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こども達はごっこあそびをさらに一層楽しくするために、オモチャをはじめとして様々な物を活用する。そんな、ごっこあそびのアイテムとして、身の回りの品々を転用する事も多々ある。 私のこどもの頃(1950年代)の例で言えば、前にも書いたチャンバラごっこでの、刀代わりの埃ハタキや物差し、覆面やマントになる風呂敷などなどがあった。 そんな、ごっこアイテムをめぐるエピソードに、私が勤めていた学童保育所での思い出がある。それは、女の子達がお姫様ごっこに、要らなくなって置いてあったレースのカーテンを使っていたのだ。 それも、驚くぐらいに上手に、お姫様の衣装としての変身に使っていたのだ。身体に巻き付けただけでなく、適当なベルトなどを用いて整形し、見事なドレスを作っていたのだ。 また、その当時私のいた学童保育所では、様々な古着をあそびように置いていたが、それもいろんなごっこあそびのドレスなどの衣装として生かされていた。 その古着をめぐってのあそびには、もっと驚いた事があった。それは、女の子が着飾るのは何でもないが、ある男の子が古着を着てあそびだしたのだ。 それも、男物の古着ではなく、ワンピースなどの女性用の古着なのだ。何かの拍子に始まったのだろうが、盛り上がってくると数人の男の子達が、それを着てはしゃぎだした。 こうした事は、変な事でもなんでもなく、こども達にはよくありがちな事だ。特にあそびに於いては普段できない事をやってみたくなるのは自然な事だろう。 ごっこあそびをはじめとして、こどものあそびには幼児の頃もそうだったように、自宅にあるいろんな品々を活用する。そして、その使い方の妙はオモチャをも凌ぐ場合も多い。 だから、保育所や学童保育所でも、遊具・玩具とともにそうした身の回り品を備えておくのも、試してもいい一つの考えだろう。もちろん、他の備品と同じように清潔に保っておく必要はある。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日16通 通算420通(今月)W32.Mota 本日0通 通算3通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日2通 通算8通(今月)Unix.Penguin 本日0通 通算1通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計433通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.31
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コマ(独楽)の回し方はいろいろあり、ひもを巻き付けて回す方法、手でひねって回す方法などの他に、コマを棒の先に付けた布切れや革切れなどで、叩(はた)いて回す一群のコマがある。 それらは、「叩き(はたき)ゴマ」「たたきゴマ」「ぶちゴマ」「殴りゴマ」などと呼ばれている。コマが叩いて回るのは不思議に思われる方もあるかも知れない。 特に、普通のヒモ巻きのコマしか見た事のない、こども達には、この種のコマを見た時の驚きは、まるでマジックを見ているような表情に見て取れるように大きなものだ。 もちろん、むやみやたらにコマを叩いても、たまたま偶然に回る事はあっても、何時もそうはいかない。当然、コマが回るように、上手くコントロールして叩く必要がある。 回っていないコマを地面の上に置いて、叩いて回しはじめる方法もあるかも知れないが、はじめのコマの回転は手でやったり、棒の先に付けた布切れをコマに巻き付けて回すのが一般的だ。 そうして、回り始めたコマの側面(円周)に沿ってその側面上を、独楽が回っている方向に、布で勢いをつけるように叩くのが、上手な回し方だ。 文字で書けば、苦労せずに回せそうにも思えるかも知れないが、やってみるとなかなか回らない。手に持った棒のそのまた先にある布きれをコマの側面に、正確かつ適切な力加減で当てるのが難しい。 そして、叩いたコマが遠くへ飛んで行ってしまわないように、コマをできるだけその場で回すのが、ちょっとやそっとではできない至難のワザなのだ。 しかし、昔のこども達は練習を繰り返しはするが、そのワザをいとも簡単にこなし、上手にコマを回すのだ。今のこども達が見れば名人・達人と思うかも知れない、上手に回すこども達が昔は多くいたのだ。 機械回しのコマが増えてきた昨今、この様な「叩きゴマ」だけでなく、普通のヒモ巻のコマでさえ、回すと驚きの表情を見せるこどもが多くなってきたのは、何とも言いようがないほど寂しくなる。(続)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日4通 通算404通(今月)W32.Mota 本日0通 通算3通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日2通 通算6通(今月)Unix.Penguin 本日0通 通算1通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計415通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.30
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寒さがいよいよ厳しくなってきた今日この頃、こうした時期ならではのこども達の楽しみはいろいろあるが、大阪市内のような都市部に置いては、雪降る地方とは事情が違ってくる。 雪は降る事はあってもなかなか積もらない、雪合戦や雪滑りなどのあそびが出来るのは、それこそ何年かに一度ぐらいだ。そうした、都市部における厳しい寒さの中でのあそびを昔にさかのぼって紹介する。 もちろん、それは寒さの厳しい地方では日常の事かも知れないが、大阪市内では稀な出来事だけに、喜び・楽しさはより大きなものとなる。 私のこどもの頃(1950年代)、大阪市内ではコンクリートやアスファルトなどで舗装された道は大きな道路ぐらいしかなく、家の周りや通学路のほとんどが土の地道だった。 冬といえども雪降る日は少なく雨が多く、雪は降っても直ぐ融けたり雨混じりになる。その翌日に急に冷えこんだ時などは、その地道のあちこちに氷が張るのだ。そこは、冬場以外は水たまりになるところだ。 そうした時は、早起きのこども達が得をする。一番先に、その氷を足で割る事ができる。二番手以降では、大きな氷が割れないばかりか、足がドロドロになってしまうおそれも高くなるのだ。 また、少し大きめでそれでいて、氷の下に水が無いくらいの浅さの水たまりでは、スケートができたりもする。もちろん、ゴムの運動靴のままだが、その楽しさはこの上なかった。 また、当時の学校の運動場も、水はけが悪く、そうしたスケートができる、しかも特大の水たまりができる。だから、始業時間のかなり早くに登校してあそぶ子も多かった。 さらに、条件が揃えば霜柱を踏みしめるごとに、何とも言えない音が鳴り、自然の面白味をこどもなりに味わえた。この様に、昔は都市部でも、厳しい冬の億劫になりがちな登校を楽しみに変えさせる自然の贈り物が豊富にあった。 都市の道路の舗装、それも生活道路の舗装は、それで得た事も多いが、失った事も少なくはないだろう。さらに、都市部では温暖化が著しい、こうした冬のこども達の光景が、いつまで都市には存在し続けるのだろうか・・・・・「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日12通 通算400通(今月)W32.Mota 本日0通 通算3通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日2通 通算4通(今月)Unix.Penguin 本日0通 通算1通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計409通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.29
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テレビゲームやPC」ゲームなどのコンピューターを使ったゲームの一つのジャンルにロールプレイングゲームというのがある。「ファイナルファンタジー」「ドラゴンクエスト」などがそれにあたる。 今日は、そのロールプレイングゲームについて、思いつくままに書いていく事とする。当然、いつものように、まとまりのない文とはなることをご容赦願いたい。 ロールプレイングゲームは、敵機を撃ち落としたり敵基地を攻撃したりするシューティングゲームと違って、比較的に進行がゆっくりとしたゲームだ。ゲームの終了まで何日もかかるのも稀ではない。 謎を解いたり、宝や武器などのアイテムを探したり、などなどの幾つかの関門を経てゴール(目的地)に達することを目的としている。その攻略には、それこそゲーム内の主人公だけでなく、ゲームを楽しんでいる当の本人にも多くの努力が必要となる。 そこが、このロールプレイングゲームの真骨頂なのだが、一方その関門が難しいと、その努力をできるだけ回避して、楽に攻略をしようと思うのも、世の常として無理無い事だろう。 そこで、人気・有名ソフトには、いわゆる「攻略本」がソフトの販売からさほど遅くない時期に販売され、それがソフトそのものには及ばないが、爆発的に売れる。 と言う事は、そのロールプレイングゲームであそぶ人達の少なくない方々が、楽をして関門を攻略し?満足している事になる。 こうしたやり方より、自分の力だけで関門攻略する方が楽しいとは思うが、考え方を変えればこうしたやり方もそれなりに意味のある事だと思うようになった。 それは、そのロールプレイングゲームをゲームとして楽しむ事もさることながら、それを物語の本を読むように楽しむと言ったあそび方だ。 人気ソフトを見てみると、この物語の良さでも多くのファンを獲得していると思われる。途中の細かな経過はともかく、プロローグからエンディングに至るまでの、全体のストーリーの流れの良さが、多くの人達を惹きつけるのだろう。 また、最近のソフトは映像や音楽・効果音のクォリティーも高くなり、映画を見るのと変わらないようになってきている。もはやゲームを楽しむより、作品を鑑賞すると言った楽しみ方も十分できる。 そのためには、まどろっこしい謎解きや関門などは「攻略本」を見て、ひたすら物語を楽しむ事も、一つの選択肢として存在するのだろう。この事の是非はともかく、そうした状況はおさえておく事は必要だろう。 ともかく、今のロールプレイングゲームには、ゲーム・ストーリー・映像・音楽・登場キャラクターなど、どれに惹かれるかは個人まちまちであり、ロールプレイングゲーム派とひとまとまりにできない状況にある。 この事は、他のジャンルのコンピューターゲームにも言える事であり、ジャンルの多様化や複合化が進んできている事と合わせ、ゲーム機をめぐる状況は一面では複雑になってきている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日14通 通算388通(今月)W32.Mota 本日1通 通算3通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日2通 通算2通(今月)Unix.Penguin 本日1通 通算1通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計395通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.28
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あそびを覚える上で、あそびを観察・分析した後は、いよいよ「習うより慣れろ」の本格的な段階にはいる。これまでの観察・分析結果を元に、ひたすら独自練習・試行錯誤に励むことになる。 この段階の、最も重要な要素が「真似る(まねる)」と言う、特にこどもにとっては、いろんな能力を獲得して育っていく上で大切な活動の一つなのだ。 よく考えてみると、解説本であそびなどを覚える事も、本という媒体を間に置いて、間接的に真似ている事に他ならない。また、人から直接にあそび方を教えてもらう事自体も、結局は真似る事を通じて覚えられるのだ。 このことは、「習うより慣れろ」には、この「真似る」事が決定的意味を持つ事を意味する。しかも、本を見る事もなく、誰に教えてもらうことなく、あそびを真似て覚える事は、特別な「真似る」能力が必要とされる。 あそぶ事を通じてあそびを覚える事は、そうした特別な「真似る」能力を育む事は、自ずと明らかだろう。そして、そうした事をやり遂げる力は、こども達の中にこそ際だって存在する。 新しい機器を使い始める時、おとなは解説書から目を通す。文字の読めない幼児は、おとながやっていた事を見て、ひたすら機器をいじくりまわす。結局、ともすれば、おとなより幼児の方が、その機器を使いこなしていたりする。 こう言った事が、しばしばあるのは、先に紹介したこども達の素晴らしい力があるからに他ならない。失敗を恐れず、ひたすら挑戦(真似)し続けられる能力なのだ。 パソコンがどうも苦手だとお思いのみなさん、一度こどもに戻って、ひたすら試行錯誤の「習うより慣れろ」式上達法を試してみるのも、ちょっとした方策のひとつだと思っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日13通 通算374通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計377通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.27
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私は、HP(下記「あそびセレクト」)上でいろんな「こどものあそび」のやり方を紹介している。また、巷ではそうしたあそびの解説本が数多く出版されている。 また、そうしたあそびの多くは「昔あそび」「なつかしのあそび」「伝承あそび」と、不本意ながらも呼ばれて、そうしたあそび方を紹介してもらわざるを得ない状況にある事も否定できない。 そのようなあそびはともかく、今のあそびでも一部のあそびを除いて多くのあそびは、実際にあそばれる事を通して伝えられ流行(はや)りもしている。 このあそびはあそびの中で覚える、すなわち「習うより慣れろ」式の、あそび方の習得について、私のこどもの頃(1950年代)の例で見ていく事とする。 こどもはおとなに比べて、他の子に負けたくないと言う意識が強い事は一般的だ。そのことは、動物に普遍的な性質だろう。その負けん気は、あそびにおいては一層強くあらわれるのもまた自然な事だろう。 そうしたあそびの中でも、ビー玉あそび、しかもビー玉を実際に相手とったりとられたりする、いわゆる「ホンキン(ホンコ)」勝負においては、その負けん気がいかんなく発揮される。 だから、勝負する相手にはルールは教えても、ビー玉の飛ばし方や当て方は、けっして教えたりしないのが、冷酷ではあるが、その方がごく普通の事なのだ。 当然、ビー玉の初心者は先輩のこども達の「いいカモ」となる。そこで、初心者は一所懸命になって、名人・達人のワザを盗み取ろうとするのだ。 そのためには、まず名人のやり方を観察してワザのコツを見抜く鋭い眼力が必要となる。もちろん、観察した結果を分析する力も必要なのは言うまでもない。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日11通 通算361通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計364通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.26
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携帯ゲーム機をはじめとするコンピューターゲーム機は、いわゆるオモチャの中にあって、一風変わった存在だと思っている。その登場以前と以後では、オモチャや遊びの概念を修正しなければならない変化が起きたと考えている。 ゲームウォッチと呼ばれた初期の頃はともかく、ソフト交換が可能になった機種の登場とその普及が、これまでの遊びの概念を根本的に変化させる状況を形づくるものとなる。 それまでの、ひとつのオモチャは基本的には、一つの遊びだけのために作られていた。もちろん、ビー玉などでわかるように、それを使ったあそびは数多くの種類があるが、その汎用性はゲーム機にはとうてい及ばない。 このゲーム機の汎用性は、それにロードされるゲームソフトによりもたらされる。この独特な仕組みに、ゲーム機の長所でもあり短所でもある重要な特徴が存在すると思っている。 長所は、まさにその汎用性にあり、原理としては無限のあそび方ができる点だ。その変幻自在性は、それまでのオモチャの域を遥かに凌駕するものだ。 一方、ゲーム機の一つの問題点にもなるのだが、その短所は、ソフトがなければオモチャにすら、なり得ないという点だ。よって、オモチャとしての機能の実体は、ゲーム機本体には存在せず、実際にはとらえどころのないソフトの側に存在するのだ。 言い換えると、ゲーム機本体は単なる入出力器(テレビゲーム機は入力器)に過ぎないと言う事だ。だから実際には、ゲーム機本体である入出力器を操って、ソフトで遊ぶと言う事になる。 この様に、ソフトがなければ只の箱(無の存在)、ソフトにより無限の可能性、この二面性を持つのがゲーム機だ。もちろん、それまでのオモチャにも何らかの二面性があったが、ゲーム機のように無と無限の極端な二面性を持つものはなかった。 そして、このゲーム機の長所と短所、すなわち極端な二面性が、ゲーム機が引き起こす諸事情のひとつの背景となっている。その点を考慮した上で、ゲーム機を有効・有益に活用する事が大切だと思っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日9通 通算350通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計353通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.25
