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2023.06.24
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テーマ: 読書(8559)

書名



千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話 [ 済東鉄腸 ]

目次


1 引きこもりの映画狂、ルーマニアと出会う
2 ルーマニア語学習は荊の道
3 ルーマニアの人がやってきた!
4 ルーマニア文壇に躍り出る
5 師匠は高校生、そして九十代の翻訳家
6 日系ルーマニア語は俺がつくる
7 偉大なるルーマニア文学

来たるべきルーマニアックのための巻末資料

引用


だが俺はアンタにこそ、他にはない可能性があるって信じてるよ。何でってそれは俺だからね、自分なんかダメダメと思い続けていたかつての俺。外国に行く必要がないとは言わないよ、行ける機会があるんなら行くべきだ。だが今立っているその場所でもやれることがある。その場所でこそ成し遂げられることがある。(略)
重要なのはどこにいるかじゃない。俺たちが今そこにいること、これ以上に価値のあることはない。だから俺にとっては、他でもない今そこに立ってるアンタこそが未来だ。やってやれよ、おい!


感想


2023年136冊目
★★★

面白かった。
いやもう、世の中にはいろんな人がおるんやなあ。

著者は、

済東鉄腸(サイトウテッチョウ)
1992年千葉県生まれ。映画痴れ者、映画ライター。大学時代から映画評論を書き続け、「キネマ旬報」などの映画雑誌に寄稿するライターとして活動。その後、引きこもり生活のさなかに東欧映画にのめり込み、ルーマニアを中心とする東欧文化に傾倒。その後ルーマニア語で小説執筆や詩作を積極的に行い、現地では一風変わった日本人作家として認められている。コロナ禍に腸の難病であるクローン病を発症し、その闘病期間中に、noteでエッセイや自作小説を精力的に更新。今はルクセンブルク語とマルタ語を勉強中。今回が初の著書。


というわけで、引きこもりだった時に映画を見ていてルーマニアの映画にやられ、独学でルーマニア語の勉強を開始。
(はい、ルーマニアってどこの国よ?と思ったそこの私。ググったらウクライナの下の方だった。)

日本に3冊しかないルーマニア語のテキスト(そのうち1冊は入手困難らしい)で学ぶ傍ら、フェイスブックでルーマニア人を5,000人ひたすらフォローしまくり、生のルーマニア語を学ぶ。
そしてついに、ルーマニア語で書く日本人としてルーマニアで作家デビュー!

まさにインターネット時代の夢物語。
それこそ映画みたいなサクセス・ストーリーだ。

この人は日本から出たことがなくて、ルーマニアにも行ったことがない。

ここらへん、ぜんぜん違うのだけど、前に読んだ

語学の天才まで1億光年 [ 高野秀行 ]

を思い出した。
語学を学ぶ喜びに溢れている。
そういえばこの方もまた、多言語学習者だ。


すごい。
その昔、ベトナム人と日本人が漢字で筆談するドラマを見たことがあるんだけど、それを思い出した(ベトナム語は7割位が漢語由来)。
漢語圏の恩恵と似たものがある。
今は漢字が廃止された国が、漢字を使い続けていたら同じことになっていたかな。

そういえば、『食べて祈って恋をして』という本で、著者はイタリア語を学ぶ。
周りからは、「なんでそんな一つの国でしか喋られていないマイナーな言語を?」と言われる。
けれどその歌のような響きに著者は魅せられ、イタリアへ向かう。

語学を学ぶ時に、経済的な理由もあるけれど、それだけじゃないよね。
その昔はフランス語と英語が「世界共通語」として拮抗していたけれど、インターネットの普及により、英語が覇権を握った。
英語=世界共通語。
でもその単一な世界って面白くないやんね。
だから生まれながらに英語圏で語学を学ぶ必要性を感じない人は可哀想と思うよ!!!(強がり)

しかしながら、世界語としての英語を学ぶ必要があるのも確かで。
この本を書いた鉄腸さんも、ルーマニア語を学ぶために「媒介として」英語を使用することになる。
(そしてルーマニアの人は出稼ぎに行くこともあり、みんなかなり英語が出来る)
日本語→ルーマニア語へのアクセスが難しくても、英語→ルーマニア語ならアクセス出来る。
なぜなら英語が出来るようになった瞬間、世界中の情報にアクセスできるから。
英語はこういう場合も必須なのだなと感じる。

鉄腸さんは作者になり、日本語→ルーマニア語というニッチな言語同士だからこその需要を感じる。
(「村上春樹からは絶対に逃げられない。」に笑った。)

そんな世界があるのか、と思ったのが、ルーマニアには専属の作家がいないという話。
人口も言語圏も小規模であるから、ルーマニア語作家という職業が成り立たない。
彼らはみんな兼業作家で、文芸誌に作品を送って、採用されて掲載されることがすべて。
権威主義的なところがなく、小説は資本主義の外側にある。
「書きたいから書く」世界。わお。

そんな、自国民ですら成り立たないルーマニア語小説の世界で、鉄腸さんはルーマニア語で書く。
ネイティブに「正しくない」と言われる自身の言葉を「日系ルーマニア語」と呼んでいるのが興味深かった。

アフリカ出身サコ学長、日本を語る [ ウスビ・サコ ]
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ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」 [ ウスビ・サコ ]

のウスビ・サコさんが、自分を「マリアン・ジャパニーズ」と言い、

私のものではない国で [ 温又柔 ]

で「台湾系日本人」と言っていたことを思い出した。
正しくないこと、違和感を覚えること。異分子。
だからこそ新しい、既成の枠の外に出ることが出来る言葉。

朝ドラ「らんまん」で、大好きな植物のために全身全霊で向かっていく主人公・万太郎に、植物学教室の学生は言う。

万太郎の器は夢でいっぱいで、でも自分の器はすかすかだ。
これから僕は、自分の器をいっぱいにしなくっちゃ。
そうするものを見つけなくちゃ。
それが生きるってことだから。

私は鉄腸さんの本を読んで、そのシーンを重ね合わせた。
どこにいるか。何を持っているか。
それがすべてじゃない。
どこにでも行ける。これから行くんだ。
言葉という魔法の鍵を手に。


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最終更新日  2023.06.24 00:00:19
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