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がんばりすぎてはいませんか? 時に休むことも大事 エネルギー補給して 気分転換して・・・疲れたときは一呼吸。大きく深呼吸して、肺を大きく膨らませよう 笑うことも大切 がんばりすぎないで・・・・
2006年02月28日

デイ・ショートステイ施設内写真 うちの支店から分かれた訪問入浴の営業所が、デイとショートステイの施設をやることとなった。時々その営業所に助っ人に行っていたため、スタッフは良く知っている。今朝、他愛も無いメールを久し振りに営業所の一人に送ると『遊びに来れば?』と返事が返ってきた。施設が出来あがってもう引越しが1ヶ月以上前にされていたことを、私はメールで知った(苦笑)2階建ての新しい建物。事務所は電気がついているが、玄関・廊下は電気が消されていた。そんな状態だったので、まだデイとショートはオープンしていないのかとおもいきや、オープンしているがまだ利用者が少ないのだという。本日もデイに一人だけ(苦笑)一人のお年寄りに、デイのスタッフ4人。ショートは誰もいないためにみな事務室にあつまっていた。利用者なくスタッフは1日何して過ごしているのだか・・・(苦笑)地域によってはショートステイの空きさえ探すことが大変で、数ヶ月前から予約をしているという話もよく聞く。しかしここは施設激戦区。相当な後発のオープンに、なかなか支援事業所はこちらへ向いてくれない。それぞれの施設が独自の色を売り物にし、お客であるお年寄りをあつめている。あるところはエステであったり、ゴルフであったり、豪華な料理、お風呂のお湯を有名温泉地から運んできたり・・・介護も『サービス業』なのだお客が来なければ商売にならない一見過剰なサービスしかしこの仕事はシンプルイズベストではない。それも質のいいサービスを目指すにいいことなのか・・・?本質を考えると難しい問題だが営業所がはじめた施設は決して他を抜き出たサービスは無い。しかし、一番必要なものがある『スタッフ』一生懸命この仕事をしようという気持ちがある昼もなく夜も無く休みも返上し、利用者を増やそうとがんばっている。仕事が終わるのが深夜となり、そのまま施設に泊まることも多いという。『やめたいよ~』と冗談半分にそう言うそのスタッフに、ここまで一生懸命やってきた成果が施設の中のあらゆる場所に感じられる『このトイレのデザインいいでしょ』『右麻痺・左麻痺どちらにも対応できるように正反対のつくりのものも作ったんですよ』建設中からスタッフがいろいろと試行錯誤し出来上がった施設。これから少しずつ利用者が増えていくことだろう この施設の『売り』は、 働いているみんなの”心”・・・
2006年02月27日

休日前の夜・・・ビールを飲んだ主人はコトンと眠りの世界へ・・・その横で同じく遊びつかれて寝た『あず』・・・ まぁ、親子!(笑)
2006年02月25日

我が家にも、春の兆しがやってきた。新芽が『あず』の頭皮から芽吹き・・・(笑) だ~いぶ生えそろってきました。生まれ手間もない『あず』の頭を見て『俺に似るなよ!』といっていた主人。春のきた『あず』がうらやましいかもしれない・・・(笑)
2006年02月24日
今日も散歩がてら、『あず』を連れて買い物。ここ数日いっているスーパーとは違うスーパーへと行くことにした。そのスーパーはやや狭いが、珍しく買い物中寝ない『あず』なので、周りの様子を見せてむずからないようにしようとベビーカーを使うことにした。いつもならベビーカーを平らにするのだが、少しレストUPしたほうが周りが見えると思いすこし立ててみたもう首も据わっている事だし・・・しかしそれがいけなかったそのおかげで気分が悪くなるなんて-----------------------------------通路の狭い店内はベビーカーを使うにはなかなか困難した。邪魔になるわけではないのでいいのだが、角々を曲がるのが大変。消防法ではいいのだろうが、今まではきにしなかったが、こういったときに狭い店内とは不便が良くわかる。地元でも安いことは知られている店だが、これでは車椅子の人は来ることはないだろうな・・・と感じた。そんなことを考えながら買い物をしていると、なんぞやすれ違ったおばさんからの視線「何ヶ月?」いつものごとく声をかけられたと思った「2ヶ月半です」「まだ首据わっていないんじゃない?」「もうすわっていますよ」「ベビーカー立てちゃ駄目よ最近テレビでも言っているでしょ!赤ちゃんの酸素がどうのって~」あ。酸素飽和濃度ってやつね・・・と思う。「あ~最近チャイルドシートの宣伝で言っていますね」「平らにしないと~」「・・・そうですね。」と、平ら気味に直す「そうよ~これがいいのよ。まだ小さいんだからね。かわいそうよ~」「・・・そうですね~」そういってベビーカーを押しておばさんから逃げた。・・・わかってるっちゅ~にっ!どこの子育てスペシャリストかしらんが、こんな少しの角度で酸素飽和濃度が落ちるというなら、赤ちゃんを抱っこしていることも酸素飽和濃度をおとすじゃんかよ!おっぱいやっているときは赤ちゃんを真横になんかできないぞ!ちょい言いたかったが、こんなことで店内で喧嘩するのも大人気ない。会話をしながら気付いたのだが、そのおばさんは先日いつものスーパーでも声をかけてきたおばさんである。『寒くないかしら?』”寒くないように着せてるって~”と思いつつ、親切心でいってくれているのだと思い最後に『ありがとうございます』といって分かれたが、今回はそんな気持ちには全然なれず、気分がすごく悪くなった。言いたいことはわかるが、みんないろんな事情があってそうしたほうがいいのではないかと思っているのだ。親の勝手で買い物に付き合わされ、ぐずって泣いてしまうほうがかわいそうと感じる親の気持ちはそのおばさんのどこに考慮というものがあるのか・・・客観的意見は必要だが、決め付けて新生児をもつ母親の頭の上から物を言うそれ自体がこの時期の母親には辛い事であることをわかって欲しいやっと外にも出られるようになり、大変な思いで赤ちゃんを連れそとへ出たかと思えば周囲のきつい言葉外へ出るのが憂鬱にもなる人とすれ違うことが嫌になる『また何か言われるんじゃないか・・・』子供を産め・育てよといいながら、なぜみな優しくないんだろう。お母さんが自分なりの考えで赤ちゃんを育てることは悪いことなのか?子供はマニュアル通りには育てられないマニュアルは大まかな基本でしかない。逆にマニュアルに忠実に完璧を求めすぎる母は育児ノイローゼに落ちる人だっているではないかそのおばさんが、どんな完璧な育児をしてきたかは知らない育児のスペシャリストだったかもしれないでも、そんなの周りの母親達すべてに適することではないはずだ『子供がかわいそう』その言葉がどんなにひどく母親を傷つけるのか、もしそのおばさんが子を持ったことのある同じ女性であれば逆にそのおばさんの無神経さを疑う自分なりにそう気持ちを処理し・そうは思っても、私はひどくこの出来事に落ち込んだ次はそのおばさんの顔を見たとたんに逃げるだろう。唯一の気分転換の買い物が、全く気分転換にならなくなってしまうが・・・はじめてあったときは、単に子供が好きなおばさんなのかと思っていたが、今日からは私にとって”おせっかいおばさん”に格下げさせてもらう
2006年02月22日

米だ米!どうやらここらへんの○ネコさんの配達は朝早いルートなのかもしれない。先週頼んだお米が今朝早くにとどいた。4キロ詰めのお米三種(3袋)早速梱包をとく。米マイスターのえらんだ一等米だ。中にはご飯のおいしい炊き方の説明書き炊く時間を見計らって、午後さっそくそれを見てご飯を炊く準備をした。精米を丁寧にやってあるお米なので強く研ぐ必要な無いという。浸水時間は120分。浸けた後は笊にあげて5~10分水切りをする(浸けた水で炊くとお米の味を落とす)炊き上がった後は蒸らし、その後無駄な水分を飛ばすためにほぐすことが必要という。膜が出来、旨みが増すのだという。ほぐさないと蒸れ固まっておいしさが落ちるとか・・・。炊き上がったご飯は立ちあがっており、見た目にもおいしそうだった。匂いもいい!味も甘くおいしく!が、しかしっ!我が家の家族からは米が変わったこと・ご飯がおいしくなっただろう???事、だ~~~れも気付かず・・・ん~っ・・・我が家には一等米もあまり関係ないようだ(涙)------------------------------------ 追記!次の日に今までのお米を炊き方手順どおりやってみたらなかなかおいしく炊けました!色もつやも以前とはずいぶん変わったような!?ご飯も研ぎ方炊き方でずいぶん味が変わるものですね~どうぞ今度上記試してくださいませ!
2006年02月22日
『あず』を連れて今日も買い物に行く。ベビーカーに乗せた『あず』と店内に入ると早速知り合いを見つけた。「こんにちはぁ~!お久し振りです」いつもなら”おはようございます”の挨拶になるのだが、今日は11時過ぎに起きたちび娘のため昼12時を回っていたのだ。「あらぁ~!」市の健康センター内で働いている市の医師会事務員Mさんだった。50代後半~60代だろうか?私が医師会で市の予防接種の仕事をしていたときお世話になっていた女性だ昼休みで夕食の買い物に来ているのだろう。1年ぶりくらいに会うMさん。”あらぁ~”とびっくりしたその視線は、すぐにベビーカーに移る「あら~?まぁ~!」目を真ん丸くしているのが面白い(笑)「お子さん?」「はい、子供生まれたんですよ~(笑)」Mさんちょっとびっくりした様子。そりゃそうだよね(笑)「まだ若いものねぇ~!まぁ~可愛い!」「もう若くないですよ~(笑)」「なにいっているの~若いわよ~上のお子さんもう5年生くらい?」「いえいえ、もう中学2年生ですよ。下が1年で・・・13年ぶりの出産で・・・」「あら、紀子様みたいじゃない!」「そうですね~。紀子さまも12年ぶりですもんね」「いいわぁ~欲しいわよ~うちは全然・・・結婚もしてないんだから~」確か息子さんが2人いると依然聞いた記憶がある。私の弟とさほど歳は変わらない「かわいいわねぇ~欲しいわよ~いいわねぇ~」「じきにいつのまにか(お孫さん)出来ますよ~」「どうかしらねぇ~。(苦笑)じゃぁ、仕事は休んでいるの?」「はい、保育園に入るまではしばらく・・・」「じゃ、3歳くらいまでは子育てね!がんばって!」「あ・・・(やばいっ!とおもいつつ・・・)はい、そうですね~」正直に再来月の4月狙い・復帰とは言えなかった。やっぱり3ヶ月くらいの赤ちゃんを預けてしまうのはみな”かわいそう”と思うだろうし・・・(苦笑)「じゃぁ、こんどうち(医師会でやる市の予防接種事業)くるのね~」「そうなんですよ~まさか自分がまたお世話になるなんて思ってもいませんでしたよ(笑)」「これからポリオとか結核予防接種あるもんね~」「そのときはよろしくお願いします」「はい。じゃ、しばらくはがんばってね!看護師さんの免許を持っていれば3年くらいのブランクあってもまた働けるもんね!」「(一瞬戸惑うが)、そうですね~。じゃ、また~!」ハハハ・・・最後まで正直に言えなかった(苦笑)ま、今度予防接種で会ったときに『急遽復職することになった』と言えばいいか・・・それにしても、まさか自分が以前の職場にまた子供がお世話になるとは働いていたその当時は思いもしなかった(笑)Drたちに驚かれるだろうなぁ~・・・(笑)
2006年02月21日

昨日夜10時に寝て、今朝11時になっても起きないっ!さすがにお腹すかしているだろうと思って布団をはぐと・・・指しゃぶりしてんじゃんかよっ!!! 『おきなさぁ~いっ!』(笑)
2006年02月21日
2月20日、主人と付き合い始めた日。昨年、ロト6で46万当てた数字にも関わってくる(笑)やっと1年・・・なのにもっと長く一緒にいる気がするのはなぜなのだろう・・・?初めて会ったのは3年位前かな?同じ会社なので仕事だった。もちろんそのときは全く今の状況など想像もつかず数年過ぎ・・・この急展開はなんなのだろう?出会いは『偶然』ではなく『必然』だと思っている。人は出会うべくして出会うのだと・・・私がこの世にいるのも未知数に近い数の偶然に近い必然出会いもそれ以上にそう感じるただ、だからといってその出会いから生まれる関係が永遠に続くとは限らない。人は成長をする・・・常に変化して生きているのだから・・・変化は時に悲しいことだが、人間として生きている以上成長という変化は必要なこと自分が幸せになるには、相手を幸せにしていく事だと私は考えている。相手の幸せを見ることで幸せを感じることが出来ると、つくづくこの歳になって実感しているから・・・。永遠の愛や幸せは無いが、それそのときの成長・変化にあった幸せを作ればいいお互いに相手を見、相手の気持ちになって考えられることがいつまでもお互いを大事な存在なのだと思える事。いつまでも同じ感性でいたいと思うが、どんなにそうあろうと努力してもどちらか片方だけではどうにもならないもの・・・ お互いが同じ方向をむいて生きていけるといい いつまでもそうありたい・・・まだまだ私たちのこの『形』は始まったばかり幸せでいることの努力は、そう優しいものではない『歳をとってもいつまでも仲良く手をつないで歩きたいね』主人のよく言う言葉。 そう・・・今度こそは・・・
2006年02月20日

生後1ヶ月くらいのときは、何度直しても朝になると布団から飛び出し敷布団から頭が出ていた。しかしここ最近は違う。どんどん布団にもぐっていき・・・窒息するのではないかと夜中に何度も布団をかけなおすが、すぐに布団に入ってしまう。ま、窒息はしないみたいだからいいかっ!(苦笑)頭の形が気になりはじめ、ドーナツ枕を用意してみたものの、これじゃ全く効果なし(笑)
2006年02月19日
いつものごとくスーパーへ買い物に行くと、『あず』をみて知らない方から声をかけられた。「あら~可愛いわねぇ~」「二ヶ月なんですよ」「そうなの~。寒くないかしら?」と、その70代前後の女性。「どうでしょう?」と私。寒くないように厚めの服を上から着せていたので、寒くないとは思ったものの気を使ってそう答えた。「スーパーは寒いからね~こうやってお母さんの服をかけてあげればいいのよ!」ニットのコートを着ていた私。女性はそのコートに手をやり、『あず』を包むようにそのコートをかけた。「こうするといいのよ!」と・・・。「あ、そうですね」そしてその女性「お母さんに育ててもらえて幸せよ~」「?。そうですね」と答えた。「もうこれくらいから預けてしまうお母さんもいるものね~お母さんに育ててもらうのは幸せよ!」「そうですね。働いている方もいるから・・・(苦笑)」「がんばってね!」「はい。ありがとうございます。」・・・なんとも心の中で苦笑いな会話だ。なんせ私はもうすでに去年暮れ市役所に保育園入園申請をしている、待機児童(乳幼児)なのだから・・・そんなこと預けなければならない母親のほうがよ~~~くわかっている。今一番辛いのはまだ物心ついていない『あず』より私なのだから・・・辛く思っているのに、それにとどめを刺すような言葉だった やはりお年よりは厳しい・・・ そう思った日。
2006年02月18日
娘が少し息をあげて帰ってきた。中学2年の娘、6時間授業が終わり午後4時のこと。「今日T市の北砂川で刃物を持った男が人を刺して自転車に乗って北方向に逃げたんだって!だから集団で帰るように言われて帰ってきたんだけど、私と同じ方面の子が途中からいなくてさぁ~」「え~そうなの?でも北砂川ってT市には無いよ」「上砂川か西砂川じゃないの?」「ん~どこだろう?」と、インターネットで娘地図を検索し始めた。「北方向だとちょうどここ(私らの住むM市)だっていうんだよね~」「やっぱ西砂川か上砂川じゃない?」「ん~砂川には間違いないんだよ。東西南北がついたとおもうから、西砂川かな?」するとまもなく、下の中学1年の娘のクラスの連絡網が来る生徒から生徒への連絡網だったが、まだ娘は帰ってきていなかったため私がかわりに受けた。「T市のはすい町で幼稚園に刃物を持った50代くらいの男が侵入して、M市方面に自転車で逃げたらしいので家から出ないようにしてくださいということです。」「え?はすい町?T市にははすい町なんてないんだけど”はすい町”なのかな?」「はい・・・」「そう回ってきたのね?わかりました・・・(苦笑)」連絡網を回すのにこれじゃ正確さにかけると思い、おなじ2年生の息子を持つ友達に連絡。今までの経緯を話すと、「え?(そんな事件)きいていないよ?ちょっとまって・・・」と、息子に聞いてくれた。「丁度帰るときにその話が流れたみたいで、子供は詳しくは聞かなかったらしいんだけど、誰かが話しているのが聞こえたらしくてその話だと”かわかみ町”らしいよ」「え?T市に”かわかみ町”も無いよね~(笑)わかったぁ~他もあたってみるね~ありがとう・・・」他の友達にも電話をしたが、娘がまだ帰ってこないというので結局わからず・・・その後下の娘も帰ってきたが”わかんない”と。(トホホ・・緊張感の無いやつだ)夕食の食事の準備をしていると、さっき電話をした友達から電話。「さっきの事件、上砂川町らしいよ。幼稚園を恐喝に来た50代くらいの男がこっち方面に逃げたんだって~」「え?誰か刺したんじゃないの?」「ちがうらしいよ~刃物は持っていたらしいけど」「なんだぁ~全然違うじゃんね~まったく~(笑)ありがとう!」---------------------------------仕事から帰ってきた主人に「上の子は北砂というし、連絡網でははすい町というし、友達の子供はかわかみというし・・・(笑)結局上砂川だったよ~(笑)刺されてもいないし、本当緊張感の無い犯罪情報だよね~」と話した。「それじゃ、伝言ゲームだよ(笑)」ま、人を刺したわけでもなく、それほど凶悪な事件でもないようでよかった・・・しかし、こういった情報はちゃんと伝達して欲しいものだ伝言ゲームでは笑えない事態になることもあるのだから・・・ さすが、のどかな我市・・・なのだが・・・(苦笑)
2006年02月17日

たまたま楽天からの配信メールに目が留まった。『お米』日本人の主食である。どんなに良くて高い炊飯ジャーをつかおうと、ご飯炊き用土鍋を使おうと、お米次第で味がぜんぜん違うことに炊き上がったご飯を見るたびに思う。つやが違う一粒一粒の立ち上がりが違う一番にご飯の甘さが違ううまみとは、日本人にしかない味覚というが、ご飯のおいしさがわかるのも、日本人だけかもしれないお米の大凶作だった十年前くらいの『タイ米』の味や食感覚覚えていらっしゃいますか?我が家は試しに買ってみたものの・・・です(苦笑)やっぱり日本食にはあわないようですそのときは実家が田んぼをもっていたおかげで日本米で乗り切れたが・・・数年前、土鍋で炊くご飯のおいしさというものに喜んだが、ここに引っ越してきてからはそれも活躍できないでいるガスの火が悪い・・・古いガス台のため微妙な火加減ができず、土鍋は断念したそして高い炊飯ジャーを買ってみたが・・・やはり一番は米。ブランド米を謳うスーパーのお米のほとんどが混ざったお米であることはみなのご承知のとおり・・・古米や外米がブランド米の袋に半分以上混ぜられていることが大半だという混じりけの無いブランド米は、そう・・本来安いわけも無く(苦笑)私の両親の実家は新潟時々送られてくるお米のなんともおいしい事・・・食は舌だけでなく目でも楽しむ日本人だからこそ、目でも楽しめるご飯を食べていきたいものだま、家計の許す限り・・・だが(笑)そして久し振りに混じりけないおいしいお米が食べてみたくなり、どんなものかと評判のよさそうなお米を買ってみた。
2006年02月17日
これで二度目。免許を取ったのは平成6年のことだが、経験2年を経て大型免許を取ったため、初めての免許更新は平成13年度だった。これまで無事故無違反。優良区分のため、一度目の更新を指定警察署で受けた。運転免許試験場よりもずっと自宅から近いためとても助かった。今回も優良区分のため警察署での更新となった。休みの主人と『あず』を連れて運転免許の更新に・・・初めての更新では狭い警察署の更新窓口は人がごった返していたが、今日はそんなこともなく静か。初めての更新ではなかった間仕切り板をつかって作った小さな部屋が、そうでなくても狭い空間をさらに狭くしていた。一回目の更新時はただパイプ椅子が並べられていたところだった。その間仕切られた部屋。講習室だった。申請書類に貼る印紙を買いに行くと、その部屋から教習ビデオの声が流れてきていた1回目の更新のときは、人が多く流れ作業のように免許が交付されていたため『本当はここで30分講習を受けなければいけないのですが、見てのとうりの状況で(混んでいるので)みなさんがここで(全てビデオを)見ていたら大変なことになります。(即時免許を渡しますので)受け取ったら帰って結構です・・・』そのため、新しい免許証は何十分も無くすぐに私の手元にやってきた。本当に流れ作業で、写真を撮ったと思ったらすぐに免許を渡されたのだそのときは、”ふぅ~ん、無事故無違反の人ってこんなに優遇されるんだぁ~”とおもったものだ。今回は違った。私の到着丁度くらいで受付窓口がいったん受付を閉め、『次の講習時間に合わせて窓口を開きます』とあった。やはり、優良とはいえいい加減な講習は許されなくなったのだろう今回も早くもらえるよう期待していたのだが・・・前の講習を30分待ち、『運転、初心に帰れ!』とばかりの教習ビデオを見る。どうせならば、この更新までの5年間に変わった道路交通法などをビデオで説明してくれると良かったのに・・・講習を受ける私たちは、ほとんどが5年前に講習を受けただけ(だろう)なのだから・・・5年間に変わったこと・・・(一部)チャイルドシートの義務化飲酒運転罰則強化運転中の携帯電話の使用に関する法律改正高速道路での条件付のバイク二人乗りOK放置車両をひとつき引取りに来なかった場合、車両売却が出来るようになったこれから近いうちに変わること・・・(一部)普通・大型免許の間に中型免許ができる(現行の免許をすでに持っている人は現行のまま)放置車両の確認と標章の取り付け事務の法人委託放置違反金を滞納して督促を受けているものの原因となる車の車検を受けようとしたとき、納付等を証する書面の提示がなければ車検の拒否が出来るなど・・・更新のときでなくては、こういった法律の改正もあまり気に留めないのが現実だ免許有効期間が5年はありがたいことなのだが、更新時はどうしても浦島太郎のような気持ちになってしまうそしてなによりも変わったと思うのが、 5年前と今日出来上がった免許証の写真との違い・・・(笑)
2006年02月16日
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以前より気になっていた本。よく新聞の1面下の欄にとして載せられていた広告のコメントに目を引かれ・・・乳幼児期から思春期までの子育てに、大切なポイントを、分かりやすいイラストやマンガを中心にまとめた本だ。抱き癖がつくからと抱かないでいたら泣かなくなった・・・それは怖いこと。心のトラブルの始まりだという10歳までは徹底的に甘えさせる。そうすることで、子どもはいい子に育つ。「甘やかす」と「甘えさせる」は、どう違うのかその中でも私がとても気になった内容。「お母さんが働くことは、子どもにとって、プラス? マイナス?」というもの・・・今は保育園の空きまちで待機中だが、ちかいうち『あず』を預けて働きに出なければならない。やはり自分が育てるのではなく人に預かってもらうのは、愛情不足等で何かしら影響が出てしまうのではないかとそのことの罪悪感はぬぐえない。本の一文にあった。平成16年5月の厚生労働省からの発表。親が育児に関わる時間による影響に差はないのだと・・・(親が働いているいないに関わらず)子供と食事を共にするかしないかによって何らかの影響の違いが出るのだという。『三つ子の魂・・・』というが、それについても平成10年、厚生白書では”根拠の無いこと・・・”と位置づけた。少しホッとさせられる。これから『あず』を預ける母親の私のただの罪悪感からの”逃げ”かもしれないが・・・子育て中の親にとって興味深いことが書いてある本です。この本によって『な~んだ、それでいいんだ!』と思えることも沢山ありますよ興味のある方はぜひ読んでみてください。
2006年02月15日
2ヶ月を過ぎた『あず』は、母親の気分転換要素の強いお買い物にも付き合えるようになり(笑)本当に驚く。スーパー・デパートに行く度にどこぞやらのお年寄りに声をかけられる。多いときには4~5人。少なくても必ず1人には声をかけられる。「あらぁ~可愛い見せてもらっていいから?」「2ヶ月過ぎたところなんですよ」「まぁ~しっかりしているわねまだ2ヶ月じゃ見えていないかしら・・・?」「もう見えているようで良く笑うんですよ」「いまのこは(顔立ちも)しっかりしていて早いわよね~」「そうですよねそして最後に、 「どうもありがとう」ある日、子供を見せただけなのにお礼の言葉を言われてしまった。そのお礼の言葉に少しの違和感を感じとても印象に残っている70代くらいの女性だった。ただ子供を見せただけ・・・それだけで私はありがとうといわれてしまったのだ。それだけ日常に子供を見る機会が少ないのだろうか?少し切ない話だ・・・今日もこれから買い物に出ようと思う。またきっと声をかけられるだろう。「2ヶ月なんですよ」「あらしっかりしているわねぇ~もううちの孫は大きくなっちゃってね~あなた、みてみて!」一緒に買い物に来た初老のご主人も呼び・・・まだ生まれて間もないまっさらな赤ちゃんとは、ただ単純に誰にでも幸せを感じさせてくれる存在なのだろう・・・
2006年02月15日
バレンタイン。女性が好きな男性にチョコで愛を告白する日本だけのイベント。30年前くらいから始まったこのイベントは、今は好きな男性に告白する本命チョコだけではなく、義理・友チョコなど、やや余計なほうに進化し・・・(笑)毎年、利用者のおじいちゃんおばあちゃんのために作っていたが、今年は産休中。毎年アップしている大量のチョコの映像は今年は無い。今日は主人のためだけにチョコレートマフィンを作ったま、といっても食べるのはその周りの娘らのほうが断然多いのだが(笑)去年は主人にはチョコを渡していない。付き合うことなどそのとき考えていなかったし、あげることすら考えていなかった。主人には言えないが、そのときはそれ程度・・・だったのだといまさらながら自分を検証(苦笑・・・なのに今結婚しているし~)大量に作ったそれは本命チョコなしの義理チョコ軍団(笑)告白に使った本命チョコはいつ以来だろう?ドキドキするチョコ作ったのは高校生以来かな?(笑)考えてみれば最初に彼氏が出来てからの一番長い『フリー』が今回の離婚から主人と付き合うまでだった去年のバレンタインがドキドキしながら渡せる久し振りの貴重なチャンスだったのに、作ったのは100個もの義理チョコ(笑)(逆にそれへの高価なお返しに、後にドキドキさせられてしまった)今年ははじめて主人にあげたのだが、高校生の頃のようなドキドキとしたバレンタインはやはりやってこなかったバレンタインでの告白・・・もう死んでも私には無いだろうね(笑)あっちゃいけないが・・・(笑) さぁあなたの来年のバレンタインはどんなチョコの味?
2006年02月14日
今日の新聞各国の2004年初産の年齢についてのデータが載せられていた。欧州諸国の初産高年齢化・特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の数)の低下は年をおうごとに進んでいる。日本はというと、初産の平均年齢は28.9歳。欧州諸国を悩ませているそれと同じような数値。若くして出産する女性も多いのだから、初産が高齢出産という女性が増えている・・・ということだろう。日本の高齢出産のボーダーラインは35歳。母体のリスク・胎児のリスクを考えて出された年齢という。私が記憶する限り10数年前の高齢出産年齢は30歳だった。現在の初産の平均年齢28.9歳からすれば、その時代であったなら女性の多くが高齢出産となったであろう。アメリカでは母体年齢が卵子に影響を及ぼす可能性が出てくる年齢は40歳からだという。初産・経産ともにアメリカの出産の高齢化も他とたがわず進んでいる。人種の違いもあり一概に日本でも同じ結果が出るとはいえないが、昔と比べ平均寿命も延び・栄養状態もよくなった今、生殖機能の衰えも先に伸びつつあると思い願いたい。女性が男女平等を謳い高学歴化。それに伴い女性の職場進出。社会でのそれなりの地位もやっと少しずつもらえるようになってきた女性は得た知識を生かし社会に出、仕事をすることで結婚時期が少しずつのび、結果初産の高年齢化は当然の現象。男女平等・・・女性が結婚し子供を産むだけが人生でないという考えも、少子化を呼び、子供は一人でいいと思う女性も増加・・・ある程度の年齢を重ね・ある程度の収入が確保できたときに産もうという夫婦も増えた共働きも増え、女性の出産育児による休職・退職による収入減は切実な問題だから・・・経済的理由も晩婚化を呼んでいる。私の周りも共働きの家庭は私が子供の頃と比べ驚くほど多いしかし男女平等に女性の地位は上昇したが、仕事をしたくてしている女性ばかりではないはず。結婚後も早くから子供を生み育てたいと思いつつも、経済的理由から踏み切れず長いあいだ『二人の時間を楽しむ』こともあるやっと安心して子育て出来る環境がそろったとき、女性は子供を産むに適さない年齢に近づいていることに、子供を諦めることも選択肢に入れなければならない状況に入っていることも・・・これは時代の流れ産めよ育てよの時代が終わり、男も女も一人ひとりを大事に捕らえ、人生を楽しむということが出来るようになったのかもしれないしかし、その結果が目の前のこの少子化という切実な問題にいま皆が議論し焦りを覚え・・・この限りのある肉体が子孫を残すことの意味を、皆が今真剣にもう一度考えなければいけないのかもしれない 毎日耳に目に入るこの騒ぎ それは悠長なことではないのだろう・・・
2006年02月14日
よく聞く話・・・3歳まではお腹の中にいたときの記憶があるという。 『暗くてね・・・暖かかったよ』本当なのだろうか?-------------------------私は小さい頃の記憶がない幼稚園の記憶も数えるくらいの一時の記憶があるだけ小学校低学年までもあまり覚えてないあずはミルクを飲み眠くなると、クローゼットの中や干している洗濯物をじーっとみたり泣いたり笑ったり・・・今日、クローゼットのほうを見て笑うあずの様子を見て主人が言った「あず~何か面白いもの見えるの~?」「子供って霊とか見えるって言うよね」「俺も18まで見えていたよ。小さい頃は妖精とか良く飛んでいた白い妖精はいい妖精で黒いのは悪いので、ある日の朝、ミルクの中に黒い妖精が入っちゃってまいったよ(笑)」「へぇ~私は小さい頃の記憶ってほとんど無いんだよね。私はこの部屋に引っ越してきて初めて寝た日に金縛りにあったのがはじめてだったよ」笑ったかと思いきや、あずはクローゼットの中の一点を見て泣き始める「やっぱり何か見えるのかなぁ~?」私はあずが見ているその先のものがあると仮定して「あず、またね~お休みって(言うんだよ)!」そういった。そしてしばらくするとその一点を見て笑い、あずはすやすやと・・・やっぱり私たち大人は、小さい頃にさまざまな記憶を置いてきてしまっているのかな? ちょっとオカルトチックな、そんな夜・・・
2006年02月12日
今日は下の娘が友達と一緒にバレンタインデーのチョコ作り。去年もそうであったが、今の時代『本命チョコ』『義理チョコ』のほかに『友チョコ』というものがある前者2つより、『友チョコ』の数の多いこと・・・去年も上の娘はびっくりする数を持って学校に行った。没収されないように体育着のバックの下に詰めて・・・そういえば私も、今で言う『友チョコ』というものを学生時代沢山作ったものだ。沢山の友チョコに隠すように本命チョコも気合を入れて・・・去年はまだ主人とは付き合っていなかったため本命チョコをあげていないその日はおじいちゃんおばあちゃんの利用者さんと、一緒に仕事をしたスタッフと男性上司数人に配っただけ。去年は主人に『チョコ』あげていない・・・なのにもう二人の子供がすでにいたりして(笑)今年はちゃんと上げないと・・・娘の友チョコはうまく出来るのか?キッチンからは娘と友達の笑い声が絶えず聞こえてくるが・・・(笑)
2006年02月11日

数日前から指しゃぶりするようになった。親指だったり人差し指だったり・・・新生児用のおしゃぶりも買ってみたが、一番おいしいのは『指』らしい・・・指しゃぶりは母親の愛情不足?という人もいるが、それは違う。赤ちゃんの成長過程における正常な反応。脳と身体との神経がつながった証拠なのだ。なんといっても、私は子供に愛情不足を感じないくらいいつも一緒にいるこれ以上なにが不足なのかと思うほどに・・・今日、ねんねの頃からつかまり立ちの頃まで使える『ジム』というものを出してみた。ミッフィーの人形が下がっていたりして興味引い色を使った乳幼児玩具まだ2ヶ月なりたての乳幼児には遊べないかと思ったが、まんまとそのわなにはまり、『あず』は手のげんこでたたいて夢中に遊び始めた。目を大きく見開き、凝視しながら・・・これも成長の証拠・・・その『ジム」というミッフィーの玩具を使うと私にも少し時間が持てる。その間に掃除に料理を・・・そんなことをしている間にあっという間に楽な時間も過ぎてしまうが、抱っこしながらの家事よりずっとらくだ。ここのところの辛い肩こりにも少しは優しいこうやって少しづつ、子供は親離れしていってしまうのだろう・・・時に育児は大変だと思う反面、成長とはさびしいものだ。 親の気持ちとは反比例に、 可愛い『あず』はどんどん成長していく・・・
2006年02月10日
紀子様御懐妊でテレビの中は賛否騒がしくあり・・・。ある意味他人事とは思えない私は興味深くそれを見る----------------------------昨日は昼前から調子が悪かった。吐き気・・・とまでは行かないのだが食欲が無い。それでも気にしないようにして休みの主人とスパゲティーを食べた。夕食の準備をしていても食欲はわかない。2泊3日のスキー教室から帰宅する娘に暖かいものをと思い、おなべ料理を作っていてもなにやら体がおかしい。夕食の時間になってもよくなるどころか悪化しているよう。全く食欲がわかず・・・『もしかして・・・?』紀子さまの御懐妊の世の中のある意『騒動』が、私にそう思わせていることもあるのだろう『あず』の妊娠の疑いを感じたのは、あんなに大好きなビールがおいしくなくなり飲まなくなったこと。昨日、主人は休み前だったのでビールを飲んだため私も飲んだのだが、味をおかしく感じ『あれ?』と思ってもいた。『まさか?妊娠?』夕食が始まったが、全く食欲がわかないため私は一口も食べられずにいた。とても気になり「ちょっとジュース買って来るね!」といってドラックストアに妊娠検査薬を買いに行った。ドラックストアのトイレで検査ドキドキしながら結果を待った。その間にいろんなことが頭をめぐり・・・『働かないと、上の子がもうすぐ受験なのに・・・』『また年子で育てられるだろうか?』『でも男の子がいたら・・・いまどきだが、家を継ぐ男の子・・・親戚には期待されているかもしれない』『主人はもう一人と望んでいるかも?』『4人目も女の子の可能性も・・・』いろんな思いが判定までの時間に頭をめぐる『でも、それはそれで運命。命は望んで・望まれて授かるものだと思うから・・・』そんなことを考えているとあっという間に結果が出た 『陰性』ほっと安堵とともになにやら少々の残念な思いも・・・紀子様も39歳というお歳に不安を抱えていらっしゃるだろう私も次の子をと思うのであれば、この年齢だ・・・早いほうがいいに決まっているま、これも運命というコウノトリのさじ加減・・・
2006年02月09日
先日ここの日記に書かせていただいたある利用者の死。--------------------------------主人が帰ってくると、『はい』と私に二つ折りにされた紙を渡したなんだろうと広げると、先月末に亡くなった利用者さんからの手紙のコピーそこには、私たち訪問入浴業務に関することと、そのお礼。それに付け加えて私宛のメッセージがあった『故 M子の大好きなTさん 復帰なさったらよろしくおつたへください。』丁度今日、その方へ個人的にお手紙を出したばかりだった。すぐにでもお悔やみを申し上げに伺いたいところだったが、小さなあずがいる今、そうも行かず・・・手紙2枚に思いをつづった後、最後にこう書いた『仕事での出会いですがとても楽しい時間をすごさせていただきました今までありがとうございましたお元気で!』なんとも不思議なものだ私がその利用者さんを忘れられず手紙を書かずにいられなかったことその利用者さんから思いがけずメッセージをいただいたこと・・・私のすべきことはここにまだあり、今までしてきたことが間違っていなかった事、ここに根付いている 人間とは不思議なもの・・・ 心は知らず知らず繋がっているのかもしれない・・・
2006年02月08日
去年暮れ、保育園入園申し込みをした。早くて2月の入園とのこと。今日その結果が届いた。『保育所入所不承諾通知書』理由は”定員に余裕が無いため”届いたその結果に焦りを感じるとともにほっとさせられた。仕事はしなくては現実問題生活に支障があるしかしまだまだこの子を育てていたい。やっと笑うようになり、『あず』は親を親として認識し始める時期。目に見えて毎日が成長であり、その成長を逃したくないその届いた書類はとても複雑な思いである上の子たちは2歳で保育園に預けた。それまでは仕事につれて回り、親の都合の生活をしていた。それでもそのとき預けることにとても罪悪感があったが、後に集団生活に楽しそうに過ごしている様子にもっと早く預けていればよかったと思った。しかし、今回はまだ生まれて間もない月齢そうやすやすとは決断出来ない時期の入所申し込み・・・。保育園は”生活の場”なのだという保育園は家庭で十分な保育を出来ない場合の保護者に代わって児童を保育する施設であり、幼稚園は教育をする施設であるもちろん管轄省も違う。2005年度から幼稚園と保育園を統合する保育一元化のモデル事業がスタートされた。(来年度から本格的に実施される。)教育も保育もそれぞれの良いところを統合し、より良い子育てへの支援へと目指しているのだろう子育ては親の手で行うことが一番いいことであることに間違いは無いそうあるべきであるしかし、親のかってながらそれを簡単は許せない事情が世の中には沢山あり・・・我が家もそのひとつである保育園は親元で過ごせない間の生活の場。理由があるにせよ預けなければならない多くの親は子供に申し訳なく思う事だろう私もまだ小さい・小さすぎる『あず』に申し訳なく思うだから少しでも友達や保育園の先生達と過ごす集団生活の楽しさを感じてもらえたらと願う親元では体験できることの出来ない良い体験をし、良い成長をと思う私たち働く親にとってのわが子への願い・希望・・・入所できなかったことは『あず』と私にとっての運命であり、この時間が必要な時間であるということ。そう思うもう少し子育てを楽しませてもらおう働き始めれば私はこの子中心にいられる人ではなくなってしまうのだからさあ、今日もお散歩に行くよ 『あず!』
