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随分ご無沙汰してしまった。大病を患ったとかあの世さ行っちゃったワケではない。迷惑書き込みに狙われ嫌気をさして一時止めてみたのだが、今日思い出して更新を試みた。いやぁ~!IDなど忘れっちゃって、苦労した。また書き込みのやり方などもなかなかである。ゆっくり。going my way!
2010年03月21日
冠省拙ブログ「谷下文庫」諸般の事情により今日付けで、引っ越します。永いご笑覧頂いたお方、コメントをお寄せ頂いた方々様に厚く御礼御礼申し上げます。引っ越し先は、別冊「狸便覧亭ノート」から、検索頂ければ幸甚の至りです。 谷下文庫主人敬白
2008年06月01日

オオバウマノスズクサヒメハギヒイラギソウギンリョウソウ久しぶりに高山登氏から花の便りである。一週間ぶりに筑波山に行ってきた。花も春から夏に移行しだし、木々の葉も一段と緑が濃くなり、小鳥の囀りは聞こえるが姿は葉に隠れて見えない。肌に感じる風も軟らかく心地良い。1.オオバウマノスズクサ 前にも送ったが余り喜ばれないね2.ギンリョウソウ 少し湿った林の中で見られるのだが3.ヒイラギソウ 紫色は高貴な色だが容姿端麗といかないか4.ヒメハギ 同じ色でも何となく気高い感じがすると思うが
2008年05月17日

水戸市の千波湖畔で先月28日ハクチョウとコクチョウが計七羽が死んで見つかった。市内に住む男子中学生たちが警察の調べに、「棒で殴った」と認めたという。この事件を朝日新聞は取り上げ、 大人や年かさの少年たちが生きものの命を粗末に扱うことが、同じようなことをしてもいいのだ、と年少の子どもたちにも思わせてはいないか。と社説は戒めている。 去年の冬から今年の春にかけて異常な寒い日が続いた。お地蔵さんもさぞかし寒むかっただろう。此処の檀家の信者さんがお地蔵さんに防寒服を纏わせた。間もなく衣替えの季節にはなるが日光では雪が降ったそうである。 此処のお寺は一遍上人の宗派である。 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
2008年05月10日

吾輩も猫である。名前はまだ無い。夏目漱石という大先生が同じように「我が輩は猫である」という小説を書いた。 どうやら境遇が我が輩をモデルにしたような感がないでもないが、時代が1905~06年、即ち明治38~39年の昔々の小説であってみれば、何かと2008平成20年の現在とは違った表現もやむを得まい。漱石先生の猫君の時代と、現在の我が輩の時代では何事に付け隔世の感ありだ。 明治の頃はみんな猫も、人間もヒトが良かった。今は千波沼の鳥だって理由なく殴り殺されている。チューリップも理由なく切り取られ、10億円もの大金が使い込まれた。 それから比べると、漱石先生の時代はまだまだおめでたい。しかし、先生が雑誌「ホトトギス」に発表した、英語教師苦沙弥先生の飼猫を主人公として擬人体で書かれ、風刺的な滑稽の中に文明批評を織り込んだ作品として「我が輩は猫である」が、今でも評価されているのだ。
2008年05月02日

県都千波沼公園では、全国に有名を馳せたが、此処はまだ平和であった。水鶏がキッスしていた。
2008年05月01日

雲取山三峰登山口八合目付近からは今だ真冬雲取山荘広場の状況雲取山の全容 週末東京都の最高峰雲取山(2.017m)に登った。 三峰口から入山したが今冬の雪で、倒木や折枝れが散乱しており、また途中雨から雪に変り、合羽を着ていても寒い位、山小屋近くなると登山道は雪道に変った。7時間も掛かって夕方5時近くに山荘に到着。 9人一部屋をあてがわれ中には炬燵がかかっていた。夜は冷え込んだので全員炬燵に足を入れての雑魚寝、初めての経験でしたね。 小屋から山頂までの700mも登山道は厚い雪で、アイゼンを付けての登頂、山頂はガスが掛かり視界はゼロ、途中七つ石山から何とか雲取山の全容を見ることが出来た。 11時30分鴨澤に着き昼食、後温泉で汗を流しビールを飲んで疲れを癒して18時に帰宅。 Hrom. 高山 登1.雲取山三峰登山口2.雲取山荘広場の状況3.八合目付近からは今だ真冬4.雲取山の全容
2008年04月29日

毎日新聞ニュース衆院山口2区補選:民主・平岡秀夫氏が当選確実 山口2区の位置 福田政権発足後初の国政選挙で、自民、民主両党の一騎打ちとなった衆院山口2区補選は27日投開票された。民主前職(比例中国ブロック)の平岡秀夫氏(54)=社民推薦=が自民新人の山本繁太郎氏(59)=公明推薦=を破り、4回目の当選を確実にした。 衆参両院の勢力が逆転した「ねじれ国会」に苦しむ福田康夫首相の政権運営は、補選敗北によってさらに困難になるとみられる 年金保険料からの天引き開始が告示の15日に重なったことから、75歳以上の高齢者が対象の後期高齢者(長寿)医療制度が争点化。同制度に対する批判が政府・与党を直撃した形となった。 今回の補選は、福田良彦岩国市長(前自民党衆院議員)が2月の岩国市長選に出馬したのに伴い実施された。投票率は69.0%で、前回05年衆院選の72.45%を下回った。当日有権者数は30万8017人。【内田久光】衆院山口2区補選、民主・平岡氏が当選確実 (読売新聞) 福田政権初の国政選挙となった衆院山口2区補欠選挙は27日投開票され、民主党前衆院議員・平岡秀夫氏(54)(社民推薦)が4回目の当選を確実にした。 自民党新人の前内閣官房地域活性化統合事務局長・山本繁太郎氏(59)(公明推薦)との一騎打ちとなり、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)やガソリン税の暫定税率など国政の重要課題を争点に、自民、民主両党が総力戦を展開した。 民主党は後期高齢者医療制度、暫定税率、年金記録漏れ問題の3点セットで政府・与党を批判した。小沢代表、菅代表代行、鳩山幹事長がそろって選挙区に入るなど、連日、党幹部を投入した。社民党の福島党首や国民新党の亀井幹事長、新党日本の田中代表らも選挙区を訪れ支持を呼びかけた。
2008年04月27日

この道はいつか来た道ああ そうだよあかしやの花が咲いてるこの道はいつか来た道ああ そうだよお母さまと馬車で行ったよこの歌詞のイメージとは違うが、そんなメロデーが浮かんできた。
2008年04月24日

エイザンスミレニリンソウミヤマカタバミハルトラノオフタバアオイカタクリ高山兄から筑波の山の「花」コレクションの便りを頂く。散逸の懼れを防ぐ為ブログに借用した。
2008年04月22日

