シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年11月26日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 この間、日本の教育白書という某番組をみて、日本の教育の深刻さを痛感した。

 家庭が、犯罪者や病弱者を生み出す源泉となっているように思えたのである。

 一言でいえば、「愛情の希薄さ、愛情のなさ」である。

 家庭料理に愛情を注がない母親、家庭に無関心な父親である。

 これでは、国家が破壊されないように、父親、母親になる資格制度が必要となるだろう。

 まず、親の親たる権利の放棄がある。

 家庭料理を既成レトルトの食品で済ましてしまう。それでは、家畜を飼うのと同じであろう。

 シュタイナーは、子供のうちから、既成レトルト食品に馴れさせると、肉体形成も、そのようになっていき、35歳を境に急速に衰え、特に関節炎や関節症になり、最後は痴呆症になるとも述べている。

 子供のときには、現れないが、大人になって現れるのである。



 また、人智学的にいえば、料理には、栄養の他に、料理をつくった人の努力が含まれている。生の食物が消化しづらいように、料理は、消化を促進するための作業なのである。だから、料理の手順には、消化の手順が込められている。それを食べることで、消化を学んでいることになる。

 だから、母親の手作りは、子供に消化を教えていることになるのである。子供にとっては、母親の手料理に勝る食物はない。西洋料理のほとんどが、母親の料理から生まれているのは、そのせいなのである。

 このような料理に隠された意味を、特にキリストの最後の晩餐の意味を知るものは皆無といえるだろう。

 料理とは、同じものを、皆で食べるから、精神統一ができるのである。

 日本人が組織的なのは、皆で、食事をすることにあると思う。その意味で、給食というのは、組織統一によいと思う。以心伝心の基礎といえる。

 母親が、母親の役割を放棄している。子供から学ぶことを忘れているように思える。子供を大切に思うのなら、母親という役割を通して、愛情を学ぶべきだろう。

 母親が、自分の身を犠牲にして、子供に愛情を注ぐ存在なら、父親は、神聖な不可侵の存在といえるだろう。

 社会で生きていくには、どうしても、人間は共同作業を行い、人それぞれの役割を担う必要がある。それには、規律と秩序、モラル、ルールが必要になる。

 破った者には、制裁が必要である。それは宇宙での法である。

 制裁を行うには、不可侵の権威、つまり神聖な勇気が必要だろう。



 だから、父親の言葉は絶対でないと、家庭は成立しない。子を制裁し、従わせることができない父親は、父親である信頼に乏しいので、資格がない。

 父親はルールでないといけないと思う。子は父親の背中をみて育つというのは父親が家庭のルールであり、大黒柱であるという意味だろう。

 だから、父親の感性が子供に影響することが大であろう。

 子供を通して、父親になろうとする教育が、そのまま子供の精神性の支柱となり、母親になろうとする教育が、そのまま子供の成長の支柱となるように思える。

 手抜きをすれば、手抜きをされた子供ができあがるだろう。実は、犯罪者や病弱者になってからでは手遅れなのである。 



 天才だって、努力の結実である。イチローは1日にしてならず。 

 努力を努力とも思わないのが天才なのだろう。それこそ愛情のなせる技である。





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Last updated  2009年11月26日 22時09分58秒
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