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昨日、何年かぶりにコンサートに行った。高校生の吹奏楽(ブラスバンド)の定期演奏会だ。高校生の演奏会と言っても侮(あなど)る事なかれ、テレビなどでお馴染みの淀川工業高校のそれだ。 この高校、全国コンクールで毎年のように金賞を受賞している。だから、定期演奏会と言っても、数回公演で、のべ1万人分以上のチケットがあるにもかかわらず、そのチケットはプレミア物(ネットオークションで5000円も!)になっている。 実は、私が勤めていた学童保育所の卒所生が、先日のテレビでもクローズアップされていたが、その子がそのコンサートに出演していた。その事があって、そのお母さんからお誘いをいただき、幸運にも聴く機会ができたのだ。 私も、中学生の頃ブラスバンド部だったので、そのころの思い出と、教え子の晴れ姿への思いが重なり、感激もひとしお。だから、コンサートの開幕から終演まで、演奏の素晴らしさより、そこにいる事の幸せに酔っていた。 ところで、この演奏会への来場者を見ていると、女子高生の多い事に驚いた。おそらく、他の学校の吹奏楽部の高校生だろう。あらためて、吹奏楽に関わる女性の多さを認識させられた。 最近では、中・高等学校はもとより、小学校でも吹奏楽(ブラスバンド)部があるところが少なくない。その部員に占める女の子が多くなっている。というより、女の子がほとんどだと言っていい所も多い。 私のこどもの頃(1960年代)では、男が圧倒的だった。中学時代、私の所属した音楽部で言えば、男はブラスバンド、女はコーラスといったように別れていた。 それが、最近では近くの中学校でも、聞くところによると、男子部員が全くいないぐらいに、吹奏楽に女性が多く関わるようになってきている。 その理由(わけ)については、興味のあるところだが、今回はひとまず締めにする。そして、考えがまとまったら、あらためてこの日記で私見を披露する事とする。エッセイは、次のページでいろいろ掲載しています。遊邑エッセイ-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日10通 通算341通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計344通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.24
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ある日の昼下がり、近くのとある喫茶店で、友人と待ち合わせをしていたところ、3人連れの親子が入ってきた。お父さんと小学校低学年の男の子とその弟さんの3人だ。 そのこども達は席に着くやいなや、それぞれ同じ携帯ゲーム機、昨年末に新発売されたN社製のものを取り出し、別々のソフトでゲームをやり始めた。 この時、当たり前の事だろうが、あらためて携帯ゲーム機はパーソナルな物であったと思い知った。もちろん、昔でも兄弟が同じコマ(独楽)を持っていたり、一昔前に出たゲームボーイもそうだあった。このように目の前で同時に、同じゲーム機であそんでいるのを見ると、強くその事を感じたのだ。 テレビも家庭に複数あるのが普通の時代だから、おそらく携帯ゲーム機に限らず、テレビゲーム機も別々のテレビで兄弟同時にあそんでいる光景も珍しくなくなっているかも知れない。 元々携帯ゲーム機は、個人ユースを意図して作られたので、こうした状況は自然な事なのだろう。通信機能付きであっても、まだその使用状況は「個(人)」が主であって、「(集)団」の割合が低い。 ゲーム機をはじめとする「個」のあそびは、それなりに意義もあり、なかには素晴らしいものも多くある。ただ、「団」のあそびの割合が減ってきていることは周知の事となっている。 そうした状況は、けっしてゲーム機のみがもたらしたものではない。こども達が、そうせざるを得ないように、世の中のあり方が変化してきたのだ。 例えば、ゲーム機に限らず携帯電話に見られるように、益々パーソナルユースな機器が増えていく。そうした状況にこども達は敏感に反応し適応してきたし、今後もたくましく適応していくだろう。 そして、必ずや「団」や「群(むれ)」のあそびも、素晴らしい復元力をもって、新たな高揚期を迎える事だろう。何故なら、こどもはみんな寂しがり屋で仲間を求める存在と思うからだ。その高揚期までにおとなのやる事は多いが・・・「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日8通 通算331通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計334通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.23
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昔あそびに使った様々な木の素材があるなかで、紹介し忘れてはいけないものの一つに、障子の桟のような1cmに満たない幅の細い角材があった。 建築現場の木ぎれや、市場のみかん箱など、タダで木の素材が手に入り易かった時代だったにもかかわらず、それだけはお小遣いをはたいて買った木の素材だ。 今も昔も割り箸を使って輪ゴムを飛ばす「割り箸鉄砲(ゴム銃)」をよく作ってあそぶこども達も多い。それと似ているが、飛ばす弾が輪ゴムではなく、小さく切った厚紙を飛ばす鉄砲だ。 割り箸でも作れなくはないが、それなりの距離を飛ばすには、銃身を長くするかゴムを強く張る事が必要になってくる。結局、どちらにしろ丈夫な銃身が必要となる。 だから割り箸では細すぎるので、少し太めの角材が必要となったのだ。そうした「厚紙飛ばし鉄砲」作りのために、お小遣いを出して極細角材を買ったのだ。 ところで、この極細角材は材木屋さんではなく、駄菓子屋さんで買い求めた。というのは、「厚紙飛ばし鉄砲」を作るこどもも多かったせいもあるが、じつは模型飛行機の重要な素材だったのだ。 似たものは今も市販されているが、ゴム動力でプロペラを回して地上からも離陸させられる、優れものの飛行機だった。胴体に先にあげた極細角材を使ったのだ。 その他の材料は、竹籤とそれを連結するヒューム管、翼に貼る薄手の紙、動力用のゴム、車軸の針金、プロペラ(初期のものは木製、後にプラスティック製)などで、今風に言うなら比較的に自然に優しい材料が多くあった。 ただ、結構細工が難しかったので、主に小学校高学年以上のこども達、そして時にはおとな達が飛ばしていた。今ではかえって、その素朴さが人気になって、おとなの人気が高いようだ。 このプロペラ飛行機は、丈夫で軽いといった木の素材の長所が生かされたオモチャだ。ラジコンも面白いが、風のない日などには、ゴム動力の飛行機を飛ばすのも、おつなものだろう。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日16通 通算323通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計326通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.22
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こども達があそびに活用してきた様々な素材の中で、木の存在が大きいと書いてきたが、私のこどもの頃(1950年代)の、そのあたりの状況をざっと紹介しよう。 木と言っても、自然に生えている木から、奇麗に製材され市販されている木、壊れた木製品などの廃材まで様々ある。そして、そのほとんどがこども達のあそびに利用されていたのだ。 チャンバラごっこでは、枯れたりして落ちた自然の木の枝、余った材木などの木ぎれをそのまま使ったり、時にはそれらを小刀やナイフなどで加工して使ったりもした。 そのうちの材木の木ぎれは、街のいたるところで見つける事ができた。今と違って住宅建築に使われる木の割合が極めて高かったので、多くの建築現場にはそれこそ木ぎれの山であった。 また、果物を入れるみかん箱・魚などを入れるトロ箱をはじめ、梱包用・輸送用の箱にも木がたくさん使われ、商店街や市場などへ行けば壊れたものならタダでもらう事ができた。 この様に、昔の街中(まちなか)では、拾ったりもらったりした木をそのままあそびに使うだけでなく、材料そのものがタダである場合が多かったので、気軽に木工あそびが出来た事は以前にも紹介した通りだ。 その他、マッチ棒・かまぼこ板・割り箸などを素材に加えられるので、昔はあそびに木が日常的に使いやすい時代だったと言える。 今は、昔のように木をふんだんに使ったあそびをするのは、難しくなっているかも知れないが、段ボール・発泡スチロールなどの新たな素材の活用とともに、木も時折は使ってほしいと思っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日10通 通算307通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日0通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計310通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.21
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次に、「雪山賛歌」のように、それなりの目的を持って、意図的に詩を替えた歌もある。そして、これこそが替え歌の本流だ。そして、それは替え歌といえども、新たな詩を創ると言う点で、極めて創造的な活動となる。 この創造的な活動に関しては、最初に述べた訳詞にも、直訳ではなく、日本語の発音を生かし、それでいて人の心を打つ素晴らしい詩になっているものも少なくはなく、唱歌・童謡・歌謡曲などにみられる。 このような、素晴らしい創造的替え歌の一つに「リパブリック賛歌」の替え歌「友達賛歌」がある。「一人と一人が腕組めば たちまち誰でもなかよしだ ・・・」この歌をとりわけ、こども達の歌声で聞くと、何時(いつ)もジンとくる。 学童保育所に勤めて間もない頃、こども達と一緒によく歌ったからか、歳をとるにしたがって涙がにじんでくることさえもある。そうなるのは私だけかも知れないが、そう言う素晴らしい替え歌だと思っている。 替え歌にまつわることで忘れてはいけないのが、こども達が、まさにあそびとして替え歌を楽しむことだろう。そんな中に、基本的な歌詞を変えずに、文の切れ目に関係のない言葉を付けて歌うお馴染みのあそびがある。 例えば、「靴が鳴る」を元にした「お手てんぷら つないでこちん・・・」がある。さらに、より秀作で有名どころとして、「ブルーシャトー」の替え歌「森とんかつ 泉にんにく かこんにゃく まれてんぷら ・・・」がある。 この「ブルーシャトー」はレコード大賞曲だが、当時こども時代をすごされた多くの方には、元歌よりこの替え歌の方が印象に残っておられるぐらい、全国的ヒットだった。 この様に替え歌は、歌曲を創作するに事からすれば、二番煎じ・三番煎じかも知れないが、その創造性や、こども達をはじめとした遊びにおける貢献度はけっして低くはない。 また、あそびを通じてこども達に、歌そのものへの関心や意欲などを育む上では、替え歌をは優れた一つの楽しい活動となることは、確かなことだと思っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日15通 通算297通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Klez 本日1通 通算1通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計300通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.20
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これまで、替え歌の定義はわかりきった事として論を進めてきたが、ここであらためて替え歌について私なりに整理した考えを示しておく。 一般に「おはぎの嫁入り」のような歌を替え歌と呼んでいるが、この表現は若干正確さに欠けている様に思う。替え歌は、元歌の曲は変えないで詩だけを替えている歌だ。だから、替え詩(うた)と書いた方が適切だろう。 また、他国語で書かれた原詩を翻訳して歌詞にするもの、すなわち訳詞も、元の言葉(歌詞)から変化させている事に変わりがないので、替え歌の特殊なものと見なしていいだろう。 さらに、歌は歌であるが故、実際に歌われて伝わる場合も多い、その際に歌詞の一部が変化することが往々にしてある。それが、個人の間違いにとどまっておればそれまでだが、一般に流布し定着すると、それは替え歌の範疇に入ってくる。 この事は、こども達があそびの中で歌う、あそび歌の場合は顕著で、地方色などを帯びながら元の詩から大きく変化して、面影程度に元歌の原型をとどめていないものも多い。 また、今の時代のようにマスメディアの発達していない時代は、歌は主に口づてに拡がるので、そうした伝え間違いが生じ、結果として歌詞が変わる事も多かっただろう。この様な替え歌は、替えることを意図としない替え歌として分類して良いだろう。(その3に続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日14通 通算282通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計284通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.19
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「おはぎの嫁入り」は「リパブリック賛歌」と世に知られる曲の替え歌と述べてきたが、果たしてその「リパブリック賛歌」から、直接に替えられたものかどうか疑問が出てきた。 それは、この「リパブリック賛歌」をいろいろ調べてみてわかったことだが、「リパブリック賛歌」そのものも替え歌であった。さらに、明治時代にすでに同じその替え歌「ごんべさんの赤ちゃん」があったそうだからだ。 だから、「おはぎの嫁入り」は可能性としては、「ごんべさんの赤ちゃん」を替えたものとしてみるのが、妥当なところだろう。同様に、「オタマジャクシはカエルの子」も「ごんべさんの赤ちゃん」の替え歌かも知れない。 ちなみに、「リパブリック賛歌」も替え歌、それも何回かの替え歌を経た歌のようだ。さらに、それら既存の替え歌の、また替え歌がアメリカだけでも何曲かあるそうだ。 そうなると、「おはぎの嫁入り」は歌詞のバラエティーの豊富な歌と言うことになる。しかも、その歌のほとんどが一般によく知られた歌なのだ。それほど元の曲が、万人を惹きつける魅力、特にこども達を惹きつける魅力を持っているからだろう。 ともかく、替え歌という一種の芸術活動には、大いに興味をひかせるものがある。私は、芸術活動も「遊び」と見なしているが、替え歌はまさに人間が持っている遊び心を大いに発揮したすばらしい活動(遊び)だと言っていいだろう。(明日に続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日13通 通算268通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計270通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.18
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「おはぎがお嫁に行く時は、」で歌い出す、リパブリック賛歌の替え歌「おはぎの嫁入り」については、以前にも書いた様に、この歌は様々な知的な興味・関心を拡げてくれる。 その一つは、何故「リズムゴム跳び(フンパ)」や「ケンパ(ケンケン)」などの、「跳び系あそび」にピッタリなのかと言うことだ。その事から少しつっこんで考えていく事とする。 まず、「リズムゴム跳び」によく使われる歌「ごんべさんの赤ちゃん(『おはぎの嫁入り』と同じ曲)」「アルプス一万尺」「カチューシャ」などの曲にはある共通する特徴がある。 それは、2拍子あるいは4拍子の曲で、8拍(はく)で一つのまとまりになって、概ねその「8拍まとまり」が繰り返されている曲だと言うことだ。 また、この事をさらに拡げると、坂本九さんが歌ったフォークダンス「ジェンカ(レット・キス)」のステップと、先にあげた「おはぎの嫁入り」を使った「ケンパ」のステップは、そのリズムがよく似ている事がわかる。 「ジェンカ」は「前・後・前・前・前」と跳ぶが、先の「ケンパ」は「前・後・横・横・横」跳ぶ。このリズムが同じなのだ。「ジェンカ」もまた、基本的に2・4拍子系の「8拍まとまり」と見なせるのだ。 そうなると反対に、リズムを若干変えれば「カチューシャ」や「アルプス一万尺」でも「ジェンカ」を踊ることができる。そして、それらの曲で先に紹介した「ケンパ」もまた可能になるのだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日11通 通算255通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計257通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.17
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ケンパ(ケンケン)や石けりあそびなどは、普通は一人一人が単独に跳んでいって、その成功・失敗で勝敗を決める。そんなケンパ系のあそびにも、リズムゴム跳びあそびと同様に、チーム対戦形式のあそび方がある。 そのやり方には、一つのチーム全員が成功すれば、つぎのステージに進み、誰かが失敗すれば親の役の子がもう一度代わりに成功させれば良いなど、地域的な個性を持っていろんなバラエティーがある。 また、対戦する二人が同時に歌に合わせてやるものもある(あった)。あそびの呼び名は覚えていないが、「おはぎがお嫁に行く時は・・・」の歌(リパブリック賛歌の替え歌)に合わせてやった記憶のあるものだ。 ただ正確には、「ケンケン」をするところが無く「パー」だけの連続なので、「ケンパ」というより、仮に「パッパ」と名付けた方が適切かも知れないあそびだ。 前後2マス左右5マスの合計10マスのコートに、対戦者が前後のマスに別れ、それぞれ一番端から2マスに足を入れ、歌に合わせて跳んでいくものだ。(あそび方については、いずれ詳しく掲載する予定。なお、以前の日記には、2×4の8マスと書いたが、ここに訂正をしておく。) ともかく、歌に合わせて同じやり方で同時に、しかも本来敵味方であるにもかかわらず、調子を合わせて跳んでいく、一見協力的あそびとも取れそうなユニークなあそびだ。 ルールもいたって簡単で、線を踏んだりコート外に出てしまったら負けと言うものだ。おまけに、やり方も極簡単なので当然、上達するとなかなか勝負がつかない。結局は、二人でいきを合わせて跳ぶのを楽しむことに落ちつくようだ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日15通 通算244通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計246通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.16
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オモチャを自作するなど、こども達のあそびに於ける素材としての木の存在は大きい。その木を使っての工作的あそび(木工あそび)の今時の事情は、昔のそれと変わってきている様に思われる。 ともすれば、木を切ったり削ったりしてあそぶ事が、ほとんどないままにおとなになる、そんなこども達も少なくないだろう。あそびに限定しないで考えても、学校などでの工作の時間に版画製作の彫刻刀で彫るぐらいかも知れない。 それは、今の生活のあり方からすれば致し方のないことだろう。自分で釘と金槌をつかって家の補修をしたり、棚を付けたりする家庭が少なくなっており、たとえそうした事をしたとしてもネジとドライバーであったりする。 だから、昔の大工道具には欠かせなかったノコギリ・カナヅチ・キリ・釘などを、常備している家庭が少なくなってきているのは当たり前のことだろう。 私は、三代続いた大工の家に生まれたが、今では父ですら電動ノコギリ・電動ドライバーなどが主要道具となっている。昔ながらの道具の活躍の場は、繊細な部分の微妙な作業にだけのみになってしまったようだ。 だから、そんなに繊細な作業を必要としない、家庭での日曜大工などでは、電動工具で、ある程度間に合うのだろう。ただ、一式を揃えるにはまだ価格が高く、すべての家庭に行き渡ってはいない。 さらに、材料である木そのものも入手しにくいのとあいまって、あそびに使える木工工具がカッターナイフぐらいしか、身近にないこども達にとって、木工あそびの条件は厳しくなってきている。 この様に、木工あそびをする条件は、一面では厳しくなってはいるが、100円ショップなどに目を向ければ、板・角材など素材の木や、カナヅチ・や釘を含めいろんな工具が比較的に安く手に入れることができる。 慣れていないと思われるので工具の扱いに気を付けながら、ギコギコ、トントンと木の手応えを直に感じながらの木工あそび。そこには普段の生活では味わえない違った楽しみが待っているだろう・・・・・「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日21通 通算229通(今月)W32.Mota 本日0通 通算2通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計231通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.15
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オモチャの材料の変遷を通して、木という素材は金属をはじめとする他の素材に比べて、最も長い期間(時代)に渡って使用し続けられた素材と言っていい。 それは、プラスティック素材の全盛と言われる現在まで続いている。そして最近、環境・安全などとの関わりで、木のおもちゃが再び注目されている。 この様に、オモチャに於ける木の役割は極めて大きなもので、さらにこども達のあそびのみならず、おとなも含めた趣味(広義の遊び)に於いても、木の存在は欠かせないだろう。 木をそうした存在にさせているのが、比較的に硬くて丈夫なわりに加工しやすいと言う、木の特性が大きく寄与している事は間違いがないところだろう。 金属は極めて堅牢(けんろう)な素材だが、その堅牢さが邪魔になって加工しづらいものにしている。その事は、人間が金属を手にしてから、金属でオモチャを作るまでに長い歳月を必要としたのだ。 それに比べ、木は金属に先駆けてオモチャの素材に使用されはじめられ、現在までの長きにわたってオモチャの素材として重要な位置を占め続けてきたのだ。 さらに、その加工しやすいという事は、おとなに作ってもらった物や加工された物で、こども達があそぶ事もさることながら、こども自らが作ってあそぶ為の素材としての木の存在をクローズアップさせる。 この様に木は、同じ植物を主要な原料とする紙や繊維製品(布や糸など)とともに、こどものあそびにおける「創造」と言う分野での重要な素材のひとつとなっている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日17通 通算208通(今月)W32.Mota 本日1通 通算2通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計210通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.14
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オモチャの材料の変遷を主だったところで、順に自然物・木・金属・プラスティックと考えを示したが、その変遷の様子をコマ(独楽・こま)に絞って、みていく事にする。 世界最古のコマは、エジプトで発見された数千年前の、木を削って作ったコマとされている。その形状は自然物であるドングリや巻き貝と似ていない事もない。 推測をたくましくすると、例えばドングリを手にした時に、手が滑ったり落としたりした際に、偶然回った事があっただろう。それが面白かったので、そのドングリが「回る」状態の再現をしてみたと考えても良いだろう。 そうした、全く手の加えていないドングリのコマは、何千年後にたとえ発見されたとしても、オモチャでない物との区別がつかない可能性が大きいと思われる。 また、木をその(ドングリ)様な形状に加工する事は、ある意味ではドングリを真似る事になる。木ゴマのルーツが自然物(ドングリなど)にあるとみるのは、自然な考えになるだろう。 よって、コマも最初は自然物として生まれ、その後比較的に加工しやすく安価な木を加工したコマが生まれたと考えても間違いがないだろう。 その後かなり経過して、金属加工が盛んになり、オモチャのコマにも金属が使えるようになって、そんな金属のなかでも、鉄がコマの素材として使われるようになる。特に、消耗の激しい、コマの芯や胴回りの重要な材料(部品)となっている。 そして、鉄を薄くする加工技術が飛躍的に発展すると、一般に普及しはじめたプラスティックと組み合わせて、いわゆるブリキ製の「缶ゴマ」が多く製造されるようになる。 さらに現在まで、紙・ガラス・プラスティックなどの素材の加工技術の発展に伴い、それらの単独素材製品や複合素材製品を含めて、様々な材質のコマが作られるようになった。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日11通 通算191通(今月)W32.Mota 本日0通 通算1通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計192通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.13
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こども達は、粘土・紙などのように、あそびに様々なアイテムを使うが、あそびを目的として存在するオモチャは当然あそびとって重要なアイテムだ。 そのオモチャの材料(素材)について、簡単に私なりに考えてみる事にする。ただ、考古学的には素人な全くの思い付きであるので、まずその旨ご了解をお願いしておく。 その昔人間が、最初にオモチャに用いた素材は、おそらく石・骨・植物など自然の物や、それらを簡単に加工した物だろう。このうち、一番加工しやすいのが植物となる。 その植物では、葉っぱ・実・皮も使われただろうが、やはり最たる物は「木(竹を含む)」の本体(幹・枝など)と考えられる。その後の紙の発明により、あそびにおける木の比重は増してくる。 さらに時代が下ると金属の登場となるが、加工しやすい物ではなかったので、あそびに使われるようになるのは、極めて現在に近い時代とならざるを得ない。 こうして、今のプラスティック全盛の時代に至る事となる。登場順にざっと言えば、自然物そのものから、若干加工した自然物、加工した木、加工した金属、加工したプラスティックとなる。 もちろん、先に登場した材料のオモチャが無くなっているわけではなく、加工技術の進歩とともに発展してきている。また、当然それら材料を組み合わせたオモチャもあるし、ガラス・ゴムなど他の材料を使ったオモチャもある。(その2に続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日11通 通算180通(今月)W32.Mota 本日0通 通算1通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計181通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.12
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泥だんご・泥まんじゅうなど、どろんこあそびの一つの延長線上にあるあそびが、粘土あそびだ。その粘土あそびも、当然どろんこあそび同様、こども達に人気のあるあそびの一つとなっている。 この粘土、読んで字の如く、粘りっ気のある土が持っている性質(物性)、すなわち塑性(そせい)をもっているからこそ、その感触の快さもあいまって、粘土あそびが魅力的なものになっている。 ぐにゃぐにゃと力を加えて変形させると、その形を維持する塑性と言う物性は、立体的な造形を簡単にしてくれる。また、粘土は昔ならすぐ身近でタダで手に入れる事ができたので、あそびにはうってつけのアイテムとなったのだろう。 だから、昔は少なくないこども達は、何処でどうしたら粘土を手に入れることができるか知っていた。私のこどもの頃も、大阪市の街中だったが、それでも地面を少し掘れば粘土が出てくる空き地などを知っており、採った粘土でよくあそんだものだった。 そのように、みんな貧しかったせいかも知れないが、昔は粘土あそびのための粘土のほとんどが、自然の粘土をこども自らが採取したのだ。紙粘土・油粘土などは、あくまでも学校などでの工作用だった。 今の時代、街中のこども達は、身近なところでの粘土採取は、難しいかも知れないが、紙粘土・小麦粉粘土などは、今の方が逆に手に入れやすくなっている。 最近身近にも増えてきた、100円ショップなどでも安価な粘土が手にはいる。そうした条件を生かして、粘土のぐにゃぐにゃした性質をあそびの中で大いに楽しんでほしい。数少ない立体的造形のあそびなのだから。 そして、もしいつかどこかで自然の粘土に巡り会えたなら、地球が長い年月をかけ育(はぐく)んでくれた、そして、こども達にプレゼントしてくれた宝物のオモチャを楽しむ事は、より素晴らしい事だと思う。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日8通 通算169通(今月)W32.Mota 本日0通 通算1通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計170通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.11
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家のすぐ近くにできたせいもあって、いわゆる100円ショップへよく行くが、なかでもオモチャコーナーは必ず目を通す。しかも、おとなだてらに、そこで買い求めたオモチャは少なくはない。 そんな、オモチャコーナーを見ていてふと思った事がある。それは、ゴム風船があるのは当たり前だが、たとえ100円ショップと言えども、その風船の値段のあまりにもの安さに感心したのだ。 中には、簡易な空気入れポンプまで付いている。しかも、安売り物にありがちな、粗悪品では無いのだ。価格的だけでみると、もはや消耗品的に買える値段なみだ。 私のこどもの頃(1950年代)は、もちろんすでにゴム風船も市販されていて、日々のお小遣い程度で買えた。1日分のお小遣いで買えるのは、普通のサイズでせいぜい1個か2個ぐらいだったように思う。 だから、一日分のお小遣いをはたいてまで買うには、それなりの必要性が無ければならないので、ゴム風船を買う機会はそんなにはなかった。さらに、紙風船も同じ程度の価格だったので、風船あそびは日常のあそびにはならなかった。 どちらかと言えば、風船は買ってあそぶより、市場・商店街の大売り出しなどで、景品にもらってあそぶ事が多かった。あそぶために買うと言うより、風船が手に入ったからあそぶと言った具合だった。 ところで、風船は人気のあるオモチャの一つだが、その魅力は、どこから来るのだろうか。風船の魅力は、ボールやマリのように「丸い」形状によるところが大きいとは思うが、それだけではないだろう。 風船の魅力をもたらす最大の理由は、その軽さにあると思っている。風船はふくらませる事により、空気とさほど違いがない比重となり、空気中ではゆっくりと落ちてくるという性質がある。 バレーボールなどと比べて、こどもをはじめ誰でも比較的簡単に、落ちてきた風船を再び上に突き上げることができる。だから、紙風船も含めて、ついてあそぶために適したアイテムとして活躍してきたのだろう。 そして、風船は、その軽さに因り、中に入れるヘリウムなどの気体によって、プロペラなどの機械的な仕掛けを使わずに、自然に空高く浮上していく数少ないオモチャでもある。 この様に、風船に空気のような軽さがなかったら、こどももおとなも風船には、さほど惹きつけられなかったに違いがないだろう。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日29通 通算161通(今月)W32.Mota 本日0通 通算1通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計162通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.10
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昨年末に、「てんのじさん(四天王寺)」で、開催されていた「お大師さん」での骨董市の事を書いたが、この四天王寺などの祭礼には、昔よく出ていた見せ物の一つに「覗きからくり」がある。 レンズがはめ込まれた覗き穴から覗くと物語絵が見える。その絵に合わせて、台の両側に座った、おそらくご夫婦だと思うが、その方達が細い竹の鞭のような物で、拍子をとりながら、独特の節回しで語り歌ってくれる見せ物だ。 今では、幾つかの博物館には現物が展示されているが、もはや、そこでもなかなか生の語りは聞く事ができない。もちろん、縁日などで現役で活躍している「覗きからくり」は、もうとっくに無くなっているかも知れない。 この様に、覗いて楽しむと言った遊びは、こども達があそぶオモチャにもある。今でも100円ショップなどでも売っている「万華鏡」は、その最たる物だろう。 筒と三枚のガラス(または鏡の)板と模様をつくる紙切れ・ビーズなどで組み立てる簡単な作りであるにもかかわらず、まさに無限に変幻自在な模様の花(華)が咲く優(すぐ)れものだ。 こどものみならずおとな皆さんの中にも、時間のたつのも忘れて見続けた人も多いだろう。古今、この万華鏡は数多くの素晴らしい物が多くつくり出され、人を魅了し続けてきた。そしておそらく、今後もそれは続くだろう。 この「覗く」事に関連した遊びの中で、小さい頃の思い出のオモチャは、「探偵眼鏡」や「スパイスコープ」と言われた潜水艦の潜望鏡のようなオモチャだ。ゴルフ観戦の時、前の人の頭越しに見る時にも使われている物だ。 この「探偵眼鏡」、まさに「探偵ごっこ(ドロジュン・ドロケイ)」で使ったのだ。塀の影から「探偵眼鏡」使って相手の様子をうかがうために大活躍した。 当時手にした最初の物は、ボール紙と鏡の手作り品で、学校傍に時折やってくる露店で買い求めた物だった。その後、プラスティック製の大量生産品に変わっていったように記憶している。 「覗きからくり」「万華鏡」「探偵眼鏡」は、どれをとっても穴や筒を通して「覗く」事によって、普段の視野・視界とは違った視覚的満足感が生まれるのだ。視界の狭さが遊びを拡げているとも言えるだろう。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日12通 通算132通(今月)W32.Mota 本日0通 通算1通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計133通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.09
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以前に、駄菓子屋さんで兼業的に売られている、お好み焼き・たこ焼きのことを書いたが、もう一つ兼業的な駄菓子屋さんのあり方がある。 それは、主に小中学校のすぐ傍にある、文房具と駄菓子の両方を商っている店だ。文房具屋さんの看板を掲げて駄菓子・小物オモチャも売ったり、駄菓子屋さんだが文房具を売っていたりした。 ともかく、こどもの日常生活の主要な部分である、あそびと勉強に必要なものが、その店だけでほぼ買い求められるのだ。学校の往き道に文房具を買い、そこで見つけた新しいオモチャ・お菓子を下校してから買いに行く。 そんな、ある意味では、お店屋さん・こども達の両者にとっても、合理的なお店であった。このハイブリッド駄菓子屋さんとも言えるお店の存在は、これまた駄菓子屋文化のひとつの側面と言えるだろう。 しかし、この様な学校近くの文房具屋さんは、かろうじて残っているところもあるが、私のこどもの頃に比べて、各段に少なくなっている。また、学校近くの店だけでなく、文房具屋さんそのものも減ってきているようだ。 そうした、鉛筆・ノート・消しゴムなどの日常消耗品的文房具やお菓子類は、今ではコンビニやスーパーマーケットで買い求める事が多く、それに新顔として100円ショップが加わってきている。 大店舗内の1コーナーとして、文房具・菓子類・小物オモチャが売られているのだ。それは、コンビニ文化やストア文化とも言えるかも知れないが、駄菓子屋文化とのニュアンスの違いは明らかだろう。 その違いの一つは、対面販売方式か否かであり、駄菓子屋(昔の)には人と人とのふれあいがあり、そこでの「売り買い」は一つの人間関係なのだ。この点については、機会があればこの日記でもう少し深めたいと思っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日14通 通算120通(今月)W32.Mota 本日0通 通算1通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計121通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.08
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昨日、ふと思い立って、以前にネットショップで見つけていたベッタン(メンコ)を買い求めに松屋町へ行って来た。松屋町は大阪の人には、ご存じの方が多いとは思うが、ざっと簡単に紹介しておく。 松屋町は、大阪市を南北に横切る上町台地を少し海よりに下がった所、行政区分で言えば中央区にある。大阪では多くの人は「まっちゃまち」と発音しているが、地下鉄の駅のカナ表示は「まつやまち」となっている。 この松屋町は、人形問屋でも有名だが、駄菓子屋さんや街のオモチャ屋さんが仕入れに来る街としても名高い。駄菓子や小物オモチャ、包装紙、荷造り用品から文房具に至るまで、学校傍の文具屋さんを兼ねた駄菓子屋さんの必要なものがすべて揃っている。 また、金魚すくい・ヨーヨー釣り・ミルクせんべいなど縁日(露店)販売用のグッズも売っている。また、玄人のお店屋さんの人だけでなく小売りもしてくれるので、幼稚園・保育所・学童保育所・子ども会などからの素人のお客さんも多く訪れる。 そうした、松屋町も最近変化が進んできているように思われる。せっかく地下鉄の新線の駅がすぐ近くにできたのにも関わらず、一頃より賑わいが衰えたように思われる。 特に、先ほども紹介した駄菓子屋さんが仕入れるような、駄菓子や小物オモチャの問屋さんがめっきり減ってきている。それは、街から駄菓子屋さんそのものがどんどん減ってきているのでいたしかたのないことだろう。 ところで、前にも書いたが街の駄菓子屋さんの店先から、ベッタン(メンコ)が消えたが、とうとう普通のベッタンが問屋街でも見つからない日がやってきた。 あるのは、ネットで紹介されていた「昔なつかし」の特製セットで、いわば複製のようなベッタンだった。ついに、あそびとしてのベッタンではなく、懐かしの品としてのベッタンと成り果ててしまうのだろうか。 こうした松屋町の様子は、ベッタンに象徴されるように、これまでこども達があそびを通じて、育んできたとも言える駄菓子屋文化の衰退の現状をあらわしている。はたして今後、駄菓子屋文化の再興の日はやってくるのだろうか・・・「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日23通 通算106通(今月)W32.Mota 本日1通 通算1通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計107通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.07
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今、巷(ちまた)では福袋商戦がたけなわだ。最近の一部の福袋は違っては来てはいるが、この福袋は中身がわからないのと、幸運な時は価格以上のものが入っているから、ワクワクドキドキ感もあって面白くて嬉しいのだ。 福袋は、一般の袋に混じって特別な「当たり」の袋があるという点に注目すると、大きなまとまりでの「当て物」の一種となる。この「当て物」を大阪では「あてもん」と発音して、駄菓子屋さんなどで売っているものは、こども達の大きな楽しみの一つとなっている。 駄菓子屋さんにおける、ベッタン(メンコ)の販売方法には、こうした「あてもん」が多くあった。中身が見えない小袋に入った何枚かの内の一枚のメンコの裏に、「当たり」をあらわすいろんなハンコが押印されていた。 「特賞」「ラッキー賞」「一等」など、こども心をくすぐるように「当たり」印も工夫が見られた。あるものは、「もう一回」と押してあり、もう一度おなじ「あてもん」が引けたりもした。 そうしたベッタンの「当たり」賞品には、ベッタン(角メンコ)では金縁や銀縁の特製ベッタンやシート状のベッタン、丸メンコでは直径20~30cmの超特大のメンコが代表的なものだった。 もちろん、こうした「あてもん」は、福袋のように季節限定ではなく、日常的な販売方法だった。ただ、記憶にあるところでは、お正月には単価が少し高くはなるが、豪華版の「あてもん」が売られてはいた。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日14通 通算93通(今月)W32.Mota 本日0通 通算0通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計93通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.06
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お正月のあそびとして常連のメンバーに「福笑い」というあそびがある。同じ正月のあそびの「双六(すごろく)」の裏などにも、よくおまけとして付いていたあそびだ。 このあそびも、その他の幾つかの昔のあそびのように、丁寧に説明をしないとこども達に理解してもらえない時代が、ほんのすぐそこに来ているかも知れない。 「福笑い」は、今もこども向きの月刊雑誌の付録に付いているし市販もされているが、実際に手にしてあそぶこどもは着実に減ってきていると思われる。 それでも、顔が「お多福」からアンパンマンなどのキャラクターものに変化はしても、目隠しをして作りあげた顔のおかしさをみんなで楽しめることには変わりがない。 この「福笑い」様に、あそびには楽しいから笑うと言うだけでなく、「笑い」そのものがそのあそびの目的になっているものも多い。反対に、その「笑い」が負けになる、笑いを我慢するユニークなあそびが「にらめっこ」だ。 しかし、よく考えるとこの「にらめっこ」は、結局は我慢できないくらいの大きな「笑い」をもたらすと言う点で、他の「笑い」目的のあそびを越えているとも言える。 健康な笑いは、その人もその周りの人もたとえ一時的ではあっても、幸せな雰囲気にしてくれる。そして、最新の科学の成果は、「笑い」は人間の寿命さえ延ばしてくれる可能性を明らかにしてくれたそうだ。まさに、「笑う門には福来たる」あそびと言える。 そんな人間にとって大切な「笑い」が途絶えぬよう、特にこども達の顔から笑(え)みが消えぬよう、今年も出来る限りの事をしたいと思っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日21通 通算79通(今月)W32.Mota 本日0通 通算0通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計79通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.05
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毎年恒例の元日の年始回りに行った先、私の連れあいの実家(大阪市西区)近くの茨住吉神社にお参りに行ったところ、人出は昨年と大差はなかったが、出ていた露店の数が確実に減っていた。 こうした状況は、私の実家(大阪市西淀川区)の姫島神社も同じだ。こどもの頃は、狭い境内だった事もあり神社の周りまで露店が出て賑わっていた。(右写真:1月3日撮影) このような変化は、人の生活の仕方、特に同じ地域に何世代にもわたって住み続ける事が稀(まれ)になった事に関わりがあると思われる。いわゆる氏子・檀家といった人達が少なくなっていったことが一つの要因だろう。 その事が、「住吉さん(住吉大社)」「天神さん(大阪天満宮)」などの大きな著名神社に、新年の参拝者が集中する事に拍車をかける。その結果、露店がそうした著名大神社に流れるのだろう。 一旦そうした傾向が進むと、さらに身近な神社への参拝者が減り、露店の撤退が加速し、参拝者が減っていく。そして、この循環が続いていくのだろう。お参りと露店の大規模集中化と言ったところだ。 ただ、大規模な祭礼・行事がそうした著名神社で開催されない時で、夏祭りや盆踊りなどの地元独自の行事がある時は、地元神社にも、それなりに露店が出ているところも多いようだ。それでも、その行く末は気にせざるを得ない。エッセイは、次のページでいろいろ掲載しています。遊邑エッセイ-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日18通 通算58通(今月)W32.Mota 本日0通 通算0通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計58通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.04
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実家に帰ったついでに、私が学んだ幼稚園・小学校・中学校を自転車でざっと一回りしてきた。お正月での実家訪問などで機会ある毎に、見てきたがそれでも街の変化は著しい。 特に中学校のまでのあたりの変化が著しく、今回も道を間違えてしまった。要するに、区画割りが相当変化しているので、道筋そのものが大きく変わっていたからだ。 その道も筋大阪市立西淀中学校のすぐ周辺では、基本的に変わっておらず、中学校の正面の印象はほとんど変わっていなかった。もちろん、くさい煙で苦しめられた近くの工場群は姿を変えていた。(右写真) 学校の裏手に回って、元どぶ川沿いの道から見ると、大阪市内有数の広さを誇っていた運動場は、ほぼ昔(1960年代)と同じ配置と広さだった。もちろん、見違えるように奇麗に整備され、ともすれば川沿い近くの雑草が生えていたあたりの面影はない。 つぎに、姫島神社前の道を通り、遍満寺角の交差点(六叉路:ろくさろ)を渡り、郵便局前を通過し慈雲寺を右折れして、一路小学校へと向かう。このあたりまでの道筋そのものは変化無し。 大阪市立姫島小学校は、全面的に立て替えされていて、全く昔の面影無し。主要校舎と正門は、初代プールがあった位置(旧裏門)に移動し、幼稚園側にあった校舎は撤去され運動場になっていた。(写真左) 学校の道をはさんで隣にある大阪市立姫島幼稚園は、もちろん私が通っていた頃(1950年代)の姿から、奇麗に変身していた。しかし、園舎や園庭が路面より一段高い所にあるのは、昔と同じだった。 通学路や学校そのものも、長い年月の経過で当然の如く、その姿を変えていた中で、同じ学舎に通った同窓生の家は、少なくなったとは言え、何軒がその表札に所帯主として同窓生の名前を見つけ、その面影が浮かんできた。 しかし、同じ同窓生でも女性では、ごく稀に昔の場所に同じ姓のお宅を見つけたが、そこに今でも住んでいるかは知るよしもない。まして、同じ校区内で結婚していたとしても、女性は姓が変わって、そのお宅もまた見つけるよしもない事だ。 今回は、自転車に乗っての短時間の、懐かしの学舎(まなびや)巡りだったが、機会を見つけて、同窓生とのアポとってじっくりと、回ってみたいと思う。特に、自転車ではやっと通れそうな、狭い路地は是非ゆっくりと歩いてみたいところだ。エッセイは、次のページでいろいろ掲載しています。遊邑エッセイ-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日19通 通算40通(今月)W32.Mota 本日0通 通算0通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計40通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.03
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なぜ初夢が二日の夜にみる夢かは知らないが、その初夢に願いを託す方法に、言葉遊びが重要な役割を果たしているものがある。 「回文(かいぶん)」と言われる、前から読んでも後ろから読んでも、同じになる文(や言葉)をつくって遊ぶものだ。 それに使われていたのが、「なかきよの、とおのねふりの、みなめさめ、なみのりふねの、おとのよきかな」漢字混じりにすると「長き世の 遠の眠りの 皆目覚め 波乗り船の 音の良きかな」と言う文だ。 その回文を3回唱えて、ありがたいお札やみたい夢の絵を枕の下にして寝ると良いとか、そのお札にこの回文が書かれていたそうだ。 それにしても回文は、ある意味では「カナ文化」が生み出した素晴らしい遊びのひとつだろう。こども達も、この例のような長い文はともかく、機会ある毎に回文を楽しんだ。 そんな簡単な回文に、「たけやがやけた(竹屋が焼けた)」と言うものがあったが、この回文だけは私は気に入らなかった。 それは、母方の祖父がまさに竹屋さん、正確には、竹細工を仕事にしていたからだ。だから、よく似た回文「たけやぶやけた(竹藪焼けた)」で、その代用をしていた。 今の都市部では、その竹屋も竹藪もほとんど見られない。このどちらの回文も過去のものとなりつつある。以下に、今でも通用しそうな簡単な回文を紹介する。「わたしまけましたわ(私負けましたわ)」「このこどこのこ(この子何処の子)」「だんすがすんだ(ダンスが済んだ)」「かんたんたんか(簡単短歌)」「ねたくまがまくたね(寝た熊が蒔く種)」 さて、こども達は今夜どんな楽しい初夢をみる事やら・・・・・いい夢を見るための、枕の下の絵はどんな絵だろうか。---------------------------元日は連れあいの実家へ、今日は我が実家へ。幸い、どちらも同じ市内だからおかげで、たいそうな事はない。と言うわけで、明日付日記の新規書き込みは、夜になる予定です。---------------------------「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日8通 通算21通(今月)W32.Mota 本日0通 通算0通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計21通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.02
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もはや、その元の名前が何であったか忘れてしまって、私のこどもの頃すでに「最初の第一歩」と、呼んでいた様な不確かな記憶のあるあそびがある。 同じあそびを指す、「初めの第一歩」「初めの一歩」「ぼうさんがへをこいた」「だるまさんがころんだ」など、どれをとっても、おそらくそれらは、あそびが伝わってから後に、付けられた名前だと思われる。 何故なら、「・・・の一歩」系は、このあそびの最初の掛け声であるし、「ぼうさん・・・」系はオニの数の数え方で、それぞれ別の違ったあそびでも使われてもいるフレーズだ。 例えば、「最初の第一歩」は、ジャンケンで勝ったら三歩進んで相手を倒す「三歩相撲」の最初にも使われるし、「ぼうさんが・・・」の数数えは「探偵ごっこ(どろけい:ど:どろじゅん)」などオニごっこ系のあそびにも使った。 この様に、あそびのルールは基本的に同じだが、そのあそびの呼び名が地域性を持って変化する事は、こどものあそびにはよくある事だ。ただ、そうしたあそびにおける地域的変化は、少なくなりつつある。 ところで、大阪での簡略的数数(かずかぞ)え法とでも言える「ぼうさんがへをこいた(坊さんが屁を放いた)」は、もう少しなまって「ぼんさんがへをこいた」と言うのがよりローカル的な数え方だろう。 さて、酉(とり)年の新年、あそびにおける本年の「最初の第一歩」は、どんなあそびが展開されていくのだろうか楽しみだ。また、転んでもすぐ起きる「だるまさん」のように、たくましいこども達が、あそびの世界でも大きく羽ばたく年である事を願っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクト-------私的ウィルス情報------W32.Netsky 本日13通 通算13通(今月)W32.Mota 本日0通 通算0通(今月)W32.Mydoom 本日0通 通算0通(今月)W32.Beagle 本日0通 通算0通(今月)(送られてきたウィルスメールは今月合計13通)ちなみに、アンチウィルスソフトは、このシリーズを使っています。
2005.01.01
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