シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年03月12日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間の魂の中には、これまで述べ、またこれから述べるように、肉体やエーテル体の中へと、絶えず繰り返し流れ込むべき力が含まれている。この魂の力の流入は、夜、人間が寝ている間に起こる。夜(寝るとき)には、人間が疲れを癒すために必要とする力が、人間の自我とアストラル体を通じて、宇宙から人間の処へと流れてくる。

 この魂の力の流入に、意志の世界や叡智の世界と、人間の肉体やエーテル体との間の、実際の生きた関連がある。

 すなわち、寝ている間、アストラル体と自我は、流れ込んでくる魂の力の世界の中に吸収されるが、自我とアストラル体は、叡智の世界からエーテル体へ、意志の世界から肉体へと流れ出すべき実質を、引きつける為の中心点を構築する。この事が夜、生じなければならない。

 何故なら、もし人間が意識を持ったまま、その世界に居たなら、その人は、それらの叡智と意志の世界の中に、人間に流れ込む力を引きつける通常とは異なる、奇妙な装置を作り出すことになるからである。その時、支配する叡智と支配する意志の世界から、自我とアストラル体が送り込む力によって、肉体とエーテル体の中に途方もない障害が生じることになる。

 このように、善き神々は、人間の肉体やエーテル体に、正しい力が流れ込むべき夜に、人間が、その世界に居ることができないようにした。その神々は、もし人間が意識を持って、その世界に居たなら、人間の思考によって、間違いなくダメになる障害が生じないように、眠っている間に、人間の意識を鈍くしたのである。

 人間が認識への途上にあって、高次の世界へと上昇するとき、大いなる苦痛を経なければならない理由はここにある。もし人間が、本当に熱心に取り組むなら、その世界は、必ず人間に大いなる苦痛をもたらすに相違ない。

 著書「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」の中に、人間が、外的な(外界の)真実の世界から、高次の世界へと上昇するために、夜、睡眠中の生活を、どのように、いわば利用できるかについて記述した。

 人間が、霊視の世界から、睡眠中の意識を点灯するとき、つまり、知識と経験により、意識を点火するとき、自分自身は後ろに下がると同時に、人間の肉体とエーテル体にとって障害となる全てを、意識から間違いなく締め出すことが重要になる。

 高次の世界への上昇に際しては、自分自身を完全に、そして正確に知ることが絶対に必要である。一般的に、人間は、自身を知るとき、自分を愛することをやめる。自己認識を持ち始めるとき、自己愛は終わりを告げる。



 人間は、実際、自分に、現在のような自分から脱却しなければならないといえるような地点にまで至る必要がある。自己献身を達成すれば、既に、この自己愛克服の方向で、かなりの道程を来たことになるが、この段階では、自己愛を完全に排除する必要がある。

 人間はいつでも次のように感じなければならない。

「私は、自分を脇へと追いやる必要がある。何故なら、もし、私の中に確かにある、間違い、些末さ、偏見、共感や反感、これらを完全に締め出し、捨て去らなければ、高次の世界への上昇が正しく行われる可能性がないからである」、と。

 これらの間違いが存在すれば、超感覚的認識を可能にするために、自身の中に入ってくるべき高次の世界からの流れに、妨害力が混入することになる。これらの力は、肉体とエーテル体に流れ込むが、間違いその他が多いほど、それだけ多くの妨害プロセスが居座ることになる。

 睡眠中、無意識である限り、つまり、人間が超感覚的世界へと上昇できない限り、善き神々が、人間を守り、意志の世界と叡智の世界からの流れが、肉体とエーテル体に入り込まないようにしてくれるが、人間自身が、超感覚的世界へと、意識を持ち込むとき、いかなる神も守ってはくれない(何故なら、神々の与える保護は、神々が我々から意識を取り上げているという、正にその事実にあるからである)。

 なので、人間は、全ての偏見、全ての共感、全ての反感等々を、自分で取り除く必要がある。これら全てを直ちに、自分から締め出す必要がある。何故なら、もし人間が、まだ何らかの自己愛や個人的欲望を持っていれば、或いは、まだ個人的見地から判断を下せるなら、それら私的な全てが、人間が高次の世界に上昇する過程において、人間の健康に(つまり肉体とエーテル体に)害を及ぼすからである。

 これらの事は、はっきりと理解すべきである。なぜなら、人間が、日常生活において、自分の肉体とエーテル体に対する影響力を剥奪されているという事実、人間の思考が、肉体とエーテル体の中に居て、外界を把握する形においては、何の真実と関わらず、何の効果も及ぼさず、従って、何らかの真実に関して、いかなる判断も形成できないという事実の重要性を感じ取るのが困難であるからである。

 ところが、夜の睡眠中には、思考により真実を把握できる可能性があり、あらゆる間違った思考が、肉体とエーテル体に破壊的に作用する可能性がある。

 もし、夜に意識があるなら、破壊作用が目の前で展開されるだろう。その時、感覚世界は支配する意志の海のように見えるだろう。そして、その背後には、この意志を貫いて、高く低くうねる大浪へと、いわば駆り立てる(活動する)叡智(その浪の1つ1つと共に、絶えず生成と消滅の過程、いわゆる生と死のプロセスを引き起こしながら)、世界を構築する叡智が現れるだろう。

 結局、これが、人間が覗き見るべき真の世界、「支配する意志の世界」と「支配する叡智の世界」である。

 そして後者は、絶えざる誕生と絶えざる死の世界でもある。それが人間の世界である。人間が、この事に気づくのは、非常に重要なことである。



 その時、「善」が、単に、何か対象に関して、良いとか好きとか、共感で満たすようなものでなくなる。善とは何か全体としての世界にとって、創造的で、いつでもどこでも、何かを生成し、存在へと至る世界に属する存在であるということを知り始める。

 そして、「悪」は、それが至る処で、死と衰退のプロセスを流出する存在として、自らを現すということを感じ始める。そのとき、悪とは世界を大股で歩く、破壊的な死の天使として唯一考えられるもので、そして、善とは、その大小に関わらず、宇宙的な誕生をもたらす創造者として、唯一考えられるような新しい世界観への重要な移行を果たすだろう。

 そして、精神科学(人智学)は、善の世界と悪の世界とは、単に、外的な幻影の中(その幻影の中で、人間は判断力を持って、善悪の前に立ち、単に一方は人間を喜ばし、他方はそうでないことを発見するだけなのだが)に現れるようなものではなく、善の世界とは創造的な世界であり、悪とは大鎌を持って世界を闊歩する破壊の天使(死神)であるということを、人間が感じ始めるとき、人生に対する全体としてのこの観点が、精神科学(人智学)を通じて深められるような意識を、人間の内に目覚めさせることができる。

 そして人間は、悪しき行いの度に、破壊の天使の助力者として、人間自身が、この大鎌を持って死と衰退のプロセスに荷担する。精神的源泉から、人間が受け取れる思考は、人生に対する全体的な見方を強化するような影響力を持っている。この精神科(人智)学の力は人類が現在受け取り始めているもので、未来の進化へと携えて行くものである。

 そして人類は本当に、この見方を必要とするようになるだろう。これまでは、善き神々が人間のために配慮してきたが、来るべき、我々の第5ポスト(後)アトランティス時代(現在)においては、運命や善悪は、益々人間自身の手に委ねられていくことになるだろう。なので、善悪というものが何を意味するのかを知り、世界の中で、一方は創造的なものとして、他方は死を施すものとして認識することが必要なのである。





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Last updated  2008年03月12日 19時29分23秒
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