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今日は、本からの話題です。今読んでいる本で、「日本とユダヤ、魂の隠された絆」中丸薫+ラビ・マービィン・トケイヤー著そこに書かれていたユダヤ5000年の知恵、その中からの抜粋です。金銭に対してのタブーのないユダヤならでは・・・、「体のあらゆる部分は心に依存している。心は財布に依存している」「財産をたくさん持っていると、心配事もそれに応じて増えるが、財産がまったくないほうが、心配事は多い」こういう風にはっきり言われると、気持ちがいいと感じるのは私だけでしょうか?思わず笑ってしまいました。また、グッきた!こんなのもありました。「誰が敬虔か。日々、今日は人生最後の日と思って大切に過ごす人である」「あなたの父母を敬え。また神をたたえよ。なぜならこれら三者があなたを地上に送り出したからである」「馬鹿な人間とは誰か。しゃべりすぎる人である」などなど・・・・。国が違っても、人として大切な事は同じ・・・、そんな風に思います。人類一家、皆兄弟! 昔そんなCMありました。人種や国が違っても、人としての本質は同じ、皆同じ人間・・・。諍いは、本質ではなく枝葉に捉われてしまったときに起こるものなのかもしれませんね。インターネットのお陰で、ある意味、国境がなくなった。次は、どんな風に世界が動くのか?楽しみなことです。
2007年02月19日
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またまた、久しぶりの更新です。覗いてくださっている皆様、ホント、お久しぶりです。最近、感謝について良く考えます。今回はそんな話です。「感謝」・・・、簡単そうで奥が深い、難しいから値打ちがある、深い世界ですね。「感謝」イコール「有難う」な訳ですが、有難うって言えばそれが感謝なのかって言うと、そんな単純でもないようで・・・。例えば、ご先祖さんが莫大な遺産を残してくれたとします。そこで、「ご先祖さん、使い切れないほどの遺産を残してくれて、これでこの先遊んで暮らせる!有難う有難う感謝感謝。 さぁ~、何に使おうかな~!」確かに「有難う」は2回言っていますし、感謝も2回言っている。でも、これを感謝というのかっていうと、?????の気がします。自分がその先祖なら、ちょっと空しい・・・・かもしれない。これは、感謝というより、単なる「お礼」。何かもらったら、お礼を言いましょうね、っていうレベルなのでしょうね、きっと。ならば、本当の意味での感謝って?????そんなことを、考えながらご先祖のお墓に向かい合うと、気合を入れて墓石を磨いている自分がいたりします。なにをもって感謝というのか、それは何ともかんとも言えませんし、その答えは人それぞれ、無限にあるのかもしれない。あの世に居られるご先祖様に、今生きている自分が何かをさせてもらえるわけはなく、せめて「ご先祖様のあの世での幸せを祈らせていただく」・・・。そんな気持ちで向き合っていく・・・、ご先祖様に喜んでもらえるような人間になっていこう・・・、当たり前の事かもしれませんが、それが私が見つけた答えです。
2007年02月12日
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