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今日は、ニートについて考えたいと思います。 先週東京に出張に行ったとき、東京駅の八重洲口に一人の若者の路上生活者を見ました。まだ20代と思える若者で、なんでこんな生活をしているのか聞きたい衝動に駆られました。やろうと思えば何でもできる青年が、人の下で生活しているということが信じられませんでした。 テレビでも今のニートについて、特集を組んでいましたが、ニートに共通に見られることは、上昇志向が乏しいということでした。将来、どのようになろうとしているのか、そのアウトカムが全くと言っていいほど見られないのです。アウトカムが見られないと言うことは、どのように人生を設計していったらいいかという展望も見えません。 それと意欲が全く感じられないのです。仕事は、アルバイトなどをして生活を立てているのでしょうが、そのアルバイトでは一生懸命仕事に取り組んでいるのです。そのギャップが不思議です。 ニートの若者たちに必要なのは、なぜと問うことではないように思います。どうして定職につかないのとか、生活に心配じゃないのとか、聞かないことです。それよりも今の気持ちを十分に聞いてあげることからはじめることが大事ではないかと考えます。そして、ともに人生を考えられるようにともに歩んであげることではないかと思います。ニートなどの相談にのっている人たちにお願いしたいことは、急がないということですがいかがでしょうか。
2006年01月31日
昨日、知人の病院見舞いに行ってきました。おかまを振られて、むちうちになってしまったとのことでした。 その知人曰く、「こんな目にあってしまって申し訳ない。こんな大事なときに皆の手伝いができなくて・・・」と涙ぐんではなしていました。 その話しを聞きながら、こんな自分が大変なときに他人のことを気遣っておれるこの人はなんとすばらしいんだと思いました。責任感といえばそれまでですが、自分のことを差し置いてまで人のことを思えることのすばらしさを感じたものでした。 このように何があっても自分のことはさておいて、他人のことを思うという気持ちは大事にしたいと思います。 自分以外は、まったく知らないという自己中心的な世の中にあって他人を思いやるという気持ちを持つと言うことを見習いたいとつくづく思って次第です。 このように何か自分に大変な物事があったときでも、それをどう前向きに捉えるか、他人のことを思いやることができるか、そのような気持ちを持ち続けることの大事さをもう一度見直してみたいと思います。
2006年01月30日
ホリエモンが逮捕されました。一時の風雲児だったのでしょうか。マネーゲームを展開した結果が、逮捕だったとは皮肉です。逮捕も想定内だったかどうかはわかりませんが、現代の落とし穴が私たちの目の前にあることは確かなようです。 あたなが目指しているのは何でしょうか。お金持ちでしょうか。それとも他にあるでしょうか。 確かにお金はないよりあったほうがいいでしょうが、ホリエモンから学んだことは、お金が私たちの目指す最終のものではないということだったのではないでしょうか。お金よりももっと目指すものが他にあるでしょうか。 私たちの間違いは、お金が幸せだと思ってしまうことです。お金イコール幸せではないということを肝に命じておかなくてはいけません。つまり幸せになるということは、お金を手段と考えるということで、お金を目的にしてしまったことによるホリエモンの失敗だったと言えるでしょう。 手段と目的を間違えることのないようにしたいものです。
2006年01月29日
今日、一日体験学習を体験してきました。寒い一日でしたが、楽しい一日を過ごしてきました。 実に自然に親しむというのは、気持ちを爽快にするものです。また自然に親しむ中で、自身に気づかされることがたくさんあります。いかに決定が遅いか、対応が遅いか、これは年齢のせいではありません。自身に気づくということが大事です。人とチームを組んでワークをするのですが、その中でも自身の立場にまず気づかされます。人に先駆けてしてしまうとか、人に任せてしまうとか、欠点はもちろんのこと、自身のよさもわかってくるのです。 気づきがあると、そこから考え、振り返りができ分析ができます。どこがいいのか、悪いのか、そしてもう一度体験して一段アップした自身を発見するのです。 このように常に自身を知ることに気をつけることが大事ですね。幸せといっても、遠くにあるのではなく、近くにある、ということを知るためにも自身に気づくこと、これがこれから成長させるコアです。 「惰性は人を腐らせる。」とあります。常に少しでも成長していきたいものです。
