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声楽は学んでないので知らないが、太ってくると声がよく出てくる。恐らく10年前と今ではカラオケの歌い方が全然変わってきている。もちろん歌う歌も違うのであるが、とにかく声が楽に出る。音域も広くなったような気がする。多分、首の太さとか胴回りに関係しているんだろう。それとも耳が悪くなったので声がでかくなったのであろうか。聴力は確かに落ちている。他人の話を最後まで聞かなくなっているのかもしれない。自己主張が強い欧米化の波だろうか、それともいらち(せっかち)な性格が情報化社会についていけなくなっているののだろうか。声が大きくなっている。
枕を涙で濡らすのは物語性があるが、この季節よだれで枕をぬらし始める。暑いと口が緩むからであろうか、下向きで腕が顔に中るからであろうか、完全に顔の下半分がよだれまみれになる。犬の気持ちがわかるような気がする。それもバカ犬になった気分になる。湿気も関係してくる。乾燥しないで顔にまとわりつく感覚が強い。体の水分補給も関係してくるのかもしれない。この時期水をよく飲む。人間は発汗で温度調節するが、よだれだってその一端をになっているのかもしれない。
先月床屋で夏を迎えるにあたり、頭を刈上げたときのことである。頭の皮で皮膚呼吸できなくなっていたのか、半分頭皮が真っ赤にかぶれているという。そういえばここ数回は10分床屋ばかりいき、まともな床屋に行っていなかった。店のオヤジにケアをしっかりしなさいと注意される。
だんだん話が不潔な方向に向いているが、耳垢の話を最後にする。梵天耳掻きというスプーン状の昔からある竹の耳掻きは体にいいのだろうか。耳の中には産毛がある。それが梵天によって掻き出されてなくなってきている。若いうちは再生能力がある。しかし年とともにハゲ山がなかなか再生しないのである。耳垢も地肌からこそげとる感覚になる。大きいのが取れてしてやったりと思うのだが、非常に不健康な気がする。(体を不自然な状態にしているような気がする)ほんとは産毛によって浮いてきた耳垢を梵天ですくい取るのが自然にやさしい気がするのである。耳の中の地肌も非常に鈍感になっているような気がするのである。この鈍感さが性格にも現れないかと心配である。