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「男はばら撒く性」だという総論話はよく聞くがこれまでそれはやりたいだけの男の言い訳話だと思っていた。だけどそうでもないのかもと最近思う。以前何度か「知的障害児の女の子が妊娠したので調べてみると地域中の男達に遊ばれてた」という話があったりして非常に嫌な気持ちになったようなことがあった。なんて最低な男がこの世には多いのかと。だが、逆の知的障害の男の子が周りの女に遊ばれたなんて話は聞いたことがない。女は自分よりどこか遥かに優れてると思えるところのある相手でないと好んでセックスしたいなんて思わない人の方が圧倒的数ではないかな。もちろん個人差はあるけど全体論としてそういう傾向ってのがあるように思える。とすると「男はばら撒く性」って話も分からないではないなと。まあ男は妊娠しないし表ざたにならないだけとかもあるかもしれないけど。男性は大方依存心より征服欲の方が大きいからか自分より頭のよい女性にはその気になれないとかは分からないではないが上記のみんなにやられていたという知的障害の女の子を好きだったかというと殆どは簡単にやれるからやりたかったからやったでしかないだろうし個人差はあるとしてもそういうのは女性には基本的にない発想や行動ではないかなと思うと「男はばら撒く性」って話がけっこうリアルな総論かもしれないとも思えたりもする。ただ救いは人総論では傾向があっても理性も人間性も性の総論の傾向はあっても個別だってこと。書いていている自分自身あまり気持ちのいい話ではないのだけどどうなんだろうなあと最近時々頭に浮かんでくる話なので書いてると何かまとまるかとも思ってみたけど全然だった。。。ただ「男ってのはばら撒く性なんだよ」なんてそんなことを他人事でも言う男は好きにはならないタイプだな。
2007/12/31
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楽天ショップ運営1年越え2008年の12月はすごく忙しかった・・・クリックするたびに注文が入っているようだった。顧客登録メール数の多い店では忙しい時期を調整できるという。それまでは何度か発送不能飽和状態を経験したという店が今はDMメールの配信で忙しさをある程度調整できているという話だ。そこまでできるようになるとネットショップの運営リアリティももっと実感できるようになるんだろうなと思った。まだまだ改善点いっぱい。だからやりがいがあるといえばそうだけど。上記状態に行くにはあと2年はかかるかも。まだ目指してもいない段階。来年は今年の3倍は売れるように頑張る☆
2007/12/30
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正月に自分の実家の方に帰省するなんてこの10年で2回目かな。父の再婚の結婚式に出なかったのでせめて今年は帰ろうと思っていた。帰るまでは弟へのわだかまりとかもあれこれあったけれど会ったことでたくさんいいところがまた見えてきたことで自然に解消したし会うってのは大事なことだなと改めて感じた。まあ、みんな結構自由に言動するからいろいろあったけれどすごく楽しかった。父の奥さんは話すほどにとてもできた部分があって最初会ったときも印象がよかったけれどより好きになった。書道では書いてある書の字が読めても「なんとお読みするんですか?」と聞くのが作法だという話を以前書いたけれど、彼女の言動は日ごろからそういう部分があるように感じられた。いろんな料理を知っていても、はるかに年の下の私にこの家のことも含めてせっかくなんだから、いろいろ聞いて情報を受け入れて考えてやってみようという姿勢には非常に学ぶところがあると感じた。人間として可愛い姿勢ででも非常に大人でしかも自分が成長できる行動法だなと。私はどうも教わるより教えたがる癖があるから余計感心したのかもしれないが・・・。
2007/12/29
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あまり明るいドラマではないのでBGVで流しながら仕事をしてるんだけど第一回で印象的だったシーンがある。子供の運動会で親達がみんなビデオ撮りで必死になってる。気づいたらビデオ撮りに必死で全然心から応援していないできてない・・・そこに気づいてビデオを置いて応援を始めたら頑張ってる子供がいきいきし出した。残すことは映像も嬉しいかもしれないけれどもっと大事なのは今にどう係わってるかが未来になる部分ってのがあるってメッセージを感じた。
2007/12/28
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ラウンジなどに「クリスマス価格」というものがある。女の子は日ごろより着飾っていて帰りにちょっとしたプレゼントが着いてくるとかそんなサービス。つまり、同じ店でもクリスマスに行くと日ごろより数千円高いサービスセットチャージになる。考えようによっては自分でお金出して多少の割戻しのようなプレゼントがつくだけなんだけど、でも、、それでもそれはそれで嬉しいとかって気持ちも分かるような気がする。数万の交通費と宿泊代を出して会いに行って3000円くらいのご馳走をしてもらっても計算すると全然合わないんだけど、それは別として嬉しいってのと似てる。・・・そういえば、、、そこまでして会いに行ってコンビニ弁当でいいかな?みたいな話だと馬鹿にしてるのかと思ったことがある。嫌なことを思い出してしまった。
2007/12/27
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日ごろ予約なしで入れない並んでる混んでる和食の名店もこの日ばかりはすいてる様子。だからってラッキーと思って入るようなそんな季節感のないことはしたくないなと思いながら開いたドアからどんなお客さんが出てくるのかをちょっと気になってみるとサラリーマンの男連れが出てきた・・。なんとなく妙に納得。
2007/12/26
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「ねえ、イブと当日ってなんかなんでも イブのほうが気持ち盛り上がるよね。 クリスマスとか前夜祭とか夏休み・・・。 当日になると特にそこまでではないからなのかな・・?」『それはちょっと違うな。イブか当日かではなくて イブから当日になる瞬間ってのが一番大事で その日になったってうれしさを一緒に分かち合いたいから イブが盛り上がるってのが本質ではないかな』「あ、誕生日とか考えると特にそうだね。 どれだけさっきまで覚えてたなんて言われても 日にちの変わった瞬間を大事にしてもらえないとがっかりするとかある。」『俺はいつも忘れられてるけど』「だよね。なんでか忘れるんだよねえ。」今年のうちのイブは、ダー念願の牡蠣を豪華な岩牡蠣で用意しそれから月並みだけどサーモンとかを単品懐石風でいつもより高いワインと4号サイズのケーキを買っておうちで過ごした。
2007/12/25
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高橋克典のドラマ「男の子育て」最終回の放送での隣の家族のシーンが良かった。父親「うちは無宗教だからクリスマスなんて関係ない 受験勉強しなきゃいけないだろう・・・」息子『うん。分かってる。でも・・・』と息子は立ち上がって両親にプレゼントを渡すと父親「クリスマスもいいもんだな」母親「シャンパンでも明けましょうか?」父親「お前はジュースだぞ」そこで思ったのは「うちはキリスト教ではないから」「うちは無宗教だから」「キリスト教でもないのにこんなことばかり商業主義に踊らされて・・」なんてクリスマスに言ってる人は殆どが単にプレゼントくれる人もいない寂しい人なのかもしれないと。無宗教でも他の宗教でも、にこやかにクリスマスプレゼントを渡された人でそんな言葉を話す人はいないだろうと。そういう言葉を言う人たちに無いのは宗教観ではなく受けてる愛情かもしれない。自分に他人にそういう言い訳してる寂しさをごまかすしかない寂しい人の寂しさを認識しないためのすり替えの言葉なんだろうなとふと思った。
2007/12/24
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あまりよい言葉ではないのだけどいい意味で「その程度」って見方ができる余裕をもてると互いに心が楽だということにやっと気づいてきた。自分との立場や、その人が自らがわざわざ声を掛けてきて自らの意思で伝えた言葉への最低限としての言動に期待をするから愕然とするとかイライラするとか、腹が立って我慢すると気まずい気持ちになるとかある。だけど、同じ土俵に立たずに「その人はこれでも能力的に今その程度で精一杯なんだろうな・・・」とそう思えたときにすごく楽だと感じるということが最近いくつか続いた。馬鹿にしてるというのとは次元の違う「慈愛」に近い感覚。同じ土俵から離れられないときには、だからこそのストレスとか恨めしいとかいっそ切ろうかとかがあったようでそこから離れるとなんだか受け入れられる感じが自然体でいい。そしてそれはいつかまた自分が何かあったときに許されることにつながるとかあったりするようだ。また違う相手には実際自分もこれで許されてるんだろうなとかかがかなりありそうだということも思い起こされたりもしてきたりする。相手が自ら言おうがどうしようが、どういう立場にいようがいまいが、「今それに至る(解決するには)相手が持ってない能力を見極める判断ができず相手の言葉や置かれてる立場の当然であるような行為をそのまんま鵜呑みで期待」ってのををしなければいいってある意味そういうこと。そう考えると、相手へのストレスは、実は相手の見極めのできない自分自身の生み出すストレスとも言える。相手の応えるべきと思う立場にいることや表面的言動に紛らわされない見極め・判断の誤りそれが自分の心に不協和音を奏でさせ始める。自分に余裕が無い時や、同じ土俵で考えたり、相手を見極められずに入れあげるとかそのあたりの影響ってのが結果自分の心の在りようを左右するかなり大きな問題であるようでもある。追記:ただ恋愛は同じ土俵からはずれられないように思える
2007/12/23
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身の程知らずでも勢いのある人てっのにはつい思いがけずも押されて反応しちゃうとかあるかも。恋愛も仕事も。きっとその人が身の程を知って考えて動いていたら対応なんかしなかったような相手に動かされちゃったりってのは確かにある。「身の程知らずが!」なんて思われるほどの勢いがあるってのはある意味すごい能力かも。ただし・・・身の程知らずの勢いでチャンスをつかんでも身の程が成長しないようなやつだと、始まってもバスッと切り捨て。余談だが・・・遊び人は身の程知らずで成長しないで相手から切られるほうが反って好都合だったりとかしたりするとかあるかも・・。身の程知らずが結果を出すそんな勢いもある意味大事だけど身の程を知って生かしてしっかり結果につなげるってのも安定感があっていいね。ただ、似て非なることは、身の程をわきまえるつもりで後すざり身を引く言い訳にするってのは全然別ものでなんとも情けなくもみっともない。
2007/12/22
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山椒の季節になると山買いし枝から実を取り出して冷凍保存しておくのだけど、どんぶり1杯くらい買っても3ヶ月超でなくなってしまう。和風パスタをはじめいろんな隠し味に絶妙な味を生み出してくれるのでこれが切れると残念でならなかった。だけど、、、先日、松坂屋スーパーの瓶詰めコーナーで山椒の水煮なるものを見つけた!けっこう高かったけれど、枝からとって丁寧に瓶詰めしてあってこれが非常に便利!!!「水煮」ってのは筍や豆類などでいまいちだと思っていたがこれはなかなか全然どうして結構いける!価格の価値は十分すぎるほどあるおすすめ品だ。【飲料・調味料】実山椒の水煮 瓶入り
2007/12/21
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63才の仕事先の上司は60過ぎだがかなりの男前。実際非常にもてるし、自慢のスタイルと美貌の奥様がいながらも彼女が何人もいる。彼女は何人もいるが奥さんは特別で格別な様子でしかし、その彼が「妻が先に亡くなったら再婚するぞ~」と盛り上がってる。奥様は健在なんだけれど、もしものときだってそれはそれで自由になれて新しい若い妻を迎える第二の人生が楽しみだという。すごいパワーだ・・。「○さんの話を聞いてると奥様以上の方なんてなかなか見つからないのではないです?」と尋ねると『いい女なんかいくらでもいるさ~!』と返された。この思考には学ぶところが大きいと感じた。
2007/12/20
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DUPONTのボールペンを頂いた。知らないとは恐ろしいもので6000円くらいのものかと思いきやなんと3~4万の品だった。忘年会のじゃんけんポンゲームでもらったからブランドでもさほどのものだとは思いもしなかったがびっくり~今頃改めてウレシクナッタ。DUPONT(エスティー・デュポン) オランピオ パラディウム ギヨシ・アンダー・ラッカー グレー ボール&シャープペン 455407N
2007/12/19
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かなり気になっていながら好きだからずっとどう書いたらいいかを悩んで一ヶ月を越えてしまった。未だにどう書くといいかは見えてこないけれど自分と重なる部分で気になったことということで書いてみようかな。先月、由布姫役の女優さんを迎えて作った番組が放送されていた時の話だが由布姫役の女優さんの駄目出しをしてる内野さんのコメントになにかかなり引っかかりを感じた。この女優さんは新人さんだし、良いアドバイスにはなるのだろうし非常に素直で前向きな女性のようで内野さんの話を先輩のコメントとしてとても純粋に受け入れていたのだけれど、同じようなことが年始の番組が始まる頃にテリー伊藤へのコメントでもあったことを思い出した。俳優として先輩なら年輩でも駄目出しも許されるのだなと、その道で先輩ならそれもありなんだろうなあと思いながらも感じた違和感・・・を思い出した。今回は年齢的にも俳優としても後輩だけれど共通して感じたのは「視聴者としての違和感」。制作中の駄目出しなら良かろうができあがったものに関して視聴者としてはそれぞれの出演者の演技がベストだったという前提で見ている。新人だとか、(その道では芸歴が浅いから)力が入りすぎていたとかそんなことは作品を見る視聴者としては知りたくないものだった。これが完全に放送が終わってずいぶんしてからだったら純粋にこれからのアドバイスとして先輩の立場で話てるようにもとれたのだろうけれど放送中だったがゆえに(撮影はすべて終わっていたと思うが、エンディングを盛り上げるための一環でもある番組であったように思いながら見ていたから)タイミングが悪かったのかもしれない。自分に置き直して考えてみた。会議後のダメ出し、今日の主役の人へのダメ出したとえ人のためだと思ったものであってもどれだだけ正論であったとしても場をちゃんと考えないダメ出しはかなり危険だなと思った。こういうことを言ってしまうってのはある意味まだまだ若気の至りだなと彼を見ながら、まるで自分自身だと感じた。とは人の振り見て感じても自分自身適切にそういう使い分けの対応ができるかどうかというと非常に難しいだろうな。というか・・・この記事事態が好きな人の駄目出しを公然でやってることで書くこと自体矛盾に満ちていたりする。。。
2007/12/18
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現代では「死に様なんか関係ない生き様が大事」と思う。なぜなら死因の多くは信念のためではなく、病死(病院で長く苦しみながら延命されたり)、不意の事故死が殆どだから。だから「生き様は死に様」という言葉がぴんとこないどころか現代ではこの言葉に閉口さえ感じることが多い。だが、こういう戦国時代の大河ドラマを見ていると「生き様は死に様」とはこういうことを言うのだと非常に心にしみいるように理解できる感じ。もし、ここで死んでもここで死ぬことではここで生きながらえるよりも生きることができるそういう死に方ってのがあるのだと確かに感じられるものがある。p.s.大河ドラマ風林火山で非常に心に残ったひとつにカメラワークの素晴らしさがあった。戦闘シーン、特に重鎮の死に際の闘いそれぞれのシーンでは演技もさることながらカメラのカットのセンスにほれぼれするものを感じた。
2007/12/17
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某政治家との対談でがキャスター「政治家にはなられないんですか?」と聞かれて美輪 明宏『そんな落ちぶれちゃいないわよ』という会話があった。政治家が落ちぶれた人がする仕事ということで美輪さんがこういうコメントをしたのではなく美輪さんが政治家をやるとしたら落ちぶれだということなんだろう。職業の貴賤の問題ではなくこれまで自分築いてきたものからして自分がそれに手を出すようになっちゃ落ちぶれと言いたかったんだろう。政治家当人を前にして、非常に微妙な言葉だったけれど美輪 明宏だから誤解を受けない言葉といえばそうかも。また、一応腐っても政治家という仕事をそう言ったから大丈夫だったといえばそうでもあるかも。非常に微妙な言い回しだったがゆえにいろいろ考えた。職業の貴賤ではなくて、自分がこういう仕事は絶対にしないって仕事ってある。だけどそこを越えて軽くいろんな仕事をできたらそれはそれで楽しいかもなとも思ったりもする。
2007/12/16
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ソフトをダウンロードしてもインストールしないと使えない。それってたとえば本を読んでもダウンロードしてるだけのようなことで満足して自分の中でインストールされてないと知識が並んでいても使いのものにならないってのと同じようなものだなと感じる。そんなふうにダウンロードするだけで満足してるような読書オタクって結構多いかも。本を読む事自体が好きで目的である人だとそうなりがちとかあるかも。本オタクの感のある人の話を聞いていて思うは自分の好みの本などはとりあえず読んで自分にダウンロードしてそれでインストールするかどうかは、したがいいとは思いながらもただダウンロードして解凍できず頭の中に並べてるだけのようでもある。私の読んでない本棚と同じ状態が頭の中にあるだけみたいな感じがしないでもない。読んでるか読んでないかの差があるはずなのに読んだ事で何も変わらないという状態だとすると読む時間は無駄だ。本棚に並べてるのと同じだもの。読むこと自体が好きだからそういう人はそれでいいという割り切りもあるのだろうか。
2007/12/15
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営業戦力の成果報酬って考えでは非常にショップとしては便利なアフィリエイト。営業を雇うよりずっと効率が良い。時には「アフィリエイト成果を得るために使ったことも無い商品を宣伝して・・」という指摘もあるようだが、考えると商品の多くはお店の人だって使ったこと無いもののほうが多いってお店も多いだろう。特に本屋やゲームソフト屋やCDショップなんかその最たるもので「この本面白いですか?」なんて店員に聞いても基本的によほど趣味が合う人で無い限り満足な返事は難しいだろう。そうでなくても人によって受け止め方や反応が違ったりするってことを考えると自分の興味で無いものだって品揃えしてるだけというスタンスの商品だってあったりするだろうし、どれだけ素人と変わらないか分からないくらのスタンスの商品だって実際はたくさん扱ってるのはよくあること。お店の人もアフィリエイターもどれだけ知識に差があるかというとさほどないと思うことも多かったりもする。「消費者の方が詳しい」それがまかり通る商品だってあるしお店の人が詳しくなくてはならないというのは頭が固いかも。もちろん物にもよるだろうけれど。
2007/12/14
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ブログランダムサーフィンとかしてみて思うのは人それぞれに熱く語る話に「傾向」ってのがあるってこと。日常生活のなかで感じたことを書いてるブログが多い中で自分におきた出来事を熱く語ってるのは、種類はいろいろあっても自分の感性が非常に反応した部分であることには違いない。きれいだったり、すごかったり、よい話やプラス系の話を熱く語るのは普通に読める。だけど不思議なのは自分の超情けないみっともない話や誰も聞きたくないような汚いだけの話で終わってるものそういう系統の話になると、途端自分の言葉が生気を帯び事細かに状況説明し書き連ね、、、いろんなことをたくさん書いてるけれどそういう話を書いてる記事が一番自分で盛り上がって楽しんで書いてるようないきいきした文体になってる人とかってのがいたりするってことにひそかに気づいた。。。何を伝えたいとかっていうと、最後までどう読んでも結局みっともないことや情けなさ以上の何もないような記事。「あんたはなんでそんな話で熱く語ってるんだよ・・」という感じ。p.s.まあ自分のことは見えないから私も他人から見ると、あれこれ突っ込みどころ満載だろうが。
2007/12/13
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ルールや前提条件が変わると大変だとか不安定だとかってそれは既得権益に甘える人の考え大方、大して既得権益で儲けてもないけれど多少そこに甘えてる人が何かが変わると不安や文句を訴えがち・・・。だけどそれが変わるから今大成功していない自分にもこれからチャンスがあるのでは。客観的には大変なのは皆同じ。それをピンチにしてしまう自分なのかチャンスにしてしまう自分なのか本当の問題はルールの変更ではなく自分の対応能力や思考。前のルールや前提条件に固執して不平を言ってるようでは次がない。スポーツだってそう。スキーのジャンプ種目は日本が上位勝利するたびにルールが大幅変更されでも、そのたびにそのその新しいルールでも確実に首位に食い込んで行った。他ではF1もそういうところが露骨にある。変わっていくルールにうだうだいう権利も意味も何もないってことに気づかない人は先がない。ルールは変わる。それでも結果を出すのがプロ。
2007/12/12
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「メニューの説明を一通り・・・ このテストの時には朝性交してきてもらい 状況を見るもので・・・」聞き間違いかと思った・・・。生理中に内診ってとかもあってそれもすごいけど、、、なんだか人間の尊厳とか恥じらいとか薄っぺらくさえ感じるほどで。目的のためならそんなことまでやるんだ・・・と知るほどに「へえ~」「な、なんとっ!」な世界な話だった。気分はまだかなり他人事・・・。
2007/12/11
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某病院では病棟が新しくなって病院の受付や受信システムがかなり進歩していた。待合室で名前を呼ばなくなって、受付番号の液晶表示になったのは良いことかもしれないけれど、皆見落とさないようにずっと画面を見てる様子はちょっと怖いし本も読めない気分。まあ、最終段階にはアナウンスは入るようだから最悪それは良いとしても中途半端な進化による弊害と感じられることもあった。産婦人科 腫瘍外来 156486番なんて表示があった。(みんなこの画面を見てるから、この表示があった時に立ち上がった人は 子宮ガンとか腫瘍で来院してるんだ)ってつい思ってしまう。自分が患者だったらどうかな・・・時間をずらして立ち上がってもそれでも、それはそれで意識してずらしたのかなとまで感じるほどにみんな自分の呼び出しを確認するために画面を見入ってる・・・。これって気づいたほうも、気づかれたほうもなんか気分が良くない感じ。名前呼ばれるより更にプライバシーの問題があるように思えた。
2007/12/10
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ニコラス・ケイジが映画の宣伝で来日インタビューを受けていた。そこで彼が息子について彼が語ったことが変に頭にこびりついている。「世間や私に危害を加えない限り愛してるよ」日本語訳だから、ニュアンスはわからないけれどね。それはそれとして、このままの訳のとおりのことをもし話していたとしたら非常に違和感がある内容だと感じた。その愛は深いのか?浅いのか?条件付のようにも聞こえたり・・・世間に危害を加えたときは親の責任より世間体から身を守るのかなとか・・自分にはむかってきたら容赦しないのかなと・・・ただの最大限の愛の表現であるようにも聞こえたり、、、しかしわざわざそういう表現をする彼の根底に何かがあるような・・・・普通にアメリカ的思考なのかな?日本で犯罪者の親が世間と一緒になって子供を批判してるのは非常に第三者的で自己防衛のように感じたり、しかし肩を持ってる話は常識知らずに感じたり、そういうインタビューを聞くときのそれぞれの違和感があるんだけどニコラスは前者系タイプなのかなとか、、、彼の私生活や思想は分からないし、日常も知らないから真意はぜんぜん分からないけれど、ニコラスの「世間や私に危害を加えない限り愛してるよ」というコメントはただ妙なひっかかりを残した。
2007/12/09
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「精○」の案内の紙を暇だったので待ってる間に読んでいるとあまりにも想像力たくましくなる部分があって自分でもおかしくなった。テレビドラマやマンガでは、産婦人科で男の人が別室に誘導されエ口雑誌を渡され個室に閉じ込められるのを見たことがあるけれど今は、「家でとって二時間以内に持ってきてください」というシステムらしい。男の人にとっては安心してできるからそのほうがいいだろうから進歩したんだろうな。産婦人科にいるだけで(この人今日は採取されに来てるのかな・・・)ってひそかにそんな目で見られる時代は徐々に終わるかも。検査の紙に書いてあるのは1、十分な検査結果を得るために、精○検査の前2日~3日の禁欲期間が必要です。 ・・・なるほど。。。2、採取は検査当日としていただき、採取は必ず手淫でお願い致します。 ・・・「手淫」ってのは医学用語でもあるのかな?そのことをあらわす言葉としては 一人Hなどよりよりいやらしい言葉に感じて、変な違和感を感じた(笑 手淫でお願いしますか~あはは。 しかし考えると、これは自宅採取できるようになってから書かれたのかもしれない! 帰ってダーとネタに話してみた。 「奥さんにお口でやってもらって出したりすると顕微鏡に唾液が映ってたりすると 検査員は非常に複雑な気持ちになるとかあったりしてね」 『sexで外だし採取とかもいそうだよ』 「!!そうか、それは愛液とかが顕微鏡で見えるとかあるかもね! そんなものを検査するなんてのも不純な感じで嫌だとか禁止しとこうとか そういう理由なのかね?でもそんなの顕微鏡で見えるのかな?』なんてお馬鹿な話で深まった。。。今考えると、唾液などは強い酸性だからそれで精○君が弱るとかの可能性があると考える方向が一番論理的な気もする。まあ、とにかく男の人にとっては不妊の精○検査は非常に楽な時代になったということ。何より来院しなくて検査できるってのは気分が全然ちがうだろうなってそんな話でした。
2007/12/08
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以前はできたらいいな、でも無理してまで作る気はないけれど今度できたら流産しないで産めたらなんとか産みたいなとそれくらいだった。だけどできないかもしれない年齢が近づいてくるとできるだけのことは少し積極的にやってみようかなと思い始めて病院に久しぶりに行った。前回の3回目の流産から2年で心が回復してきたのもあるかもしれないけど。そこで聞いた目からうろこのなるほどの話。「避妊してなくて10年で3回の妊娠なら、それ以外の期間は断続的不妊状態と言えますので不妊治療が必要かもしれません」なるほど~これまで、妊娠したことあるなら不妊ではないから大丈夫と聞いたことがあったけれど、確かにできる人は、1回のHでもできるわけでそれを考えると、非常に納得だ。新しい言葉が非常にリアルに認識された知識刺激が非常に心地よかった。
2007/12/07
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先日経営者のグループ会の二次会で身内相手の商売についての話になった。家族も含め身内に仕事をもらうときに儲けるかどうかって話だ。私はそりゃー身内は=家族みたいなもんでできる限りご奉仕が当然だと思いながらも、まずは先輩達の話を聞こうと聞き側に回っていたら半数越えた人たちが「そりゃあ商売だから儲けさせてもらうでしょ」と当然の如く共感を求めてくるので更に聞き側に回ってみた。「安くしても、利益無いような商売したって相手はどこかで必ず ‘買ってやった’と必ず恩着せがましく思ってるんだからちゃんと儲けないと損だ」『他人はシビアだけど、身内くらいはしっかり儲けさせてもらたって・・・ 自分が買うときだってその相手に儲けさせようと思って相手を選んでるしね』「儲けは儲けでちゃんともらって、別の時に出すべきときに出す方がいい関係が築ける」なるほどなるほど、目からかなりうろこな彼らなりの筋がしっかりあった。儲けずに知識と能力を大いに使って最大限奉仕で儲けてなくても相手は「買ってやった」と思ってるとしたら・・・互いに良い感情が生まれるわけがない・・・。身内では、儲けようとしないと・・・相手がお客さんだと思わないからそういう接し方はしないからどれだけ奉仕したつもちでも感謝も返ってきやしない・・・という構図。儲けてないから一応は仕事をもらっても、仕事をもらったどころか、こちらが感謝されたいくらいの身内で儲ける儲けないってのはどちらも難しいもんだね。下手すると奉仕するほうが返って互いにマイナスになるような感情を発生させてる可能性については非常に思い当たることがあるように思えてその本意でない結果のつながりに改めて疑問を持った。有意義で楽しい二次会だった。
2007/12/06
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どっちもどっちなんだけど互いに完全に相手の動きや価値観を否定する感情を持つのは自己保全が必要だからだろうな。相手を否定しないと自分の存在形態を否定することになってしまうって感じかも。
2007/12/05
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数日前の「弱い人ぶる人たち」を書いてからしばらくいろいろ考えていた。彼らにとってはそれが普通なのかもしれない。彼らからみると私なんかは無益な強がり、おばかなプライドのやせ我慢と見えるのかもと。どっちもどっちかもだ・・。みんなまずは自分を基準に感じ考えるもの。
2007/12/04
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しっかり本業として商売する人、ネット商売ならやる人、アフィリエイトならかじる人、アフィリエイトショップならやる人、一口にネット販売と言っても住み分けができてる感じがある。ネットでなくても同じような住み分けがある。自分でリスクを考えながらも打ち出る人、リスクの少ないけれどリターンも少ない代理店系商売ならする人、口利き紹介商売ならする人・・・これもかなり境界線があって自分の決めた枠の中でビジネスをする傾向がある。そしてその枠で成功しても、逆になかなか成功しなくても仕事を変えたとしてもその枠からは出ない傾向ってある。その住み分けは成功のイメージができるかどうかとリスクを負うことをどう考えるかってのが大きなポイントに思える。p.s.「カイジ」の語録の中の「所詮おまえは羊なのだ!」というセリフがある。
2007/12/03
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賞味期限切れの話を中心に内部告発が続いている。どういうときに社内で解決しないで内部告発したくなるのか?あまりにも会社全体が腐っているとき、社内の人間関係が非常に悪いとき、問題を問題として把握し対処しようなんて思いもしてない嫌な上役がのさばってる時、社内で解決できない状態、会社への積年の不満にうんざりしているとき、信頼できる能力ある話せる上司がずっといない状態のとき、不合理なことで恥をかかされた上司が恒常的に内部告発したくなるようなことをしてるとき、入社前の夢と、現状の実態の開きが激しく自ら消費者としても失望したとき、会社との連帯感を感じないとき、報復、派閥争い(役職のすげ替え狙い)、、、内部告発が正義かというとどうかなというケースもありそう。それはそれとして最近出てくるのは素材も期限もお詫びも嘘ばかりという状況更にはネゴもせず従業員を意識の高い嘘つき呼ばわりし論理的にあり得ないようなみえみえのような大嘘を演じ語る役員や社長。会社と自分の地位を守ろうとする役員とかの劇場的なまでのお詫び会見には末期状態を感じる。電通系列会社がお詫び会見コンサルとかをやってるらしくお詫びらしい姿勢を出すことはうまいな~と思える会見も多い。けれど、そこで隠し切れないほどの実情との落差があるようで話をするほどにボロが出てくる感じもある。最近中身の無いお詫び会見演出テクニックが上達している。口先のうまさと演技とそれがばれたときの言い訳のすごさにはあきれはするが、雪印事件の時の元社長の言動のようは憤りのようなものまでは感じさせないといえばそうかもだ。
2007/12/02
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「カイジ」の言葉でつぼに入ったのは 一生迷ってろ……! そして失い続けるんだ… 貴重な機会をっ!やったら結果自分が得なことを100%いいことばかりではなく大変だからどうのこうのあんなこんなリスクがたくさんで・・・なんてうだうだうだうだ到達するまでに係わる悪い条件を批評してるようなそんな話を聞いてるとこの言葉を思い出す。 一生迷ってろ…! そして失い続けるんだ… 貴重な機会をっ! オレはチャンスを自ら閉じているんだ! オレの限界はここ、これ止まりと 他の誰でもない、オレが、 オレ自身が見限っているんだ…! 自分を…! その可能性を………!他にもこの筋の言葉があるんだけど 前向きのバカならまだ可能性はあるが…… 後ろ向きのバカは可能性すらゼロ…!自分の姿は見えないけれど人の姿はよく見える。反面教師だと思えば感じたストレスも大きなプラスに変えられる。自分が上記指摘の言葉に該当するそういう思考に入っていないか気をつけよう。でないと おまえは100% 成功しないタイプ…!【新刊】 賭博破戒録カイジ (1-13巻 全巻)
2007/12/01
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