全2件 (2件中 1-2件目)
1
あの日 1月17日にむけてさまざまな思いが出てきますが・・・昨秋 わが娘がめでたく嫁に行きました。披露宴で婿様の小学校の先生がスピーチして、彼が親友を震災でなくしていることを知りました。KOBEではどこにいても震災に出会う、思いがけず震災に出会う といわれますが・・・わがやでは下の娘の同級生が震災で命をなくしています。命を救えなかったご近所の方々も・・・。先生は 親友のぶんまで幸せになってほしいと・・。おめでたい席ではあまり言わないことかも知れませんが やはり被災地・KOBE阪神間だからこそ。しっくりとくる言葉でした。そして10数年後 東北でもこうしたことが 同じように 同じような二人が出会い(もちろん 肉親を失った同士が出会うでしょうし・・)、同じ はなむけの言葉が送られるのではと 花嫁の父の席に座りながら おもっていました。
2013.01.16
コメント(0)
また「あの日」1995年1月17日 阪神・淡路大震災発生の日が来ます。「また あの日やね」「あの日が近づいてきたね」という会話がわがやでも使われるようになり。いつもは 可能な限り 早朝か夕方の追悼式にかけつけるのですが、今年は京都を離れられず・・どうするかなと考えていましたが法然院で「兵庫県南部地震の被災地に向けて追悼と希望の鐘をならす」行事があり、仕事の合間にかけつけました。「兵庫県南部地震19回忌物故衆生追悼法要」の後行われ、その後には追悼演奏があるのですがともかく 鐘だけはつかせてもらおうと・・。よく京都の会合で会うご同業の知り合いも来ていて、きくと神戸で被災し、友人をなくされていたと。「いつもは神戸に行くのですが、今年はどうしても行けないので どうしようかと思っていたら京都でこんな催しがあるとは・・それでともかく駆けつけました」と。同感。その後 互いに仕事に戻り・・。鐘をついたあとお堂にもどりながら「今日は、『あの日』の前の日の・・今日と 同じようにそんなに寒くなくて こんな日やったなあ。成人の日の振り替え休日で。」とまだ青空ののこる空を見上げながらいう方が。この今日は1995年1月16日。わたしもいきなりタイムスリップしました。「あの日」をめぐって 前の日 いまくらいから いつも不思議な時間の流れになると感じています。黄昏時から夜、深夜 日が変わって・・・そして5時46分。夜明けまえから 夜が明けていき。物理的時間は前に進むのに こころの時間は戻る・・・というか、どこかで いったん1995年1月16日にリセットされて そこから再び「あの日」にむかって進みはじめる。もどるというよりも 前にすすむのに体はうしろにすいこまれて しかし前に進んでいく感覚というと 言いすぎ? あすは神戸は、阪神間は、一日中祈りにつつまれるのでしょうね。 京都東山山麓の鐘楼から 神戸の方をむき みなさんと合掌。神戸の祈りの輪の中に少しでも入れたような気がしました。
2013.01.16
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1