2006年02月08日
午後2時過ぎ、TVを見ていたらニュース速報が流れた。『紀子様御懐妊』あまりの予想外のことにびっくりさせられた。秋篠宮様の長女、眞子さまはうちの長女と2日違いである。紀子様と私の年齢は4歳ほど違うものの、女の子2人の母であり私ととてもダブって感じられた。私の友人らが私の妊娠・出産を聞いてどんなに驚いたかがとてもわかった。この私でさえ紀子様の妊娠に驚いたくらいだ世の中の人たちの驚きは増してやすごかったにちがいない。上のお子様眞子様を産んでから約15年という月日が開き、今年秋ご出産のご予定・・・紀子様は39歳。日本では35歳からが母体や胎児のリスクを考えて高齢出産と位置づけられている不安の無い御懐妊ではないことも国民の驚きの大きな要素であることは明らかである。それ以上に驚いたのは皇位継承についての皇室典範改正を今国会で成立させようと動いていた国会議員たちであろう----------------------------私はニュース速報を聞いて驚きとともに単に喜びを感じることは出来なかった。 『皇位継承』騒がれているさなかのこの御懐妊報道。この御懐妊が秋篠宮様ご家族・これから生まれてくる赤ちゃんにとって、ただ単に雑念無く喜ぶことは出来ないだろう。『新しい命を宿し・迎えることとなった幸せ』それだけを感じて妊娠という大切な時間を穏やかにすごされて欲しいが、今そのときだから難しい環境がそこにあるまだこの目に見ぬ新しい命に、国会議員や国民は『男の子か?女の子か?』と、公に口にしないまでも皆思い・・・命は時に社会の利害に翻弄される--------------------------女性の結婚年齢が上昇し、高齢出産に多少なり悩む女性が格段に増えた。今回の報道は、妊娠を望む同年代の女性にとってはとても勇気付けられることだ結婚年齢の上昇が、今の少子化原因のいち要素なのかもしれない紀子さまの御懐妊を聞いて皆が元気付けられるといい『まだ私にもチャンスがある!』『迷っていたけれど2人目を!』と・・・。秋篠宮様・紀子様にも、新しい命の誕生にただただ無垢に喜び迎えていただきたいと願うが・・・ そして第三子の新しい命に幸あれと願う・・・
2006年02月07日
昨日、主人が帰ってくると『○○さんも亡くなったって・・・』と・・・。その後に『○○さんと○○さんが入院したって』と聞いた。介護の必要なお年寄りだ死期は遠くないことはわかってはいるが、それでもやはりショックなものだ。季節の変わり目・・・急変する人は多い。昨夜から今日にかけ5センチの雪が降った。東京では積もる雪は珍しいが、今年はこれで2度目。この気温・天候の変化に体調を崩さなければいいと願う・・・
2006年02月07日
今日で二ヶ月を向かえた。早いものである生まれたばかりの頃は、ただ飲んで寝るだけが仕事だった。日に日にしっかりとした顔立ちになり、物も遠くまで見えるようになった。首も据わり、部屋の周りのものをきょろきょろと見る顔もじーっと見るようになってきたかと思ったら、顔を見て笑うようになり、あやすと声を出してめいっぱいの笑顔で笑うようにもなった。先日は寝入りに夢でも見たのか、大声で笑い声をあげていたのにはつられ笑いしてしまった。体重も2キロ増え、身長は60センチを超える。もう洋服がぴちぴちになり、短パン状態になっている(笑) 目に見えて成長している『あず』 嬉しくもあり、 成長してしまうのがもったいなくもあり・・・
2006年02月07日
乳幼児医療証を貰いに市役所に行ってきた。東京都の制度と、独自に市の制度とがある。東京都内の病院にかかったときは、保険証とその医療証の提示があれば無料でかかることが出来る都外で受診した場合・医療証を提示しないで受診した場合は、後日領収書を持っていけば返還請求できる。入院時の食事療養費標準負担額(1日780円)についても、市では独自に助成しているため助成請求が出来る。------------------------------医療費助成は少なくとも13年前の昔には無かった制度だ。上の娘二人は、風邪を引いてかかっても怪我をしても普通に医療費を払った。突発性発疹、水疱瘡におたふくかぜ・・・そうでなくても子供は良く病気にかかる。医療費は当時も馬鹿にならなかった。あの頃にもそういう制度が欲しかったものだ・・・昔と今の違いに気付くことが多い。出産分娩施設の高級化にはまず驚かされた。食事のすごいこと・・・プールにエステ・・・もちろん分娩費用も2倍近くの差がある。同じく13年前にはあまり見かけることが無かったチャイルドシート。今は義務化されており、6歳まではチャイルドシートを使わないと交通違反となる私は今回の『あず』の出産でチャイルドシートを使うのが初めてだ。今のチャイルドシートは昔のチャイルドシートとはずいぶんと違う10万するものもある。紙おむつも変わった。質もよくなったが画期的なのが濡れると色が変わる事。見ただけじゃ・触っただけじゃわからないようなほんの少しのちびりも、オムツを外さなくても色が変わってわかる。哺乳瓶も違う。乳首の元に空気穴があいているのにはびっくりした。いまは母親の乳首に近い人工乳首をつかった哺乳瓶もある。レトルトの離乳食の種類の多さ・・・家では絶対作らないような手のかかるものもあったりして・・・昔は大人の食事を細かくして薄味にしてがあたりまえだったが今は赤ちゃんの食事も高級化したものだ・・・ペットボトルの飲み物も増えたスリングなどもさまざまな種類がある少子化で子供の数が減っただからこそ一人ひとりに手を掛けお金をかけるようになった結果かもしれない・・・しかし便利になり手が空いた反面子供にかける時間が増えると思いきや授乳しながら過度に自分の趣味に夢中になる母親に疑問をもつ専門家の意見もあるのだが・・・(苦笑)
2006年02月06日
産休に入るまで私が専属のように良く伺っていた利用者さんが、1月31日亡くなったと聞いた。介護しているのは旦那様。奥様は糖尿病から腎不全となり人工透析をしていた糖尿病が原因で両足先が壊死し、ひざの少し下から無かったため車椅子の生活だった。血液透析は週に2~3回、病院に通い数時間かけて血液をろ過する必要がある。水分制限・食事制限もあり、家族はそれをコントロールすることも大変な苦労だ。介護するご主人自身も持病があり、薬を飲み、吸入も定期的にしている。血圧が低く、時々立ち上がれなくなることもある。そんなご主人が車椅子の奥様を病院に週三回も連れて行くことは、歳を取った今とても苦労だったに違いない。-------------------------------1年少し前から血液透析から腹膜透析に変更した。人間には腹腔というものがある。その腹膜をつかってからだの老廃物を浸透圧を利用して出し、血液を綺麗にするというものだ。腹腔に体の体液に近い水1L~2Lを24時間溜めてゆっくりとろ過するのだ。血液透析では一日の水分量は酷なほど制限されているが、それもさほど気にすることも無くなる。食事も血液透析のときよりはぐんと制限がやわらかくなるその水の交換は自宅でも出来る。病院に行く回数はぐんと減り、月に2~3回になるという。介護者・本人の負担はぐんと減るのだその方の主治医は、体力の落ちてきた二人を思って血液透析から腹膜透析への変更を勧めたのだろう・・・-------------------------------腹膜透析はお腹に穴をあけてカテーテルという管を留置する。それは使っている限りは一生外せない。体の中に管を入れることで感染という危険をいつも頭に入れておかなければならない。管は清潔操作。挿入部は濡らしたりしてはいけないそのかたは、汚れたりしないよう水が入らないよう厳重に挿入部を保護していたが、だからといって感染しないわけではない。皮膚は汗をかく。厳重にほごすればそこは蒸れるし、細菌が増殖するには好条件となるだろう。私が産休に入る前も何度か挿入部の炎症で入院していたこともあったが、『今日で・・・』と挨拶に伺ったときは治癒しており、元気にお風呂にも入っていた。ご主人も、いいとはいえないが元気にされており、いつものように介護をがんばっていた。『戻ってくるの待っているから!』そう最後にいっていた。それが今日聞いた訃報・・・。原因を聞くと、感染から来る腹膜炎だったらしいまたぶりかえしてしまったようだ。糖尿病は病気や怪我が治りにくいこの透析で一番怖いものは腹膜炎なのだまだまだ亡くなるには早い年齢だったのに・・・訪問しているとき、沢山の笑い話をした。他愛のないはなしだったが、二人の笑顔・笑い声がとても嬉しかった。駄洒落が好きなご主人、私たちが笑っているのをみてとても楽しそうだった。もうその時間と空間は二度とやってこない。仕事にいちいち情を持っていたら仕事にならないといわれてしまいそうだ、これにショックをうけずにはいられなかった。その数ヶ月前に亡くなった、同じく腹膜透析をしていた男性利用者。その方も同じく腹膜炎が原因の死であった。まだ若かったというのに・・・------------------------------------食事制限の緩和・自宅での透析・・・確かに精神的・肉体的負担はぐんと減るが、この二人の死は、安易に最新医療を考えた結果とはいえないだろうか・・・きちんと清潔をまもっていれば安全な透析方法かもしれないが、それはその方法をきちんと理解し、対処できる場合。歳を取った夫婦、介護者もなんらかの不自由を負っていることだろう透析の管理に完璧を求めることなど出来ないがんばって血液透析を続けていたら、まだ訃報を聞くことは無かったのだろうか・・・?それとも疲れた介護に地獄を感じてしまっていただろうか・・・? その訃報を聞いてとても重く考えさせられた・・・ Tさんのご冥福をお祈りいたします
2006年02月04日
先日、遅ればせながら出産祝いのお返しを皆に送った。思いがけず、訪問入浴でよく伺っていた家の方からも、私が出産したと聞いてわざわざお祝いを贈ってくれた方もいた。その中の一人・・・会社ではとても気難しくちょくちょくクレームの来る家の方からもいただいていた。『年賀状出しますね!』産休に入ると挨拶をした昨年10月最後の仕事の日、その方に赤ちゃんの写真付きの年賀状を送る約束をしたため年賀状を出していた。その住所を見て、わざわざお祝いを下さったのだ。旦那さんの介護をもう何年もしている奥様。介護疲れもある方でとにかくスタッフのやることに厳しいとくに看護師には厳しく、私も伺い始めた初めの数回は、とげとげしい態度と言葉に毎回針の筵のような状態に緊張した。それも次第に毎回行くようになるとだんだん仲良くなり・・・気は抜けず緊張は消えないが最初のような怖さは薄らぎ、私もそこでの仕事が楽しくなってきていた。介護者さんの初の内孫さんの出産時期も近く、子供の話などもよくしていた里帰りしていたお嫁さんが9月に男の子を出産したと聞き、とても喜んでいた奥様だった---------------------------------お祝いをいただき、私はとても嬉しかった。そんな大変な家だからこそ、個人的にお祝いの品などいただけたことが本当に嬉しかった。緊張しながらお礼の電話を入れると数ヶ月ぶりの懐かしい声。「あら~!お久し振り~!」などととても機嫌の良い声で会話が帰ってきた。「お孫さんも大きくなられたんじゃないですかぁ~?」と返すと「あら、そちわは大きく生まれていいでしょう。うちなんか小さくてねぇ~・・・」おや?とちょっと思う。「もう実家から帰られて、だいぶ経つししっかりされたのでは~?かわいいんじゃないですかぁ~?」とかえす。「お宅は女の子だからいいわよね~かわいいでしょう!」ん?これって私に気を使っているのかしら?お孫さんの話をぜんぜんしない・・・「本当にありがとうございます○○さんからいただけるなんてとっても嬉しかったんですよ~!」「私もね~あなたの子供を孫のように思っているのよ~!」と・・・ものすごく嬉しくなる言葉。「ありがとうございます。とっても嬉しいです!」『ん?』と思いながらも『復帰したときはまたよろしく・・・』と電話を切った。そしてそのお祝いのお返しを送った。-----------------------------電話が鳴った。見に覚えのない電話番号。『あず』をだっこしながら電話に出た「もしもし・・・」なにやら言葉に迷っている様子。「声でわかりました!○○さんですね。」「はい。あなたぁ~お礼ありがとうございます~。かえって悪かったわねぇ~大好きなのよ~!」(普段伊○丹、高○屋などの和菓子洋菓子を買っている方なのでとても迷った挙句ほんの少しだが洋菓子を贈った)「いえいえ、(お祝い)とても嬉しかったので~!お口に合うかわかりませんでしたが・・・」「本当に申し訳ないわねぇ~。赤ちゃん大きくなったでしょう?」「はい、もう生まれてから2キロ大きくなりました」「大きく生まれたものねぇ~楽でしょう。女の子だから可愛いし~!」「お孫さんも大きくなられたんじゃないですかぁ~?そろそろハイハイとか?」「うちはだめよ~小さかったもの~。女の子はいいわよね~!」・・・ん?またなんか違和感。私のほうからお孫さんの話をするがその話は一向に帰ってこない。『あず』が電話のそばでうにゃうにゃ言葉をだしていると「あら!おしゃべりしているの?こんにちわぁ~!」などと、電話に出ているわけでもないのに奥様何度も『あず』に話しかけていた。『いっても聞こえないよ!』とおもいつつ、私はその言葉をほほえましく聴いていたが(笑)可愛い孫をあやすおばあちゃんという感じの喋りだった。「ではまた!」と電話を切ると、その電話での会話の違和感がなんとなく今回の電話で判った気がした。あまりお孫さんと会っていないのだろう。少し難しい方だから、お嫁さんともあまりうまくいっていないのかもしれない・・・だから私がお孫さんの話をしても濁してくるのだろう。最初の電話で聞いた『(『あず』のことを)孫のように思っているのよ!』という言葉、少なからず本当に思っていらっしゃるのかもしれない。私が産休に入るまでは大きいお腹で週に二回もお邪魔し、赤ちゃんの話もよくしていた。最後の日は『すこしだけどお祝い!』といって栗おこわを持たせてくれた。結婚の報告もし、妊娠の報告もし、妊娠中の経過も良く知っている奥様だ。「車に一日ゆられるんだからあまりむりしちゃだめよ!」「産まれたらあずかってあげるわ!仕事いってきなさい!」そんなことまで言ってくださっていた。私の親よりもよく私の状態がわかっていたのだから、きっと実の孫のお嫁さんの状態より変化がわかっていたのかもしれない。そばにいながらあまりみえない孫を、うちの『あず』に重ねていたのだろうか?難しい奥様とこれだけ仲良くなれたのも、『あず』という孫のような存在がきっかけにあったのかもしれない。 『孫』というものは子よりも無条件に可愛いという・・・
2006年02月03日
寝に入った『あず』を見て、主人がいきなり言った。「いつまでお風呂に入ってくれるかな?」思わず噴出しそうになってしまった。まだ2ヶ月にもなっていない娘の風呂の心配を真剣にしている(笑)「ん~、小学校低学年くらいまでは普通に入るんじゃないかな?」と、私は上の子の経験から答えた。上の子たちは大きくなるにつれお父さんとお風呂に入ることを嫌がったわけではない。ただ、その時期くらいから夕方早目に娘二人で入るというお風呂のパターンになったからに過ぎない。今主人が言う、思春期のそれとは違う意味で一緒にはお風呂に入らなくなった。男親にとって異性の子供とはどういうものなのだろう?よく、小さなときからもう”嫁にやらない!”とか思うというが、うちの主人も他の父親と変わらず会社の仲間にそれらしきことを言っているらしい(笑)大きくなって『もうお父さんとはお風呂に入らない!』なんていわれたときは、いつかそのときが来るとはわかっていてもショックに違いない。いま、主人はオムツも抵抗なく取り替えているウンチをしたらお知り拭きで丁寧に『あず』のお知りを拭いてくれる。大きくなって年頃になったとき、お父さんがオムツを取り替えていたと知ったら、大きくなった『あず』はそのときどう思うのだろう・・・(笑) ・・・ただそれはまだまだずっと先の話・・・(笑)
2006年02月03日
はじめは他愛もない話から始まった。それは仕事の話からだったろうか?そこから職場のもうすぐ40歳を迎える女友達の話になった・・・その友人は結婚しているのだが、待ち望んでいるのに子供をまだ授かっていない『子供を貰おうか・・・?』とまで夫婦で話したこともあるという---------------------------子供が欲しくても欲しくても授からない夫婦は沢山いる。反して、安易に子供を産んでしまった人間が起こした悲惨なニュースに心を痛めることも少なくない現代。欲しくても欲しくても子供が出来ない夫婦の悩みは、想像できないほど辛いものであるだろうしかし、それは世の中のさまざまな運命と同じく、それを不本意ながら受け入れていくしかない私たちはこの人生で生きているのだから・・・その友人は40歳を目の前にした数年前から、貰ってでもいいから子供を育ててみたいと思うようになったそうだ。『私はその子を本当の子として育てられる自信がある』そういつも言う。子供が欲しくてたまらないのだろう・・・その友人は本当に子供が好きで、保育の学校にも通っていたことがあるくらいだ世話好きでもあり、主婦としても仕事人としても立派な人。私から見てもこの人ならばいい親になるだろうと自信を持っていえる。日本では35歳からが母体・胎児を考えての『高齢出産』を位置づけているが、外国では卵子の老化の研究結果では日本で言う『高齢出産』のボーダーラインを40歳としているようだ。私は40歳まじかのその友人におめでたい話が訪れることを願っていたが、そのボーダーラインはもう秒読み。35歳で産んだ私でさえ高齢の不安に健康に生まれてくるまで恐ろしさを感じていた彼女は気が気ではなかったはず・・・本当に子供を貰うことをまじかに・真剣に考えているだろうしかし、ご主人は違うらしい『そこまでするつもりはない・・・人の子供を育てる自信がない』彼女にしてみれば彼女の気持ちを考えない辛い言葉かもしれないが、それも男性の率直な気持ちに違いない。実の子でさえ、父親は自分の子だと実感するまで相当な時間がかかるという。産んだ母親でさえ、10ヶ月お腹の中で子供をはぐくんできたとはいえ、お腹から出てきた子供を本当に自分の子なのだろうかと不思議に感じることも実際多い事実。子供を育てるということは、生半可ではない本当の父や母でさえ、子供がわからなくなることがあるのだ愛せなくなることもあるのだ・・・望んだ命さえ、さまざまな事情を理由に親の身勝手で消してしまうこともあるのだ・・・何か問題が起きたときに『やっぱり俺の子じゃないから・・・』そう思ってしまうかもしれないその後に実子ができたら平等に愛せる自信がないかもしれない実の子でさえどう育てていいかわからないというのに、人の子を育てることに不安を感じて当たり前だ。 『子供』という存在の人生における難しさ・・・主人とそんな話になり、子供を育ててみたいという友達の気持ちはわかるが、現実問題厳しいだろうね・・・と、ため息をつきそうなくらい胸につまった。二人の実子を幸せに授かった私たちでさえ、この子を育てることに自信があって産んだのではないのだから・・・『きっと(ご主人は)あとで後悔するんじゃないかな?』主人が言った。『(独身だった頃)このまま結婚もせず、子供もなく一人で死ぬのかなって思ったらすごくさびしく思った。病気をしてもお見舞いに来てくれる人もいないのはさびしいよこの(お年より相手の介護の)仕事をしているから余計に強く(不安を)感じたよ。一人暮らしのお年寄りを見ているから・・・今はいいかもしれないけれど、歳を取って二人きりになったとき後悔するかもしれない』そういった。いつも誰に対しても強気で仕事をしている主人が、そんなことを言った。『子供に老後を面倒見てもらおうとは思わないけど、心配してくれる家族がいるというだけで幸せ感じられるよね。入院したとき、お見舞いに来てくれる人・身の回りの世話をしてくれる人・・・家族がいることはそれだけで生きている楽しみがある子供に孫が出来たら遊びに来てくれるお正月がくればお年玉をあげる楽しみがあるというだけで違うよね』私は主人の言葉にそういった。人間の数だけ沢山の人生があり、いろんな人生の楽しみがあるだろうそれは子供をもつことだけではない自分の人生をどう幸せに飾っていくかはそれぞれの価値観。主人のその言葉に、孤独という寂しさを感じてきた偏りはあるが、その実感のこもった言葉に友人夫婦のこれからを思った。友人の願ったとおり子供を貰って育てていたら・・・と思うのか、またそれとは違う人生に充実した一生を過ごした幸せに感謝するのか・・・それはまだきっと何十年も先の話。ただ、夫婦その出会い・・・夫婦二人で過ごした人生がどんな形であろうとそれもその二人の運命幸せはひとつではない 寄り添って選び歩んだ人生に間違いなどない そう信じ、友人のこれからの人生にそう願う・・・
2006年02月02日
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