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:::どうしようもなく、もうどうしようもなく・・ただたたずむだけの世界ですね。これが元の町にもどることはできるのか? この人たちに何の罪があるのか! スマトラ沖の地震による巨大津波。毎日の数万単位で死亡した人の数が増えていく。ついに11万人を突破し、まだ行方不明者がどれだけかもわかりません。インドの村々では人口がどれだけいるかということは正確なところわからないのです。聞いたことのない村がたくさんあり、地図にも載っていません。スリランカでもそうです。アンダマンニコバル諸島というインド領の島では、行方不明者がたぶん最後まで確定しないでしょう。今回は津波の被害が少ないバングラデシュでは、毎年サイクロンによる被害は人が何人なくなったという単位ではなく、村や集落がいくつなくなったという単位になります。そういうところですから日本の常識など通用しません。大きな穴をほり、死体の判別がつかないまま、穴に放り込みその上から、土をかぶせるといった土葬はまだいいほうです。火葬もいいです。最もひどいのがそのまま放置して野犬や小動物に食べさせるということも実際にあるのです。小指でも1本でもあれば、確実に判別できます。しかし、それは日本の勧めているDNA鑑定です。当地ではそういうことまでしません。身元がわかることというのは、不可能ということを頭から信じています。残った遺族は、これからどう生活していこうかということです。まだ外国人がなくなったり、行方不明になっているので。映像は流されますが。その捜索が終わるとメディアは放送しません。残るのはその国の人の悲惨な生活です。冷蔵庫にいつも食料がある日本とは大きく違います。水道をひねると水が出てくる日本とは違います。道端で倒れている人がいたら日本では放って起きませんよね。アジアの貧しいところでは自分の生きるのが精一杯の人がたくさんいます。ですから、道ばたで倒れていても助けられません。それが真実です。その真実は映像からでは得られません。あの暑さ、死臭、腐敗臭、水も腐り始めます。家畜が腐ります。しかし人間は水を飲まなければ生きていられません。信じられないくらいの汚い水を飲みます。死体が浮いている川の水を飲みます。その水を温めればどうにか飲めるのに、その温める手段がないのです。もうひとつ見逃しているところがあります。津波の運んできたものは海水です。そうしようもありません。飲めません。井戸にも海水が入ります。そうした事実を、きちんと私たちはただ旅行先の一時かぎりの付き合いの国としてアジアを見るのではなく。長い目でそこの住む人たちの(生活)を考えていかなければならないと思います。
2004年12月31日
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先ほどまで世界の中心で愛を叫ぶの再放送を見ました。愛する人を病気で亡くした、その思いがずっと続く。この津波で泣くなった人の無念さは計り知れません。いよいよ火葬が始まったそうです。すべてを火葬にする。ということは何を意味しているのでしょうか。一人一人を丁寧に火葬するのでしょうか。広場に積み上げてひといきに燃やしてしまうのでしょうか!日本のように骨が残るような火葬ではありません。骨がぼろぼろに砕けるぐらい高温で火葬します。残ったものは変わり果てた水死体の顔と髪の毛だけです。あと2日ぐらいが限界だともいます。また。水上あるいは水面下の遺体は海の生物の餌食になります。インド洋にいる鮫が一気に押し寄せることでしょう。野犬が死体をついばみます。山にある死体は野ねずみが・・・。これは過去戦争で亡くなった人が、遺体を放置されたときに起こった事実です。遺族には本当に苦しい時間が過ぎます。 この写真の右下を見ると遺体が幾重にもなって横たわっています。いよいよ始まりました。遺体の火葬作業。さらにもっとひどいのは村や町を放棄して、遺体もそのままということです。亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。 スリランカの友人と連絡がつきません。コロンボ市内の人たちとは何とか連絡がついたのですが、コロンボより南部の海岸mカルタラ、ヒッカドア、ベントタ、アンバランゴダ、ゴール(新聞ではガール)などのリゾート地区ではとんでもないことになっているということです。死体は腐乱して、身元の判別はほぼ絶望的だそうです。水につかった死体、30度を越す暑さ・・腐乱は手を持ち上げただけで抜けるものもあるそうです。行方不明=死ということは口に出さなくても4日もたつと現実的になってきます。そのあとの恐ろしいことは何か想像つきますか。日本では考えられないことですが。水がないということです。島では特に水をためておく施設がありません。水道設備が破壊されたら。雨水を飲むか?といっても乾季の今は雨が降りません。そうすると・・・飲むものがないのです。散乱したペットボトルに殺到しているかもしれません。食べ物もないので、残っている商店が襲われているかもしれません。人間が人間らしくしている間はいいのですが。生き残りたい、水がほしい、食べ物がほしいという3日目4日目になると・・とても人間らしくはしてられません。ヨーロッパ各国はそういうことを恐れているようです。寒くて日照時間が短いこの時期の北欧の人たちはこぞってアジアに太陽を求めてきます。スウェーデンの人たちが多いことに気がつくでしょう。スリランカのビーチには外国人が30000人いたそうです。その人たちが略奪に対象になるのです。ですから自国からチャーター機をどんどん飛ばして、本国に引き上げようとしています。軍艦も送るのももちろん捜索という目的もあるのですが、自国民を保護するということも重要な任務なのです。そして、残るのはそこに住む人たち・・。新聞報道でも、これから伝染病が流行し同じくらいの犠牲者がでる予想をたてています。恐ろしいことが始まろうとしています。
2004年12月30日
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現在 夕方の6時です。外の雪も止みました。私たち家族が3年間すんでいたスリランカが悲しみの島になっています。あの屈託のない笑顔の人たち、貧しいけれど人に対して優しい気持ちをいつも持っている人たち。一生懸命助けたのでしょう。一生懸命津波から逃げようとしたのでしょう。報道されているコロンボのホテルはヒルトンです。私たちもよく泊まりました。その病院も行ったことがあります。今日2時からのワイドショーで放映されていたホテルは多分カルタラの「エーデンホテル」だと思います。ハンバントータの町をはじめ、南部の多くの村が深い悲しみの中にいると思います。スリランカは仏教徒の国です。お互いの助け合いが、今あちこちで行われていると思います。すぐにでも飛んで行きたいです。事実は、私たちの想像以上のものを感じさせます。この水死体はどのような形でこうなったかわかりません。現地からの情報ではこういう遺体がものすごいまず浮遊しているそうです。 是非、世界的な情報提供会社 ローターの写真ニュースを見てください。タイのプーケット沖に浮かぶ男性と思われる死体が漂っています。テレビの映像でも、ハンカチやタオルで鼻を押さえた人が瓦礫の中を歩くシーンがあります。実はあれは死臭です。ものすごい匂いを発します。はからずもその死臭があるから死体が発見されるのです。恐ろしいことです。今後何年かは破壊された村やビーチは元に戻らないといわれています。村自体を死体を放棄したまま、消滅させることも考えています(消滅とは自然に任せて、元の形の戻そうとすることです) 現在スリランカは明け方の5時です。薄暗いでしょう。その中で家を失った人たちの目だけがぎょろぎょろ動いているのが想像つきます。家を失った人の大半は、その日暮らしの漁民や農民の人たちだと想像できます。ある程度の収入がある人はヤシの葉の家などにはすみません。助かった人たちはコンクリートの家かレンガの家だと思います。その人たちは蓄えがある程度あります。でも家を失うとそれ自体が財産ですので。何もなくなります。お金がないので食料が手に入りません。水だって不衛生のものを飲むしかありません。その上暑いですので物は腐ってしまいます。木が倒されたら唯一お食料であるバナナはじめ果物が取れなくなります。スリランカは餓死ということがなかったのはこの果物のおかげです。26日に発生してもう4日目になります。これからが大変です。 テレビでは最大公約数的な一般的なことを報道します・・それは確かに事実です。でもそこで放映されないたくさんの真実がありますまず、モルジブのことがほとんど情報として流れていませんね。50名ほどの人が亡くなったということですが。島が海抜4mという心を津波が襲ったらどうなるでしょう。それもピピ島やプーケットなどのように高台へ非難することができない場合は悲惨です。私もモルジブへは4回ほど行きました。ひとつの島に1つのホテルがあります。島というかさんご礁が隆起したようなところです。大きな建物ではなく。コテージ風の平屋の建物です。想像してみて下さい。おそらく大きな被害が出ているところの一つになるでしょう。今朝のニュースや新聞で突然死者の数が倍近くになったことに気づいていると思います。インドネシアが2万人を超えました。震源地近くの町はが壊滅的な被害にあったということと、アンダマン海の島々には32万人の人が住んでいます。その島は、スリランカよりも震源地に近いです。そこの情報が徐々に入ってきたということになります。相当数の人が津波ののまれていると思います。また、これはとても表現が難しいのですが。なぜ身元の確認が遅れているか問い言うことです。スリランカのツアーの人がなかなか本人と認めない、確認できない・・それは家族への配慮もあるということもあるけれど、死体の損傷が激しいということです。手足があるのか顔はそのままか、腐敗も進んでいるでしょう。暑いところですから・・・ではまた情報が入ったらお知らせします。
2004年12月29日
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ニュースでコロンボに到着した日本人の救援舞台の映像が流れましたね。日本ではまだしも、本当に政府の対応は早いですね。実はこんな事実があるのです。スリランカと日本は一般の人には、紅茶か観光かというぐらいの関係だと思うのは普通です。しかし、日本の援助の割合は人口比にすると世界のトップクラスなのです。ですから現地にはたくさんの日本の企業が進出しています、特に建設業者や商社は日本のトップの会社がほとんど現地に営業所を設けています。ではなぜ・・支援が多いのか・・。実は歴史にその事実が残っているのです。1945年に日本は敗戦を迎えました。そのあとその後の日本を決定付ける「東京裁判」が行われました。戦勝国としてのアメリカを始めソ連、中国などの大国はもちろんその中には「スリランカ」もはいっっていました。この国も日本の攻撃を受けたことがあるのです。ですから賠償金を受け取る権利があります。日本はものすごい金額の賠償金を払うことになっていました。そのときのことですスリランカの当時の外務大臣「ジャヤワルダナ」大臣が演説で「憎しみは憎しみによっては消えない。愛によってのみ消える」という歴史上の残る演説をし、賠償金を要求しないとしました。会場はどよめきました。その結果中国も賠償金を受け取らない方向を島氏、多額な賠償金を求めていた他の国も賠償金の金が気を減らしました。もしそのときの演説がなかったら日本は経済の復興がかなり遅れたのではないかとか、第一次世界大戦後のドイツを苦しめた賠償金。その結果ドイツにナチスが台頭し第二次世界大戦が起こった・・それと同じことが起きたかもしれません。ですから日本はかなりスリランカに感謝しています。という事実があるので・・・日本人も住んでいます。企業もあるのです。 今日は1日、ニュースを見たり、スリランカやバンコクの友人にメールを打っていました。テレビで放映されているあの映像は、ほんの一部です。スリランカの新聞やイギリスのBBC、アメリカのCNNはじめ各局の報道はもっと悲惨でもっと残酷な映像を映し出しています。・・とのこと。スリランカの映像で、何度も放映されている道が川になり、瓦礫やバス、車などが押し戻されている映像があり、かろうじてバスやコンクリートの柱に捕まっている人の映像が出ますね。あの町を知っています。ハンバントータの町だと思います。または、南部の町です。その人たちは「つなみ」なんていうものを知らないし。