シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年07月22日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 神秘学では、魂は、父の領域、子の領域、聖霊の領域の3つの領域に大別できるという。キリスト教では、これらを三位一体、宇宙の創造の原則と解釈している。

 父、子、聖霊は、夫々、人間の精神(魂)のなかの、意識を超えた部分、無意識、意識を表しているという。人間の精神は、父、子、聖霊の活動の反映であるわけだ。

 我々は、日頃、意識の部分しか認識できていない。つまり聖霊の領域である。聖霊の領域を、この世の物質的世界でいえば、人と人とのつながりであり、公共的なパブリックの法に当たる面であろう。人と人とをくっつけるのが聖霊の役目であろう。愛のキューピット役、昔からある矢をもった赤ちゃんのような天使のイメージが魂の聖霊の領域といえる。

 この物質的世界は、素粒子からなっている。素粒子とは現在では、標準模型でいわれる基本粒子クォークとレプトンと呼ばれる粒子のことを意味している。

 クォーク、レプトンとも6種類あるが、この物質世界の4つの力、重力、電磁気力、核力の強い力と弱い力を考えると、2種が類似した性質をもち、1つの対をなして、クォークとレプトンは、3階層を成すような構造をもつとされる。

 ちなみに、3階層というのは、有名な小林-益川行列から判明していることである。

 我々を含む物質的世界の部分は、この素粒子がある一定の配合配位状態をとることによりつくられる。これら物質的部分を構成する粒子をフェルミオンと呼んでいる。

 対して、物質世界の4つの力、重力、電磁力、核力の強い力、弱い力を構成する素粒子を、ボゾンと呼び、夫々、重力子、光子、グルーオン、ウィークボゾンという仮想(エネルギー体)粒子で数学的に表し区別している。

 これらの素粒子は、つまり、聖霊の流域に属するわけである。



 つまり聖霊が演出家であり、悪魔が野次馬観客で、人間が俳優なのであろう。

 では、子(ロゴス)の領域というのは、どうなのだろう。子(ロゴス)とは、素粒子を生み出す設計図のようなものであろう。超弦理論の超弦のようでもある。超弦理論までくると、物理学はもはや現象論のような物質ではなく、形而上学、哲学のものになる。プラトンのイデアに近いものとなる。

 聖霊の舞台が、アリストテレスの学問、つまり悲劇という演劇の舞台演出であったように、魂の子の領域は、プラトンの学問、すなわち幾何学的な純粋数学論、それがイデアなのである。

 超弦はもはや、この物質世界ではなく、その設計図といった方がよいだろう。だから霊的なものである。だから、超弦はロゴスなのである。

 ロゴスとは、神が発する言語を意味する。だから、超弦は神の言葉なのだろう。太古の言語、ヘブライ語等が、どこか音符のようでもあり、弦が張ったような文字なのは、ここからくるのかもしれない。

 そして、太古の言語は、宇宙の天体の動きからつくられたのだが、実際、タウ文字といわれる天体をかたどった太古の文字は、どこか素粒子の状態を表すものを記述しているようにみえる。

 タウ文字は、恐らく、人間の魂の無意識の領域である、子のロゴスを表すものなのだろう。なぜなら、神秘学によると、人間の無意識な部分は、実は天体の配置に関連しているというからだ。

 子の領域は、人間のあくまでプライベートな面であり、個別、個性的なものを意味する。人間がこれを、年齢や生年月日、星座等で占ったりするのは、どこか無意識的に自覚している節があるような感じもする。神秘学的にいえば、カルマの領域でもある。カルマの理解は、超弦の理解と似たように非常に難解である。

 さて、父の領域とは、人間の意識ではもはや捉えることができない超えたものであり、神々の領域、神秘学ではデヴァ界とも呼ばれる。

 死んだ人間でもそこに辿りつくのはごく一部であるといわれ、デヴァ界にいくには、何度も輪廻転生して、この世(物質界)の欲望、執着心を拭い去らないと行き着けないという。

 魂でいえば、聖霊の領域で、悪魔を祓い、調和を保つことを、霊我(マナス)という。次に子の領域にいくのが、生命霊(ブッディ)、そして、父の領域が、生命人間(アートマ)という。



 現在の宇宙の素粒子が、3階層(小林-益川行列)なのは、地球が、土星紀、太陽紀、月紀と進化してきた証拠であると考えられる。なぜならば、神秘学によると、現在の素粒子は、以前の宇宙の状態を素粒子というエキスにして再構築されたからだという。

 超弦理論には、Tデュアリティーという、無限に遠方にいくほど、微量微小になるという対称性があるが、この神秘学の秘術を、最も端的に表しているように思える。

 このTデュアリティーの話は、仏陀と孫悟空の、「孫悟空が仏陀の手の上から出られなかった」というやり取りの話を彷彿とさせる。

 この話は、元々、プロメテウスのギリシア伝説に由来しているようである。機会があれば、プロメテウスの神話を語ろうと思う。

 いまあるマクロ(偉大な)なものが、次のミクロ(霊=創造)をつくりあげる。



 それは、父が、子の為に、未知の領域を開拓し、エキスとして子に注ぐがごとく。

 父は、子をつくる。

 この父の原則は、ソクラテスを彷彿とさせる。そう、それは「無知の知」の領域である。

 ソクラテスは、無知の知を唱えた! 神秘学でいえば、無知の知とは、人間が、(無意識も含めて)意識できない世界があるということなのである。意識を超えた宇宙の部分、それは父の領域である。だから、ソクラテスは、歴史上、哲学の父と呼ばれた!

 だから、地球紀の次の木星紀になると、我々の地球宇宙のエキスが、第4の素粒子階層となり、恐らく4階層になるだろう。

 これを踏まえ、機会があれば、4つの力(重力、電磁力、核力の強い力、弱い力)を霊的に考察してみたい。実は、この壮大な構図は、ダビンチの最後の晩餐の絵であり、それこそが、仏教の曼荼羅でもあるのだ!

 ダビンチの最後の晩餐は空海の曼荼羅と同じなのである。

 現代で言えば、素粒子の標準模型になるだろう。

 ダビンチも空海も、共に秘儀参入者であったことがわかる。そして現代風に言えば、秘密結社の会員なのでもある。ちなみに断っておくが私は秘密結社会員でもなければ、なんらかの宗教者でもない。単なる一介の秘教研究家である。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006年07月23日 00時50分33秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: