シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年06月27日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 これは前回の質問に対するシュタイナーの答えの続きである

 時間の問題に関しては、通常の力学的な定式(ニュートン力学)ではなく、弾性(波動)体に関する定式に基づく考察から始める必要がある。弾性理論の考えを借りる必要があるといえる。最前面を形成する分散や拡散を、無限へと広がり続ける実体として、そのまま拡張的に想像することはできない。それは一定の周縁部に至ると必ず元の自身へと戻ってくる。

 現実の状況を扱うならば、太陽が放射する光は無限へと消え去ると言うことはできず、そのようなことは有り得ない。拡張する弾性の力が尽き、元の自身へと戻ってくるようになる境界が必ずある。拡散し、無へと消え去るという条件を満たすような無限系というものは存在しない。

 拡散する実体は、それが何であれ、まるで弾性体を支配する(波動)法則に幾分か従うかのように、境界に到達すると、そこで向きを変える。光について記述するとき、そこで扱っているのは、決して、あらゆる方向へと際限なく拡散し続けるようなものではなく、常に見出すのは波のうねりと比較できるような状況で、定式化を探すべき場所は、そこにあり、通常の力学のなかではない(このことは、光を波からなる量子とした、量子力学により達成された)。

 それから、まだ時間そのものの問題があり、実際、時間は、これら全ての変容を通過して行く、と言えるのではないか?

 この力学の領域においては、いわゆる時間というものは現実的なものではない。s(距離)=c(速度)×t(時間)という最も単純な式を取り上げてみる。通常の乗法に従えば、sは本質的にcと等価でなければならない。何故なら、そうでなければ空間sは時間に等しくなるが、空間と時間が等価であることはあり得ないからである。いずれにしても、この式のなかの空間に関しては、数学的にはcに等しいとして考えることしかできない。 

 事実、(物体そのものとしての)林檎や梨を乗ずることは不可能ではないか?

 一方を他方に換算する必要があるので、数式のなかでは、時間は単なる数でしかあり得ないが、そのことは現実の時間が数であることを意味しないもので、そのような数式を書けるのは、取り扱っている数には色(現実性)がないと仮定するときだけである。 

 式c=s/tは別で、ここでのs(空間)は数t(時間)の大きさに関係する、一定の大きさを持った空間となる。それによって速度cが与えられる。これは、特定の知覚可能な量の空間を占めるものが原子や分子であると想像しても、或いは物質と想像しても、現実の状況に符合する。



 現実的なものとは(そして、これは力学系にのみ適用可能だが)各物体に内在する速度のことである。例えば、物理学者たちが別の理由付けのために原子理論を受け入れれば、原子が内在的な速度をもつことなく存在すると仮定すべきではなく、内在的な速度が真の現実である。なので、次のように言える。

 「いわゆる時間とは事象や過程から抽出されたものである」、と。

 我々が遭遇するなかでは、速度のみが現実のものとして観察できる(このため、物理学者は、力学系を座標で扱うとき、位相空間という位置と速度、或いは位置と運動量からなる座標系を定義する)。 

 このことを完全に理解するなら、時間と呼ぶものは、現象の結果として現れるものと結論づけるしかないだろう。時間は、現象のなかで、共同的な役割を演じるので、時間を相対的なものと見なし、無視すべきではない。

 この抽象化された要素(時間)が共同作業として産み出すものは、例えば、ある有機体のライフスパン(生命環、人生)というような一定の現実性を持った基本的概念だが、その過程(プロセス)はあくまで内的なものであり、それを外的に測定することは不可能である。

 いかなる有機体も、その有機体内部で生じる、あらゆる経過(プロセス)の結果として生じ、かつその経過(プロセス)に組み込まれる(生命環、人生)ライフスパンをもっている。有機体の大きさ(サイズ)についても同様のことが言え、それは、その有機体にとって本来的(個別的)なものであり、何か他のものと比較して測定すべきものではない。

 ライフスパン(生命環、人生、寿命)とか生体の大きさといったような概念は、通常仮定しているような手法では、有効に機能しない、というのが適切な結論である。

 注釈:いわゆる生命体を、物理量で評価しても意味がないということである。例えば、偉人の人生の寿命から、単純に偉人が人生で為しえた業績を評価できないということである。偉人の功績は何年も経った後年での人生経験からわかるということもある。これはつまり、短い人生(寿命)だったからといって、必ずしも、他の人生との比較において優劣を比較できるものではないということで、結局のところ、時間(人生)は個別的性質(使命)をもつものであるといえる。つまり、人生は物理量を超えたところにあるといわざるをえない。





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Last updated  2007年06月27日 20時45分36秒
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