アマノタヂカラオノミコと、訓読みして下され。天照大神が天の岩屋にお籠もりになった時の事でございます。その時の様子を、古事記上巻に次のように書かれています。本当にあったことかどうかは分かりません。またこの写真とも関係はありません。高山登氏が屋久島から帰ってきたばかりです。「屋久島白谷雲水峡の辻の岩屋で」…まず天の香具山のよく茂った榊を根こそぎ掘り取ってきて、その上方の枝に多くの勾玉を長い緒に通した玉飾りをつけ、中ほどの枝に八咫鏡を掛け、下方の枝には楮(こうぞ)の白い幣と麻の青い幣をさげた。このさまざまな品は、布刀玉命(ふとたまのみこと)が神に献上する尊い幣として捧げ持ち、その捧げ持った榊の前で天児屋命が尊い祝詞をことほぎ申し上げた。次に天手力男命が天の石屋戸の脇に隠れて立ち、そして天宇受売命(あめのうずめのみこと)は天の香具山の聖なる日陰蔓を襷にかけ、聖なる真拆蔓を髪飾りにして、天の香具山の笹の葉を採物に束ねて手に持ち、天の石屋戸の前に、桶を伏せて踏み鳴らし、神がかりして胸の乳を露出させ、裳の紐を陰部までおし垂らした。すると、高天原が鳴り響くほどに数多の神々がどっと笑った。 これを聞いて天照大御神は不思議にお思いになり、天の石屋戸を細目にあけて、その内から、「私がここにこもっているので、天上界は自然に暗く、また下界の葦原中国もすべて暗いだろうと思うのに、どうして天宇受売は歌舞をし、また数多の神々笑うのだろうか」と仰せられた。そこで天宇受売が「あなたさまよりも立派な神がいらっしゃいますので、喜び笑って歌舞をしているのです」と申し上げた。こう申し上げている間に、天児屋命と布刀玉命が榊につけた八咫鏡を差し出して、天照大御神にお見せ申し上げると、天照大御神はいよいよ不思議にお思いになって、少しずつ戸から身をのり出して鏡に映ったお姿をのぞき見なさるその時、脇に隠れ立っていた天手力男神がそのお手を取って外へ引き出し申し上げた。そしてすぐに布刀玉命が注連縄を大御神の後に引き渡して、「これから内へはお戻りなさいますな」と申し上げた。こうして天照大御神が天の石屋戸からお出ましになったとき、高天原も葦原中国も自然と日が照り明るくなった。 (古事記 上代歌謡 日本古典文学全集1 小学館)より
2008年04月17日

目に青葉山ほととぎす初鰹この名句歳時記『合本 俳句歳時記 新版 角川書店編』を見てみると、「初鰹」のところに、 目には青葉 山時鳥 初鰹 山口素堂 と、「は」が入っている。校正ミス?さにあらず、これが幻句だったらしい。 広辞苑で"山口素堂"を検索しら第五版には関連記載はなかった。【山口素堂】江戸中期の俳人。名は信章、号は素仙堂など、庵号は其日庵。甲州の人。儒学・書道・和歌・茶道・能楽をも学び、江戸に出て芭蕉と親交を結んで蕉風の成立に影響するところ多く、葛飾風の祖とされる。(1893~1971) 写真は昨夜の拙宅の粗餐です。
2008年04月16日

楚王失弓楚人得之 春秋時代の楚の共王が弓を失ったとき、家臣が探そうとしたが、楚人は得るだろうといってとめた話を孔子がきいて、王が自国のみにとらわれている器量の狭さを嘆いた故事。度量の狭いことにたとえる。ボク「後期高齢者」である。そのせいか、最近 腹が立って仕方がない。朝日新聞に「天声人語」というコラムがある。この最初の書き出しを引用して、読者がコラムを書く「天声新語」なるものを新聞が募集しているようだ。ボクも一回ぐらいは書いて応募してみたいと思っていた。取り合えず、今朝のこのコラムから、「新語」を作りたいと思うのだが、次々と腹が立ち通しで纏まるかどうか…。職人の手間賃を差っ引いて親方いわく。若さに任せて遊びにつぎ込んじゃいけねえ、ためといてやろう。それは美談だが、抜いた金で親方が遊んでは、ただのピンハネだ▼後期高齢者、改め通称「長寿」医療制度で、最初の保険料が832万人の年金から天引きされた。バタバタと動き出した新制度は、保険料の誤徴収、保険証の未着と混乱の中だ。説明不足を「まずかったなと反省」(首相)しても遅い▼病気になりやすいお年寄りに、広く薄く、地域ごとに自己負担の網をかけ、医療費の膨張ペースを抑える仕組みだ。とはいえ、老後の真ん中に「後期」という線を引いた冷たさと鈍感。余生を楽しむ「75歳からの夢」には程遠い、長生き損の社会を予感させる▼都市部の低所得層には負担が急増する人も多い。支出の痛みを和らげる措置はいずれ終わる。そこで、東京都などは独自に、保険料の一部を公費で肩代わりしたという。支出と負担を地域で連動させる理念が、早くも揺らいでいる▼あいにく、日の丸印の「親方」には無駄遣いの癖がある。社会保険庁や国土交通省は、自前の財源を好きに使っていた。でたらめな支出を許し、お粗末な年金行政の始末もつかないうちに天引きかい。値上げ満開の列島に不満が募る▼「天引かれ」の日に、衆院山口2区の補選が告示された。自民が担ぐのは国交省OB、民主の候補は旧大蔵省出身で国税庁にもいた。同じ元官僚でも、税金の「出」と「入」に携わった者の争いだ。道路にせよ医療にせよ、使い道を論じる絶好機だろう。
2008年04月15日

菜の花:菜の花畑に、入り日薄れ 見渡す山の端霞深し蛙の鳴く音も 鐘の音も 夕月霞て 匂い淡し
2008年04月14日

アズマイチゲ カタクリ >登山に備えてのトレーニング、今日も筑波山に登って帰りに、花園を歩きカメラに収めたが、平均気温が上がらないので花が揃わない。特にカタクリなどは南斜面の日溜りにしか咲いていなく、カタクリ園はチラホラと咲くのみ。 最期に筑紫湖を廻ったが、花見をしているグループが、バーベキュをし賑わっている。 盟友高山登氏からのカタクリ情報。でも。これは一週間前4月4日のお便りであるから、状況は変わっているかもしれない。"アズマイチゲ"は、4月2日撮影である。
2008年04月10日

桜を背景に記念撮影をするには、ちょっと不思議である。ボクもそうであるが、桜の向こうにある煉瓦造りの建物がお目当てなのだと思う。誰しも「遙かなる思い出」の場所をカメラに収めておきたいものだ。
2008年04月08日

日本酒は、高い値段で売るのだから、管理にも気をつけて下さいね。せめて、温度管理ぐらいは気をつけないと…。この店は酒には素人のようです。おれが管理人なら、売り上げ3倍にする地震あり。
2008年04月07日

「楽天7連勝、初の単独首位」非常に愉快なニュースです。プロ野球の楽天が、球団創設4年目で初めて単独首位に立った。ロッテに9ー1で大勝し、球団記録を更新する破竹の7連勝。開幕4連敗からの快進撃で、貯金も最多の「3」に。弱小球団がパリーぐの主役に。しかにねえ。本「楽天ブログ」のアダルトコメント・トラックバック攻撃では閉口している。一応「拒否リスト」を作ることも可能とあるから試して見たが効果は一向に見られなかった。野村翁が楽天ブログの方も監督して下さる事を切に庶幾う次第である。
2008年04月03日

二十六日(月)晴○午前1時、午後1時B29一機ずつ来。○午前中ドイツ語追試験。道部教授、かかる時勢にかくの如き問題を出す。甚だ興味あれば問題の一つを書いておく。(問)Tod im Ahrenfeldの詩を訳せ。Im Weizenfeld,in Korn und Mohn,Liegt ein Soldat unaufgefunden,Zwei Tage schon, zwei Wachte schon,Mit schweren Wunden unverbunden,Drustubergualt und fieberwild,Im Todes Kampfden Kopf erhaben,Ein letzter Traum,ein letztes Bied,Sein brechend Auge schlagt nach oben.Die Sense surrt im Arbeitsfrieden,Er sieht sein Dorf im Arbeitsfrieden,Ade,ade-du Heimatawelt,Und beugt das Haupt und ist verscheiden.(Dettev von Lilencron)わが訳間違っているやも知れず。 「麦野の死」麦の野に、稔りと罌粟の花かげに人知れず、つわもの一人うち伏せり日はすでに、ふたたび昇り沈めども傷ましき傷に布巻く人もなし。傷痛み、渇きの上に熱燃えていのち死ぬ末期(いまわ)の悶えたかまりぬいやはてに乱るるは夢か幻か傷つける眼ははるかなる空を見つ麦の野を刈りて鳴りゆく鎌の音よ、人々の嬉々といそしむ里は見ゆさらば汝 さらば汝わがふるさとよつわものは、首を垂れ、かくてこときれぬ。○午後三時半まで、剣道場、柔道場の建物破壊作業。原教授の言によれば、四月一日より国民義勇隊、学徒隊として動員令下さる由。先夜の空爆の経験により、最近またまた強制大疎開令下され、町々いたるところ○疎の白墨印押されたる家を見る。学校近傍の家々もほとんどこれを印せらる。おそらくこの動員は疎開家屋除去作業なるべし。○今夜白き付き月十日ごろか、やや片割れ、星黄にして南風涼し。シュニッツレル『アナトール』『恋愛三昧』を読む。山田風太郎『戦中派不戦日記』より引用。
2008年03月26日

タネツケバナホトケノザヒメオドリコソウ畏友高山氏の膏肓に入った病もお彼岸で小康状態。来信がありました。1.タネツケバナ 何でこんな名前、花の後に種を付けるから ?いや違うんですよ、昔農家の人が此花の咲きだす頃に、水稲の種を水に浸し(水に種をつける)初めたのでこんな名前になっちゃったのです。3.ホトケノザ群生 昨日花だけを送ったが、これはその群生地。こうして見ると○○○観光地のシバザクラにも劣らないでしょう。何も高い金を払って見に行かなくても、結構楽しめるのですよ。テレビを見ているより外へ出て少し歩きなさい。2.ヒメオドリコソウ なに、伊豆の踊り子からとったんだべ。名の由来は以外や東北地方の伝統芸能に、鹿踊りと言うのがあって、その踊り子の姿に感じが似ているので、この名が付いたのです。この仲間にオドリコソウがあるし、昨日送ったホトケノザも仲間。どうです 花が似ているでしょう。 タカヤマ ノボル
2008年03月17日

古ーい写真を見つけました。2004(平成16年)2月15日とありました。写真には快く応じてくれ、ポーズまでとってくれましょた。しかし梅娘の住所もお名前も分かりませんので、梅祭りの主催者である市の観光課にでも送ってやろうかと思っていましたが、送りそびれてしまって、小生のパソコン「Winndowsフォトギャラリー」の中に入ったきりになってしまいました。あれからもう4年経つのですから、彼女たちはもう、お嫁さんに行ってしまったかも知れませんネ。言え忘れましたが、(上)の梅祭りつくば梅園の写真は畏友タカヤマ・ノボル兄の撮ったもので、(中)は地方新聞に載った写真です。ここを撮るのは大体同じ場所を選ぶようで、ほとんと同じアングルになってしまったようです。(2008.3.19記)
2008年02月28日

"白菜畑の怪"というタイトルですが、この辺に幽霊が出るという噂バナシではありません。折角作っても売れなくて、踏みつぶすことも、長いうちには当然あることだと思いますが、ここは去年も全く同じこの畑に白菜を作って、売れなくて(?)ぶん投げてしまったから(怪)と言った迄のことで、畑主さんから言わせれば、余計なお節介かも知れませんね。もったいナーイことだけれど、どうすることも出来ませんね。(3.19記)
2008年02月24日

朝日新聞「天気」のページ。13版40頁2008(平成20年)2月23日付朝刊。北陸から北の日本海側は雪や雨が降り、雷の鳴る所もある。東北の太平洋側でも午後は雪や雨が降る。関東は晴れる。(やゝ時計が遅れているニュースである。) 写真は、今朝隣村Z寺「朝詣り」に出かける時道路上から、日の出を撮った。撮影時刻は06.34分と表示されている。携帯電話のカメラで撮ったもので、自動設定撮影である。実際は太陽の辺りが、鮮やかな濃紅色で、思わず車を停めてカメラを向けた。午後この地方ももの凄い『突風』に見舞われた。午前中の天気の具合では想像もできない急変であった。去年より、9日遅い「春一番」だそうである。
2008年02月23日

