つまり、春分は、吐いた地球の空気が、天である宇宙と出会う平衡状態の境界の意味で、秋分は、吸い込んだ宇宙の空気が、地球に出会った平衡状態の境界の意味と捉えることができる。両方ともに釣合いの静の状態といえる。
その丁度真ん中が、吐くことをやめて、吸い込むことに転じる動の中心点の意となる。つまり、呼吸をすること。意志をもって、再び吸い込むことが、生命の生命たる由縁の素であることに気がつかされる。また、これは地から天に送り出された魂が、再び、生物の意志により呼吸して、吸い込むことで、天から地に魂が呼び戻される要因を生む重要な点であるといえる。
以上をまとめると以下である。
西洋-キリスト教 東洋的大地の呼吸の概念 魂の概念
12月冬至-クリスマス 吸から呼に転じる(動) 生命(生と死)の誕生 ;地に生まれる
3月春分-復活祭 呼(静) 天での生(再生);地から天へと発展
6月夏至-ヨハネ祭 呼から吸に転じる(動) 天と地の結婚;天にカルマを生じる
9月秋分-ミカエルの日 吸(静) 母体に宿る(受胎);天から地へと収縮
彼岸やお盆の、此岸(しがん)から、彼岸に渡ることの目的は、つまりこの世から解脱して悟りの境地に至るには、西洋でいうところのヨハネ祭が重要で、天(精神)界と地(物質)界の結婚が重要であるわけで、東洋では、お盆として、死んでいった魂と、今生きている魂との結界を意味するのであろう。7月7日の七夕の織姫と彦星の出会いも、この天と地の出会いを意味しているものと思える。
丁度このとき、空気(精霊)を吐き出してしまった地球には、闇ばかりが跋扈するので、闇を光で照らそうという意味で、お盆のような光を灯したり、精霊を呼び戻したり、空気の流れをよくすることや、闇(悪魔)を退散させ、罪深い人を清めたりして、生命の根本たる呼吸を、善き意志により整える秘儀の伝承が、文化の習慣や風習となって土着したものと思われる。
太古では、真の受胎は、精神と肉体の結びつき(融合)を意味し、本来は、同じものをコピーするような生殖を行っていた(両性具有の存在)という。つまり、地球と宇宙の空気の流れとともに、人間は存在し、つまり精霊とともに流れていたといえる。それが、しだいに、地に止まる傾向になるにつれ(両性に分かれ)、現在でいう闇の意識が、昼の意識へと移り変わり、生殖も分業となり、多様化を生じる傾向になってきたという。
この闇の意識から、昼の意識への変化は、このヨハネ祭に、精霊の流れをスムーズにし、天と地を結界したことに依存しているといえるのだろう。古くは、先祖の記憶の伝承が、民族霊(集団魂)として行われたのが、民族から家に分かれ、儀礼化し、徐々に個別化し、個人の血縁のものへの行事と変わってきたようだ。
これを神秘学では、上位の父-言葉(子)-聖霊の三位一体の原則から、下位の御霊-血-水の関係へと転じたといっているという。血とは、神秘学でいうアストラル体のことで、水は、カマ(欲望)のことだという。水は、魂の下位の部分を表し、利己的な部分であるという。この下位の部分をいかに浄化させるかに人類の進歩はあるという。
恐らく、お盆(聖杯の意?)に、御霊-血-水を清めることにより、秋には、西洋でいう天使長ミカエル、聖霊を迎えられるような、心の闇を拭っておかなければならないということなのだろう。仏教でいう執着心も同時に拭っておかなければ、秋に善が悪に勝つことができないばかりか、冬至に、新たなる生命の誕生が行えないというものなのだろう。
神秘学で考えると、お盆は生命にとって真事に重要な行事なのである。年に一度は親しい人と集まって思い出を語らい、記憶の伝承へとつなげることが、過去から明日をつくることになるのかもしれない。
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