シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年08月03日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 恐らく、次のような反論があるだろう。

 著書「いかにして高次の世界を認識するか」には、前回述べた、銅に対する意識反応を発達させる為には、どのような準備段階を踏むべきか、に関する示唆がないではないか?

 確かに、著書のなかでは、銅については、原則的に特別触れてはいないが、その方向性は与えている。現代人が、どのようにして結晶や植物等の精神的な存在の中に参入していくべきか、に関する記述があり、その予備的な訓練法を示している。

 勿論、銅の本性に関して、どのように瞑想すべきか、の情報は与えていない。そのためには1冊の本、というより1つの図書館が必要になる。既に方向性を与えているので、例えば、自信を生起するための訓練や、何か特別な主題や対象に集中するときの訓練も必要なかった。

 そのような訓練は、実際、銅の本性に関して述べる内容により既にカバーしている。銅の本性に関して瞑想すべきである、というような特別な記述はない。朝夕に瞑想する目的のために、単純な主題を選ぶべきである、というようなことを示唆した。

 それは実質上、銅の本性に関する瞑想と同じなのである。単に瞑想の主題として、銅の金属としての性質を引き合いに出しているにすぎない。

 例えば、もし「光の中に叡智が放射する」というような特別な主題に関する瞑想を、熱心に実行するなら、内(精神)的な生活に決定的な影響を及ぼすだろう。また銅の本性をあらゆる角度から探求し、その物質的な側面に意識集中しても、同等の効果が得られる。

 人智学のアプローチは、第1に道徳的な立場から、第2に物質および科学的な立場からなされるが、科学者でない限り、道徳的な立場から精神世界に参入する方が遥かによい。

 従って、事物は、その正しい関係性において見る必要がある。というのも、現代人が、精神世界への洞察を得る為に、無批判に、古代の方法に従うのは間違いだからである。外的で、物質的なアプローチを、より道徳的で、精神的なアプローチに置き換える、というのが現代での正しい道筋である。



 その第1の理由として、解剖学者は死体解剖に、そのほとんどの時間を費やすことが挙げられ、最近(1924年)、学会は、警告を発し、「もっと沢山の死体を!」とも騒ぎ立てている。生命の隠された秘密を探求するには、死体が不足していると、解剖学者は考えている。

 けれども、このような調査の遂行にあたって、古代カルディア人の死体を調達するのは容易ではない!

 その第2の理由としては、いま(1924年)の粗雑な技術をもってしては、生命の隠された秘密に対する答えを見つけることはできない、からである。それは精神的な方法によってのみ探求し得るものである。

 現代人の肉体が古代人とは異なって構成されていることから、次の点を明確にしておく必要がある。今日でも、物質を高度に効能化させること、例えば、金属のポテンシャル(潜在力)を向上させる調製が可能だが、その理由は一体何処からくるのか? 

 その理由は、人智学が有する現在の自然の在り方に対する深い洞察からくる。もし、人体の本性を真に理解しているなら、その機能を、既にこれまで述べた金属(錫、銅、鉛等々)によって変化させられる、という事実を知っている。第一に、金属が意識状態を変化させる、ということを示した。

 しかしながら、今日、そのような変化が、いくらか世俗的な表現で、通常の生活でさえも、身体の中で生じる、ということに人々も気づいている。

 例えば、第3講で指摘した銅の作用を放射する領域での変化を経験する場合を想定する。そのような変化全ては、消化器官の障害の中、つまり、新陳代謝系の中の、主として栄養分の代謝や消化に関係する器官の障害として投影される。

 このような病気と呼べる人体組織における障害全ては、異なる意識状態の喚起にも結びついている。このような事実が示唆する全てを心にとどめるべきである。 

 さて、では、病気が生じる意味とは何なのか? 

 第3講で、現代人にとっての、通常の状態である覚醒意識の中心は心臓にある、と述べた。別の意識状態は、心臓以外の他の器官に関連しているが、それらの意識は絶えず潜在意識のなかにとどまっている。

 喉頭から脳までの範囲を含む喉頭の(鉄)領域は、第3講で述べた通常の覚醒意識に連なる他の意識状態の中に常在している。上記の消化器官近傍の領域(銅)は死者と同じ時間軸を共有している。



 従って、当人は、このような経験に関しては何も知らない。そのような経験は、無意識の中に、覚醒意識の敷居下(の潜在意識)にとどまっている。人間が死者と精神的な結びつきを持つ、この領域で、例えば消化不良のような障害が発生するとき、心臓より下の、この銅の意識が変化し、過度に活発に作用し始める。

  では、胃の不調のような異常はどのように説明できるか? 

 物質的な観点から見れば、それは、臨床医の診断のための兆候に過ぎない。ところで、ここに提示する観点は、医学による純粋な物質的アプローチに反対するものではない。このアプローチの価値を充分認め、評価している。

 正統的な医学を侮ったり、批判したりする道楽家や素人、もしくはいかさま師の態度は、人智学徒としては取らない。その発見を完全に受け入れる。



 勿論、治療開始前に、医学的診断がなされるが、精神的な立場から、胃が不調な人は、地上で知っていた魂たちと死後の精神的な結びつきを保持する必要性を感じている、と言うこともできる。しかし、当人は心臓の下に横たわる銅の意識に参入できないので、死者との交流に気づかない。

 胃の不調の精神的側面とは上記のようなものである。死者に過度に強く引きつけられるために、胃の不調が生じる。そのような条件下では、当人は死者に支配される。第3講で示したように、物質世界に比べて遥かに現実的な死後の世界からの影響を人間は強く受けている。

 例えば、眼の前に天秤があるものと想像する。一方が重くなり、針が振れても、もう一方の天秤皿に負荷をかけることで、ゼロ値の均衡を回復できる。

 過度に強く死者に引きつけられ、それに全く気づかないほど、心臓下の銅の意識に対する異常な感受性を発達させた人に見られる非平衡状態は、上記の一方の側に負荷をかけられた天秤に似ている。つまり、その反対側に同等の負荷を加えることで、平衡を回復できる。

 もし、心臓下の銅の意識があまりにも活発なら、代わりに(心臓を中心とした)他方の喉頭の鉄の領域における意識を減退させる必要がある。心臓は中央に位置し、心臓は調整者であり、天秤棒を振れるようにするクサビ型の支点である。

 (平衡をとるのだから、鉄の意識を強化すべきと思うだろうが、胸部を中央とした上半身と下半身は、逆に作用するので、鉄の意識のある喉頭は上半身なので、胃がある下半身のとは反対に、減退させないといけない。)

 つまり、銅の服用により、平衡が回復できる。現代人の身体は、喉頭が銅に反応するような形で構成されている、ということを既に指摘した。

 新陳代謝系と喉頭システムは天秤の両側のように密接に関連している。一方はもう一方により調整される。銅を、適切に処方し、服用するなら、患者は幾分、死者の領域から退くことで、健康を享受する方向に向かう。でなければ、益々、銅の領域に同化する。これが治療の精神的な側面である。

 従って、人智学徒は、今日、全ての物質が物質的な側面と同時に精神的な側面をもっている、ということを知っている。古代の秘儀参入者たちは、弟子たちの為に、秘儀参入の際、(薬剤投与という)物質的な側面を利用できたが、それは弟子たちが広範な訓練を経た後でのことだったのである。

 今日ではもはや、同じような方法で、銅の服用等を使用すべきではない。今日では、道徳的な属性における領域でのみ、魂の開発を行い、物質的な属性は医師の領域に委ねるべきである。

 物質の物質的な側面に精通し、それに関する詳細な研究を行う機会をもつ者が、その情報を、物質の道徳的な側面に関する知識により補完するのは重要である。

 現代の物質的認識や、精神的な方法を用いる分野での精神的な認識に関して、このようなことを厳守すべきである。人間の肉体は、時間の経過に伴って根本的に変化してきた。

 物質の道徳的な側面に関する知識とその物質的な側面に関する知識との間にかつて存在していた密接な関係が、いまは失われてしまったが、それを再び回復しなければならない。ここで、この失われた関係についてもう少し述べていく。





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Last updated  2010年08月09日 16時53分58秒
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