もし知っていても情報がうまく伝わらなかったかも知れません。日本ならばサイレンを鳴らしたり、警察が総動員してビーチなどを閉鎖するでしょう。映像を見るとどこでも海の津波を見ていますね。時速700キロの早さの津波が押し寄せてきて間に合うわけありません。死亡の原因はほとんどが溺死です。NHKの7時のニュースはNHKが総力を挙げて情報をあつめ一番信用されているニュース番組です。今日のニュース見ましたか。「日本人学校」とう名前が出てきたでしょう。恐れていることが起きました。ほとんどの日本人学校は休暇です。彼らは日本に帰らず、家族と海外で過ごすことが多いです。日本に帰る人もいますが。ほとんどが自分が派遣されている国以外のところに家族と出かけクリスマスやお正月をそこで過ごします。ですから23日かあるいは24日に終業式を迎えて、そのあと東南アジアのビーチに向かいます。大使館員も交代で休みをとり、同じような行動をとります。あの亡くなったタイのバンコクの大使館員の人もおそらく、休暇でプーケット・・バンコクから飛行機で1時間ぐらいでしょう・・へ飛び、子どもと一緒は浜辺近くのホテルに滞在し(あそこは日本語が通じるホテルが多いし、とにかく高級なホテルが立ち並び・・過ごしやすいところです・・。朝からビーチに出ては、泳いだり、ボートに乗ったり、シュノーケリングをしたりしていたのでしょう。そこを襲われたらどうしようもありません。NHKのニュースで出たのはニューデリーの日本人学校、バンコクの日本人学校、シンガポールの日本人学校・・・私もバンコクの日本人学校とシンガポールの日本人学校に入ったことがあります。友人もたくさんいました。今でも交流と持っています。とても心配です。何は情報があったら教えてください。
2004年12月28日
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スリランカの情報を知っている人は教えてください。もし海外で楽天の日記を書いている人でも、スリランカからこの冬休みを利用して帰ってきている人を知っていたら・・・「コロンボ日本人学校」に通っている人がいたら是非教えてください・・・実は私は6年前までその日本人学校で働いていたものです。実は日本人学校はたぶん(違うといいのですが)日本で言う冬休みに入っています。そこの職員はその休暇を利用して国内を観光したり、モルジブやタイ、インドネシアなど旅行する人が多いのです。テレビで放映されたスリランカの「ハンバントータ」は私も華族と行きました。スリランカの南にありとても美しいところです。海岸近くに「ピーコックビーチホテル」というホテルがあり、とてもいごこちのいいホテルでした。でもあの津波が着たら跡形のないと思います。目と鼻の先が海です。逃げ場もないでしょう。日本人の多くはそのホテルを利用します。(その地域で一番人気のあるホテルです)また、モルジブは津波にやられたらとんでもないことになります。地球温暖化で一番最初に海面上昇で消えてなくなる国です。標高は平均4メートルです。もし今回のように100年間の中で4番目に強くそのエネルギーが阪神大震災の1400倍の地震で起きた津波なら、島ごと破壊してしまいます。ホテルも跡形もないでしょう。私たちは4回もモルジブに行きました。あまり映像では出てきませんが、もしかしたら多数の日本人がその津波にやられたかもしれません。ぜひご協力ください。
2004年12月27日
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私の自宅は冬使用になっているので、防寒をするどくしてあるので、ストーブ一台で、家中が暖かく、半袖、短パンで冬の夜を送っています。そこにお金がかかっているのですね。だから、冬の夜暖かい部屋で、よくビールを飲みます。このビールの二日酔い外地番すごいと思うのは私だけでしょうか。腹は重たくなるし、なんだか息苦しくもなります・・もちろん飲み過ぎですねれどね・・また冬だからつまみがおいしいのです。鍋もあるし、魚も引き締まっている。・・ついつい飲み過ぎます。忘年会のこのところ自粛傾向にあります。12月は金、土の夜は忘年会ですね。そこでもビールですよね。うまいんです。しかし次の日の二日酔いはすごすぎます。ポカリを飲んで、風呂に入っても駄目です。時間しか解決してくれません。その時見上げた富士山の美しいこと。あざわらうかのように美しいですね。12月は毎日があっという間に過ぎていきます。2004年もこうして酒の日々で終わっていきます。では、楽しい年末を・・・。
