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☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆2017年 平成29年 11・30(木) 今に生きる ブッダの教えのよいところ 姫野です。 今日京都は晴れの一日でした。 いや~、いかがお過ごしでしょうか。 通勤途中の地下鉄北山駅に向かう道の 両側に畑がまだ残っていて、今は何処も 大根が植わっていてそろそろ収穫時期です。 大根の花が咲いているのもあります。 なかなか、かわいい花だと感じます。 だいこんの 花がもてなす 賀茂の道 修一郎 今年僕は少し本格的に仏教の勉強をしていて 勉強と仕事をしていると、本当に「あっと」 いう間もなく毎日が過ぎて行きます。 仏教と言っても範囲が広く どの分野を学ぶかでだいぶ内容も異なります。 僕個人は 今の人に合ったブッダの教えが必要だろう。 その点で、今の既存の仏教教団の教えには 限界があると感じています。 つまり、平安末・鎌倉時代のような 社会が混乱し 無学で字も読めない人ばかりの時代では ないのに、根本経典の内容が今も同じでは 納得がいきにくい部分が多くなりすぎている。 そう感じるのです。 しかし、ブッダの教えの根本そのものは 決して古くなく、今にそのまま生きている教え 今の世界の人々が幸せに生きるために 大変役立つ教えだと思います。 変化の激しい時代は、言い換えれば 従来の価値観が揺らぐ時代です。 自分はどう生きたらいいのか? こんな人生、社会をなぜ生きるのか? 多くの人が、それに迷う時代なのです。 せっかく生きているのに 生きて深く幸せを感じにくい時代です。 そんな時代、社会に しっかりと幸せに生きるためには 今一度静かに先人の知恵を学ぶ ということもとても大切だと まあ僕は感じているわけです。 ブッダの教えのよい点は とても合理的で、哲学的です。 本来のブッダの教えは ただやみくもに、超能力を持った教祖を 盲目的に信じなさい。 教祖や仏像をあがめ、従いなさい。 という教えでは全くありません。 むしろそんなことは否定します。 ブッダはその人の外的な状況がどうであれ 人が深いこころの平安のなかで暮らすには どうしたらよいのかを考え説かれた 宗教の教祖としては としてはとても変わった方 ごく普通の人間として生きた方です。 人の過去は問わない 他人がどうこうではない 今、現在、 あなたが幸せなのか? それを問うわけです。 本当にその通りだ それが問題なのだと 僕は思い感じます。 過去に失敗し後悔している。 過去のあの人に恨みがある 一生ゆるせない。 あの人の行動はどうだこうだ 「他人がどうだこうだ」と私たちは いつもすぐ他人を話題にし、気にします。 過去や未来ではありません 他人のことではありません 今、現在、ここで、あなたは幸せなのか ブッダはそれを問い そのためにはどうすればよいのか それを説かれたのです。 もしブッダにそう問われると 僕などは 「う~ん、まあ幸せなような、 幸せではないともいえるような~ 何ともいちがいには言えませぬ」 と明確な返答に困ることになります。トホホ… でも、まあ、本当はあまり言いたくないのですが 正直に言うと、僕は今 幸せです。ありがたいと日々感じて 暮らしています。 さて あなたはいかがでしょうか。 ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい 案ずるな、必ず救うてやる! いつも響く仏の声です。
2017.11.30
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆2017年 平成29年 11・23(木) 仏教の人間観 あなたはどんな人間か 姫野です。 今日京都は曇り時々晴れの一日でした。 京都も寒くなり手袋・マフラーなど 街は冬姿になってきました。 いや~、いかがお過ごしでしょうか。 まったくもってあっという間に日が経って しまいます。 今年の個人的な目標として2つ立てているのですが 「う~む、終われそうにない~~~」トホホ… 「まあしかし、そんなもんか」 などと早くも弱気な僕です。 さて 前回、幸せに生きたいのはあなたです。 その自分が今どんな人間としてあるのか。 今どんな生き方・考え方をして生きているのか。 それをしっかり知らなくて どうして幸せになれるでしょう。 幸せのために大切なのは、他人ではなく 「今のあなたがどんな人間か」なのです。 仏教ではそれをどう捉えているのか という話しをしてました。 仏教の人間観と言っても 切り口によって多彩に論じることができます。 でもごく単純に言えば 根本的には無明の闇に沈み苦しんでいる存在 そうみるのです。 身体という肉体面は 生老病死を免れず 自分の意思や望み、予定とは関係なく 食欲・性欲・睡眠欲・排泄欲求をあなたに 訴えてきます。 内面的な精神的要素として 感受作用・識別作用が自動的に働き 好きだ・嫌いだ・馬鹿にしている・傷ついた 楽しい・嬉しい・腹が立つ・悲しい…などなど、 あなたのこれまでの因縁により 感情や意識が反射的・自動的に反応します。 もちろん人生には楽しいということも たくさんありますが 根本的には老いや死を免れず 人は人生が自分の思う通りにはならないと 苦しむ愚かな存在 それがあなただとみるわけです。 法然・親鸞聖人は とても立派な方なのに 本当に自分の内面を正直にしっかりと見つめて 見苦しい自分の心の姿・ありようを観て 「自分こそ凡夫・悪人だ」 布教の方便ではなく 本当にそう感じられたと思います。 私たちは現代社会に生きて暮らしを 立てていかなければいけません。 処理しきれないほど情報が溢れ 欲望の充足を促し、煽られる世界です。 その中で世俗的な成功こそ幸せに生きる道 自分や家族の欲望を満足させてあげられる人こそ 成功した立派な人、ともてはやされます。 なぜ生きるのか、人間の価値とは本当に そんなことで決まるのだろうか。 そんなことを言っていることは許されません。 またそれを教わり考える余裕もなく あわただしく目の前の欲望と必要を処理していか ないと人に後れを取ります。 あなたが人生の負け組として みじめな人生になる恐怖を煽られるのです。 まさに無明の闇のなかで あわただしく生きている存在 そう言えると思います でもどうすれば… そこで、ブッダは 「智慧がいる」そう説かれたわけです。 仮にあなたが今人生の負け組であっても 人生の苦しみから抜け出し 深いこころの平穏の中に生きることができる。 そのためには 「智慧」がいるのです。 まあ仏教ではそう説くのですが あなたはいかがでしょうか。 あなたの人生をもっと楽しく過ごしなさい 過去をもたない聖人はなく 未来をもたない罪人はいない 沈黙の中で バラはその芳香を言葉とする ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい 案ずるな、必ず救うてやる! いつも響く仏の声です。
2017.11.24
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆2017年 平成29年 11・15(水) 平安神宮のお庭を拝見する。 私はどういう存在で どうあるべきなのか 姫野です。 今日京都は気持ちのよい秋晴れの一日でした。 いや~、いかがお過ごしでしょうか。 あれやこれやとしていたら すぐに時が過ぎて行きます。 今日は朝から勉強で自転車で京都駅近くに 行きました。 北山からだと自転車で約1時間です。 昼過ぎに終わって、 自転車で京の街の紅葉見物としゃれこみました。 御池通の紅葉がなかなかきれいなのです。 大宮から加茂川までぶらぶらと御池通を 行きました。 そして、平安神宮の庭が名園とうたわれているのですが もう相当昔に1度行って「それほどでもない」と 感じてほとんど記憶にも残ってませんでした。 京都通を自認する僕としては 「もう一度行って確認しておかなければ」 とかねて思っていたので、今日は行ってみることに しました。 御池通の鴨川の橋を渡って、 仁王門通りから平安神宮へ向かいました。 平安神宮の朱の鳥居はいつ見ても好きです。 日本一の大きさとのことです。 セブンイレブンでコーヒーとシュークリームを 買って鳥居を眺めながらいただきます。 (おいしい~~~)「う~ん満足」 平安神宮は桓武天皇と孝明天皇を おまつりしていますが、僕はどちらの天皇も それほどお参りする気がしないので(ごめんなさい) あまりお参り自体はしません。 庭園の入園料は600円です。 「う~ん、悪くはないが… 600円払って拝見するほどでもない」 というのが僕の正直な感想です。 帰りは京都大学と京大病院の東大路通の イチョウ並木が黄色に色づいてとてもきれいなのを 楽しんで出町柳へ出て。 下賀茂神社前から賀茂川土手に下りて 賀茂川べりの秋の風情を「美しいな~」 とぶらぶらと楽しみながら戻りました。 秋の京都を楽しむなら今の時期がお薦めです。 さて 幸せのためにぜひ考えておくとよいのが 自分は人間をどう見ているのか あなたは「自分をどうゆう人間だと思っているのか」 そして、「どうあるべきだと思っているのか」 それを確認することです。 ほとんどの人がこれをしっかりしていません。 他人については 偉そうにあれこれ評価し、批判することも多いです。 でも 自分は今どんな人間としてあるのか は本人には見えてないのです。 あまり立派とは言えない人も多いです。 でもそれを他人から批判されると、 腹が立ったり、悲しくなったりします。 幸せに生きたいのはあなたです。 その自分が今どんな人間としてあるのか。 今どんな生き方・考え方をして生きているのか。 それをしっかり知らなくて どうして幸せになれるでしょう。 ただ批判されたり、何か自分に不利益があれば 腹を立て、悲しむだけの人間としてあるのでは この先の人生で深いこころの平安は望めません。 仏教ではそれをどう捉えているのか それはまた次回にお話ししましょう。 幸せのために大切なのは、他人ではなく 「今のあなたがどんな人間か」なのです。 つづく… ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい 案ずるな、必ず救うてやる! いつも響く仏の声です。
2017.11.16
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆2017年 平成29年 11・5(日) 龍安寺から広沢の池・嵐山を散策 慈悲のこころを考える 姫野です。 今日京都は気持ちのよい秋晴れの一日でした。 いや~、3連休でしたが いかが過ごされましたでしょうか。 僕の好きな散策コースが 龍安寺の石庭を見て、広沢の池、嵐山を めぐるコースです。 今日は好天にも誘われて 自転車で出かけました。 家を出て、上賀茂神社前を通り、御園橋を渡ります。 そこから、金閣寺前をとおり、立命館大学前の きぬかけの道をぶらぶらと、まず龍安寺に寄ります。 龍安寺の石庭は何度見てもよいです。(拝観料500円) しばらく眺めて、自転車で仁和寺前を通り 道なりにゆくと、広沢の池です。 広沢の池は、観光の方は、わざわさ見に行くほど ではありません。 でも、僕は散策には好きです。 同じ観月の名所として 奈良の猿沢の池がありますが 猿沢の池は、小さく風情にかける恨みがあります。 ここ広沢の池は そこそこに大きく、周りに余計な建物はなくて 農地と山がのどかで、人もいなくて、 そのままの自然が残っているので僕は好きなのです。 訪ね見る 月の名所の 里に咲く 光はここぞ 広沢の池 修一郎 しばらく、秋の風情を楽しんでから 自転車なら、もうすぐの嵐山に向かいます。 大覚寺前、清凉寺前を通って 人でごったがえす嵐山に行き 遅い昼食で湯豆腐と湯葉の嵯峨野御前(1980円)を いただきました。 「う~ん、おいしい~~~」 秋の京都もよいものです。 ご都合がゆるせば、ぜひあなたもおいで下さい。 さて 今日は幸せのために、大乗仏教に言う 慈悲のこころというものを考えてみましょう。 原始大乗経典に 「四無量心の実践」ということが出てきます。 4つの広大無限の大きさをもったこころ、 慈悲喜捨(じひきしゃ) 慈 マイトリー 与楽 悲 カルナー 抜苦 喜 アヌモータナ 随喜 他人のことを喜ぶ 捨 アパークシャ とらわれない では、人が持つ「慈悲のこころ」の種は何なのか、 それがなければ人に慈悲は生まれないではないか とインドでは問題となりました。 大乗荘厳教(無著・世親)の中に出てくる木に例えた、 たとえ話を紹介させてください。1 慈悲の種は「愛」 愛は仏教では愛欲で煩悩ではないのか。 そうではあるがその愛が種となる。 他者との関係の中で自己中心的な愛欲が種となって 慈悲のこころに転換してゆくのだ。2 その愛が慈悲のこころに育つ幹となるのは「忍辱」 忍辱(にんにく・耐える、受け入れる、ゆるす)ことによって、 慈悲の幹がどんどん太くなってゆく。3 葉は誓願4 枝は思惟5 果実は衆生の成熟・利益 慈悲は煩悩である自己の愛を種として 他人の愛を水として肥料として 忍辱を幹として育つ う~ん、あなたはいかがでしょうか。 ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい 案ずるな、必ず救うてやる! いつも響く仏の声です。
2017.11.06
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。 世界中のすべての方が幸せにありますように!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆2017年 平成29年 11・1(水) 壮大なスケールで考える 姫野です。 今日京都は気持ちのよい秋晴れの一日でした。 しかし、寒くなり秋冬物を引っ張り出さなくては などと着るものの準備が気になる季節です。 いや~、ど~もいかがお過ごしでしょうか。 まあ今日もいいような、わるいような、 わるいような、いいような(どっちだ!) 人生をささやかに生きている僕ですが、 あなたはいかがでしょうか 今日は仏教の立場から理論的に 自殺はなぜ悪いのか はたして本当に悪いのか 命とは何なのか そんなことを考えて過ごしました。 何でも改めてよく考えてみると 「う~ん、よくわからない」ということは 多いものだと自分の頭の悪さに感心します。 さて 幸せのために、今日は「壮大なスケールで考える」 のもとてもよい。ということについてお話させて 下さい。 仏教を学んでいて、よく感心するのが インド人の考察の際の 時間的・空間的なスケールの大きさです。 よくお芝居の仇討の場面で使われる有名な言葉で 「おう、ここで逢うたは盲亀の浮木(もうきのふぼく) 今宵花咲く優曇華(うどんげ)の待つこと久し、 此処で逢うたが百年目!いざ尋常に勝負勝負」 盲亀の浮木とは 100年に一度海面に顔を出す、しかも盲目の亀が たまたま、海に浮かんでいる流木の穴に顔を 入れたようなもの 優曇華の花とは 3000年に一度咲く、想像上の花です。 ともに仏教で あなたがたまたま人間に生まれ しかも仏の教えを聴くことができるのが いかにありがたいことか ほとんどありえないほどの貴重な機会なのだ というたとえ話から来ています。 また別の 「禅天の糸」というたとえもあります。 禅天(ぜんてん)とは天上界の一番上です。 天上界の一番上から糸が垂れて その糸が、あなたの針の穴に糸を通す。 それくらいにありえないことだ。 まあよくそんな壮大なたとえ話を考え付く ものだと感じます。 この世では無数の命が生まれています。 一匹の魚だけでも無数の卵を産み 魚の世界だけを考えても無限大数と言ってよい 数の命が誕生するわけです。 その中で、あなたは魚ではなく 「人間として命をもって生まれることができ しかも、ありがたい教えに出逢うことができた。 ということは、とても貴重なことだ」 そう考えることも確かにできます。 僕個人も「吹けば飛ぶような命です」 無視してよいくらいのささやかな人生です。 まあしかし 「それも実はとてもあり得ないくらいの 奇跡的なことなのだ」 と考えると 「ありがたいことだな~」 そう思えてくるから不思議です。 人生で昨日まで知らなかった方に出逢い しかも、仏教ではなくても、 よい教えを聴くことができる そんな機会は大切にしたいものだ。 ありがたいことだと思うのです。 年たけて また越ゆべしと 思ひきや 命なりけり さやの中山 西行 ではでは 愛を込めて! 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro) 今日も笑顔でニコッとね。 何であれ、そこに愛が流れてこそ はじめてこころから楽しくなります。 幸せはごく自然な あなたの命の本来の属性です。 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。 (聖心寺・聖心神社) http://seisinji.net/index.html 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を お読みいただけると嬉しい。 本の少し詳しい内容とお求めは http://himeno3.blog89.fc2.com/ 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」 http://siawase1.at.webry.info/ このメルマガ購読はこちらから⇒ http://melma.com/backnumber_153517/ ご意見・ご感想などはこちら 姫野メルアド ANA38655@nifty.com 生涯かかっても実現できないような 大きな夢を持ちなさい 案ずるな、必ず救うてやる! いつも響く仏の声です。
2017.11.01
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