神代の事は悠遠模乎として容易に窺ひ知ることを得ず、神秘的史実は洋の東西を論ぜず多々あるも我帝国の上代に遡らば蓋し万邦その比儔を許さず自ら襟を正しうして聴するもののみ、今この郷土史を編述するに当たって、我が国体の如何に尊厳にして如何に上代の式神が我が常陸を鎮定せるかを叙して而して卿閭の事に及ぼうとするのである。政治沿革神代と石器時代大日本史の神低志を見るに天地剖判の初め三神天御中主神高皇産霊神高天原に出で造化の首を作し神世七代而して二霊伊弉諾尊、伊弉冊尊羣品の祖たり、皇統天地と共に始まり所謂八十萬神皆祖に本づく或は天功を亮け或は地事を納め上下同力以て皇業を輔賛す、国土の修理せし所以、物類の蕃育する所以、人民の安息する所以、皆其の功に頼らざるはなし、而して天祖天照大神実に天下の主として二霊も生む所、天の正統に膺り神低を懐柔して以て皇基を億載に図るとあり、天照大神高天原朝に在り、経津主神、武甕槌神を葦原中国に降し大巳貴命の経営せる出雲朝を説きて国土献せしむ…(続) 神代より見たる常陸大観 塙泉嶺(宗教新聞社)
2008年02月20日

某薬局待合い室にて。この薬局は、某病院院内薬局である。ボクは風邪や血圧、外傷などで、いちいちこの病院にはかからない。いわゆるかかり付け医院で診てもらって、薬局だけこの院内薬局を利用している。順番を待っている間、ボクの席の前にいた小児が、ボクの顔を珍しげに眺めるのである。所在なさに、携帯電話つきのカメラに写ってしまった。だだそれだけの事で、他意はない。
2008年02月19日

>学校で日露戦役の話が出たとき、松枝清顕は、もっとも親しい友だちの本田繁邦に、そのときのことをよくおぼえてゐるかときいてみたが、繁邦の記憶も曖昧で、提灯行列を見た門まで連れて出られたことを、かすかにおぼえてゐるだけであった。あの戦争がをはつた年、二人とも十一歳だったのであるから、もう少し鮮明におぼえてゐてもよさそうなものだ、と清顕は思った。したりげにそのころを話す級友は、大てい大人からの受け売りで、自分のあるかなきかの記憶を彩ってゐるにすぎなかった。 松枝一族では、清顕の叔父が二人、その時に戦死している。祖母は今でも息子二人のおかげで、遺族扶助料をもらってゐるが、その分は使わずに、神棚にあげっぱなしになっている。 そのせいかして、家にもある日露戦役写真集のうち、もっとも清顕の心に写真は、明治三十七年六月二十六日の、「得利字付近の戦死者の弔祭」と題する写真であった。(春の雪:三島由紀夫新潮社)これは三島由起夫の「豊饒の海」第1巻の書き出し部分である。この大作は、第1巻「春の雪)・第2巻奔馬・第3巻暁の寺・第4巻天人五衰からなる。ボクは三島由紀夫全集全35巻補巻1新潮社版(限定1000部)の外、この4冊本を所持している。残念ながら、この全集は一冊々々書店から購入した時、内容を確認しただけて、まだ開いた読んだことはない。「豊饒の海」は、読む積もりで買った。しかし、己の生活に追われとうとう「積んどく本」の域を出る事はなかった。今朝の霜、思わず「春の雪」とはどんな小説なんだろうと開いた次第なのである。 辭世 二首益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐へて今日の初霜散るをいふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐 三島由紀夫全集第三十四巻(限定一千部)新潮社
2008年02月14日

拙宅では、まだ市販の「餃子」なるものを食したことがない。これは我が家における今年正月に出た粗餐の「ニコリモノ」の隠し撮りだが、「刺身」と「かまぼこ」以外はすべて自家製である。厳密にいえば、餃子の皮は勿論、具の内容を精査すれば、挽肉、白菜、鶏卵等、すべて市販品であり、あるいは中国産の原料も入っている可能性も高い。ニラだけは、我が家の庭に群生する完全無農薬である。 しかし、中国産というと、すべて「あぶないもの」の代名詞のように聞こえるけれど、国内産の食品が、絶対安全の保証はあるのだろうか? なるほど安全を脅かすような劇毒の殺虫剤や、除草剤は規制があって使われていないかも知れないが、 白菜、葡萄、トマト、じゃがいも、など恐らくこの生産現場を覗いた方なら、水洗いだけて生で平気で食べる方がいるとすれば、それはまさに超人である。 米だってその通り、農薬、除草剤凄いですよ。除草剤の中には、説明出来ないような悪臭で、(誇張に聞こえるだろうけれど)ボク自身農協に問い合わせたことがあったくらいだ。 実際、戦後これほど規制がなかった時代の精農家で、「薬害」ではなかったかと噂される奇病で亡くなった方がおられることも確かだ。なほこれ程騒ぎが大きくなると、便乗中毒被害者や、便乗肝炎被害者が出てくることも当然予想されのは、あまり美しい話ではない。
2008年02月06日

『鴎外の遺産』をネットで捜したら、拙グログ『狸便乱亭ノート』の該当記事が載っていたのにはびっくりした。記念のためコピーしておく。先日の朝日新聞第1面下の書籍広告で見たのだが、幻戯書房『鴎外の遺産』=第3巻社会へ=というのがあった。買いたかったが、ちょっと年金生活者にわ応える価格だ。手が出なかった。町図書館では、町民の声を「リクエストカード」に、記入する仕組みにはなっているが、万円単位を越える書籍を申し込んでも、今までは殆どが拒否されいる。ただし、わが町の幹部でもあり、小堀ご夫妻とも親交がある読書人のK氏は、個人としては当然購入されたことは間違いないと思うけれど、こうした本は、町が是非揃えて、一般に公開して頂きたいと願っている小生であった。アマゾンで申し込むと、カードで購入となるが、カードを持っていない小生のような老年(老人ではない怒!!!)は、どうしたらよいのかお教え願いたい次第である。そんでわ。 goo | コメント ( 4 ) | トラックバック ( 0 ) なほ、この記事に対しましま様から、カードに関する留意点などを記した懇切丁寧はコメントを頂戴した。 またわが町の幹部であり、小堀ご夫妻と親交があった読書人で、K氏について触れたが、予想していた通り、この3部作全巻を購入されていた。K氏は小堀四郎氏の大作「無限静寂」について、次のようにボクたちの発行している文芸誌に述べている。>(略)会期中("上社会展"案内状)になかなか日程がとれず、家庭サービスで出かけた伊豆方面への二泊三日の旅の帰りに寄って、四郎氏とお会いし、ご本人の説明をお聞きしながら、無限静寂と名付けられた三部作を拝見した。この絵はそれぞれ"イランの宵の明星" "イラクの星夜" "イラクの暁星"と銘打たれ、私のような全くの素人にも厳粛さを覚えさせ、宗教的感情を呼び起こすような素晴らしい作品だった。そして、この一〇〇号の大作の額縁に荒削りの木枠が用いられていたのも、深く印象に残っている。この三部作は、その後築地カトリック教会の祭壇画として寄託され、同教会の広い会堂に飾られているという。(略)K氏『小堀四郎・杏奴ご夫妻回想』(2001.2月)より引用。
2008年01月23日

俺の書棚に中に入っている、パネルに収めた小さな写真である。変哲もない風景だが、これは拙宅から見た「辰巳」の方である。※十二支表した方位で、辰と巳の間。南東の方角。残念ながら、撮影年月は分からない。しかし森や、前方丘の状況から昭和時代には間違いない。昭和も大分遠くなってきた。 上と同じ平成十九年の風景である。道路は全く変わっていないが、(全体としてそれほど変わっているとは見えないかもしれない。)前方森は農家の裏山で、その向う側に豪邸がある。それ以外は所有者が殆ど変わってしまったようだ。森の手前の竹山は、所有者が2転、3転、現在大阪のほうの方。隣は東京。右側建物は東京に本社のある機会メーカーの倉庫である。戦後から六十余年の、栄枯盛衰の歴史が刻まれている。
2008年01月18日

農村でも、最近はあまり見かけられなくなった、大きな住居である。「旧家」というタイトルを付けたが、格式ばったつもりで言ったのではなく、都会ではなかなか見られない屋敷の佇まいなので、「古い」という意味での旧家の感覚でデジカメに納めただけに過ぎない。
2008年01月09日
ボクは、プロ野球「楽天」ファン。だが、とういう訳でこのブログを始めたのだが…。何だか知らないけれど、欲求不満の人妻とか、オレが若くればその忌になるかも死レ内、コメントが矢鱈来て、迷惑している。「コメント受け付けず」にもチックを入れているつもりでも、オレは高齢者だ!!!!「楽天」ブログのバカ野郎~!!!モーすコ死、真面目にやれ!!!!オレは、来年ヤソジになるんだぞ!バカや炉。これでも来れば、このブログ止める!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
2008年01月07日

2008年01月02日

2007年12月29日

10月4日T兄からの尾瀬燧ケ岳から帰宅した便りである。残念ながら、この「楽天ブログ」は小生の性に合わない。非常にヤヤッコシく、矢鱈にセキュリティ警告が出る。おまけに、変なTBの攻勢でほとほとお手上げ寸前。野村老監督率いるプロ野球「楽天」チームのファンであるが、この「ブログ」もう少し改善してもらいないかなぁ。世迷い言を並べてしまった。T兄にお詫び申し上げる。まだこのブログ写真説明など未完成だが、シューベルトの「ロ短調 未完成交響楽 ととでも思ってご理解を賜りたい。燧岳へ2日~3日尾瀬燧ケ岳に行ってきた。下界は晴天だが頂上はガスッテいて何も見えない、ガッカリ。珍しい花もチラホラと紅葉は始まりかけで今一つ。 2日は登山口となる御池ロッジに泊り、往復約7時間のコース。登山道は泥濘と急坂で木の根が露出していて歩き難い。山には団体の人が大勢いての賑わいだ。1.案内標識2.オオバタケシマラン 3.オゼヌマアザミ 4.山頂風景 5.紅葉始まる6.広沢池塘 7.草紅葉 案内標識 オオゼヌマアザミ 広沢池塘 山頂風景 オオバタケシマラン 草紅葉
2007年10月09日

畏友T兄山へ膏肓に入る。当分治りそうもない。(不治の山か?!)【蛇足】やまい膏肓にいる[左伝成公十年](病が重くなった晋の景公の夢に、二人の子供になった病魔が名医の来ることを知って、肓の上、膏の下に隠れたという故事から)1.不治の病にかかる。また病気が重くなって治る見込みが立たないようになる。2.転じて、悪癖や弊害などが手のつけられないほどになる。また、物事に熱中してどうしようもないほどの状態になる。→膏肓・二豎(にじゅ)-広辞苑第五版による。名医藪博士のカルテから、8.11~13 南アルプス方面8.17~20 八ヶ岳方面8.28~29 鳳凰三山9.1~2 富士山9.22~25 北アルプス9.27~28 那須方面藪博士所見:当分静観以外処置なし。検査方法、処置等については学会及び竹藪大研究室に、照会中。診療点数:暫定10,000点相当は見込まれる。(藪博士カルテより) 恵那山頂標識 ゲンノショウコ クサボタン シャクジョウソウ セリバシオガマ ママコノシリヌグ 連休初日中央アルプス最南端の恵那山(2.191m)へ、本当に何の感動も受けない山、こんな山は幾つも有るがーーーー特に酷い。 花は全て旬を失し見る影も無い。何も送るものが無いので勘弁。(2007.9.16)1.ゲンノショウコ 花は真っ盛りだが2.クサボタン 既に労境の域3.シャクジョウソウ 般送ったものよりスタイルが良い4.セリバシオガマ 特徴の無い花だ5.ママコノシリヌグ そこいらにも咲いている6恵那山頂標識 昔のままと今日は敬老の日だそうで何となくピンと来ないね。ところで昨日送った写真オトギリソウはゲンノショウコの間違いです。訂正しておいて下さい。(修正しました)
2007年09月16日

鳳凰三山 フシグロセンノウ 節黒仙翁タカネビンランジ 高嶺ビンランジ タカネコンギク 高嶺紺菊シャクジョウソウ 錫丈草 24日の夜行で山梨韮崎市の鳳凰三山に登ってみた。主峰は観音岳で2.840m、南アルプス市の夜叉神峠から登り青木鉱泉まで16時間の行程。 下山道が急で距離もあり暫く振りに太腿の筋肉が痛む。この山でしか見れない花もある。1.シャクジョウソウ 錫丈草 ギンリョウソウの仲間だが皆さんも初めて見ると思う 2.タカネコンギク 高嶺紺菊 日本固有の花で南アルプスにしか無い 3.タカネビンランジ 高嶺ビンランジ ここの山と北岳にしか見られない、北岳は白色此処の はピンクで、端正に咲くものは少ない4.フシグロセンノウ 節黒仙翁 かっては筑波山でも見られたものだが今は? 5.鳳凰三山 鳳凰三山全景(真ん中の山)8月8日北岳から撮影 登山家、花博士のTさんからの便りである。登山だけでも大変だと思うのに、彼は「花」を見かけると、どうしてもカメラに収めないと気が治まらぬらしい。まだ疲れが残っているだろうなどと考えるのは、高齢者の愚見。明後日、9月1日から富士登山だそうである。Tさん令夫人は、若い美貌のお方だが、Tさんの歳(古稀?)嘘でしょう。ホントにボクは知らない。お天気が心配だ。無事成功を祈る。
2007年08月30日

甲斐駒と北岳 ミヤマハナシノブ 仲間達 仲間達2 仲間達3アルプス一万尺 1。アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さあ踊りましょ ララララ・・・・・・・・ 2。槍と穂高を番兵にたてて お花畑でキジを打つ ララララ・・・・・・・・・ 3。お花畑で昼寝をすれば 蝶々が飛んできてキスをする ララララ・・・・・・・・ 4。一万尺にテントを張れば 星のランプに手が届く ララララ・・・・・・・・・ 5。染めてやりたやあの娘の袖を お花畑の花模様 ララララ・・・・・・・・ 6。命を賭けて恋する者を なぜに冷たや岩の肌 ララララ・・・・・・・・・・ 7。[ ]でさえも二匹でいるのに なぜに僕だけ一人りぽち ララララ・・・・・・・・・ 8。山のこだまは帰ってくるけど 僕のラブレタ-返ってこない ララララ・・・・・・・・・ 9。トントン拍子に話が進み キスする時に(ハ・ハクション )目が覚めた ララララ・・・・・・・・ いうまでもなく、この一連の写真はTさんの南アルプス登山記録である。ボクがこの仲間達の中に写っていると思って下さる方がいたら、「薄謝」をさしあげます。「アルプス1万尺」はその歌詞にもある通り、北アルプスの歌だが、Tさん達は、7月末に北アルプス全山を踏破してきたばかりだ。(参照) 1尺は30.3cmですから1万尺は3030m、なるほど北アルプスの山の高さを表すタイトルとして、理にかなっているのだそうだ。さらに槍ヶ岳(大槍)は3180mであり、ロッククライマーしか登れない小槍を歌詞に織り込んだのも、一万尺へのこだわりのようだそうである。なお、原曲はアメリカ民謡、作詞者は不詳です。
2007年08月13日

H兄から、拙「谷下文庫」の停滞を指摘され、こんなものでも読んで下さる方がおられるのかと、感激した。過日、小宴会の末席を汚す機会を得、出てくるお料理を、すべて記録して置こうと思って、その覚悟ででデジカメの電池も、充電済みのものと交換して、満を侍していた。所がいざ撮る段階で「カードがいっぱいです」念のため枚数を調べて見たら、まだ16枚しか撮っていない。しかし設定がLサイズになってしまっていた。止むをえず、慣れない携帯電話のカメラで試行した。こんなことも有るんですね。尤も、パソコンも、Vistaでは、散々虐められた。まだ、まだ難問に遭遇するが、「そのうち何とかなるだろう~♪」と楽観している。また今回は「ゆきさま」という方からもコメントを賜り、文庫再開に意を強くした次第である。 私がこの「楽天」ブログに誘われたのはハイクブログ「南風子」さんのブログに惹かれたからであった。彼女の写真撮影技量の秀逸さもさることながら、ブログ編集にもさまざまな思考が凝らしてある。ボクはややold boyの範疇に属していて、まだまだPCそれ自体についても不案内だが、試行する意欲だけはまだ大丈夫みたいだ。Livedoor Blogでは散々苦労した。Noaさんという貴重なブロ友を得、何とか平凡な記事を書き続けている。それぞれのブログにはそれぞれの特徴があり、ボクの知識欲を刺激した。 序でにボクのプロ野球の贔屓チームは、セ・リーグは「横浜ベィースターズ」パ・リーグでは「楽天」である。特に監督とか、特定選手が好きだからではない。両チームとも弱いからである。甲子園で早実に負けた田中の楽天入団も、是とせねばなるまい。 だが、「楽天ブログ」となると、ボクにはまだまだ、問題点は多い。うっかりしていると、大量の迷惑コメントやT.Bの攻勢に遭う。また下部のチェックをいちいち、外さないと、自分宛のメールが送信される。また、セキュリティ警告が、やたら出てくるのが煩わしいし、何の所為かサイトが開けない設定になっている、パソコンのあることも確かだ。そのうち何とかなるだろう~♪ 週1篇ぐらいの投稿を続けていきたい。
2007年08月08日

ボクは殆ど自分一人で外食したことがない、また外食するとすれば、「らーめん」か「もりそば」ぐらいと書いたことがある。しかし、回数はいくらでもないけれど、年に4~5回は慰安旅行とか、同好会の反省会、仲間との望年会などで、それなりの御馳走に与ることがあった。その度、「らーめん」や「もりそば」もその対象となるが、口を付ける前、完全な姿で食べ物の写真を撮って置きたいと、いつも思っていた。それが、デジカメを忘れたとか、カードがいっぱいとか、物理的理由もあるが、それができない雰囲気だったり、うっかり食べてしまってから気がついたり、中々難しいものである。今日はほぼ、理想に近い形で撮れると思っていたら、パプにングがあり、携帯電話付きのカメラで撮った。配列が雑然なのは、座席が狭くて、順を追って運ばれてくる、メニューの置く席がなかったからである。またほとんど燐席との空間がなかったにもよる。
2007年08月07日

2007祇園祭2006祇園祭祇園祭(八坂神社例大祭)去年と今年の風景をほぼ同じ位置から撮った。この御神輿は、余所でやるように大勢でもみ合うような荒行はない。担ぎ手は4人だけである。倒れそうになる場合を考慮して、補助員が両脇に付き添うだけである。こうして神官が先導、1番当から3番当までが、それぞれ定められた、御幣持ち、太鼓打ち、提灯持ち等の役割に従って、粛々と進むのである。御神輿の担ぎ手と、先頭道案内の猿田彦の役割は来年当番の組(下当という)の人たちで構成する。
2007年07月22日

鳳仙花 ミニトマト 静かな選挙である。台風4号や、それに追い打ちをかけるような、新潟県中越地方をを襲った巨大地震では、ご当地ではもちろん選挙どころの騒ぎでではあるまい。心からお見舞いの言葉を申し上げるよりほかに道はない。 わが茨城県は2人区で、自民・民主の2大政党が議席を分け合う「指定席」であった。小生はじめ殆どの県民有権者は今回も同じパターンの繰り返しだと思っている。投票率が全国一低いのは今回も変わらないと思う。 今回、本県選出の赤城代議士が農水相の座に任命された。今やマスコミを賑わす中心人物である。しかし、その影響はほとんどないのではないか。静かな選挙である。 まず、台風があったとはいえ、告示後1週間も経つのに、某候補の宣伝カーが今日の朝1回だけ、候補者の名前を連呼しながら通ったことと、昨日某党の選挙事務所から電話があったことだけである。 不思議なことに、選挙公報は新聞折り込みで届けますという町からの広報であるが、いまだに届かない。 これは赤城農水相を皮肉った朝日新聞コラム16日付「天声人語」である。きのう岩波文庫の創刊80年について書いたら、「一番売れたのは何か」と質問をいただいた。答えは、157万部を数える『ソクラテスの弁明・クリトン』である。 古代ギリシャの哲人ソクラテスは、「神々を信仰せず青年を堕落させた」と告発される。『弁明』は、その裁判での反論演説の記録だ。彼は死刑を宣告される。逃亡もできたのに拒み、毒杯をあおいで死んだ。「悪法もまた法なり」の言葉を最期に残したとされる。 「昭和のソクラテス」と呼ばれた人を思い出す。戦後の食糧難時代に、違法なヤミ米を拒み、極度の栄養失調で死んだ山口良忠判事である。「自分はソクラテスならねど食糧統制法の下、喜んで餓死する」と病床日記に残した。この秋で、亡くなって60年になる。 「立派だ」「愚直にすぎる」。感想は分かれよう。だが「ザル法もまた法」とばかりに、事務所費の疑惑に頬被(ほおかむ)りする当節の大臣に比べれば、どれほど「品格」に富むことだろう。論法は同じでも、モラルは天と地ほどに違う。 「李下(りか)に冠を正さず」と言う。だが赤城農水相は、不自然極まる経理処理で「冠を正し」てしまった。疑惑を晴らすには、李(すもも)を盗んではいないと、手を開いて見せるしかない。この場合は領収書を示すことだろう。 かばい続ける安倍首相にも、「仲良し内閣」と批判が募る。首相と赤城氏は、祖父同士も「首相(岸信介)と農林相」の間柄だった。御曹司ゆえの大甘か。ちなみにではあるが、岩波文庫の2位は136万部の『坊っちゃん』である。
2007年07月17日

ウチョウラン ジガバチソウこれもTさんからのMailと添付写真です。今日は珍しい花を求めて山に、有りましたね。この花は絶滅危惧種並の物で、昨日も TVで放映されていましたが 桐生市などでは人工増殖しているようです。 崖っぷちの岩場に咲く此花5年振りに撮ることが出来ました。左手は木の枝に掴まり、右手にカメラを持ち当に軽業師の様だ。1.ウチョウラン ラン科 羽蝶蘭。花の様子が羽を広げた蝶の様に見える事から。仲間にハクサンチドリ、ニョホ ウチドリなどがある。 2.ジガバチソウ ラン科 似我蜂草。花の開いている形が昆虫のジガバチに似ている事からだが、命名には 苦労している様子が分かるね。此花私の知っている範囲で、この1本しか知らない貴重な花である。
2007年07月08日

シラネアオイ ツバメオモト アカモノ キヌガサソウ ヤマガラシ イワイチョウ 苗場山頂標識 「森の石松」が次郎長親分に“四国の金毘羅さん”に代参を頼まれる。 その時の石松のセリフに、 「オレは隣の家さ、釘抜きでも借りに借りに行くのかと思った」というくだりがある。 それが四国の金毘羅さまと聞いて驚いた。 「いやか?」 「いやじゃあない。今すぐ行く」 こんな廣澤虎造演づる「石松代参」を思い出した。 Tさんを、小生は鉄人28号と例えたばかりである。次のようなMailと共に、「花」の写真が送られて来たのである。 昨日は新潟湯沢の苗場山(2.145m)に登ったが、とうとう降られてしまった。花も前日からの豪雨で傷んでいるが何とか撮って来た。下山まで合羽を脱げず全く惨め。今日はユックリと休養しよう。
2007年07月02日

人間だって、小生のように「素なお」な人も多数おるが、録でもない人間も稀にはある。むしろ、小生の如き「直なお」な類の人間は尠いというのが模範解答かも知れぬ。これは拙宅庭に繁茂する「ねじ花」の中の二本である。「ネジ花」に左捲きと、右捲きがあるのは、人間と同じだが、このよう更に捩じれた「ねじ花」を発見すると、何か楽しい気分になる。理路不整然。 これも余の美的感覚なりと、ご理解を賜りたい。
2007年06月28日

上は拙宅の白の花石榴である。花柘榴は言うまでもなくザクロ科の落葉高木であるが、この二つは鑑賞用のハナザクロで、結実しない。下は赤色で、ご近所の専業大型農業(米造り)を営む財産家の垣根にあるのを撮った。鑑賞には少し遅いが、対象として並べてみた。柘榴は秋の季語だがザクロの花は、夏の季語である。 柘榴 よべの雨柘榴のかけらに樹に残す 昌勝 実柘榴の雨や障子をかたく閉ず 健一 わが町の柘榴完熟して減らず 耕二 柘榴の花赤々と一と夜の旅の花柘榴 友二 海女の負ふものみな濡れて花柘榴 のり子 新編季語集 水原秋桜子編 (株)大泉書店より
2007年06月23日

『帰り道』昭和42年と制作年号が記されているが、西暦1967年といった方が分かりやすいかもしれない。国内は佐藤内閣。東京都知事に、社会・共産党推薦の美濃部亮吉初当選。次は朝日新聞社史から、当時時代背景の関連記事の抜粋引用である。「戦場の村」とその反響東京本社社会部の本多勝一と大阪本社写真部の藤木高嶺のコンビによるベトナム・ルポ「戦争と民衆」の連載は、四十二年五月二十九日からはじまった。第一部「首都のベトナム人」が十八回(夕刊)第二部山地の人々」が八月一日から14回(朝刊)、第三部「デルタの農民」が八月十六日から十五回(朝刊)、第五部「戦場の村」が九月二十九日から二十回(夕刊)、第六部「解放戦線」が十一月六日から二十三回(夕刊)と半年間にわたる計九十六回の連載だった。ルポは北ベトナム、解放戦線の内側からと、南ベトナム政府側からの双方を取材したうえで、戦争にしいたげられた民衆の姿を生々しく伝えたもので、圧巻は第五部の「戦場の村」であった。そのなかからもっとも衝撃的な部分を再録しておく。ミゾのようなクボ地で、うつぶせになって死んでいる若い女ゲリラの遺体に、一人のアメリカ兵が近づいた。……三メートルほど離れて見ている私の目の前で、その米兵は彼女の片耳からイヤリングをもぎ取った。頭を足でひっくりかえすと、もう一方の耳からも奪って、自分のポケットにいれた。死体からものを盗むことなどは、しかし次に目撃した光景に比べたらものの数ではなかった。 女ゲリラから七、八メートル離れた芝生の上の遺体にも、上半身ハダカになった別の米兵が近づいた。ナイフを片手に、他方の手で解放戦線の耳をつかんだ。イスキモーたちがトナカイの角先を切落したときのように、彼はさっさとナイフを使って耳を切り落とした。 ことは余り簡単に行われたので、私は最初その意味がわからなかった。なんとなく変な気持ちで、カメラマンたちのいる土手の方へ歩くうちに、その意味がすこしずつわかりはじめた。その瞬間、ベトナム人カメラマンP氏が「ミスター・ホンダ、あれを見なさい!――」と、低い声で注意した。彼は同じものを見ていったのである。米兵は切落した耳をビニール袋に入れたところだった。 P氏の横にいた別のカメラマンも気付いていた。彼はそれまで話していた相手の米兵に「あの兵隊は耳をどうするんだね」ときいた。相手は苦虫をかみつぶしたような顔をして短く答えた――「スーベニア(記念品)さ」。「日本人の記者がみてしまったよ。書かれるよ」ととたみかけると、宣伝用のマイクつきテープレコーダーの操作係をしているその米兵は、困り切った表情で弁解した―「あいつは神経の病気なんだ」。「あれを乾燥させて、みやげにアメリカに持帰るんだ。ちっとも珍しいことじゃない。カンゾウを切り取っている例さえ僕は見たよ」 × × 米軍特殊部隊は、山岳民族に「ベトコンを殺した証拠に耳を切り取ってきたらカネをやる」といっている事実が、米兵自身によって証言され、アメリカ国内でも報道されている。(42・10・21夕刊)
2007年06月16日

少し整理をして置こう。鉄人28号の行くところ険しい山ばかりである。九州から帰ってくるや否や、間髪を入れずメールが入った。今日は栃木県矢板市の大間々台から釈迦ケ岳を通り、日光市藤原の鶏頂山に行き往復8時間の山旅。レンゲツツジは3分咲きで後一週間後が見頃か。 鶏頂山までの間シロヤシオが目線で楽しめ、ヤマツツジも競い合うように咲いている。 レンゲツツジヤマツツジシロミツバツツジこのあと鉄人はどこの山を征服するのか?教えてもくれないし、訊きもしない。だが、このままでは済まされないだろう。1日の富士山の山開きを前に6月30日は富士吉田市で開山前夜祭が行われる。内容は北口本宮冨士浅間神社(同市上吉田)の吉田口登山道入り口では約450年続いているとされる登山道を開く神事「お導(みち)開(びら)き」。 お導開きは富士山信仰を再現した「富士講パレード」で幕を明け.同市内の幼稚園児や婦人会の女性ら約120人が行衣姿に金剛杖を持ち.「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」などと唱えながら金鳥居公園から同神社を練り歩く。 同神社でおはらいを受け.夏山の安全を祈願した後.「お導開き」が行われた。天岩戸(あまのいわと)にこもった天照大神が外から聞こえる笑い声につられて岩戸を少し開けた際、手で岩戸を押し広げたという力の強い神様.「手力男之命(たぢからおおのみこと)」にふんした同神社神楽講長が同登山道入り口の鳥居に張られたしめ縄を切り落す。 1日は同神社や富士山五合目の小御岳神社で開山式が行われ.8月26日の「吉田の火祭り」までの富士山の短い夏が始まる。7月第1土曜日には船津浜において花火大会も開催される。 http://www.maruyaso.jp/gyouji4.html から引用
2007年06月13日

久住山>九州の山に行く機会に恵まれ幾つかの山を歩いてきた、幸い天気に恵まれたのでラッキー。標高はそれほど高くないが別々の表情を持ちっている。明日は祖母山です。 T・S生今朝Tさんから、メールが入った。8日の朝2:04『これから待望の九州の山初登りに出発、、3日間天気も良さそうで楽しく遊んで来れそう。10日夜11時頃帰ってくるよ。』と言っていた通りである。山の知識のないボクは九重山を「ここのえさん」と訓読みした。久住山とあるから早速辞書を牽いてみた。くじゅうさん【九重山】大分県中西部にある火山群。主峰は久住(くじゅう)山 。阿蘇くじゅう国立公園の一部で、山麓に飯田(はんだ)高原・久住高原がありコケモモ・ミヤマキリシマの群落は天然記念物。黒岳の原生林には男池(おいけ)湧水群がある。九重連山。 ミヤマキリシマ
2007年06月11日

スイカズラヤマアジサイ ハルリンドウ オオバウマノスズクサ ヤマアジサイー2いやぁ~まったく!登山病止まらなくなっちゃった!オレのことではありません。いつも写真を利用させていただいている盟友Tさんのことでありまする。今年は風邪で20日も家に籠りきりだったのに。いやはや。どうも!5月に入ってこれまでに、四国の剣山、石鎚山、群馬の武尊山、木曾御嶽山…その他細かいところ筑波山へは何回登ったっぺ。(オレと片手ぐらいだけの年齢差なんだド!)明日8日3:00出発。九重山・祖母山・阿蘇登山2泊3日の登山だそうであーる。昨日お会いしたら、「何にもやらないと、カアちゃんに叱られるから…」と、豪邸周囲の生垣の剪定をやっておられました。あ、この「つくばの花」の写真Tさんのものです。
2007年06月06日

泣グな泣グな花嫁ア泣グ奴あるガ銭コねはんで泣グのガなんだてこした貧ボくせい結婚サねばまいねのガみんな飯事だど思れ これは方言詩人として、青森県近代文学館「青森を代表する13人の作家に数えられている高木恭造の詩である。何時ごろの作であるかはわからないけれど、そのような暗いイメージはこの写真の風景からは読み取れない。この写真は、ボクの青春時代のアルバムに貼り付けてあった、写真雑誌からの切り抜きである。作者は不明だけれど、裏面にこの写真の作者とは関係のない写真の一部が写っている。アイレスフレックスとか、ネオパンSS月光V3などカメラ・フィルム、印画紙の名称が読める。後部のトラックはトヨタトラック1952~3年ごろではないかと思われる。むしろボクは同じ東北方言でも、『どじょっこ ふなっこ』のような、明るい素朴な詩が好きだ。この祝言風景にピッタリ似合うと思う。春になれば しがこもとけてどじょっこだの ふなっこだの夜が明けたと 思うべな夏になれば わらし(童子)こ泳ぎどじょっこだの ふなっこだの鬼っこ来たなと 思うべな秋になれば 木の葉こ落ちてどじょっこだの ふなっこだの船っこ来たなと 思うべな冬になれば しがこもはってどじょっこだの ふなっこだのてんじょ(天井)こはったと 思うべなある会合の酒席で、小学校教師だったS先生がまじまな顔でこれを唱った。拍手喝采、アンコールに応えたのを思い出す。むろん、この祝言は東北地方のそれではない。恐らく関東の海辺に近い農漁村の風景ではないかと想像する。
2007年06月03日
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