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自民党の麻生副総理兼財務相が21日、「 自分は過剰な延命治療を遺書で拒否している。さっさと死ねるようにしてもらわないと…… 」とコメントした。
産経ニュースなど大手マスコミでは前段を抜き、老人一般の延命治療を否定する記事として掲載。ネット上で強い批判を浴びている。
(マスコミのいい加減な報道はさておき、)
コメント中にあった 遺書 と言う言葉に反応した、
一般的に遺書と言うのは書かない、
と言うか、書こうとしない、縁起でもないというのが大方のとらえ方かと、
*以前、 相続遺言セミナー で聞いた話では、
日本人で遺言を書く人は1%未満とのこと、しかし遺書を書く人は、
よく生きる人 のように思える、死を見据えて、ドンと 構える 、
やがて来るであろう、現実を逃避せず、
それに向けて、淡々と対応する、
但し、その死の見方 、 とら え方 は 、
決して、死に支配されているわけではない、死と言う現実を踏まえているだけである、
では、死を見据え、
ドンと構えて生きていくにはドーしたらいいのか、
日々のわずらい、悩み、痛みが続く中、
こんな状況で、生きるもへったくれもないではないか、思い浮かぶのは死ばかりだよ、
と言う愚痴が聞こえてきソーだ が 、
一昨日、自分には左足のひきつり がやってきた、その時、なげやりで、やや絶望的になったが、
最後の砦は、あきらめ、そして感謝であった、
あきらめとは、
神が取られるなら、もう仕方ない、
感謝とは、
今生きているということ、これまで生きてきたこと、
かようにして、
その時、ようやく、
自分も、生に向き合うことができ、
その感謝の気持ちの中では、
遺書を書くこと自体に違和感がなくなる、
(実際、な く なった、)
逆に、感謝の気持ちがなければ、
遺書・遺言など考える気にもならないだろう、いわんや、終活やエンディングノートである、
よく生きる人とは感謝で満ちた人であり、
感謝の日々に、死は入る隙間がないと思う、
ズット前に書いた これ を、今思い出した、

The Art of Being 2024年07月10日 コメント(1)
いのちはいただきもの天命で生れ天命で還る 2023年09月26日