シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年08月03日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間

 神秘学によると、人間はかって両性具有で、肉体を地に対応させるにつれて、男女に分かれたという。そして、人間のなかの、霊的な部分の、能動的な霊性、つまり祭司的な部分が女性となり、受動的な霊性、つまり神殿建築的な部分が男性となり、2つに分かれることにより、身体的(肉体的)な部分も分かれ、人間は両極端な2つの部分に分かれ、生殖活動も分業となったという。

 これを聖書では、カインとアベルの物語で記していることは、前に述べた。カインが男性の代表であり、アベルが女性の代表だという。カインは、地を耕す者、アベルは、羊を飼う者というのは、それぞれ、神殿建築者、祭司者という意味である。

 神殿建築者というのは、本来は、鉱物から創造する者という意味で、科学、学問、芸術の叡智を成す者という意味なのである。祭司者というのも、本来は、宗教の叡智を成す者という意味なのである。つまり、古代では、宗教、学問、科学、芸術は一体だったという意味でもある。

 両者は、それぞれ、神に供物をしたが、カインのものは人工物で、科学的なものだったので、受け取られずに、アベルのは、宗教的なもの(自己犠牲)だったので、神の言うことをよく守ったので、神に受け取られ、のちに、カインはアベルを殺してしまう。

 科学、芸術、宗教と一体だった叡智が、分かれて、科学と宗教になり、お互いが戦い、科学が、宗教を打ち破るという意味でもある。現在ある宗教は宗教ではないのか?といわれそうだが、神秘学の意味においては宗教ではない。宗教であったならば、神に受け取られた時点で、この世に存在しないものとなり、物的で存在するのではなく、霊的にあるから、語ることができないものなのだ。

 この世で語られ、教えられた時点で、霊的な宗教たる意味をなくす。この世は、霊的なものが、死んで存在しているからである。

 だから、いまある三大宗教も皆、お互いに戦い合っている段階では、いわば宗教の糞みたいなもんである。糞といえども、糞から、生命が類推できるから、ギリシア哲学では、これを光の陰(カゲ)と呼んだし、エジプト文化では、ミイラとも呼んだという。本来、ミイラの意味は、生命体の排泄物という意味なのである。だから、人間の汗や小便、糞は、エジプトではミイラなのである。 

 エジプト人にいわせれば、科学は、ミイラ学とでもいうべきものかもしれない。生命あるもの(霊)は、死んだもの(鉱物)として認識されるようになった。これが、カインによりアベルが殺されたという真の意味なのだという。

 カインは死んだもの(鉱物)から、創造をなし、神(火)を受け入れるべき、神殿(聖杯)をつくろうとしてきた。それがピラミッドで、三角形を意味し、人が神に向かってつくりあげるもの(神殿)を象徴し、逆三角形は神から下ったものを象徴し、火を意味する。その2つの三角形をあわせた六ぼう星は、聖杯の象徴なのである。

 聖杯のなかに、男と女の戦いが象徴としてあった。肉体的な男が先に女的な霊性を手に入れるか、それとも、肉体的な女が先に男的な霊性を手に入れるか、そのどちらかであるという戦いである。

 霊的に男は受動的なので、自然の周囲(鉱物)の叡智を手に入れ、肉体的に能動的なので、建築的創造活動を行ったが、それは生命を産むものではなく、非生命体に止まるものである。対して、霊的に女は能動的なので、霊的な創造活動の意志は強いが、肉体的に受動的なので、祭司的創造活動、文化活動を行う傾向にあるが、男性的な鉱物的(現実的)創造性がなく、空想上に止まるものである。

 単純にいえば、男は自らで子が欲しければ、鉱物によりその代償物をつくることはできるが、生命ではなく人工物(ロボット)である、女は自ら子が欲しければ、男の肉体(精子)を必要としなければならないことを意味する。男は男であるが故に、女性を手に入れるために女と戦い(葛藤し)。女は女であるが故に、男性を手に入れるために男と戦(葛藤)わなければならない。

 そして、男性が、霊的な女性(神の叡智)を手に入れれば、ひとりで、生殖を可能にし、子を宿すことができ、対して、女性が、霊的な男性(神殿建設)を手に入れれば、同様に、かっての両性具有であったように、ひとりで生殖を可能にし、子を宿すことができる。

 男は、後者を恐れたから、女子禁制(男子のみ)の叡智の会合をつくったという。そして、神殿つくりから、女性を排除したのである。カインはアベルを殺した。しかし、どうやら、現状をみるにおいて、女性が、神殿建設を手に入れる方が、早いような気もするが…。女性の社会進出が進み、女性科学者が増えてきたからで、女性が、自らの肉体にバイオテクノロジーを使い、出産を可能にする日が近いかもしれない。

 しかし、いずれにせよ、生命の謎を解かなくてはならないだろう。

 生命とは、まさに植物の種のように、古きマクロ的形態(木)を全て、ミクロなエキス(種)として新たに構築し、そこから発芽を生み出すような神技である。まずはじめに霊的現象が必要だろう。端的にいって、現在のバイオテクノロジーでは、生命を創造することができない。このことは、聖書では、生命の樹と叡智(知恵、知性)の樹で喩えられている。

 エヴァは、神により生命の樹からは、実をとって食べてよいが、叡智の樹からは、食べてはいけないとされた。それは生命の樹は神の命令のことを意味し、生命の樹から食べている間は、神の命に従い天の存在で、地のもの(肉体)を宿す(身篭る)ことはなかったからである。しかし、蛇(悪魔)にそそのかされ(地に誘惑され)、知恵の実を食べ、カインを身篭り、産んだ。これが原罪であるが、それは神の命(霊)が無い限り、単独では生殖困難という意味でもある。

 地に堕ちたエヴァのために、神は、アダムをつくり、エヴァはアダムにより身篭り、アベルを産んだ。そして、カインとアベルは敵対関係になり、男と女は敵対関係になった。生命は、神から与えられ、人間はつくることはできない。人間は生命の樹を自らつくらなければならない。

 生命の樹をつくるのに、男性は低俗な肉体的な生殖(女性の誘惑に溺れやすい)から自由になりきれていない面がある。しかし、男性へのその唯一の希望は、声変わりであるという。

 それは両性具有であったとき、現在下部にある生殖器は、上部の声帯と密接な関係を有していたので、その名残りが、男性が思春期になるときの声変わりに現れているという。だから、男性が、女性の霊性(神々の叡智)を手に入れたとき、声帯が、生殖器になるという伝説があるという。

 生命を誕生させる叡智、美、力は、神々から人間には与えられなかったので、自らつくるしかない。聖杯の性の秘儀とは、生命を自らひとりで作り出すことにある。賢者の石は、モラルのことであり、人間がモラルをもって創造活動を行うならば、自ら生命力を生むことが可能となるという。そして、生命樹とは、十字架のことなのである。十字架とは、植物界と動物界、そして人間界を表す象徴なのである。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006年08月04日 00時41分22秒 コメント(1) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: