シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年06月18日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 新撰組は、幕末ニッポンの堕落した幕府の威信を正すために、結成された、会津藩監督下の臨時の当時の首都京都の治安維持機関であった。その多くが、浪人や農民出身であったことはドラマ等で御馴染みであろう。

 太平の世も300年も続けば、やはり精神が堕落してくることは、仕方のないことかもしれない。幕末の武士の多くは、金銭で買った武士の株で、武士となっている、成り上がり者が多かったらしい。新撰組は、大部分がそのような者の集団だったといえる。

 新撰組のなかには、武士に対するコンプレックスがあっただろうし、そのようなコンプレックスを持ったであろう者が、実際、新撰組の核となって世に広めていくのである。新撰組の短い歴史をみると、古き良き滅び行く武士の精神のようなものを思わせる。

 新撰組が、幕府に認められるには、芹沢鴨のような生まれたときから武士である、名目が必要だった。幕末になってくると、幕府も形骸化し、肩書きや金銭のある者を優遇するようになっていったといえるだろう。まさに政権の末期的症状といわざるをえない。

 恐らく、農民は、このような幕府に不満爆発だったのだろう。大塩中斎平八郎の乱はそのようなものの代表的なものだろう。大塩平八郎は、いまでいう警視総監のようなものだったという。その大塩が先頭になって反乱を起すのだから、民衆のなかには、かなりの反幕府空気があったのだろう。

 勝海舟が、米国訪問から帰って、上司に、米国はどうだったと聞かれ、別段、日本と変わりはないが、米国の方は、地位が上にいくほど、賢いが、いまの幕府は逆だと言って、叱られたことを述べている。

 この発言からわかるように、当時の国の中枢は、かなり堕落腐敗をしていたことがわかるだろう。そのような当時の堕落腐敗幕府の民衆の怒りが、新撰組をつくりあげたといえるのだろう。

 堕落腐敗の幕府を倒幕し、かわりに民(多くは農民)のための政府を開こうとするのが、長州、薩摩であり、成り上がって、中から、改革しようとするのが、新撰組のような理想溢れる若者の集団だったのだろう。



 そして、新撰組は、堕落した幕府でも、重要なポジションについていく。幕府の重鎮たちは、新撰組を利用したともいえるが、かえって、反幕派を統合させる要因となったといえる。反幕派の中心の長州、薩摩の中心は、本来の武士(上士)というより郷士(下士)が、主体になっていき、もはや武士の体を無くしていったのである。反幕の多くが鉄砲の装備であり、刀を使わない農民隊であったわけである。反幕派は、とうに武士道を捨てていたといえる。

 新撰組はあくまで、武士にこだわり、武士道を貫こうとした。幕府の中枢が、堕落し、腐敗しようとも、武士として死ぬことに拘った連中といえるだろう。

 新撰組はなかば解散とした形となり、個人々で、武士として死んで行く形となる。新撰組は、最後の武士だったといえるだろう。新撰組はなくなり、武士はいなくなった。

 この国にもはや武士道の入り込む隙も余地がないのが嘆かわしい! 桜の下で酔って騒ぎ、花を愛でる気もない精神の持ち主たちが、国の中枢で権力を振るっている。日本の自然、国土が失われていくのは当たり前だろう。





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Last updated  2006年06月18日 09時30分01秒
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