シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年10月10日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間の内部は、外部である自然のプロセスとは異なった、プロセスにおいて、生を足らしめている。例えば、植物は、人間のなかでは、腸内細菌群として、植物相が発生しているが、人間内部の下腹部において、エーテル体が正しく働いていないと、腸菌群落に夥しく蔓延る機会を与えるという。心臓を基準にして、上側を上部プロセス、下側を下部プロセスとすると、下腹部において、正常のプロセス、起こるべきプロセスが起こらないと、下腹部で、その起こらないことによる歪みともいえるべきものが、上部へと押し戻された形で、作用するという。

 このことから、ある特定の器官に関連する思考を行うと、この特定の器官に活動を起こすことができるという。器官のなかに、いわば思考に関連するプロセスがあり、ある考えを抱くと同時に、腺分泌が起こるということは、腺から、そのような考えを取り出していることにより、腺自身に運命を委ね、腺は自身の活動に没頭して分泌を行うことを意味するという。

 これは前回、神経細胞が、増殖能力を止め、代わりに思考能力を発展させているのと、似ている。

 だから、腺分泌が妨げられているのは、分泌を妨げているような、腺分泌を結びつけている思考が存在しているということを意味する。ある思考をしたことにより、分泌を行うことも、そのような思考をしないことにより、分泌を止めることもできるということなのである。これは、感動したときに、涙が流れることでもわかるし、緊張したことにより、手から汗がでることでもわかるだろう。

 だから、我々は、思考により霊的活動を行うが、その霊的活動の結果としての分泌活動は、人間の外の自然の形成力になる。例えば、自然を、一種の大きな電気回路と考えれば、人間は、その自然の電気回路のなかの増幅器であるコンデンサー、もしくは抵抗、あるいは、発信器とでもいうべき、知的なパーツであると考えることができる。エーテル体は、このような電気回路を流れる一種の信号のようなものといえるだろう。我々の思考による分泌活動の結果により、我々の外の自然は、その分泌物を取り入れて変わっていくのだから、自然のなかの電気であるエーテル体は、人間の思考により制御されてくるともいえるのである。

 だから、我々の思考が、自然現象を起こしているともいえるのである。いわば、これをエーテル保存則とでもいうべき方程式で表せば以下のようになる。

 自然の植物の形成プロセス=人間が思考により取り除いた形成プロセス+人間が思考により排出した形成プロセス

 つまり、思考は、下腹部の腸菌群落の植物相から、その形成力を奪いとることで、行うことができ、逆にいえば、その形成力を奪いとらなければ、思考できない。これは動物相についてもいえることだという。

 例えば、前回から述べているように、心臓から上の人体の上部を上部人間とし、下部を下部人間とした場合、腸内の植物相並びに動物相から取り出した思考力、これはつまり、下腹部の腸の機能にあたるが、それが上部にまわると、脳の機能になり、そのまま脳の思考力となるわけである。腸からエーテル体を形成したものが、脳の神経細胞から、増殖力を奪い、思考力となるわけである。だから、盲腸の存在は、絶え間ない思考の継続を、神経細胞にもたらし、その分の思考力になるといえるという。



 細菌の繁殖具合により、人体に必要な太陽光の変容の蓄積である、エーテル体の活性を調べることができる。例えば、人体が結核菌に適した土壌となる場合に起こってくることは、人間が太陽光を十分取り入れることができないか、或いは、その人の生活習慣のために十分太陽光が得られずに、人体内に入ってきた太陽光と、太陽光を変容させて加工することとの間の均衡がくずれ、自分のなかにずっと備蓄して変容させた光から、貯えを引き出さざるを得ないということであるという。

 人体内で作用する大きなものは、顕微鏡のようなミクロレベルではなく、むしろ、宇宙スケールのようなマクロレベルの循環にあるといえるという。

 例えば、鳥類は、膀胱と大腸の発達が不十分で、摂取と排泄との間は絶えず持続的な平衡状態を保っており。鳥は飛翔しながら排泄することができる。鳥は食べた物の残りを体内にとどめて蓄積するということはなく、実際、腸菌群落に対して激しい戦いを展開する必要はない。そのため、鳥の腸内は、羊の腸内に比べて、不快な匂いを発散しないという。

 人間は、この鳥類の腸内と比べて、腸菌群落と戦って、エーテル体的な力である、思考力を取り入れないといけないので、不快な匂いを発する存在だが、思考力を度外視すれば、このようなエーテル的なものを変化させる活動、光を変化させて変容に導く活動、こういう活動に関しては、鳥と同じものといえるという。人間が、物質的な膀胱と物質的な大腸のみの存在としたら、これらの器官に関わるエーテル体に関しては、鳥と同じといえる。

 重要なことは、外部の植物相と動物相に起こっていることと、人間の生体組織のなかの腸内の動物相と植物相において起こっていて克服されねばならないこととの対応を調べていくことであるという。つまり、人間の外にある自然のプロセスと、人体内の自然を克服するプロセスの違いを調べていくと、主に、エーテル体の存在が浮かび上がってくる。エーテル体の循環をみれば、自然と人間とのつながりや、1つのマクロコスモスとしての回路が浮かび上がってくるといえる。

 そして、人間は、自然のプロセスを一部拝借して、それと対抗し、克服することで、思考力を手に入れ、加工し活動し、思考した残りを、いわば思考エキスの分泌物として、再び自然に排泄している存在だといえる。だから、人間は、自然現象を押し止めているなかに、生きているといえる。





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Last updated  2006年10月11日 12時32分10秒
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