シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年10月13日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前世に関する、とくに前世療法と呼ばれる太古の秘儀参入法の一種について、TV番組でやっていたので、神秘学から改めて簡潔に前世について書いてみたい。

 これまで何度も、輪廻転生のことについて述べてきたように、神秘学では、前世の存在自体を問うこと自体が、人間の存在自体、並びに神の存在自体を問うことと同様に無意味であることとしている。

 端的にいえば、前世の存在を信じるか信じないかは、認識の問題だからである。私は、信仰自体が認識の問題にすぎないように思う。信仰の問題は、むしろ、自らの認識を唯一絶対的なものとみなし、他者の認識を阻害し、全てが画一的であらねばならないと強いる態度にこそ、問いを発しなければならないように思える。

 簡単にいえば、信じる信じないはその人の勝手であり、自由なのである。自分とその人とは認識が異なるのであり、どちらが相手の認識を理解しえるかの問題に帰するだろう。問題は、全て、理解できるかどうかなのである。だから真の問題は、理解するに足る知識をもつかどうかの態度にある。

 では、前世とはどのように理解されうるのか?

 人体的には、何度も書いてように、人間は4つの身体である、肉体、エーテル体、アストラル体、自我をもっているとされている。俗に魂と呼ばれているのは、アストラル体のことで、霊と呼ばれているのは、自我のことで、魂の中心に解される。

 人間の本体は、霊の自我なのであり、この霊である自我を開発することが、人間の進化の目標だとされている。これを端的にいえば、自我を他者の為に奉仕する愛の源、愛の発信(中心)源にすることが、人間存在の目的であり、神的な霊になることであるという。

 宇宙は、あらゆる魂の交信から成り立ち、魂間の交信のなかの自らの中心点を見い出すことは、すなわち、魂のなかに秩序と調和をもたらす行為であり、それこそが、宇宙の全存在から求められる霊の役割なのである。だから、絶え間ない魂の交信からなる宇宙のそれぞれのなかに点が見い出され、その点を中心として霊があるというイメージなのだろう。



 宇宙は全体として進化しており、いわば宇宙を大河と捉えると、そのなかの流れをつくる一点一点の水滴が、我々の存在でもあり、我々の存在が、そのバランスを失い、大きな流れから逸脱すると、次第に、統制がとれなくなっていき、混沌としたものになり、流れが澱んで滞り、腐敗し、主流から外れ、ついにはなくなってしまうことがわかるだろう。

 そのようなことがないように、河の水は、地上のみならず、水蒸気として、気体となり、循環するわけである。このような水の循環と似たように、魂も循環しながら、神霊に近い霊体に近づいていくわけである。

 輪廻転生とは、この水の循環に似たものであると解されるのである。

 輪廻転生の目的は、よくいわれるように、いわば魂を磨くことであり、魂を磨いていくことにより、3つの進化段階に達するといわれている。1つ目は、霊我(マナス)といわれる段階、これは魂(アストラル体)を自我の完全な制御下においたことをいう。魂の純化ともいう。キリスト教では、処女ソフィア(聖母マリア)を表す。

 2つ目は、生命霊(アートマ)といわれる段階で、エーテル体の完全制御を表す。エーテル体の完全制御を獲得すると、もはや病に苦しむことはない。病はエーテル体の制御不能から生じるからである。3つ目は、生命人間(ブッディ)といわれる段階で、肉体の完全制御を表すが、この肉体はいまの物質的肉体ではなく、ファントムと呼ばれる霊的肉体のことである。現代の肉体は、悪魔ルシフェルの影響により、より物質性を帯びたものになり、霊的に崩壊させられているという。これを聖書は原罪で示している。

 輪廻転生の思想は、一般的にキリスト教にはないとされているが、それは秘教を知らないせいであり、現代のキリスト教の典型的な間違いである。輪廻転生がなければ、キリストが、地球に下りてきた意味が見い出せないばかりか、キリストの存在自体を理解していない証拠といえるだろう。キリストを無知なままに信仰することは最も避けるべきことである。偶像崇拝といってよいだろう。現代のキリスト教はあまりに唯物化されているので、権威主義が甚だしいものになっている。はっきりいうならば、調和と秩序の愛についての理解さえあれば、キリストの名自体はどうでもよいものである。キリストが自らのことをキリストと呼べとは言ってはいないのだから。自らのなかに愛を見つけよと言っている。

 輪廻転生の思想はバラモン教からきたといわれているが、輪廻転生の伝承の最後のものがバラモン教であり、仏陀は、バラモン教から、輪廻転生を仏教に取り入れたのではない。輪廻転生の思想は複雑で、誤解されやすい、特に、悪いことをすると、動物に生まれ変わったり、あるいは、植物から生まれ変わったりなどという、最も悪しき唯物的思想を生み出しやすいので、おおっぴらに語ることは厳禁とされたのである。これは性の神秘も同様に誤って欲望の虜となりやすいので厳禁とされたのである。だから、過度に強調され、権威化され、誤解されて伝承されている面が大きい。

 人間と動物、植物の魂の相違も理解できないものに、輪廻転生を語る資格すらないといわざるをえないだろう。ある番組で、輪廻転生を面白がって、前世はゴキブリだと他者を罵っていた、如何わしい宗教者がいたが、バラエティ、お笑い番組ならある程度わかるが、少なくとも真剣な態度で語っていたようにみえたので、無知蒙昧も甚だしく、とんでもないことである。このような人物はどの世界にも存在するが、ともかく面白半分で、知識をひけらかす人物には注意すべきであろう。

 いかに、真理に近い教えだとしても、他者を愚弄したり、攻撃したり、嫌な思いをさせたりするものならば、それ自体こそ、神のものではなく、悪魔のものといわざるをえないだろう。共に、精神が向上したと思える教えならば、心が自ずと反応するはずである。





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Last updated  2006年10月13日 20時29分56秒
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