シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年03月06日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 人間が、眠っているときに、肉体とエーテル体を、残して、アストラル体と自我が、かって古代人がそうであったように、精神界に戻っていくことは、何度も書いてきた。古代人は、現代人と比べて、肉体とエーテル体への結合が、緩かったので、曖昧な霊視力を有したが、だんだんと、人間は、物質世界に馴れ親しんでいくうちに、現代のように、肉体とエーテル体の結合が密になり、精神的には粗く、物質のように、身体構成が粗雑になっていったという。

 人間が物質中心の思考になるにつれ、微妙で詳細な精神界の感覚は失われ、物質界を固定して捉えるにつれ、代わりに、精神界を全くみれなくなっていったという。このことを、できるだけ表現しようとすると、以前は、色彩のイメージで、ぼんやりと周囲を捉えていたのが、色彩に枠ができてきて、はっきりと形として捉え、その形のなかに色彩をおいていくような知覚が、現れてきたという。

 だから、秘儀参入を行うと、これと逆の現象が現れてくるという。物質性のものから、それを形作っている色彩のイメージへと、意識が広がるような感覚で、深く記憶を辿っていくという。普通の人間では、感覚器のある肉体を離れては、もはや何も知覚することができないが、秘儀参入者の場合は、アストラル体が浄化、純化されているので、人間が生まれた出た、アストラル界、神界の魂的特性、魂的な人間的特性を意識するようになるという。

 仏教でもいわれているように、人間には元々、仏性があり、神秘学でいうところの、上記の神々の領域を感じる感覚というべきものであるだろうが、この仏性が、輪廻転生のうちに、肉体に依存した生活をするうちに、魂が穢れを蓄積してしまうものと思われる。だから、朱に交わっても朱にならないように、泥のなかでも、華を咲かせるように、アストラル体を浄化、純化することが、大切なわけである。

 では、なぜ、そのような魂の穢れを生じる、物質世界を体験し、輪廻転生を通して、それを解消していかなければなければならないかというと、真の善とは、悪のなかにいても、揺るぎが無く安定な善であり、悪を善にかえる力こそ真の善であるということだと思われるのである。

 神様から善をいただいても、その善の意味がわからなければ、猫に小判なわけで、かえって、似非宗教の似非教祖のように、形の上の善であり、その内実は、自らのエゴで、固められた単なる権威主義や、依存主義のようになってしまい、善より堕落してかえって悪になってしまい、なにより、与えられた善そのものを、そっくりそのまま同じ形の善として、神様に返さないといけないのである。

 ともかくも、秘儀参入者は、秘儀参入のうちに、かっての自らが出たところの魂の親玉のようなものをみるという。そして、このイメージに、全宇宙を満たすかのような、より高次の象徴が現れるという。

 ヨハネ的な秘儀参入の道を行く者は、以下のような第1の封印によって示されるものが現れるという。



 そして、第2の封印として、その中央にある形態は、古代の秘儀参入のおいては、単に、第5の集合魂を示すものだったが、ヨハネ的、キリスト教的な秘儀参入では、「人の子」と呼ばれるものとして、はじめて現れ、七つの星を支配する、人の子の真の形姿を人間の前に現すという。

 秘儀参入法も、人間の身体が進化し、変わっていくのと同時に、時代と共に移り変わり、太古では、いわゆるアダムが秘儀参入を通してみたときは、一種の植物的な世界体験までしか、至らなかったが、秘儀参入法が発展し、秘儀参入を通して、アストラル体が、エーテル体に触れる際に4つの集合魂が輝き、第1の封印として現れてくる。更にキリスト教的な秘儀参入法を通して、秘儀参入すると、第2の封印によって象徴的に表される、アストラル体のなかでのより高次の秘儀参入の段階が得られ、キリスト=イエスのイメージ像をもって、現れてくるという。

 ヨハネの黙示録で述べられている秘儀参入を行うと、4つの集合魂、鷲、獅子、雄牛、原始人のイメージが現れ、更に進むと、それを創出する、いわば虹のように、現出させている12の黄道宮が、表出し、そこから24人の長老が時間を支配しているのを予見し、7つの神々と7つの星を、統べる中央の司祭王であるキリスト=イエスを知見するという。

 いまあり、かってあり、やがて来る者の姿は、人の子であり、神の子であるキリスト=イエスなのであるという。それは、これまで、人類がみた最も神に近い存在だからだという。神秘学では、人類は何度も、輪廻転生をしている存在であるから、必ず、イエスの存在はイメージできるという。人類は、必ず、キリスト=イエスを、イメージでき、霊的に知覚できるという。

 以下は余談なので、軽く受け流してください。

 よく間違って言われることが多いので、最後に断っておきたいが、このようなことを書いていると、キリスト教信者だと思われがち、あるいはとんでも論の持ち主だと思われがちだが、私は全くキリスト教信者でもなく、科学に対してもそれなりに学業を修めてきた。ただ、哲学や神秘学に興味があるだけだし、自由な思想を尊重する立場にたちたいと思うだけである。いまある宗教については、ほとんどが堕落していると思っている。宗教法人といえども、社会の一員ならば、お布施等の収入に応じ、少なくとも税金位は払うべきだろう。

 なにより、貧乏でなければ、宗教はやる意味がないと思っている。金を稼いで悟ろうなど、甘い考えはないだろう。お釈迦さまだって、キリスト様だって、貧乏一文無しなのだから。カネを稼ぐような宗教ならば、やらないに超したことはないし、一々、教条や教義を、唱える資格などないだろう。それこそ、カネ目当ての行為だととられかねない。やるなら、一切無料奉仕で、できぬなら、何もしないことであろう。なにより、無我の境地に至っていない証拠だろう。せめて、自分の悟りのためだと、割り切ってやるべきであろう。

 現代では、なにより自由意志を尊重しなければならない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006年03月06日 20時27分37秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: