シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年06月02日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 日本の祭りは、太陽崇拝なので、太陽霊を祭るキリスト祭となる。キリストを人間イエスとして祭るのが、西洋のキリスト教だとすると、日本の祭りは、イエスに降臨した太陽霊である天照大御神そのものを祀る祭りといえる。祭りの手段や方法が異なるだけで、太陽崇拝に変わりはない。

 また、日本人を、大和民族、つまり、ヤハウエの民である、聖書に記されたユダヤ人とするなら、契約の土地は、日本列島になる。日本の古代の邪馬台国で、有名なのは卑弥呼だが、日の巫女とも読める。例えば、以下のホームページは興味深い。

卑弥呼-郡国の女王から大ユダの女王まで
http://www.saturn.dti.ne.jp/~ttshk/framepage10.htm

 日の巫女といえば、太陽神(霊)の神託を受ける者で、霊能者といえる。神秘学では、霊媒という。例えば、以下のホームページのなかに、巫女と審神者の違いなどが載っているが、古代では、2人が1組になって、交霊術を行っていたようである。

巫女と審神者
http://natural-magic-school.seesaa.net/article/14850213.html

 1人が霊媒になり、もう1人が霊媒に降臨した霊の位階、つまり霊格を判断するわけである。低級な霊を降ろしてしまったら、低級な霊を退散させ、霊媒を救えないといけないので、審神者は熟練を要したようである。秘儀参入の場合は、導師が、審神者になり、弟子の霊媒を指導したようである。

 そのような交霊術、神秘学でいう、いわゆる秘儀参入法が形骸化し、祭りとなり、その祭りも形骸化し、政治となったのであろう。霊媒が、王となり、審神者が書記(祐筆)であり、現代社会では、霊媒が政治家で、審神者が官僚となる。



「君が代」に秘められたユダヤルーツ
http://judea.naritacity.com/journal_japan_080215.asp

 「君が代は」は、「クム」「ガ」「ヨワ」となり、「立つ、または起き上がる」「相手を誉め称える」「YHWH(ヤハウエ)」というヘブライ語の意味になり、「立ち上がって神を誉め称えよ!」と解釈できるという。

 つまり、君が代を斉唱するときは、立ち上がって、ヤハウエ神(太陽神)を誉め称えることが正解といえる。 

 次に、「千代に八千代に」は、「チヨニ」「ヤ」「チヨニ」で、「シオンの民」「YHWH(ヤハウエ)」「シオンの民」というヘブライ語の意味になり、「シオンの民、ヤハウエ神の選民」と解釈できるという。

 「細石の」は、「サ」「ザレ」「イシノ」で、「喜ぶ」「残された選民」「人類を救う」というヘブライ語の意味となり、「人類を救う残された選民として喜べ」と解釈できるという。ちなみに日本人の姓にイシノ(石野)や、イシ(医師)という言葉があるように、イシ(石)は、ヘブライ語では、「救い」を意味するようである。

 以上、君が代の歌詞の前半は、

 「立ち上がって神を誉め称えよ! シオンの民、ヤハウエ神の選民 人類を救う残された選民として喜べ!」となるという。

 続いて、「巌となりて」は、「イワ」「オト」「ナリテ」で、ヘブライ語の意味は「YHWH(ヤハウエ)神」「証、予言」「成就する」となり、「神の証(予言)が成就した」となるという。イワ(岩)も、イシと同じで、日本人の姓に用いられるが、ヘブライ語では、「神」の意味であるという。

 そして最後の「苔のむすまで」は、「コカノ」「ムーシュマッテ」で、ヘブライ語では、「全ての場所」「語られ、鳴り響く」となり、「全ての場所に語られ、鳴り響く」という意味になるそうだ。

 以上から、君が代の歌詞は、



 君が代の歴史的経緯によると、君が代は、『古今和歌集』、『和漢朗詠集』にあったといわれ、それは以下のような歌詞だったという。

 『古今和歌集』
 我君ハ 千世子やちよに さざれ石升 い尤保と成て 苔乃む寿まで
 我君は 千世子やちよに 沙ざ礼石乃 いは不と成て 苔升む寿まで

 『和漢朗詠集』



 これらを、以下のヘブライ語解釈、つまり、

「クム」「ガ」「ヨワ」「チヨニ」「ヤ」「チヨニ」「サ」「ザレ」「イシノ」「イワ」「オト」「ナリテ」「コカノ」「ムーシュマッテ」 から、比較すると、

 『和漢朗詠集』の方が、ヘブライ語解釈に近い、特に、「コカノ」が、「古家憲」の部分と、冒頭の 『古今和歌集』では、「キミガヨワ」が「ワガキミワ」と逆読みになっているところである。

 以上のように、恐らく、古代では、君が代は、祭りのときに、斉唱されたのではないか、とも思えてくる。 

 つまり、君が代は、ユダヤの民に、キリストという太陽霊が、地球に、人類を救いにくるという救世主到来の預言の唱なのではないか、ということである。

 だから、全くの仮説にすぎないが、更に推測を進めると、シナイ山で、モーセに啓示した、太陽霊の到来が伝承されて、君が代になったのではないか、とも思えてくる。

 ちなみに、完全なこじつけだが、シナイは、日本語の「死なない」とも取れ、死なない山だから、不死山、つまり富士山とも妄想できる。実はこのようなこじつけは、日本のお札(さつ、貨幣)の絵柄のなかの富士山が湖に映る姿が、実はシナイ山ではないか、という都市伝説にもある。

 シナイ山は、別名ホレブ山とも呼ばれ、日本語でいう、「滅ぶ、荒れる」になる。また、シナイは、「棘のある木」が語源で、また、「燃えているのに焼けていない(死んでいるのに、死んでいない」という意味ももつという。シナイは剣道の竹刀(しない)をも思い起こさせる。

 また、モーセも、日本語の「もさ」、つまり「猛者」とも読めるし、「おさ」、つまり「長(おさ)」とも読める。また「申(もう)す」とも読める。モーセは、ヘブライ語の意味では、「子」や「引き上げる」という意味がある。

 「子」は幼(おさな)いに通じるし、「引き上げる」という意味は、川に流れていたモーセを水から引き上げた出来事にちなんでいる。この出来事は、日本の童話、桃太郎を思い起こさせる。また日本では、村長を「おさ」と呼ぶ風習もある。

 日本には、ヤオロズの神、つまり八百万の神がいるといわれているが、実は、耶蘇(ヤソ)の神、ヤオの神、つまり、ヤハウエ神のことではないかとも思うのである。

 なぜなら、ヤハウエは、YHWHで、ヤハ、ヤオ、ヤホと呼べる。日本人が、山に登り、「ヤッホー」と叫び、反響を楽しむ行為は、「ヤハウエ」の「ヤッホー」からきているのではないかとも思われる。

 つまり、ヤハウエ神が、ヤソ、ヤハとなり、八幡(やは)で当て字され、ヤホロスとなり、八百万のヤオロズになったのではないかと思うわけで、これは、1つの神ヤハウエが、各個人々に分化し、1つが、八百万に分かれたという歴史的経緯を現し、神秘学でいうなら、集団自我が、個人の自我に分かれたことを意味するのではないか、と思われる。

 また、モーセ、つまり、長(おさ)という集団自我が、各構成員の個人の自我にわかれていく経緯を示しているようにもみえる。その伝承方法が、祭りなのではないか、というわけである。

 もし、日本人が聖書でいわれるユダヤ人であるなら、日本列島が約束の地カナンとなる。そこで、カナン(クナーアン Canaan)を日本語読みにすると、艱難、困難、観音という言葉が思い浮かぶ。

 約束の地カナンは、艱難、困難、観音の地ということになる。日本列島ほど天変地異の多い土地はない。それは、シュタイナーも述べているが、地球を、火山帯を一辺とする正四面体とすれば、日本列島が頂点にあたるからである。

 つまり、天変地異が多いということは、人間の力ではどうにもならない土地という意味でもある。逆に言えば、神様の統治する土地なので、神様が大家さんで、神様が許可しなければ住めない土地となる。そのような困難な土地に住む日本人は、天変地異から守られているわけで、約束の土地とは、日本列島なのではないかというトンデモな仮説がなりたつように思えてくる。

 もし、このトンデモ仮説が正しければ、天照大御神はキリストであり、神武天皇は、モーセなのかもしれない。

 神武天皇の正式名称は、「カム・ヤマト・イワレ・ビコノ・スメラ・ミコト」であるという。ヘブライ語に訳すと、「サマリア(スメラ)の皇帝であり、ヘブライ民族から誕生した神の選民を集めた開拓者」だという。

 つまり、モーセのことに他ならない。

 ちなみに、「とんでもない」とは、ヘブライ語では、「ゲシェム?マ・ピトム!」というらしいが、「ゴメン、マッピラ」、つまり、真っ平御免となる。

 信じるか信じないかは、あなた次第!





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Last updated  2011年06月02日 16時54分38秒
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