シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年08月11日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間

金属の本性を通じての魂の内(精神)的な活性化


 人間が日常生活の覚醒(金の)意識とは異なる意識状態をいかに発達できるか、そして、古代のような知識や活動分野においては、今日のような意識をもたなかったという事実に対して、人類の進化の歴史から、豊富な証拠がいかに提供できるか、ということを示してきた。

 次に、10世紀、11世紀、12世紀に生きた学者たちの意識と、当時、例えばシャルトルの学院における知識の涵養方法との間の関係に注意を促した。このような古代と中世の知識関係から、現在の意識レベルとは全く関連しない知覚形態がいかに生じてきたか、ということも指摘した。ダンテの師、ブルネット・ラティーニがその代表であった。

 第4講では、更に前の時代、例えばエフェソスの秘儀の時代における人間の宇宙に対する関係を呼び起こした。それにより、当時、今日の通常の科学的な覚醒(金の)意識状態に、ある程度関連するとはいえ、全体として異なる(鉄、錫、鉛、銅の)意識状態がいかに優勢であったかを知った。

 さて、少し脇道にそれた後、更に探求を続ける。既に金属の特性が、つまり鉱物元素の基本的な物質性が人間とその意識状態にいかに関連しているか、ということを示した。すなわち、金属の銅に対する人間のなか(消化器官)の関係を示した後、いわば死後間もない死者の経験への参加を可能にする意識状態について記述した。

 ここで、ブルネット・ラティーニが発熱の後、半ば病理的な状態の中で経験したのは、実は、このような知覚形態であった、ということに気づく必要がある。

 彼が記述した全て、すなわち女神ナチュラのインスピレーションを通してやってきた知識全ては、死後間もない死者の経験に与れる意識状態(日常の覚醒意識に密接に関連する)の中で、真に獲得できる。

 第4講で、その意識は、より現実性の高い状態であった、と述べた。人間は、現象世界に比べて、より力強く、より光り輝く世界に、つまり、全ての存在に更なる完成を与える世界にも住んでいる。

 人間は、この銅の意識により、死の門を通って間もない魂の経験に与る可能性をもっている。



 この世に生まれる直前の生活、すなわち、生まれる前の、まだ精神世界にいた頃の経験だけを見る。従って、この意識状態の中では、通常住んでいる世界から引き離される、ということに気づく。

 では、一体、それがどういうことなのか? を示す。

 ある日に、ある人が生まれたとする。もし、その人が40歳のとき、銅の意識状態を達成したなら(銅の意識は第3講で説明した)、その人の知覚はもはや現在の経験や30歳、或いは35歳の時の知覚にも関連せず、ただ生まれる直前の経験を振り返れるだけとなる。

 その人は、生まれる前の経験を、自分自身に関しても、他の人に関しても知ることができるが、生前の日常的世界のなかの存在は理解できない。日常的世界は人間に関する理解だけに限られる。

 例えば、動物は、日常生活の見慣れた物質的な姿では現れない。直上の世界(欲界)を覗くと、動物の集合魂と呼ばれる存在を知覚できる。いわば動物の種のオーラを見ることになる。

 そして、現在の唯物的な時代では完全に無視されているものが、人類にとって最高に重要なものが、その世界に見出される。

 もし、ベルナルドゥス・シルベストリ、アラヌス・アブ・インスリスやその他のシャルトルの学院の教師たちにより、生きた存在として描写された存在、すなわち女神「ナチュラ」として常在していた存在に触れるなら、たとえ最高の大学であらゆる学問に関する全ての現代的な知識を学んでいたとしても、自分が計り知れないほど無知であると感じられるだろう。

 現在の知識は誕生から死までの世界だけに適合するもので、死者を死の門の向こう側まで追跡できる意識をもって精神世界に参入するとき、その知識はもはや有効ではない、と感じられる。

 例えば、化学を探求するとき、その知識の総計は誕生と死の間の世界(現世)にだけ有効である。いわゆる化学は、秘儀参入者が死者と共有する世界では重要ではない。現象世界で獲得する全知識は、死から新たな生(転生)の間の、この中間的状態(死後の世界)では価値がなく、単なる記憶として残るだけである。

 銅の意識をもって参入すると、「いま参入している、この中間的な領域に関する直接的な意識を私はもっているが、あれほど多くを学んだ日常的世界は、逆に私の意識から霞んでしまった」と感じる。この別の世界が、参入時には、目の前に広がる。



 さて、しかし、中間的世界(死後の世界)では、堅固としている、太陽光を反射して輝く存在として記述できる全ての対象も、意義を持たなくなる。つまり、日常的世界の山の記憶から何かが流出し、それが何処までも大きくなり、別の種類の現実性を印象づける。

 例えば、通常状態の日常生活では、山の上に雲がかかっているのを見ることがある。雲は水蒸気の凝縮によるものであることに何の疑いもない。中間的世界では、このような現象もまた(日常の)現実性を失い、何か別の現実性が雲から現れる。

 別の現実性は、山や雲が徐々に視界から消えるに従い現れる。山と雲はただ漠然としているだけでなく、山と雲という組み合わせの中から、同時に新しく形態を与えられた現実が生まれる。このような現実は、この中間的世界における全ての対象に当てはまる。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010年08月18日 16時54分08秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: