炎症的傾向が常に観察できる場合、自我-活動を強め、自我-活動が、そのファントム(幽体)、つまりその骨格のなかに正しく組み込まれるようにすることが必要である。自我が正しく組み込まれていれば、この骨格は崩壊しない。
さて、この骨格のなかに非常に良く組み込まれる、この自我-活動を、本質的に強めることは、例えば非常に薄い濃度に、希釈したローズマリー液、つまりローズマリー(3)の葉から採った液を加え、入浴することにより、即座に可能になる。
和名マンネンロウ。シソ科。ハーブ療法、アロマテラピーなどでよく用いられる。中枢神経系機能亢進、血液循環促進と血管壁強化、肝臓・胆のう・腸の機能亢進、抗酸化、老化防止などの作用があるとされる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BC
この場合、ローズマリー液を通じて、周辺部(皮膚)から刺激が与えられ、いわば、ローズマリー液を通じて、もたらされる刺激のなかで、自我が働くことができる。ここでは非常に奇妙なことが起こっている。
人間の眼が、どのように生体組織に組み込まれているかを観察すると、本質的に視覚プロセスは、生体組織から、逐次、取り出された像に、自我が浸透することに基づいている。
人間の眼のなかには、実際、ほとんど動物的なプロセスは存在せず、動物プロセスは、器官のなかに下降させられ、人間の視覚プロセスは、人間の、内的な、魂的-霊的人間が、非動物の存在に浸透することで、内的人間が、内的だけでなく、いわば外の存在とも同一化することに基づいている。
筋肉と同一化するなら、内部から人間形成プロセスと同一化することになる。しかし、眼と同一化するなら、結局、外界と同一化することになる。
だから、以前、眼のように、外界から、人体の内まで、延びている器官を、湾と呼んだことがある。眼という器官は、生体組織のなかで、湾のように外界の一部が入り込んでいる。
現代(1920年代)の感覚生理学が、このような事柄を考慮しないのは、致命的な誤謬である。というのも、その為に、主観等に関して、愚かしい作り話が成立してしまうからである。この眼のなかに、客観性が入り込み、この入り込んできた客観性のなかで、外界のプロセスの一部と協同することが、全く考慮されていない。
ここ数世紀、或いは、少なくともここ一世紀半以来(19世紀以来)、ありとあらゆる感覚生理学が主観性の上に構築された。外界は、眼という湾に入り込むように、前進し、人間は、その感覚により、外界に参加している、ということを考えないからである。
この事実を正しく理解するなら、外界から、微細な分割部において、微粒子等の刺激が作用する場合も、正しく理解できる。毛孔と、毛孔に関連して生じる全プロセスを備えた皮膚があり(下図参照)、入浴時に、ローズマリーの小滴(微粒子)があれば、容易にわかるが、微細に分割された皮膚と、ローズマリーのいわば小滴(微粒子)の間で相互作用が成立し、自我の強化に類似したプロセスが引き起こされ、つまり感覚プロセスが活発になるよう刺激される。
この活発化された感覚プロセスが、人間の自我に作用し、その結果が、骨格に組み込まれる。この自我強化が正しく為されると、例えば、このローズマリー液中の小滴により、活発化する、微細に分割されたプロセスにより、頭皮を保護すれば(ただし、無論、手遅れは駄目で、適当な時期に用いる必要がある)、脱毛という周辺(末梢)プロセスを、克服できる。ただし、正しい方法で、実施すべきである。
つまり、このような場合、人間の生体機構の表面、周辺(末梢)において、自我が作用している。

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