私は、小さい頃は、母の趣味で、長い髪をしてた。
で、三つ編みをしてもらっていたようだ。
しかし、小学校に入ってからは、普通のおかっぱ。
だけど、床屋さんに行っていたわけではありません。
いつも、母に切ってもらっていました。
それが、小学校6年生の時だったと思うけど、
どういう拍子にか、母の手元が狂った。
ジョキン!! という音とともに、私の耳が熱ーくなって、
生暖かいものが、首筋にたらたら・・・・
母が、髪の毛と一緒に、私の耳を切ってしまったのだ。
その頃使っていたのは、古くなった方の裁ちばさみ。
だから、切れ味は抜群で、しばらく血が止まりませんでした。
それからは、すっかり母を信用しなくなり、
私は、自分で髪を切ることにしました。
もちろん、裁ちばさみで切るわけにはいきません。
最初使ったのは、貝印の5円カミソリ。
右手で持って、左手の親指に刃先を受けながら、ジョリジョリ切りました。
すると、あーら不思議、左手の親指が、傷だらけになります。
だから、前もって、左手の親指に包帯をしてから、カットしていましたよ。
高校生の頃になると、
カミソリが櫛の間に挟まった形の、
「すきカット」というような名前の髪を切る道具を買ってもらいました。
それからは、安全に、怪我なくカットできるようになりました。
それを、長いこと使っていましたが、
就職した頃から、少し色気づいて、美容院に行ってみることに。
すると、ハサミを使っての華麗なる手さばきに感動。
今度は、ハサミでカットしてみることにしました。
でも、美容院みたいな切り方をすると、部屋中が髪の毛だらけになります。
だから、美容師さんとは違い、
髪の毛をつかんだ指の内側をハサミでカットすることにしました。
こうすると、切った髪の毛が、指にはさまっているので、落ちません。
それを、そのままゴミ箱に入れたら、
ほとんど、部屋は、散らからないのですよ。
これまでの人生で、美容院に行ったのは、10回くらいかな?
でも、毎回、結局は、私がカットしたのとそう変わらなくなる。
だから、もう、自分でばかり。
では、髪型の変遷を、イラストで・・・・・
ブラスバンドと、文芸部と、コーラス部と、バスケット部と、演劇部。
いろいろ同時進行でやったけど、
一番熱心にやっていたのは、ブラスバンド部。
アルトサックスを吹いていたころの私です。
前髪を垂らして、揉み上げを長くしてました。
くせ毛なので、この揉み上げをくるくる指で巻くと、
くるんくるんになって、面白かったんですよ。
男子が圧倒的に多い、進学校に行った私。
長い髪にあこがれて、少し伸ばして、リボンをつけたりしてました。
部活は、ブラスバンド。クラリネットを吹いていましたよ。
高校でやっていたのは、
部活と、図書館での読書と、夜間教室にみんなで集まっての学習会。
交換日記なんかもしていて、楽しかったなぁ・・・・
高校三年生の時に、父が喉頭がんになり、ずっと入院生活をしていました。
それで私は奨学金を申請し、アルバイトでお小遣いを稼いでいました。
富士山に行ったのも、いろいろやったアルバイトの一つです。
このころは、聖子ちゃんカットとかウルフヘアーとか、
とにかく段カットするのが流行っていたので、
私も、西条秀樹みたいな感じに、自分でカットしてました。
くせ毛だから、適当に切っても、まとまるんです、これが。
就職したら、ちょっと美容院なるものに行きたくなって、
ついでに、ストレートパーマもやってみました。
だけど、しばらくすると、またくせ毛に戻ります。
高いお金を出しても、戻るのなら、もったいない。
だから、またまた自分で切るようになって、
それからは、ずーーーっと、自分でカット。
これは、昨日撮影した写真ですけど(顔は、ヒミツ・・・・)
だいたい、30年間くらいは、この髪型ですよ。
今は夏なので、このくらいですが、冬は、もう少しだけ長めにしています。
ところで、後ろの冷蔵庫にくっついているものが、可笑しいですね。
黄色いシートは、超強力マグネットです。
私は、ネオジウム磁石が、だーい好き。
正式に磁石屋さんで買うと、ものすごく高いんです。
一個200円くらいするのを、大量に買って遊んだりしていたけど、
この、くっついているのは、なんと100円。
ハサミにテープでくっつけて、そのまま乾燥機にくっつけたりしてます。
マックのおまけのマグネットも、楽しいけど、あんまり使い道がないね。
では、今日は、私の散髪人生のお話でした。
あ、1:16になってます。
今から、お風呂に入って、それから寝ます。
おやすみなさい。
そうそう、おまけの画像を載せましょう。
いろいろ、いらんことして遊んでいた頃の画像です。
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