2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1
私が思う、こんな風に生きられればいいな、っていう理想は、人に媚びず、へつらわず、怖れず、ありのままの自分で、自分らしく・・・、優しさと思いやりをもって、人を責めず否定せず、でも、親身になって・・・、他人の幸せを共に喜び・・・、または共に泣き、そして共に笑い、共に楽しむ・・・。そんな風に毎日を送れれば・・・、そんな笑顔の中で生きられれば・・・、「面白かった」って死ねる気がします。幸せの基準は人それぞれでしょうが、ありのままの自分が、こんな風っていうのが、私の理想です。しかし、このありのままの自分っていうのが、意外と難しい・・・。ありのままで何の問題も起きないなら、その方はきっと素晴らしい人格者でしょうから、そうなるのはチョット時間が掛かるかもしれない。でも、自分を殺して、言いたいことも言わず、やりたいことも遠慮して・・・、その上に成立する回りの笑顔なら、何か少し違うって気もします。誰しも、自分が主役ですからね・・・。主役が面白くなかったら、ストーリーそのものが霞んでしまう・・・、かもしれない。本音で生きたら、確かに歪も生まれるかもしれないですが、多少の歪を怖れて良い人間関係も作れないでしょうし・・・。本音と本音のぶつかり合いを経て、分かり合えるものでしょうし・・・。なにより、自分に遠慮して生きても、面白くないでしょうし・・・。そんな色んな葛藤の中、自分の幸せに対し、逃げずに真剣に向き合った方が、色んな歪を経験し磨かれ、「人格者」って言われるようになるのでしょうね。幸せっていうは、そんな意味では、勝ち取るものではなくて、それに真剣に向き合った者だけに与えられる・・・、そういうものかもしれないと思います。肩の力を抜いて、ありのままで、そんな風に生きられる自分になりたいって思います。
2007年05月31日
コメント(4)
前回に続き、「富と宇宙と心の法則」からの抜粋です。【需要と供給、ダルマ】それがどんなことであろうと、わたしたちが世の中に提供できることには、かならずその需要があります。「わたしは人のためにどのようなことができるだろう?」「どうすれば人を助けてあげられるだろう?」と自分の胸に問いかけてみましょう。その答えはあなたの心のなかにあります。その答えが見つかった瞬間、自分ができることはすべてその需要があることを知り、意識するようになるでしょう。誰もがダルマ(人生の目的)をもって生まれてきます。ダルマの状態、すなわち人生の目的を果たしている瞬間、仕事に対する喜びと愛情が湧いてきます。喜びも怒りも哀しみも楽しみも、みんな、相手があってのこと・・・。分かち合う人がいないと、何か足りない。無人島にたった一人では、きっと寂しい・・・、かもしれない。人に喜ばれた、その笑顔の数だけ心が豊かになって、心が穏やかになり、そして本当の意味で豊かになれる・・・,ということに思います。
2007年05月29日
コメント(2)
「富と宇宙と心の法則」 ディーパック・チョプラ著 サンマーク出版久しぶりに感動する本に出会いました。その中の一部の抜粋です。「進化とは、時間を経るにつれてますますよくなること」船井幸雄氏いわく、この宇宙は生成発展方向に常に進化している。要するに、右肩上がり!ということは、その中に存在し、その一部である人間もその流れに例外ではなく、基本的には誰しも、未来はどんどん良くなるってことですね。流れに身を委ね、「できることを、できるときに、できるだけやる」という生き方ができたなら、自分の運命は信用できる!ということ・・・、でしょうね。問題は、人間だけは、「その流れに逆らうこともできる」から、厄介といえば厄介・・・。でも、それが自由の素晴らしさでもあって・・・。ただ、目の前の問題から逃げてしまうと・・・、後がしんどかったりするもので・・・。逃げて済むなら、そうしたいこと、ありますよね・・・、確かに。でも、先ず間違いなく、余計にややこしくなるもので・・・。なら、さっさと終らした方が得で、結果的には楽!結局は、そんなこんなも、みんなより高い次元の幸せへの道だった・・・!みんな、苦労をするために生まれてきたのではなくて、幸せになる為に生まれてきた、というより、約束されているのですね、きっと・・・!多少の苦労も、より豊かになるための単なるプロセスで、一つの通過点!逃げたいときほど、未来を信じる・・・、これが正解、そんな風に思います。
2007年05月23日
コメント(6)
久しぶりに、遠州、静岡県ですが、の一宮参りに行ってきました。豊川IC降りてすぐ、砥鹿神社で、なんとなくおみくじをひきたくなって・・・。大国主命を御祭りする神社で、何か懐かしかったですね。で、内容は、「末吉」力みすぎる傾向があるから、ここは自ら一歩下がって、何事も慎重に処することが大切。せっかくの実力を生かす時期と方法を一考する時です。というものでした。当ってるかどうかはさておくとして、いつも不思議なんですが、一体、どなたが書いているのでしょう?そういえば、有名な話で、明智光秀公が本能寺の奇襲前に、京都の愛宕神社に参り、そこでおみくじを引いた。結果は「凶」。その後二回引くもまたまた「凶」。結局、三回とも「凶」。これは、もう偶然とは言えない!というか、何らかの明確な意思を感じます。こんな例が、適切かどうか?なんとも申し訳ないですが、しかし、奇跡的な確率であるだけは確かですね。ありえないことが起これば、それは必然でしょう。つまりは、神様からのメッセージ?!おみくじも、神の世界では、引く人が決まっていて、その人宛のメッセージなのかもしれないですね。きっと、みんな、いつも見守られて、導かれて生きてる・・・、のかもしれないって思います。
2007年05月18日
コメント(4)
「運命を良くしたければ、ついてる人と付き合え」とはよく聞きます。売れない営業マンは、売れない営業マンとつるみ、売れる営業マンは売れる営業マン同士、つるんでいる。類は友を呼ぶ、ともいいます。誰しも、同じ「考え方」どうしでいるほうが、楽で心地もいい・・・。自分の言う事に肯いてくれる人が多いコミュニティーの中にいるのが、誰しも心地がいいわけです。でも、売れない営業マンが、販売成績を上げようとすれば、そうとばかりいってられない・・・。考え方が違うわけですから、始めは多少違和感があるでしょうが、売れる営業マンのコミュニティーに入って考え方を盗むのが手っ取り早い。この世の基本は、原因があって結果があるだけですから、売れないには売れない理由があって、売れるには売れる理由がある・・・。ついてる人は、ツキを呼び込める人で、天をも味方にしてしまう人が,運の善い人というのでしょう。色んな方々とお付き合いさせてもらって思うことは、運がいい人って言うのは伊達じゃない!笑顔が良くって、度量が大きく、思いやりがあって優しくて、人間に筋が通っていて、正直で、悪口も陰口も泣き言も言わず、人を責めず、人を認め、人を許し、たまには羽目を外し、一緒にいると楽しくて、でも、ちょっと怖いところもあって・・・、こんな項目に当てはまるところが多い人が、やっぱり運がいい!そして、学ばせてもらう事が、山ほどある!自分もそんな一人になりたいものです。
2007年05月02日
コメント(4)
全5件 (5件中 1-5件目)
1