2004年12月17日
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今、時間は午後4時30分・・・富士山が夕日に光っています。とても師走とは思えない暖かさです。自宅から見る富士山は、連日の忘年会の二日酔いを一瞬忘れさせてくれます。とてもきれいです。山中湖は自宅から30分でいけます。そこにサンタクロースの森というミュージアムがあります。森の中の小さなミュージアムです。そこ今大変ブレイクしています。もちろんクリスマググッツを買いに来る人がいるのです。東京からわざわざ来るのです。山中湖に遊びに来るとここによるひともいます。 一度来てみて下さい。その置くにすてきなペンションがあります。現実を忘れてしまいますよ。とても寒々しく感じる森の中でいっぱいのココアを飲みながら一時を過ごして下さい。では。。。。
2004年12月16日
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テレビの旅行番組を見ると。ああいいなあ。行きたいなあ。なんて思っている人ばかりですよね。じゃあそこ行ってみようか。次に休みはこの番組のあの旅館に泊まって、あの市場のあの店で海鮮どんぶりを食べよう・・・このように具体的になる人はほとんどいません。まれにいたとしてもこの時期(12月)にはほとんど不可能に近いでしょう。 毎日の生活の中で、どうも皆さん疲れています。体力ばかりの問題ではないのでしょう。何か心にゆとりがなくなってきています。昨日の朝日新聞では、」「先生が壊れていく」というショッキングな見出しがありました。友人に教師が多いので気になります。金融機関に勤めている友人なども「この不景気、金利がこんなに低くては・・お客さんが玄関で待っていてといわれたら1時間でも待ちますね・・夜中に相談があるといったら喜んで出かけますね」整備工場の所長は私の後輩なのですが・・休みなんて取れませんよ・・お客が・・日曜日に整備して・・といって来たら・・前なら「月曜日に・・」といえたんですが・・もしそんなこと行ったら「じゃあ他のところに頼むから」になります。安心して休むことができない時代になりました。私などは「休みは休み」というタイプで家にも仕事を持ってきません。でも仕事はなくなるわけありませんから。私の特技「朝起きられる」を生かしてこの11月ごろからずっと1時間前には会社に行っています。近くに中学校のグラウンドがあるのですが。車を駐車場においてから、そのグラウンドの周りを散歩します。富士山がよく見えるそのグラウンドで、コンビニで買ってきたコーヒーをゆっくり飲みます。たった10分くらいですが。なんかいい気分になります。また、会社へ行く道を何日に一回ぐらい変えるのです。違った道を通ったり、少し寄り道をするのです。今から会社ですが、時間はそう変わりません。なんかいい気持ちです。そのあとゆっくりデスクに座り、今日の予定を立て、お茶を飲みます。そのときにメールなどをチャックしたり、送ったりします。それでもまだ時間はあります。その時間をどう過ごすのかを考えるのも、良いですね。今は年賀状を1日5枚づつ書いています。250枚ほど毎年書きます。今年は300枚ぐらいにもなるかもしれません。家族とベトナムに行ってきたときの写真やオーストラリアのパースに行ってきたときの写真などを載せました。もう印刷されているところもあるのですが、必ず一言付け加えます。私の子どものような字で・・。毎日の生活の中で何か「ほっと」した時間が持てるなら・・・それは小さなたびだと思いませんか。今日は甲府へ行ってきます。では、甲府のグランパーク東宝8・・映画館・・スカイキャプテンのところで会いましょう。
2004年12月12日
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