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2023.09.23
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書名



あなたはここにいなくとも [ 町田 そのこ ]

目次


おつやのよる
ばばあのマーチ
入道雲が生まれるころ
くろい穴
先を生くひと

感想


『52ヘルツのクジラたち』(2021年本屋大賞)の町田さんの新刊。
別れ(お葬式)と、そのひとが残したもの。


さらりとしているけれど、じんわり良い話、みたいな作品が多い。
タッチは軽めなので、町田さんの作品のなかでは『コンビニ兄弟』が好き、という人にもおすすめ。

「おつやのよる」は、祖母の春陽が亡くなり、お通夜のため門司港にある故郷に戻る清陽(きよい)の物語。
ずっと結婚相手を連れてこいと言っていた祖母。
けれど付き合っている章吾を紹介できなかった。
だって、飲んだくれの父と、スロット通いの母。
好きな人に見せられない家族だなんてーーー。

冒頭に、家のごちそうは何か?と訊かれた清陽が、「とりかわのすき焼き」と言ってみんなに笑われたという(そしてその後あだながトリカワになったという)エピソードが登場する。
清陽はそれを恥じていたけれど、美味しそうだよねえ、とりかわのすき焼き。
今度やってみよう。
おばあちゃんの春陽さんがとっても策士で、映画「サマーウォーズ」のばあちゃんを思い出した。


表面上は皆、久しぶりに集まった親族の近況報告。
けれどその下にバチバチのバトルが繰り広げられている…気がする。
だから私は、冠婚葬祭が大嫌い。
子供の頃は家に法事でたくさん人が集まるのが嫌で仕方なかった。
こればかりは、核家族化もコロナ後のニューノーマルもバンザイと思うよ。


大学時代からつきあっている恋人の浩明は、もっと真剣に将来を考えないといけないと言う。
人と関わらなくて良い工場勤めは、職歴として意味がないこと。
もっと真剣に転職活動をすること。被害者気分を捨てること。
セクハラを受けた私が、自分の言動に注意を払っていなかったこと。付け込まれる隙があったこと。
結婚を前提に付き合っているけれど、依存して生きていこうと思われるのはごめんだということ。
そんな時、香子は近所の庭である音を聞く。
集めた食器を半円状に置き、それを箸で叩く「オーケストラばばあ」。
彼女はなぜ食器を叩いているのだろうーーー。

香子がハンドベルのファだけを欲しがる冒頭が、最後に繋がる。
ほかの物語もすべて同じようにきれいに「はじめ」と「おわり」が円になっている。
彼氏の浩明はサイテー野郎だな!と私はプンスカしてたけど、最後に香子が「強いひとだと思って甘えていた」と謝るの、すごいなと思った。
弱い私、強いあなた。
その構図のなかでまた、彼氏は弱い自分を曝け出すことが出来なかった。
オーケストラばばあ、本当にこういう人、いそうですよね。
いや、いないんだけど、こういう人いるやん。
庭に謎の陶器類が並べてある家とか、ふつうにあるやん。
もしかしそれは、思い出の食器を打ち壊しているのかもな。
さようなら、さようなら、さようなら。
頑丈な思い出が、粉々になって成仏するまで。

「入道雲が生まれるころ」は、「リセット症候群」を抱えた主人公・萌子の話。
遠縁の親戚・藤江さんが亡くなったことで帰省すると、バリバリ地元で仕事をしているはずだった妹は不倫の末にニートで引きこもりになっているし、藤江さんは実は祖父の愛人ーーー戸籍上は失踪宣告を出されているーーーだったらしい。

ある日突然、ふとした瞬間に、これまで構築してきた人間関係が重たくなってしまう。手足は重く、息も浅くなる。ここにいては潰されるか呼吸困難で死んでしまう、そんな焦燥に支配されて、私は逃げる。


この萌子の気持ち、すごくよく分かる。
私も子どもの頃から「ここではないどこか」へ行きたい思いが強くて、ひっそりと抱えていた将来の夢は、「失踪して行方知れずになってひとりで生きて死んでいくこと」だったから。
今でもそう。
定職について12年。
3〜5年ごとに部署異動を繰り返してきたけれど、せいぜい2年で私はもう嫌気がさしてくる。
はやく異動したい。
私は生まれてこの方、「ここにいたい」と思ったことがないんだと思う。
小2の娘はよく、「ママは家出したいんやなあ」と言う。
どこへも行けはないと知っているから、どこかへ行きたいのか。
だから私は本を開き、文字を書く。
「ここ」にいながら、「どこか」へ行けるように。
そして「ここにいたくない」にあるのは、一方で「私が偽物だとばれないうちに逃げたい」でもある。
ボロが出ないうちに、失望されないうちに、嫌われないうちに。
逃げて、逃げて、逃げて。
どこへたどり着けるのだろうね?

「くろい穴」は、主人公の美鈴が、祖母直伝の栗の渋皮煮をつくる話。
とてつもない手間暇をかけて作る宝石のようなそれ。
以前に一度職場に持っていった時、好評を博した。
今回作ることになったのは、それを覚えていた職場の上司・真淵さんの奥様からのリクエスト。
美鈴の、不倫相手の妻だ。
黒い穴が空いている栗をはじかず、毒のように瓶に潜ませる美鈴。
しかし彼の妻はーーー。

渋皮煮が食べたくなる。
が、私が一生作らないだろうな、というものであるし、瓶入りで市販されている高級なのを買うほど好きでもないから、まあ貰い物でもない限り食べないんだろうなと思う。

「先を生くひと」は、幼馴染の藍生(あおい)が「死神ばあさん」と呼ばれる老女の住む怪しい屋敷に出入りしていると知った高校生の加代の話。
後をつけると、藍生は「死神ばあさん」こと澪さんに、初恋の相手・正臣さんに瓜二つだと言われ、ともに食事をすることを請われていたのだった。
けれど藍生のお目当てはどうも、澪さんの世話人である親戚の女性・菜摘さんで……。
加代は「正臣(藍生)の妹」として、がんを抱えた澪さんの屋敷の片付けを手伝うことになる。

甘酸っぱいなあ。青春、と書いてアオハルと読む。
澪さんが何を探しているのか。
それは、「語り継ぐもの」だったのかもなあ。
「記憶」「思い出」…。
「先を生く人」は「先に逝く人」でもある。

あなたはここにいなくても、あなたのかけらは世界に残る。
言葉。記憶。もの。
触れて、通り過ぎて、思い出す。
風が揺れて、ふとした香りに、風景に、蘇る。

ここではないどこかへ行きたくて、ここにいたくなくて、逃げ続けても。
世界にはその軌跡が、空気の粒子みたいに、拡散して、滞留して、循環するんだろう。
そうしたらもう、すべてが「ここ」なのかもしれないな。

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最終更新日  2023.09.23 11:43:22
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