シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年11月25日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 集合自我に関する抽象的概念ではなく、空虚な抽象概念を、豊かな感情や感受性を伴って具体性へと変化させるように観想(瞑想)すると、人間は自然の出来事と共に生きることを学ぶ。このような自然観察から活き活きとした感受性が育まれる。

 例えば、秋に野原へ行き、もし穀物を鎌で収穫する人を見れば、鎌が茎を通り、切り取る瞬間にぴったりと合わせて、その畑の上に霊的な存在が風のように、快い感情を吹き渡らせるような予感が得られる。

 霊視者が地球のアストラル体を糧として見るものは、このように描写された霊的存在が、根本的原因にある。この事実を見抜いている霊視者にとっては、穀物の収穫は重要な出来事で、人間が、ある体験の際、決まった種類のアストラル的形成物を立ち上らせるのを、感じとったり、見えたりするのと同じように、秋に、畑の上を、このような地球の快い感情の、いわゆるアストラル的表現が吹き渡っていくのを見てとれる。

 しかし、地面に鍬で畝を立て、植物の根に手を加える場合は異なり、地球に苦痛を与え、苦痛の感情が立ちのぼってくるのが見える。

 それでも、牧場へ行ったとき、見栄えがよくなく、役にも立たない植物の花々を摘み取ってしまうよりは、根ごと地面から引き抜いて、移植する方が良いのではないかという批判的意見があり、道徳的な観点から考察すれば、一見正論ともいえるような異なった解釈が提示されるが、次の例を考えればわかる。

 確かに状況にもよるが、あまり見栄えのよくない白髪が生え始めた人にとっては、美的感覚から、白髪を抜いた方が良いとも思えるが、やはり毛を引き抜くのは当人にとっては苦痛となるわけで、花を摘むことは地球にとっては心地よいが、この事例のように、植物を根から掘り起こしてしまうと地球にとっても苦痛となる。

 つまり、毛を切ることと、毛根から引き抜くことが異なるように、花を摘むことと根を掘り起こすこととは全く別で、前者は心地よさを与えるが、後者は苦痛を与える。

 本来、生命(いのち)は苦痛を通して世に現れ、生まれてくる子供は、出産する母親に苦痛を生じさせる。この事実は、人間が環境を認識するだけでなく、自然の中に感情移入する術を学ぶための一例でもある。

生命(いのち)とは実際、苦痛であり、苦悩なのである。



 物質界には、鉱物の物質体だけ存在するが、他の領域に、鉱物のアストラル体やエーテル体がある。採石場に行き、鉱夫たちの砕石を見れば、生命の関連を視ることに長けた霊視者には生体の肉に食い込むような感じが生じるのがわかる。そして、鉱夫たちが働いている間中、アストラル的な流れが岩石界を貫いている。

 鉱物のアストラル体は、低次神界に見つけられ、鉱物の自我は高次神界に見つけられる。岩石の自我も苦痛と喜びを感じ、岩石を叩き砕くと、鉱物の集合自我は喜び、満足感を得る。ちょっと信じられない感覚に聞こえるが、実際そうなのである。

 生物から類推して考える人は、岩石を打ち砕くといえば、生物を傷つける時のように、岩石は痛いと感じるように思うかもしれないが、岩石は、砕かれれば砕かれるほど、鉱物の自我は満足を覚える。

 では、「一体、鉱物の自我はどのようなときに苦痛を感ずるのか」と問うなら、鉱物の自我にとっての苦痛は、例えば、食塩水のコップを、冷やしていくと、食塩が結晶となって分離し、食塩として鉱物の実質が再び固体化し析出してくるが、このような場合に、鉱物の自我は苦痛を感じる。

 鉱物の自我は、固体分離の際に苦痛を感じる。同様に、砕いた岩石を全部合わせ、また一個の岩石に戻す場合にも、やはり苦痛を感じる。鉱物の集合自我は、鉱物が溶解する時は常に喜びの感覚が生じ、逆に固体化する時には苦痛の感覚が生じる。食塩を水に溶かせば、満足感が生まれ、逆に冷却して食塩の結晶を析出させると、痛みの感覚が生まれる。

 この事実を、宇宙的な関連の中でイメージするなら、地球の形成や、鉱物の形成が、このようなプロセスといかに関連しているかがわかる。地球の形成を遥か昔まで遡り辿っていくと、現在よりも、地球の温度が益々上昇し、熱くなっていき、レムリア時代では、岩石が溶解している状態、つまり、現在においては完全に固く結晶化してしまった鉱物が、今日の溶鉱炉の中で鉄が液体化しているように、流れ出している状態に到達する。

 鉱物は皆、このようなプロセス、つまり食塩水を冷却すると溶けていた食塩が沈殿するようなプロセスを経てきた。このように、地球上では全てが固体化し、結晶化してきた。このような固体化は、液体状の地球の中へ集結した結晶が次第に沈殿化していく形で進行した。このような固体化によって、地球は今日の肉体を持つ人類の棲家となり得た。

 この固体化は、ある特定の時期に頂点に達し、今日(1907年)、この頂点の時期は過ぎている。今日、既に、部分的に多少とも溶解プロセスが生じている。地球がその目的に達した時、そして人間がもはや地球から何も引き出せなくなるほど、浄化され、霊化された暁には、地球自体もまた霊化される。

 その時には、地球の鉱物的な含有物は全て精妙なエーテルになり、地球は物質化する前のアストラル的状態に移行する。物理的な溶解過程は、地球がこの状態に到るための過渡的状態である。

 この地球が、今日の進化段階で順次進化するための固体化した舞台、つまり基盤に至った準備時期を考察してみると、絶え間ない地球の受難プロセスが存在した。固体化を進めることで、地球は苦しみ、「苦痛に喘ぎ呻いてきた」。人間の生存は、地球の苦痛を通して獲得された。いわゆるアトランティス時代の初期まで、この地球の苦痛が増していったのが認められる。

 人間が次第に自らの浄化を行うようになった時から、地球も再び苦痛と受難から解放される。この溶解プロセスは、まだそれほど進んでいない。人間の足下にある大部分の固体の地盤は、今日も猶、苦しんでいる。その地盤へ向けて霊視するなら、固体は地球の苦悩であることがわかる。



「全ての自然は、苦痛のなかで、養子(幼子)が生み出されることを待ち焦がれている 」

 このパウロの言葉を翻訳すると、「地球生成全ては、後に地球上の存在たち(人類)という『養子(霊の幼子)を得る』いわゆる霊化の遂行のための、苦痛を伴う生成や固体への凝集である」という意味になる。

 人類が霊化を成し遂げるために、地球は、その母体としての苦痛を味わい、その基盤である固体を生み出した。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009年11月25日 16時57分25秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: