シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年08月02日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 これまでシュタイナーの四次元の講演を基にまとめ、最後に質疑応答をまとめてきた。今回がその討論として、シュタイナーの四次元の最終回となる。

■討論:
 これまでのまとめから分かると思うが、我々が実際触れることのできる空間と視覚的な空間を区別する必要がある。この相違は、一方では数学に関して、他方では物理的世界に関しての考察を超えて進むように、我々を促す。

 四次元に関するこのまとめから分かることは、数学が人間精神、或いは人間そのものから産み出されたということが真実であることに変わりはない。そして、純粋に数学的領域(数学的意味で規定される領域の事)の中に益々、入り込むに従って、現実を包括的に理解することが少なくなる。これまでのまとめから、現代の人々が数学を用いて現実を記述しようとしたとき、繰り返し生じてきた困難をみてきた。

 例えば、もし、無限に大きな球から(2次元)平面への移行を考えるなら、この射影幾何学の基礎と、現実に関する通常の思考、周囲の世界との経験的な相互作用に基づく思考とを調和させることが、ほとんどできないことがわかる。従って、我々の仕事は(適切な教育というバックグラウンドを持っている多くの人々は大いに働かなければならないが)、非常に具体的な領域で、現実の理解のために数学的思考を用いるように努めるということである。

 この点に関して、1つ問題を提起してみる。この問題を成功裏に解くには、数学者たちがこの問題に向けた真剣な取り組みを実際に始めるときだけである。

 触ることができる空間に関して理論的な説明を行った。今、触覚という地上的経験全て、実際、これこそいま我々が取り扱っているものだが、この触覚を必然的に取り込むような形式でこの触ることができる空間を扱ってみる。それには(その空間に)本質的に備わっている次元を含めて、我々の触覚経験全てを、重力に対する関係性の中に組み込まなければならない。

 我々は重力の影響下にあり、周辺の異なる方向からやって来る種々の求心力を基にして、微分方程式を立てることができる。触ることができる空間に関しては、これらの微分方程式を、解析幾何学や解析動力学の中で、定義された運動方程式を扱うような形式で扱わなければならない。そのとき、これらの方程式の積分が可能になるが、それは触ることができる空間における、我々の経験に対する特定の積を与える一方、微分は常に我々をその現実から遠ざける。

 これらの微分を積分することによって、以前述べた図式が得られる。もし、現実へと回帰するなら、このまとめで示したように、この積分を遂行しなければならない。現実に触ることができる領域においては、積分方程式を用いて遂行しなければならない。触るということに関しては、垂直次元が一定である微分量(dy)を有し、そのため、この式における変数xにはプラスかマイナスの符号がつかなければならない。このことによって、触ることができる空間に関する我々の経験に対する積分式を立てることが可能になる。そのことを次の式で表してみる。



 その結果、触ることができる空間についての我々の経験に対する積が得られる。

 さて、先に進み、視覚的な空間に、この同じ原則を適用してみる。ここでもまた、我々は、解析幾何学や解析動力学の中で定義された運動方程式を扱うのと同じ形式で扱う微分方程式を立てなければならない。その積分では、全く同様の積が得られるが、(最初の式では、変数xの符号が正であったことを考慮して)その積は負であると考えなければならない。積分をこのように扱うときには(細かいことは全て省略するが)、1つの解が得られ、それはまた別の方程式へと導く。

 -∫f(x)dy(視覚的な空間)

 けれども、触れることのできる空間に関する前の積分式から、視覚的な空間に関する別の積分式を差し引くと、それらは互いに打ち消し合い、その結果、ゼロに近づく。

 つまり、視覚空間に関しての積分は、触れることができる空間に関する積分を打ち消すような積分結果が得られる。そして、触れることができる空間に対する積分で思い出すのは(とはいえ、それはより広範なものだが)一般の解析幾何学や動力学に関連した状況や関係性のために必要とされる多くの方程式である。唯一の相違は、動力学の方程式には重力が含まれなければならないということである。

 もし、視覚の空間的側面を数学的な言葉(数式)で表現する正しい方法を見つけることができさえすれば、私(シュタイナー)は視覚的な空間に対して適用可能と考えられる積分を得る。我々が常に行っているのは、些細な例から始めて、視覚に関する解釈を構築し、そして、視覚空間を考えるときには避けられない垂直方向の運動を考慮するのを忘れてしまうことである。

 視覚は常に重力とは反対の方向に働くことを強いられることを認めなければならない(なぜなら光は重力の反対方向に働くからである)。この事実を考慮すると、積分を一方では動力学に、他方では光学に関連づけることが可能になる。このようにして、我々は、現実の状況を包括する使用可能な積分において、動力学、光学、或いは、その他のものを定式化する。しかしながら、積分間の差がゼロであるというのは全く正しいというわけではない。それは1つの微分量であり、ゼロと書く代わりに、次のように書かなければならない。

 dx=+∫f(x)dy-∫f(x)dy


 もし、以上の積分と、その結果得られる微分を繰り返し探求することで、dxに対応する微分方程式を導出するなら、dxが正なら、正で、負であれば、dxは数学的な意味で虚数であることが分かる。

 けれども、もし、その結果として得られる微分方程式を積分するならば、その結果は驚くべきものとなる。その問題を正しく解くなら、自らこの事を経験できる。このステップは音響、音響式へと導く。このような導出から、内在する現実の理解のために、真に数学を用いたことになる。



 注釈;dx=+∫f(x)dy-∫f(x)dy
      =(触れることのできる空間)-(視覚的な空間)
      =(物理学、動力学)-(数学)
      =(重力)-(光学)  
      =(音響学)



 注釈;シュタイナーが導出したこの積分を用いた微分方程式は、いまでは、ラグランジアン量として、光の最小作用の原理を表現する式として、現代物理学、主に理論物理学の基本方程式となっている。

 ここでいう(触れることのできる空間)とは、空間内の物質等の質点の運動量で、(視覚的な空間)とは、空間内のポテンシャル量を表すものとなる。光はその釣り合いの軌道を通る、つまり、運動量とポテンシャルの差をゼロにするような最短の距離を通るというのが光の最小作用の原理の意味である。

 現代理論物理学では、まず、この光の最小作用の原理であるラグランジアンを基準にして、数式の議論を始めるのである。量子力学も、量子場の理論も、超弦理論でさえ、このラグランジアンからはじまるのである。

 ちなみに、これに対して、物性物理学では、エネルギー保存則の立場のハミルトニアンからはじめる場合もあるが、それは素粒子よりも、やや大きい物理量の物質を扱うからであると思われる。

 さて、このラグランジアンの原型の式を、シュタイナーは、音響式と呼んでいる。それは恐らく、波動方程式のようなものを考えていたのだろう。マクスウェルの電磁方程式は、この音響式を発展させたものと考えることができる。アインシュタインの一般相対性理論の式も、この音響式を発展させたものともいえる(まぁ、全ては光の最小作用の原理から導出されるので、類似するのは当たり前といえば当たり前だが)。

 この音響式を発展させ、人間概念化させると、
 (聴力)=(意志力)-(視覚力)
 という関係に表すことができる。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年08月07日 12時55分28秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: