2004年07月24日
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主体なき「農業経営論」の不毛さ

 売れないセールスマンの弁解は決っている。彼はいつも「売れない」理由を数え上げる。いや、「売る」ことをしないための理由探しなのかもしれない。

 「値段が高い」「競争が激しい」「お客が少ない」「お客が理解してくれない」「時期が悪い」「商品が悪い」等々、売れない理由は幾らでもあげられるものなのだ。

 しかし、同じ条件の中で売る人がいる。その彼は売れない理由を数え上げるのではなく、その条件の中でどうしたら売れるかを考えるからだ。売れないセールスマンが売れないのは、売ろうとしていないだけなのだ。やればできるのだ。

 このことを、本号の「女の目で見る農業経営」に紹介された三嶋八重子さんの話を聞いて思い当った。

 三嶋さんは120頭の肉牛肥育経営。労働力は三嶋さん一人だけ。しかも三嶋さんの1日の労働時間は6時間である。昨年度の粗収益は950万円。これは肉牛と発酵おが屑堆肥の販売収入も含めた金額だ。所得では630万円だという。

 所得630万円という金額だけで見るならもっと大きな数字を上げる経営はたくさんあるだろう。しかし、ご主人は公務員、初めは義父と二人、規模を拡大した後には二人の病身の老人を抱えながら女手一つでの収益なのである(こんな表現自体を三嶋さんは陳腐と思われるかもしれないが)。小さな規模ではあるが極めて効率の良い畜産経営だとはいえないか。

 餌は粗飼料を含めて全て購入飼料である。しかも牛への給餌は3日に一度しかやらない。見回りは毎日している。それでも牛は穏やかで、臭いもしない。しかも家畜の共済はほとんど掛け捨て状態だという事故率の低さなのだ。糞尿はおが屑の敷料に踏ませて堆肥化し、全量外部へ販売している。5日に一度堆肥舎に運び、切り返し、袋詰めは手作業で近隣の主婦パートを頼んでやっている。機械化した方がコストは安いのかもしれないが地域のつながりを考えてあえて人手を頼んでいる。

 三嶋さんのやり方は、飼養管理技術の「常識」や「標準」といわれるものからすれば、「非常識」なのかもしれない。でも、常識的なやり方をしていたら牛飼いは続けられなかった。病身の老人二人を世話しながらも、牛飼いを続けていきたいと考えた三嶋さんのギリギリの働き方工夫だったのである。



 行政官や農業を評論する立場の人たちは「絵に画いた餅」にすぎない経営類型や技術体系をいじくりまわしながら、経営の成立条件を云々する。

 しかし、問題は「人」なのであり「経営者」の意思なのである。条件ではないのだ。条件などというものは腕組をしているだけでは、いつまで立っても整わないと考えるべきなのだ。むしろ、へたに条件が整っているために、自分の置かれた位置にある可能性が見えてこないことすらあるのだ。

 当の農業経営者たちのなかにも「規模拡大をしようとしても地域の中で水田を集められない」とぼやく人、「自分の経営を発展させようとすると地域の和が崩れる」「農業は共同体として成立してきたものだから一人だけの発展は無理だ」等々と、自らの条件の悪さを経営発展の制約条件としてことさらに語る人がいる。

 確かにその通りなのだろう。しかし、それは、売れないセールスマンの弁解と似ているのではないであろうか。こうした悪条件だからできないのではなく、どうしたらその条件を克服できるのかを本当に考えているのだろうか。自分の仕事を実現していくために地域や関係者への説得が足りないだけなのではないか。いってみれば本当の営業活動をしていないのかもしれない。自分が歩もうとしてる線路を行政や農協が敷いてくれるのを待っているとでもいうのだろうか。実は今のままでいることに満足しているからではないのか。

 そうしたボヤキを吐く人は、先進的な経営者の話を聞く時、彼の事業者としてのセンスや覚悟こそを盗み見るべきなのである。ボヤキを吐いている今の自分よりもっと悪条件の中でその人の仕事が始っていることも少なくないはずだ。決して大規模水田だけでなくとも、遠隔地の田や畑であっても、やる人はやるのだ。成功は与えられるものでなく、自ら演出するものだからだ。

 もちろん、経営の形は経営者の数だけ様々にあっておかしくはない。また、失敗を繰り返すこともあるだろう。しかし、自らこうあろうとする意思とチャレンジのないところには、願うべき未来はないことだけは確かだ。繰り返しになるが、やればできるのだ。そして、三嶋さんの場合にも支援してくれる人がいたようだ。チャレンジする人にはかならず協力者や支援者というものが出てきてくれるものなのだ
人が自分の仕事や人生についての「泣き言」や「ぼやき」を語るようになったら、それは自分自身の心の持ち方を見つめ直すべき注意信号である。今の仕事が重荷であるのなら、自分の力を冷静に見つめ、見栄を張らずに担える荷物の重さを調整することも必要なことだ。

 きっと誰にもそんなことはあるはずだ。正直に言えば、僕もなんでこんな仕事を続けているのだろうと思うことがある。そんな時、僕は

「嫌なら辞めろ!」


 と自分に向かって言ってみることにしている。励ましの言葉として。

 痩せ我慢が必要な時もある。辞めるに辞められない事情や頼み込まれて後にひけぬということも。共感や同情に振り回されることもある。しかし、「嫌だ」と思いながら続けるのは間違いだ。嫌なら辞めるべきなのである。そうでなければ、続けていく理由を自分自身に向かって問い直してみる必要があるのだ。



 そんな彼には、自分の心の居場所をもう一段上のステージに置こうとしない限り望むべき場所や仕事は与えられないのだ。そして、嫌だと思っている今の仕事に彼が本当に求めている物があるのかもしれないのだ。

 肩書きや機能としての経営者ばかりでなく、誇りある職業人なら誰でも、当然のごとく家族、社員、顧客などに対する責任を持っている。そんなことは当たり前なのだ。そして口には出さずとも、社会や歴史そして未来に対して何らかの役割を果たしたいという思いがあるはずだ。

 僕はこの雑誌の中で「経営者」とりわけ「農業経営者」という言葉に特別の思いを込めて使ってきた。敢えて言えばこの雑誌は、GHQの手で行われた農地解放によって農業の経営者としての地位から追放され、農林官僚と農協官僚たちにその地位を取って代わられてきた、かつての在村地主や自作農たちを現代の「農業経営者」として復権させ、その誇りと能力とを現代に取り戻すことを目的の一つとしていると言っても良い。

 農業経営者とは、ただ農作業に労役の対価を求めるだけの農民ではない。未来に向かって投資をし、未来のために利益を得る経営を創造しようとする者である。しかし、単に経営規模や売り上げの大小が問題なのではない。それは手段に過ぎないというべきだ。無論、利益の上がらぬ経営は続かないだろう。また、機能としての経営者は利益を追求する存在である。自由な競争と健全な競争者の拮抗関係の中で生まれてくる社会の発展が資本主義の原理だからだ。しかし、それだけなのだろうか。むしろ利益とは目的ではなく結果なのであり、未来への手段なのだと考えるのは間違いだろうか。そして、自らの人生を含め未来に投資をする者が経営者であると僕は考えたい。

 人は人生という舞台の上で、自ら台本を書き演出するドラマの中で自らが与えた役柄を演じつつ、それを見続けているのではないだろうか。自意識過剰と言われようとも、それが人なのではないか。



 農業関係者が集まる場所での「ご挨拶」の定番は「農業危機」と決まっている。また、不平を言いながら我慢をし、外からのあるいは支配者からの指示を待ち続け、自ら変革の担い手として生きようとはしない農民たち。僕はそんな人々の間に身を置くのはもう御免だ。

 我々は誰かに頼まれて生きているわけでもなく、何がきっかけであったにせよ自らこの仕事を選んだのである。農業に泣き言をいう人々よ、誰も貴方に農業を続けてくれとは頼んではいないのだ。

「嫌なら辞めろ!」。そして、今こそ農業経営者の時代なのだ。






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最終更新日  2004年08月03日 23時40分07秒
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