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☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ 2016年 平成28年 4・24(日) 総見院特別拝観 織田信長に会う 吹毛(すいもう)常に磨く 姫野です。 土曜日京都は日中晴れでとても暖かく 夕方から雨が降り始めました。 今は日曜日の夜明け前ですが止んでいます。 ど~も、いかがお過ごしでしょうか。 土曜日は紫野の大徳寺総見院が特別拝観できる というのでお参りに行ってきました。 総見院とは織田信長公の戒名から名付けられたものです。 秀吉がここで大規模な葬儀を営み後継者としての 地位を誇示したところです。 この総見院に、信長公の等身大の座像があります。 1583年(天正11年)当時一級の仏師である 康清の作で、康清は信長にも直接会ったことがあり 秀吉もその出来栄えに満足した。と伝えられているので 僕は前から見たくてたまりませんでした。 京都に住み、普段拝観受付していない総見院が 特別拝観していると知って、 「これは行かなくっちゃ」ということで 楽しみに出かけました。 門前の臨時の受付で 拝観料500円を支払って中に入ります。 牡丹・さつきの花がとてもきれいに咲いています。 また、お茶室が3つも建てられていて とても素敵な塔頭(たっちゅう)です。 本堂の信長公の座像、 「うんこれは、 僕の信長のイメージとぴったりです」 彩色もきれいに残っていて、 保存状態はとてもよいです。 ところで、信長の身長はいくらでしょう。 正解160センチで筋肉質です。 今の本堂は明治の廃仏棄釈で なくなりその後建てられて、 禅僧の修行用に使用されていた小さめの建物です。 そのため簡素で実用本位のとても素敵な 僕好みの建物です。いやほんとに気に入りました。 僕は織田信長も明智光秀も好きです。 信長公の像をごくまじかで座って眺めながら しばし思いを馳せ、感慨にふけりました。 その後床の間の前の横柱に、大徳寺開山の大燈国師 (宗峰妙超)の遺偈(ゆいげ)がかかっていました。 仏祖を裁断し 吹毛常に磨く。 機輪転ずる処 虚空、牙を咬む。 さて 幸せのために、今日はこの遺偈を味わって みましょう。 無粋ですが、この意味を私なりに お伝えすると お釈迦さまや、祖師を切って捨て 柔らかな毛でさえスパッと切れる剣のような英知をさらに磨く いろんなありがたい教えを学んでも 虚空に牙をむくようなもので役には立たない これは少し禅の知識がないと普通の方には 解釈しにくいと思います。 「仏祖を裁断し」というのは 臨済禅師が修行中は 「仏に会ったら仏を殺し、祖師に会ったら祖師を殺せ」 と教えたのに由来しています。 自分を迷わすものをすべて切って捨てなさい それは、ありがたいお釈迦さまの教えであっても 祖師の教えであってすら同様だ! と一般常識には反する鋭い言葉です。 「吹毛常に磨く」とは 吹毛(すいもう)とは「吹毛剣」という意味で 柔らかでとても普通の剣では切れないような 毛ですらスパッと切れるような鋭い剣のことです。 そんな剣のような、深い英知をもて! と禅では教えます。 自分の境涯に安易に満足することなく 英知をさらに磨け そういう、これまた鋭く厳しい言葉です。 大燈国師は死に臨んで 何を伝えたかったのでしょう たとえすぐれた教えであっても 無批判に受け入れるのではなく もっとも大切な根本は 自分の英知を磨くことだ そう伝えたかったのだと僕は想います。 そう 私たちはつい他人が偉い、偉くない 正しい、間違っている その言動がどうだ、こうだ と他人のことばかり気にしています。 肝心なのは「自分がどうか」 自分が立派な人間と言えるか ということです。 暮らしの中で 誰もがつい偉そうに人を批判します。 恥ずかしながら僕もです。 でも、そんなに偉そうに人を批判している おまえ自身はどうなのか。 今のお前は立派な人間と言えるか。 人のことをあれこれ言うより、思うより 自分の英知を磨け! 人間関係などでも つい人を批判したくなったとき 想い出すとよい言葉です。 吹毛常に磨く あなたはいかがでしょうか。 ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい できると信じればできる。
2016.04.23
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ 2016年 平成28年 4・17(日) 地震で愛を考える 姫野です。 今日京都は朝雨でしたが今は小雨になっています。 ど~も、いかがお過ごしでしょうか。 今日は珍しく日曜日の午前中に書いています。 僕の仕事は4月は忙しい月になり予定が 立ちにくい月になります。 熊本・大分で局地的に大きな地震があり、 別府の弟に電話したら 夜中に初めて経験するすごい揺れで 本棚の本も落ちて散乱し居場所がなくなり 朝までかたずけに追われたとのことです。 何名かの方がお亡くなりになっています。 どんな形で人生の終わりが来るのか わからないものだとよく想います。 あとしのぶ 人にさへまた 別るべき その日をかねて 散る涙かな 西行 (意) 亡き人を弔い集まっている人とも また別れなければいけない日が来る その想いもかねて涙が流れること だな~。 葬儀の時などに僕もよく想います。 ここに集まっている方もまたみんな 亡くなられるのだな。 まあ、ちょっぴり湿っぽい話ではありますが、 逆にいえば、生きている今 愛し合っておかないと、人生ではすぐ別れが来る。 そう言えます。 私たちは 条件が整い、あなたが自分の思うように 行動してくれたら愛してあげる。 つい知らず知らず、そんな態度で生きています。 その結果「人を深く愛する」ということを 知らないまま人生を終えることになります。 どこかむなしく人生を過ごします。 今私たちの人生・暮らしの中で 愛するということはとても難しいことに なっています。 多くの人は、内心それがよく分かっているので 簡単に「愛だ」と叫ぶ人をうさん臭く感じます。 しかしまた どんなに成功しても出世しても長生きしても そこに愛がなければむなしい人生になります。 「う~ん、愛とは何だろう」 僕が子供の時から深く感じた疑問です。 残念ながら、私たちはこの一番大切なことを 教わらずに生きています。 人生の優先順位として どうしても自分や家族の暮らしを立てていくために お金を稼ぐことが優先されます。 ただ 愛を知ることなしに、楽しい人生 深い心の平安も、世界の平和も 無理でしょう。 僕は想うのです。 それは誰の中にも実は豊かに流れている 当たり前すぎて気づけない 水や空気のように 自分の都合で 無視して汚して平気になるように 教えられて生きているともいえます。 愛を知ると 「何があってもそれを穏やかに受け入れて 人生は実は恐れる必要がないものなんだ 自分の力で生きているのではないんだ」 というとても大切なことがわかってくる。 僕はそう想います。 その愛はどこに流れているのでしょう。 あなたはいかがでしょうか。 ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい できると信じればできる。
2016.04.17
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ 2016年 平成28年 4・10(日) 時代の波に翻弄された新選組 姫野です。 今日京都は暖かなうす曇りの一日でした。 ど~も、いかがお過ごしでしょうか。 京都の桜も種類にもよりますが 多く散り始めました。 今日はいつもの僕の散歩コース 銀閣寺から哲学の道の桜を楽しんで 南禅寺をへて知恩院にお参りしました。 桜は水曜日が一番の満開で見事でした。 賀茂川堤の桜も何とも言えぬ美しさです。 土手にシートを広げてお弁当をいただいている 家族や学生の団体なども多くいました。 誰も賀茂 見せたき水の 花影に 夢にすぎにし 恋の香もみて 修一郎 (意) その美しさに、人問わず見せてあげたい と思うような賀茂川土手の桜。 恋人同士で散策している姿も多く みかけます。女性に縁のない僕も 「あ~、思えば僕も恋人とこんな景色の中を 散歩したかったな~」などと叶わなかった 想いがふと浮かびます。 水曜日は、壬生(みぶ)の新撰組が結成された家 「八木家住宅」を訪ねました。 入場料1000円で、お茶菓子とお薄、説明 がつきます。 この八木家で芹沢鴨ら4名が土方や沖田などにより 暗殺されました。その部屋もみることが できます。 子供の頃は、新撰組というのが 「いい者か、悪者か」よくわかりませんでした。 でも、大人になって色々知ると よくもわるくもなく 幕末の時代の波に翻弄された人の姿のひとつ と感じます。 清河八郎・芹沢鴨・近藤勇・土方らの 人生を偲ぶことができます。 新選組を少し知っている方にはお薦めの 見学スポットといえます。 さて 新撰組だけでなく、私たちは誰もが時代の波に 翻弄されつつ生きていると言えます。 今時代の変化の波は激しく 先が読みずらい時代に生きていると 言えます。 10年前・20年前・30年前・50年前を 想うとビジネスの世界でも日常の暮らしの中でも 嘘のような変化が現実に起きています。 仕事がら大学生に多く接します。 「何を学び、どんな仕事に就けば 自分の将来は安心できるのだろう」 その選択・判断がつきにくい世の中です。 しかし、わからなくても とりあえず何か仕事してお金を稼いで 自分の暮らしを立てていかなければ なりません。 僕もどうしたらいいのかわかりません。 ただ言えることのひとつは 幸せのためには 自分の個性に従って生きる道を選択する のがよい それが今はやっているか、もてはやされているか ではなくて、自分の個性に合っていそうか を一つの大きな判断基準の柱にするのが よいと感じます。 どう生きても人生は同じです。 個人の自我や思慮・思惑を超えた大いなる働きが 誰の中にも流れています。 時代の変化の中で 不安になり、自分を見失いそうなとき 僕がいつも覚えておいておくとよい と感じることがあります。 それは 「案ずるな、心配するな、必ず救うてやる!」 そう言ってよい働きが 誰の中にも命の根源に流れているということです。 あなたの意識なしには、この世は存在しません。 私たちの真の姿は、この世がどうあろうと 深い幸せと歓びに満ちた不滅の意識なのです。 この世が、人生がどんなにつらかろうと もちろんそれ自体はリアルな現実で たえず改善していく必要はあっても それはまた幻想です。 「案ずるな、心配するな、必ず救うてやる!」 やけをおこさず、ふてくされずに 人の道をふみはずさずに生きることができます。 そう、あなたには 命の根源からの呼びかけがいつもあるのです。 ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい できると信じればできる。
2016.04.10
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ 2016年 平成28年 4・3(日) 京都の桜見物 美しく生きるとは 姫野です。 今日京都はうす曇りの一日でした。 ど~も、いかがお過ごしでしょうか。 いや~、京都は桜が満開で見事です。 京都に桜見物にいらっしゃるなら、 もう今週中です。 先日の木曜日は休みで嵐山を訪ねました。 時雨殿(しぐれでん)という、百人一首の ミュージアムが最近できたので訪ねたいと 前々から思っていて、春に誘われて行ってきました。 北野白梅町駅までは自転車で行き スーパーイズミヤの駐輪場に自転車を止めて 牧歌的な嵐電にのり、帷子ノ辻(かたびらのつじ)で 乗り換えて嵐山駅(210円)に行きました。 平日なので少ないだろうと思っていたのに 嵐山はすごい人でした。 春の嵐山はやはり景色が楽しめます。 時雨殿も「素晴らしい」というほどではなかったですが 百人一首に興味のある方には楽しめます。 僕としては 「百人一首のコード」にも触れてくれる コーナーが欲しかったと思います。 藤原定家が「百人一首にこめた暗号」 もちろんあるかないかは、学問的に正確な ものではないので、「きわもの話」になる ということはありますが、面白いです。 晩年の定家がここ嵐山の小倉山の山荘で 「何を想って百人一首を選択したのか」 は興味があります。 春の歌は少なくわずか6首です ものがなしい歌が多いのです。 なぜ秋のもの悲しい歌が多いのか。 藤原定家は 「なぜこの百首・百人を選んだのか」 あなたはどう推理しますでしょう。 僕は少なくとも 終わりゆく平安の王朝文化 天皇・貴族制度の終焉を想い その鎮魂歌として選んだと感じます。 人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は 後鳥羽院 (意) 99番目、承久の変で鎌倉幕府打倒 をはかり敗れ、配流先の隠岐で亡く なられた後鳥羽院の歌です。 あるときは人をいとおしいと思い またあるときは人を恨む。 この世はどうにもならないもの、 思うようにはならないものといえるな~。 と想い物思いにふける私であるよ。 特に定家はこの後鳥羽院への 鎮魂の意図も大きかったと感じます。 あなたの推理はいかがでしょう。 僕は今日は今日とて 哲学の道の桜見物に出かけました。 いや~~、きれいです。 人もすごく多いのですが そのわずらわしさをしのぐ美しさです。 銀閣寺道から入り 哲学の道をゆっくり南下して散策 最後は知恩院に行き 阿弥陀堂でゆっくりお参りいたしました。 美しいということは 本当に素敵なことだと感じます。 人として美しく生きるとは どうあることだろう。 美しく生きる それは人と地球を愛して生きる。 感謝して生きることに他ならない。 僕はそう感じます。 愛し感謝するのにお金はいりません。 無学でも貧乏人でもできます。 でもそれが日々の暮らしのなかでは 意外にとても難しいのです。 どうすればそれか可能でしょう。 あなたはいかがでしょうか。 ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい できると信じればできる。
2016.04.03
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