シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年12月18日
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カテゴリ: 神秘体験空間
第5講



 全古代文明の源は秘儀の本質にあったが、東洋から、西洋へ、まずギリシアへと経てきた叡智の本質の、このエフェソスの秘儀における急激な変化のなかに参入するときにだけ、新旧の歴史の意味を読み解ける。そして、この急激な変化とは大体以下のようなものだった。

 かつての東洋の秘儀(イシュタル?)に参入すると、偉大な意味深い真実を、秘儀の祭司たち自らが観たものから、弟子たちに啓示できた、という印象を受ける。

 時代を遡るほど、秘儀参入の祭司、つまり賢者たちは、神々自身、いわゆる惑星界、もしくは地上の現象を導く、様々な霊的存在を、秘儀のなかに直接再現でき、実際、神々は秘儀参入の場である神殿に現われた事実がみえる。

 人間(ミクロコスモス)とマクロコスモス(大宇宙)との関係は、実際に様々な秘儀において明かされ、ヒベルニアの秘儀やアリストテレスがアレクサンダーにまだ語ることができた霊的存在について、第4講で述べたような壮大な方法で明かされた。

 また、古代の東洋のいかなる秘儀においても、現代のように、特に道徳や道徳的な観念が、自然の観念と、厳密に分離していなかった。

 アリストテレスが、アレクサンダーに、水の元素霊(精霊)たちが支配していた北西を指し示すことで、北西からくる存在は、今日のような、風等その他の純粋な物質的現象を生起するといった、単なる物質的な観念だけではなく、物質的な観念と同時に道徳的な観念もやってきた。

 太古では物質と道徳は1つだった。物質観と道徳観が1つだったのは、そもそも、古代の秘儀において与えられた(霊的)認識を通して、人間は自らを全自然と(古代人は、自然霊を知覚していたので)一体のものと感じていたからである。

 例えば、ギルガメッシュの生涯と、エフェソスの秘儀へと近づいた、次の受肉(アレキサンダー)の生涯との間に過ぎ去った時代のなかに、人間の自然に対する関係における、ある1つの転換がある。ちょうどその時期に、人間と自然霊との関係に関する(霊的)直観が活力をもって現れる。



「外には、植物界が様々に広がっているのが見える。新緑に芽吹き、生長し、実を結ぶ植物界が広がっている。春に発芽し生長し秋には枯れてゆく1年生植物が、草原に、野原に見え、そこには何百年も成長し続ける木々も見える。樹皮と木質部を外側に持ち、地中深く根を伸ばした木々だ!

この外界で、1年生植物や花として根を降ろす植物全てや、堅固とした衝動とともに地中へと深く伸びる成長力全てを、人間である自分は、かつて自身のなかに担っていた。」

 以上のような確信である。

 今日、現代人は、人間の呼吸によってできた炭酸が、部屋にあれば、自分は、この炭酸を吐き出したように感じる。人間は、自分は、この部屋のなかに炭酸を吐き出したように感じる。

 今日の現代人は、わずかしか宇宙と関わり合っていないと言ってよいかもしれない。人間という存在の空気的な部分において、生体組織のなかで生じている呼吸その他の空気的プロセスの根底にある空気において、人間は、大いなる宇宙、いわゆるマクロコスモスと、生命的に関わり合っていることを知らない。

 現代人は、吐き出された呼気、つまり最初、体内にあって、現在外にある炭酸を眺めることができる。今日の現代人が(実際に眺めることはほとんどないが、眺めることは可能である)吐き出された炭酸を眺めるのと同じように、東洋の秘儀に参入したか、あるいは東洋の秘儀から外に流出した叡智を受け入れた古代人は、植物界全体を(自ら吐き出した呼気のように)眺めていた。

 古代人は、次のように言った。

「宇宙の進化において古代の太陽紀を振り返って見る。そのとき、人間はまだ内部に植物を担っていた。その後、人間は植物を地球のあたり一面に流出させた。けれども、まだ人間が植物を、体内に担っていたとき、まだ植物界とともに全宇宙を包含していたアダム・カドモンだったとき、この全植物界は、まだ水(液体)的-空気(気体)的な存在だった。」

 人間は、植物界を、自身から分離(分泌)した。もし、人間が、地球の大きさになり、それから、水という元素のなかで変容し、生じ、枯れ、生長し、様々な変化を遂げ、色んな姿をとる植物の前身を、内に向かって分泌することをイメージできれば、当時の古代人の心情を呼び起こすことができる。

 かつては、このイメージの通りであったという歴史を、ギルガメッシュの時代に、彼方の東洋で、教育を受けた古代人たちは語った。古代人は、草原の植物の成長を見ると、「人間は、人間の進化の前段階で植物を分離したが、地球が植物を受け取った。」と語った。

 植物の根は、木質や木の性質全てと同様に、そのとき、まだ地球にはなかったが、植物の前身全般を、人間(アダム・カドモン)は、自分から切り離し、地球に受け取られた。人間は、植物の前身全てと密接な親和性を感じていた。



 人間(アダム・カドモン)は植物を地球まで携え、それから植物を地球に委ねた。地球は植物を自らの懐に受け入れた。地球上で、人間は、植物にとっては、神々の仲介者、神々と地球との間の仲介者となった。

 従って、上述した大いなる体験は、単純化すれば以下の図のように描写できるが(下図参照)、植物を自ら地球へと分離したような体験を、現実にもっていた古代人たちは、人間は、宇宙(黄)から地球にやってきた存在だ、と感じていた。

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 人数は問題でなく、第4講で既に述べたように、太古の人間たちは、互いに合体し、1つになっていたからである。人間(アダム・カドモン)は、植物の前身を全て分離し、そして地球は、植物の前身を受け取り、それに、将来、根となるものを与えた(上図の暗緑色の線)。

 上記のように、古代人は、自分が、植物の成長と共に、地球を包み込み(上図の赤の覆い)、また地球が自ら分離した植物の前身に包み込まれることに感謝しながら、人間が液体-気体的な植物エレメント(元素霊)の形で、地球に吹きかけた植物の前身が、地球に受け入れられたように感じた。





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Last updated  2010年12月22日 16時49分45秒
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