていかなければならない、社会に出たらもっとイジメがあるから、イジメに負けない強い人にならないと、それは私は嘘だと思います。世の中は広い。仕事だって色んな仕事がいっぱいある、学校だってたくさんある。自分を受け入れてくれる場所が必ずある。本当にそうですから。そういう大人が周りにいれば、子供が自殺せずにすむはずです。死んだ子のためにも、こんなこと続けてはいけない。「心配ないよ。大丈夫! 学校行かなくてもいい。お父さんがお前を守るから。」大人がオロオロ困っていたら、子供はどうしたらいいのでしょうか。心配しても何にもなりません。かえって物事が悪くなるだけです。強い大人の背中を見せましょう。子供の前でかっこくらいつけるんです!
2006年11月06日
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人生は苦労を重ね、困難を克服し、自己実現、社会貢献をしていくことと私たちは教わってきましたが、それは本来このゲームの目的ではないらしいです。この人生ゲームでなすべきことは楽しむこと、喜ばれ、喜ぶことそれがこのゲームのルールのようです。楽しむ余裕なんかない、しなければならないことばっかりで、家も仕事も大変で・・・・・・。本当にそうですか。家の周りに花は咲いてませんか。鳥の声は聞こえないですか。歌は流れていませんか。面白い本はないですか。面白いTVはやっていないですか。時間がない、本当にそうですか。多分、自分の気持ちしだいですよね。つらい、つらい、つらい、といってもつらいことはなくなりません。気持ちも晴れません。つらい、といってたらずっとつらいまま。白馬の王子はやってきません。自分で苦しいのをやめよう、楽しいほうを選ぼうと思う、それがはじめの一歩です。いやなことをなるべくしない、いやな人となるべく会わない、無理をせず、がんばりすぎない、楽しいことをなるべくする、自分にも人にも優しく、とりあえずそんなことからでしょうか。
2006年11月05日
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すごいタイトルの本ですが、出す本、全部がベストセラーになる小林正観さんの新刊です。現象は全て無色、意味がついていない、幸せと不幸を決めるのも自分の心でしかない、正観さんはそのように般若心経を説いてくださいました。色がついていないから、全てを喜びと感謝で受けることもできる、結果的にそうすると体の調子も良くなるのです。どうしても許せないことがある、でも許した方が自分の体のためになるのです。全てを損得で考えてみると、ニコニコ淡々と感謝で、人を喜ばせて生きていると一番得だということになります。悩みがなぜあるのか、それは自分の思い通りにしたいという心があるから。親がこうであったら、配偶者・子供がこうなってくれたら、お金がたくさんあったら・・・、自分の思いの通りにしたいから、悩みが生じます。思い通りにならなくても、当たり前、なってくれたら嬉しいけどと思っていれば何も恐れるものはありません。何故かそのほうが思い通りになってくれたりするのですね。宇宙の不思議な法則です。正観さんが40年間検証してきた不思議な法則が他にもこの本に書かれています。
2006年11月03日
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昨今のイジメ問題が学校側が責められていることが多いですが、陰湿に行われるイジメに学校の先生が気づくことも中々難しいことはあるかもしれません。もちろん気づいたら、先生も命をかけて子供を守らないといけません。斎藤一人さんはイジメに対して「子供の様子がおかしいと思ったら、親が学校に行ってずっと見守ろう、子供の命がかかっているんだから」と言います。イジメに対しては厳しく罰するという制度を作るしか、今は対処できないかもしれません。すでにイジメの加害者を教育してよい子にするといっている場合ではないかもしれません。教育する、ということは罰もまた教えることです。
2006年11月02日
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