シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年07月29日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 地球創造の太初から響いてくるエロヒムの言葉(モーセ創世記1章.31)を理解し、キリスト衝動により、このエロヒムの言葉を理解し、キリスト衝動の理解を通じて感じ取れる理念を、これから先も更に、魂に作用し続ける贈り物として受け取ってほしい。

 そして、人類の進化に対するキリスト衝動が意図した転換点を、同時に人智学的な精神(霊)的潮流の出発点とみなして欲しい。この精神(霊)的潮流を通じて、自らのうちに、完全な自己認識へと到達できる可能性を認識できるという理由からも、この精神的潮流を人智学的な叡智にして欲しい。

 人間が自身の魂のなかで本質的に作り上げるべきものを、自分と外の自然との間で演じられる問題として観察する限りは、まだ完全な自己意識には到達できない。人智は、人智学的叡智の認識に到達できず、人間は、人間の魂のなかの認識に到達できない。

 世界(宇宙)が、マーヤーに没しているように見ることは、神々が人間に準備した問題で、人間の魂の問題、すなわち、高次の自己認識の問題である。これは人間が、人間のなかで、自ら認識すべき問題である。また、これは人智学の問題でもあり、人智学を通じてはじめて、人間のなかで人智学として認識できる叡智を感じ取ることができるようになる。

 人智学の運動に参加しようと決心するとき、キリスト衝動(意志)として感じ取るものは、最高の種類の謙虚さでなくてはならない。それは、自ら、次のように言い聞かせるような謙虚さである。

 「人間の魂の問題を飛び越えて、神々の最高の歩みのなかに一気に入り込みたいと思ったなら、容易に謙虚さが消え去ってしまう。謙虚に代わって容易に高慢が現れ、虚栄心が容易に起こる。」

 人智学協会が、この高次の道徳的領域における出発点でもあるように願いたい。

 最高の存在たちを受け入れるときに、高慢、虚栄心、功名心、不誠実のかたちで、神智学運動のなかに容易に忍び込んできたものを、人智学協会が回避するように、人智学協会が、出発点において、マーヤーとともに形成すべきものを、人間の魂そのものの問題とみなすことにより、克服できるように願う。

 人智学協会を人間の最深の謙虚さの成果とすべきである。というのも、超感覚の、霊性の領域に赴き、聖なる真実のなかに参入するときに必要な最高の誠実さは、この謙虚さから湧き出てくるからである。



 「神智学という名称が、不遜さ、虚栄心、功名心においてなおも引き起こしているものを克服するように、謙虚さという印(シルシ)と標語のもとに、神々と神々の叡智を、慎ましく仰ぎ見るとき、人間と人間の叡智を責任を持ってとらえ、敬虔さ(謙虚さ)をもって神智学に近づき、責任をもって人智学に参入し、神智学の不完全な叡智を克服するように願う。」

 人智学は、謙虚さにより、神的存在や神々へと導くだろう。そして、人智学を通じて最高の意味で謙虚に真に人間自身の内面を見ることを学び、特に、厳しい自己教育と自己陶冶のなかで、あらゆるマーヤーとあらゆる錯誤に対して、あらゆる格闘を自身のなかに見るとき、青銅の銘板に書かれたような「人智学」の叡智が、上方に掲げられることを願う。

 特に人智学を通じての自己認識を、自己に対する謙虚さを求め、最高の誠実さをもって、人間の魂のなかに自己認識が確立しているときにのみ、真実は花開き、真実に基づいた建物を建てることができることを強く促すように願う。

 あらゆる虚栄心は何に由来するのか?

 あらゆる不誠実は何に由来するのか?

 これらは自己認識の欠如による。

 真実は何から生まれるのか? 

 神々の宇宙(世界)と神々の叡智に対する混同のない謙虚さは何から生まれるのか?

 これらは真の自己認識、自己教育、自己陶冶からのみ生まれる。

 人智学運動を通じて流れ出し、脈打つ叡智が、これらのために役立つことを願う。この理由から、この人智学運動の出発点となる連続講義を行った。この連続講義が、差別問題を超え、この運動とともに、西洋の地平から、東洋的な思考も把握し、東洋の彼方を超えて、更に拡げてゆくことができる、ということを証し示すだろう。

 人智学的な方法で、謙虚に把握し、自己教育し、自らの魂のなかで、自己教育と自己陶冶への意志を強めよう。人智学徒が謙虚さをもって、叡智を手がけるなら、人智学は有益な結果に至るだろう。そして、どの個人にも、どの人間社会にも癒しを与える目的へと到達するだろう。

「見よ、全ては極めて良かった」 が語られる。この言葉を、この連続講義の最後の言葉としたい。魂のなかに、この言葉を、これからの時代に携えていくことができる人たちがいれば、人智学運動のために、ここ数日間集った意味があり、この人智学運動のなかの実りある光となるだろう。

 常に人智学のもとに集い、今、講義の終わりに際して残したい言葉、最後の瞬間における理念として魂の前に置くべき「謙虚」という言葉、そして「自己認識」という言葉を、正しい礎にできるように願う。

(エロヒムの言葉「見よ、全ては極めて良かった」という全肯定というべき自己認識から、なぜか、漫画の元祖天才バカボンのパパの「これで、いいのだ!」という科白を思い浮かべるのは私だけだろうか?)





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Last updated  2011年08月02日 10時51分53秒
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