2006年01月28日
明日は、朝から木曽三川公園に行ってきます。久しぶりに自然と親しんでこようと思っています。 自然の中にいると、なにかこうすがすがしい気分になってきます。今まで心の中に溜まっていたものがいっぺんに開放されるという気分になるから不思議です。 広い公園の中でおもいっきり身体を動かして、心も動かして自分を解放したいと思います。 あなたはどうですか。自然に少しでも親しんでいますか。近くの公園でもどこでもいいのです。ふっと目に留めた草も思いっきり生命を満喫しているのです。あなたも自然の一部であることを思い出すでしょう。 私たちは、自然に生きているということをつい忘れてしまっています。感覚も衰えてしまっているといえます。視覚はもちろんのこと、聴覚も体感覚も磨いていくことによって、まるで今までと違う感じになることうけあいです。 さあ、あなたも自然の中に飛び出しましょう。
2006年01月27日
あなたにとって人生で大事にしていることってありますか。いろいろなことがあると思いますが、私は、小さいとき親から言われたことが一番大切にしていることですね。 それは、誠実ということと感謝するということです。うそをついてはいけません、とはよく言われた言葉です。うそは泥棒の始まり、とも言われていますが、誠実に生きる、ということはできるようでできないですね。大人になればなるほど、その言葉の重みが増してきます。それは、できないということに対してです。 また感謝するということも難しいことです。人に感謝する、活かされていることに感謝する、と言葉ではいえますが、すぐ反対の心が出てきます。 人に感謝するということは、ひいては自分自身に対して感謝することにもなるのですが、それがなかなかわかりません。 でも毎日、いろいろなことに感謝していきたいと思いますがどうでしょうか。
2006年01月27日
あなたは、昔いやなことがありませんでしたか。誰でもいやなことの一つや二つはあるものです。また楽しかったことも、一つや二つではないと思います。いやな過去は変えてしまいたい。なかったらいいのに、と思うこともあります。でも変えられません。過ぎ去ったことだからです。でも変えたいですよね。 ある調査によると、年配者よりも若者のほうが、過去にとらわれていると言う結果がでているそうです。暗い過去を引きずって、というような感じでしょうね。過去にとらわれているのは、えてして現在が充実していないともいえます。過去を振り返る余裕もないほど、現在が充実していれば過去など、どうでもいいことになってしまいます。 このように、過去にとらわれない生き方をする為には、現在を最大に充実して生きることです。そうすれば過去のいやな思いも思い出すことはありません。 もう一つ、そんなこといっても過去を思い出すと言う人は、もう一つ方法があります。 過去の思い出は、あなたの気持ちの持ち方というように、ものごとの捉え方によるともいえます。捉え方を変えることによって、その思い出の感じを変えられるというのです。過去に起こったことは、変えられませんがその捉え方は変えられるということを忘れないでください。そうすれば、あなたの過去のいやな思い出におさらばできるのです。
2006年01月26日
あなたが今勉強しているならそれは「何のため」ですか。仕事をしているならそれは「何のため」なんでしょうか。 そう生きているって「何のため」なんでしょうか。それを考えてみたいと思います。 「何のため」ということは、常に目的をもって、ということになると思います。ただぼんやりと生きているのではなく、目的を持って生きる、と言うことが大事だということですね。 仕事をするのも、家族を養うためであり、よりよい生活をするためであり、また社会に貢献するためでもあります。勉強するのもより成長するためであり、幸せになるためであり、社会で実証を示すためでもあります。 では最高の目的と言うのは、なんでしょうか。自身の幸福ということよりも社会の幸せ、人の幸せを目的とするのが最高なんでしょうか。 あなたにとって、今生きているのは「何のため」なのか、一度考えてみませんか。
2006年01月25日
今年も成人式で恒例のというか、バカ騒ぎがありました。以前よりもおとなしくなったとはいえまだまだ大人になる式とは思えない有様です。会場によれば、当事者自身が企画をし進行するというところも出てきたようです。いいことだと思います。 どうしてこのように大人になりきれないのでしょうか。心には、親の心と大人の心、子どもの心の三つがあります。親の心とは、人を慈しんだり、守ったり、諭したりする心です。大人の心とは、冷静に物事を判断したり、客観的に見たりする心です。子どもの心とは、まさしく子どもの心です。 この大人になりきれない大人は、子どものこころが強く大人の心が弱いと言えます。このまま成長すれば、どこかで人とぶつかったり、逆に自身の心を小さくしてしまうことになったりします。 親の心や大人の心を成長させることが必要になってきます。
2006年01月23日
私たちは、よく悩みが起ります。悩みを解決するために日々過ごしているのかもしれません。悩みはいろいろなことから起りますが、よく考えるといつも同じようなことで悩んでいないでしょうか。 悩みの起る元がいつも同じところから起っているのです。あなたも少し考えてみてください。悩む元はいつも同じところから起っているということを。これはなぜでしょうか。 それは、私たちの習慣によるのです。今まで生まれてから培われた習慣、クセといってもいいかもしれませんが、悩むみ方のクセがあるのです。同じ問題で悩んでいても、人によって悩み方が違います。それはその人のクセによるのです。同じお金で悩んでも、全て違います。恋人のことで悩んでも皆違います。同じ悩みはありません。時によっても違いますが、悩み方はその人にとってみれば同じ悩み方です。 私たちは、自身のクセをつかむことが必要です。そのクセを少し変えてみることからはじめると、悩み方が違ってきます。悩みも自身の悩みは小さいですが、人のことで悩むと大きな悩みになります。それは、その人の境涯の違いともいえます。 自身のことで悩むことから、人のことで悩める少し大きな境涯を築きませんか。
2006年01月22日
ガンジーがイギリス議会で演説をしたときのエピソードがあります。彼、ガンジーは、2時間原稿もメモも見ないで演説をしたそうです。それを聞いていた一人が、ガンジーがなぜメモも見ないで2時間もの演説をしえたのかと不思議に思い、彼に聞きたいと思ったそうですが、人が多くて聞けなかったので、彼の助手をつかまえて聞いたそうです。 彼の助手いわく「ガンジーが言うことは、ガンジーが感じていること、ガンジーが信じていること、ガンジーがやっていることなのです。」と。 ガンジーにおいては、すべては一貫しているということなのでした。一貫しているからこそ人は、ガンジーの心から信じれたともいえるでしょう。 このように言葉と行動は一貫性がなくてはいけないと思います。 ここで次の言葉を送りたいと思います。「人生を偉大なものにするには、焦点を定め、わが身を捧げ、原則に基づくことが大切である。」「人生を偉大なものにするには、焦点を定め(原則・価値観を中心とする)、わが身を捧げ(原則・価値観に対し深く決意する)、原則に基づく(その深い決意から言葉・行動が生まれる)ことがひつようである。」(5つの決定的瞬間より)
2006年01月21日
欲望は、悪いものと言えるわけではありません。私たちは、欲望があるから生きているともいえます。生きるということ自体、生きたいと言う欲望なのですから。何か禅問答をやっているようですが、そもそも生きるために食べるのも欲望です。先回書いた「餓鬼」という貪り食う状態というと言葉は悪いですが、物を食べる行為自体がすでに餓鬼の状態なのです。ただお分かりのように何でもガツガツと貪り食うのではなく、生命を活かすために食べるのですからその違いはお分かりだと思います。 そのほか、よりよい生活をしたいと思うのも欲望ですが、それがなければ向上もありません。 このように欲望は、私たちに生きる力を与えているとも言えるのです。その境界はどこにあるかということですね。自身を生命を活かすという状態、生命を向上させる状態を善とすると、過剰な状態を悪ととらえるのもいいのではないでしょうか。 自身でその境界を知ることが大事なのではないかと思います。
2006年01月20日
欲望は私たちにとっていいのでしょうか、悪いのでしょうか。それはどちらともいえません。欲望があるから私たちは生きているともいえるのですから。 佛教では、欲望などを三悪道、四悪趣といっています。地獄や餓鬼、畜生などを三悪道、それに修羅をいれて四悪趣といっています。命を十の境涯に分けていますが、その中の下の境涯をこのように読んでいます。 地獄というのは、閻魔大王がいる地獄ではなく、どうしようもない命の状態です。あらゆるものからがんじがらめにしばられているような、拘束された状態ともいえます。 餓鬼は、子どもを餓鬼といいますが、貪りの状態です。何でもほしいものを手に入れたいともがいている状態ともいえます。 畜生は、犬畜生と言われるように、動物と同じく本能のままに生きている状態です。 最後に修羅とは、怒りに満ち満ちている状態と言えるでしょう。 このような命の境涯ですが、上手く言い当てているといえませんか。欲望とは、この中の餓鬼や畜生の境涯ともいえます。 ですから「けものと一緒」と言えるわけです。こんな状態に閉じ込められている人の何と多いことかと思うのですがいかがでしょうか。 出会い系サイトなどが多くありますが、これなどは欲望の最たるものでしょう。健全な生き方を探して生きたいものですがどうでしょうか。ただし、出会い系サイトそのものを否定しているわけではありませんのであしからず。
2006年01月19日
人間には欲望があります。佛教では、これを煩悩と読んでいます。あれが欲しい、これも欲しいと欲張ればきりがないほど多くあります。人間には、108の煩悩があるというので、除夜の鐘は108つかれるそうです。数珠も108の玉があるのをご存知でしたか。これも煩悩を表しています。実際には、小さい玉も入っていて112ありますが、この4つの小さな玉は四菩薩を表すとも言われています。 人間のこの煩悩を消す為に、いろいろな修行をするのですが、実際消えるものではないものでしょう。生きるということ自体、煩悩ですから。灰身滅智といって煩悩を消してしまったら、自分自身の身も滅んでしまいます。理屈に合わない修行をしているものだとつくづく思ってしまいます。何か批判を受けそうですが・・・ インターネットのサイトでも、人間の欲望をそそるサイトが一杯ありますね。私のこのブログでさえ、トラックバックで欲望をさそうお誘いがあります。でもこの誘いを行っている本人はどのように自分の煩悩を制御しているのでしょうか。制御できないから欲望のままに生きているのでしょう。 欲望のままに生きているというのは、けものと一緒です。けものは、欲望のままに生きているのですから。人間は、その欲望を制御する方法を知っています。自制心というものです。どのように自身の自制心の力を高めるか、皆日々努力しているのです。
2006年01月18日
先回は、プレゼンを上手に行うコツについて少しお話しました。語るというのがコツでした。でもただ単に思いを語るというのでは、まだまだ心配ですね。ではもう少し上手に語るコツの第二段です。 話しを聞く側について、考えてみてください。皆さんは、話しを聞くときにどのように聞いているでしょうか。私たちは、人の話を理解するとき、過去の自分の体験に基づいて話しを聞いています。または、体験したことに関連づけて聞いているのです。全くはじめての話しでも、何とか理解しようとして過去の体験の中でその体験に近いものを通して理解しようとしているのです。 話すときには、聞く人の側のそのようなプロセスを理解しておく必要があります。話しを理解してもらうには、体験に基づいて話しをするというのが第二のコツになります。自分の体験でなくても人の体験を引用しても構いません。また、新聞や本などから引用してもいいですね。また、さらによくわかるようにするには、メタファー(隠喩)なども使うといいですね。メタファーというのは、例え話とでもいえばいいでしょうか、アリとキリギリスの話しなどを通して日頃からの努力が必要などと話せばよく理解できますね。 語るということの中に、体験にもとづいた話しをするということの大事さがお分かりになったでしょうか。
2006年01月17日
あなたは人前で話をしたことがあると思いますが、その時どのようなことに気をつけられたでしょうか。なかなか人前で話をするのは、苦手だと思われている方も多いのですが、あなたはどうでしょうか。これも話そう、あれも話そうと思っていざ人の前に立つと、あがってしまって思っていたことの十分の一も話ができなかった、という経験はないでしょうか。また、頭が真っ白になってしまった、と言われる方も見えます。 どうして上手く話せないのでしょうか。上手く話す方法はないものかと思われていることでしょう。 人はどうしても人前に立って話をする時、上手に話さなければという思いがあります。その上手にという思いが、あなたをがんじがらめにしてしまうのです。ではどうすればいいのでしょうか。簡単な方法をお教えしましょう。 それは、「話す」のではなく「語る」のです。あなたの思いを語ればいいのです。話すとき、そこにはあなたの思いがこめられていません。語れば、そこにはあなたの思いがこめられているのです。話がどこに飛んでもきにすることはありません。聞いている人には、あなたの思いが底流に伝わっていますので一貫した話として聞いてくれます。あなたの思いを語る、というのがコツです。 人はどうしても自分を自分以上のものに見せたいという衝動に駆られますが、あなたはあなた以上にはなれません。なれないのであれば、そのあなたを語るのが一番あなたを知ってもらうことになるのではないでしょうか。一度、チャレンジしてみてください。「話す」のではなく「語る」のですよ。
2006年01月16日
聞くことの難しさはあなたもよくご存知だと思います。「きく」にもいろいろな漢字があてられていますね。聞くというのは、何も意識していなくても聞こえてくるのを聞くと言う意味ですね。聴くは、耳をそばだてて相手の話を意識して聴くということです。訊くは、先生などに尋ねるという意味の聞くですね。このように「きく」だけでもいろいろな聞き方があります。 人と話すときは、この中の聴く姿勢が大事です。カウンセリングでも、この聴くが使われています。 コミュニケーションとは、この聞くと話すの両方向の作業です。話す一方でもダメですし、聞く一方でもダメですね。よくキャッチボールのように話すのだと言われていますが、まさしく相手とのキャッチボールを想像しながら相手とコミュニケーションをとりたいものです。 相手の話の背景を感じながら聴くことは、大変ではありますがそれこそ相手のことをよく知る方法でもあります。いま相手は何を思い出しながら、何を聞きながら、何を感じながら、話しているのだろうと想像してみるのです。相手の話の背景を、見て、聞いて、感じることが大事だということです。 では話し方のコツは、なんでしょうか。相手の話を聞いた後、すぐ話すのではなく、一呼吸おいて話すと言うことです。一度話すことを、考えて話すのが話し方のコツになります。そうすることでコミュニケーションが上手く取れるようになってきます。
2006年01月13日
あなたは人と話すとき、話すほうが多いですか、聞くほうが多いですか。言葉を挟めないくらい話しを長々と続ける人がいます。かと思うと、なかなかこちらの話しを聞かない人がいます。これは、裏返しですね。 私たちは、小学校から勉強を教えてもらいましたが、その中で聞くことを教えてもらったことはありません。人前で話すことは、多くありますが聞くことを先生に教えてもらうことはありません。話すことよりも聞くことのほうが大事だと考えますがいかがでしょうか。 人に、話しを聞いてもらったあとはなんだかすっきりします。そんな経験はありませんか。聞く力を持っている人は、人から好かれています。そんな人、あなたの周りにいませんか。 私たちは、人の話を聞いているとその話を自分の価値観で判断しながらきいています。そして、それは違うよ、私はこう思うけど、など人の話を自分の価値観で聞いているのです。 まずは相手の話をよく聞いてみませんか。あなたはそう思うんだね、とまず相手にあいずちをうってみましょう。それだけでも相手は、聞いてもらえたと思うものです。聞く力は、まずそこから始めてみませんか。
2006年01月12日
昨夜、ネイチャーゲームの会の打合せに参加してきました。1月と2月に行う打合せでした。全国ネイチャーゲーム協会では文科省からの委託事業も行っています。 その企画の中で、「大地の窓」というゲームがあります。雑木林や公園などで横になって体を枯葉でおおいます。顔だけ出して大空を見上げます。大地と一緒になった自然との一体感を味わってもらおうというゲームです。 枯葉で体をおおい、自然の音やにおい、暖かさその時の体の感じなどを味わうとき、人間も自然の一部だと感じます。一度体験していただきたいとつくづく思います。 都会の中でも公園だけでなく、いろいろなところで自然を感じることができます。通勤の途中でも鳥のさえずりや葉っぱのガサガサした音、雲の形や動き、太陽の輝きなど感じるものはたくさんあります。私も春になるとツバメの初見を楽しみにしています。また時間により、季節によってその姿は変わります。その移り変わりを感じてみて欲しいなーと思います。特に、子どもには自然と親しむ時間をたくさんとってほしいと思います。子どものときに自然と親しむことは子どもの感性を育てるのにも役立つからです。お母さんと一緒に今日、外に出てみませんか。そして一緒に自然を感じてみてください。
2006年01月12日
カラオケの上手な人は、ひきぎわを心得ています。一曲歌い終わってまた続いて歌っていると、そのうちまわりからブーイングが起こってきます。その周りの人の雰囲気を感じるということが話し上手な人にも通じるものがあるのです。 話し上手な人は、今の雰囲気は話すときかどうかを心得ています。また誰に対して話すのかも分かっています。話の内容はどのようなことを話すのかも適切です。また話す時間も適当な時間で人をあきさせません。 このように話し上手な人というのは、話す前に考えています。すなわち、相手をよく見て、感じて、聞いているということです。目的にあった話しのコツを押さえるということもその一つです。 でもやはり話しはネガティブではなくポジティブでありたいものです。人を和ませる話しができればいいですね。
2006年01月11日
すこし間があきました。毎日ブログを書くということがいかに大変なことかやっとわかってきました。ついつい書くことが目的になってくるのです。書くのが目的ではなく、思いをかいていくつもりなのです。 分かりやすい話の仕方について、今日は少しお話したいと思います。 PREP法というのをご存知ですか。 P=POINT(ポイント)要点=何を言いたいのか R=REASON(リーズン)理由=なぜそう思うのか E=EXAMPLE(イグザンプル)例=具体的に言うと、どんな事例が P=POINT(ポイント)要点=何を言いたいのか まずプロセスを話すのではなく、結論が最も大事です。話を聞く相手は、何が知りたいのかというと、結論であってそこに至るまでのプロセスは、その次でいいのです。そこで、理由と事例をポイントでサンドイッチにする話し方がPREP法です。これを活用すると、聞き手はあなたの言いたいことが明確に伝わります。 友達との会話でもまず活用してみてください。
2006年01月10日
あなたの今年の関心は何ですか。恋人のことでしょうか?それともお金のこと、政治、経済、いろいろあるかもしれませんね。わたしは、今年のお金もうけをしようと思います。どうやるかって、以前にも書きましたよね、お金儲けのコツについて、その通り実行するだけです。読んでない方は、前のブログ読んで見てください、ヒントが書いてありますから。それでも知りたい人には、少し書いておきますね。 まず明確な目標を立ててください。いつまでに達成しますか?その目標を達成するのにあなたはふさわしいですか、それだけのリソースを持っていますか?現在それを手にいれるのを妨げているのは何ですか?それを手にいれるのはあなたにとってどんな意味がありますか。何から始めますか?等々あなた自身に問いかけてみてください。 いずれにしてもお金も多いに儲けましょう。またお金以外にも目的をしっかり立てて目的を達成しましょう。 それからこのブログを通じてSGE(構成的エンカウンター)について、書いていこうと思っています。こうご期待を。
2006年01月08日
哲学者ヒルティは、「教育はまさに一種の偉大な芸術である。」(ヒルティ著作集より)と述べている。また「どんな子どもにものみこめる、はっきりしたひとつの人生目的は、その子どもの本当の幸福をつくり出すことです。」(同)とも述べています。 教育に携わる者としてこの言葉は、重要です。教育とはまさに子どもの幸福をつくりだす作業といえるでしょう。ですから子どもひとりひとりを大切にすることから始まるともいえます。声かけ一つとっても、そこに教師の心をこめた「声」があるかどうかにかかっています。子どもに励ましを贈ることは、その声かけは生涯の子どもの支えになることもある、ということを忘れてはいけないと思います。 子どもが幸福になるためには、何でもするんだという決意が教育に関係するものとして忘れてはいけないことであると思います。 そのためには、教師自身も成長することです。サラリーマン教師といわれて久しいですが、今一度自身が教師を目指したときの気持ちを持ってほしいと願わずにはおれません。 今日は、教育論議になってしまいましたね。
2006年01月07日
昔読んだマンガで手塚治の「火の鳥」というのがありましたが読まれたことがありますか。あの火の鳥は、不死鳥のことですよね。仏典に「世界最高の山に近づく鳥は金色に輝く」というのがあります。私は、この不死鳥を今の青年に置き換えてみたいと思います。 青年こそ不死鳥のように、永遠に輝く歴史を作ることができる存在であると思います。その青年をそのように育てること、これこそ教育です。教育こそ世界を平和に導く唯一の確かな方法であると信じています。現に私も教育に身をおいていますのでなおさら強く感じています。 この青年を育てることこそ、教師の使命でもあるのです。ある識者いわく「目の前に座る一人の若者のなかに秘められた英知と才能の萌芽を見て取ることができるのは、ただただ人間の目であり、教育者の目ではないでしょうか。」と。 人間のみが人間を見つけ、育てることができるのです。教育とは生命と生命の触発であるといわれますが、教師の成長なくして生徒、学生の成長はありません。今の教育にかけているのは、教師自らが成長していないからではないかと思えてなりません。あなたは、どう思われますか。 ただ教師のみが悪いといっているのではないのです。教師の姿勢をこれから少し話していきたいと思います。
2006年01月06日
あなたは、起業しようと思ったことがありませんか。 実は、私の知人で、というより知り合いで、それも何と26歳で起業して月収300万円を稼いでいる若者がいます。本も出版しました。 彼の起業のものは、CD起業といってCD製作およびその出版です。本の中にはその方法も書いてあります。一度書店で「CD起業のススメ」という本がありましたら参考にみてください。起業を考えておられるなら、参考になると思います。 私も彼に促されたのではありませんが、今年は講演活動を本格的にやっていくことを決意しています。それとNPOの立ち上げです。4月を目途に進めていますので、立ち上がりましたらまたご報告いたします。 あれもやりたい、これもしたい、がいろいろ制約があってできないと思われているあなた、思っている間はできませんよ。 まず実行あるのみ。ただし、実行するといっても、いのししのように猪突猛進では失敗します。明確な目的と、その具体的方法、資金繰りなどを詳細に、綿密に計画することはお勧めしますのでお間違いなく。 あなたも今年何かに挑戦してみませんか。
2006年01月05日
今年ももう成人式の話題がニュースになっています。若いということは、それだけ価値があるのですが、その時にはわからないものですね。 特にこの20代前後をモラトリアムとも呼んでいますね。まだ社会人としては未熟で猶予されている時代だともいえます。でもこのモラトリアムの時代が今はさらに延長されて20代後半いや30代にも広がっているともいえます。その典型がニートと呼ばれる人々ではないでしょうか。 成人式でよく話題になるのが、成人式で壇上に上がり気勢を上げる若者たちの姿です。あれなどもまだ大人になりきれていない証拠であるとともに、もう一つ公的な場の自覚のなさの表れでもあります。公的と私的の区別がつかない、いや私的な部分が多くなってきた表れでもあります。 社会人というのは、公的な部分を理解してそのように振舞えるから社会人であるともいえますが、成人式での若者の振る舞いは、社会人である前の子ども的部分の振る舞いであるともいえます。教育とは、公的と私的の区別がつく人間の育成であるともいえますが、それが学校教育でも家庭教育でもなされていない証拠であると言えるでしょう。 モラトリアム人間がモラトリアムを脱するためには、何が必要になるのでしょうか。それは、自身の人間としてのまた人生での目的を持つかどうかであると考えるのですがどうでしょうか。 人生に目的を持つ人は、立ちい振る舞いが違ってくると思います。まず現在の大人である私たち人生の先輩が、その範を示さなくてはいけないとも思うのでしょうがどうでしょうか。 あなたには、人生の目的がありますか。
2006年01月05日
あなたは、囚人のジレンマというゲーム理論をご存知ですか。囚人のジレンマとは(エンカルタから)囚人というのは、厳密には囚人ではなく、共犯関係にある2人の容疑者のこと。2人の容疑者が逮捕されていて、一方だけ自白をすれば、自白した犯人の罪が軽くなるが、犯人のどちらかが自白しているにもかかわらず、否認しつづければ罪が重くなり、両方とも否認しつづければ、2人とも軽い罪にとわれ、両方とも自白してしまえば、2人が重い罪になるというルール。犯人は、相互に相手が自白したかもしれないという不信感をもっていると、相手が自白して自分だけ自白しなければ、より罪が重くなるので、自白してしまう。つまり、最悪の場合でもよりましな結果をもとめて行動することによって、最終結果は、客観的には2人のプレーヤーとも最悪の選択をしてしまうというのが囚人のジレンマである。 お分かりでしょうか。このようなジレンマは、私たちの身の回りにも多く見受けられます。あなたはこのジレンマをどのようにして乗り越えますか、一度考えてみてください。
2006年01月04日
東京では六本木ヒルズができて今やお金持ちのメッカみたいになっていますね。ITでお金をもうける人や株などで億という金を一日で儲けてしまう若者などお金にまつわる話題はことかかないようになりました。一時のバブルの時のような様相も一部であります。バブルがはじけないようにしてほしいものです。 教育でみても、不登校やひきこもりの問題が社会問題化しています。かたや大学に行くのは当たり前の時代になっています。このように教育だけでみただけでも二極化が進んでいます。大学に行く人と行かない人、それぞれが半々。お金も持っている人、セレブと呼ばれる人かな、お金を持っていない人、も二極化しています。 このようにこれからの時代、二極化が進んでいくように思います。勝ち組と負け組み、あなたはどちらに入りたいですか。当然、勝ち組になりたいと思われるでしょう。 でも少し考えてみてください。それよりももっと大事なことが忘れられているような気になりませんか。多くで私利私欲が中心になっているのです。欲望が支配してきているように思えてなりません。欲望に支配された生命は、自身の生命自身を蝕んでいくということを忘れてはいけません。 欲望に支配されない自身をつくるためにも、もっと大きなミッションを持ちたいものです。それを今年は見つけてみませんか。
2006年01月04日
あけましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。 人は、何か悩みがあると、その悩みに対して臆してしまう人と、その悩みに向かって挑戦していく人の二通りに分かれます。 Aさんは、ガンを宣告されました。それも手術ができないところにガンができていて手術もできません。抗がん剤での治療しかできないとのことでした。Aさんは、あえてそれに挑戦しました。Aさんは、息子さん夫婦と同居されておられます。また、地域で役員をされておられます。Aさんがあえてガンと向き合おうと決意されたのは、息子さん夫婦に自分の生きる姿を見せておきたいということと、地域の人々のために何か役立つことがあれば進んでそれを引き受けようとされておられたことでした。そのために少しでもお役に立つのであれば、生きてお役に立ちたいということが、それに向かわせたといえます。抗がん剤の投与にも果敢に挑戦し、辛い副作用にも耐えておられます。そして、常に家にいるのではなく、外に出て人と語り、自分がガンであることを話し、挑戦していることを見せておられます。 そのAさんの生きる姿を見るとき、それがたとえ小さなことでも自分の使命に目覚めるとき、人はガンでさえも乗り越えて挑戦していくことができるということです。 人には人にしかできないこの世の使命があります。その使命を自覚できるかどうかで、人の生き様が決まります。あなたの使命は何か、あなたが使命に目覚めたとき、偉大な生きる力が湧いてくるのです。 キャリア教育とは、生き様教育でもあります。今年一年、私もあなたも自身の使命を自覚していきたいと決意しようではないですか。
2006年01月03日
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