シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年10月17日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて、前回述べた人間が放射(放出)する霊的実質全ては、一体どうなるのか?

 人間から放射(放出)される全てを全体として考えてみれば、それは、実際、人間が物質界に対して行使する影響の総体となる。何故なら、人間が何をするにしても、放出する際には、運動を行うからで、つまり、骨格や筋肉システムを運動させることになる。

 そればかりでなく、ただ横になって考えているときにも、インテュイション(神通力)的に知覚可能な霊的実質を放射している。要するに、人間は、いかなる活動に従事するときにも、活動により、この精神(霊)的な実質を物質界に送り出している。

 以上のように、人間のなかの霊的実質は絶えず人間から物質界へと移行している。実際、もし、以上に述べたような放出プロセスが生じなかったら、地球が進化の終りに達したときには、その後に何も霊的実質が残らなくなってしまう。その後に何も残らず、ただ、粉々になった物質が塵のように宇宙空間へと散って行くだろう。

 しかし人間を通じて、地球の物質的なプロセスから、何かが拾われ、救い出され、普遍的な宇宙の中で霊的実質として生き続ける。そして、それは、人間のなかのインテュイション(神通力)、インスピレーション(霊聴力)、イマジネーション(霊視力)を通じて、生じる。

 以上のように、人間は、物質界が自らを新しく構築するための根拠を与える。人間は、いわば物質界のために建築材料を提供する。この霊的実質こそ、地球の物質部分が死体のように引き裂かれ、打ち砕かれるときにも、地球全体の魂、もしくは全体の精神として生き続ける霊的存在のことである。

 それは、個々の人間が、死の門を通過し、魂、もしくは精神(霊)的な本性が生き続けるのと同じである。人間は、個人的な魂を、死の門を超えても担っていくが、地球は、人間のイマジネーション(霊視力)、インスピレーション(霊聴力)、インテュイション(神通力)から放出される霊的実質を、次の進化段階の木星紀へと担っていく。

 人間の内にある、前回に述べた二種類の作用が、大いに異なっているのは、この点にある。感覚で知覚し、腺組織から分泌し、栄養摂取と消化を行う作用は、捨て去られる運命にあり、すなわち、時間的な存在で、消滅する存在である。

 他方の作用の、神経や筋肉や骨が存在する結果として、生じる霊的実質は、地球に取り込まれることで、地球は存在し続けることができる。



 その秘密は完全なる真実である。

 人間が、周囲に流出する霊的実質は、はっきりと2つに大別できる。1つは、宇宙の普遍的存在が、いわば依存するインテュイション(神通力)、インスピレーション(霊聴力)、イマジネーション(霊視力)である。宇宙はそれらを受け取り、飲み込む。

 2つ目は、宇宙が受け取らず、逆に拒否するインテュイション(神通力)、インスピレーション(霊聴力)、イマジネーション(霊視力)である。宇宙の普遍的存在は、次のような言葉で表せるほど、その2つ目に対して、はっきりとした態度をとる。

「私は、人間が出した1つ目の(善なる)インテュイション(神通力)、インスピレーション(霊聴力)、イマジネーション(霊視力)は利用できる。私は、それらを吸収し、木星へともたらす。」

 しかし、宇宙に受け取られなかった(悪なる)インテュイション(神通力)、インスピレーション(霊聴力)、イマジネーション(霊視力)、つまり、宇宙の普遍的存在には拒絶され、受け取りを拒否された霊的実質が、2つ目のものである。

 その2つ目のものは、宇宙のどこにも受け入れられずに放置され、宇宙の中に(精神的状態だが)とどまり続け、解体されない。以上のように、人間が放出するものは、2つに大別でき、宇宙が喜んで受け取るものと拒絶するものである。

 宇宙は後者(2つ目のもの)を喜ばず、放置するので、そこに取り残される。

 では、取り残された霊的実質は、どのくらい、そこにとどまるのか?

 (俗にいう浮遊霊のことか、仏教でいう執着心か)

 放出した人間自身がやって来て、放置された霊的実質を破壊できる種類の流出を行い、自分で破壊できるような時が来るまでである。一般的に、宇宙が拒絶した霊的実質を流出した人間以外には、誰もそれを破壊できない。

 ここに、カルマの働く仕組みの一端があり、カルマの働きの中で、宇宙が拒絶したイマジネーション(霊視力流出の霊的実質)、インスピレーション(霊聴力流出の霊的実質)、インテュイション(神通力流出の霊的実質)に再び自分で向き合わなければならない理由がある。



 (要するに、善なる永遠の行為は、宇宙に受け取られ、次の地球の転生をつくるものに使われるが、善でない悪の行為は、宇宙に拒絶され、自らで処分しなければならない。環境に対するゴミ問題に置き換えて考えるとよいだろう。

 悪の行為を行うと、その悪の行為を自らで破壊するまで転生を続けないといけないから、半永久的に天国にいけないで、彷徨う羽目になる。俗に悪霊が憑いてまわるが、自分で、正しい行為を行って、除霊するしかない。)

 偽りの思考は何であろうと、醜い感情は何であろうと、悪徳は何であろうと、宇宙に拒絶されるので、拒絶された場所に、それ以上あるべきでないなら、人間が自分で、それらを消し去らなければならない。消し去るために必要とされる(善なる)思考、感情、意志、もしくは行いをもって為さなければならない。

 宇宙に拒絶された霊的実質は、消し去られるまで、いつまでも、放出した当人の後についてくる。従って、宇宙が、人間とは全く無関係な自然法則から成り立つという主張、もしくは、人間とは中立的な自然法則により表現できるという主張が真実でないことがわかる。

 人間の周りに広がる宇宙(感覚により知覚でき、理性により把握できるが)は、その中に全く別の力をもっている。宇宙は、悪徳、醜悪、偽りを激しく拒み、はねつけ、同時に、真実、善、美を、自分の中に受け入れる。



 (古代エジプトでは、最後の審判について、ヒエログラフに記載しているようである。最後の審判とは、人間の死後に行われる、当人の人生の善悪に対する審判である。

 古代エジプトでは、人間の全行為が、心臓に記述されているものと考えられ、勿論、霊的な意味で、死後、人間から、心臓を取り出され、天秤にかけられ、天に召されるための翼の重さと比較されることが描写されている。

 その審判を行うのが、太陽神ラーであり、心臓と翼を比較するために代筆をする時間の神トートである。時間の神トートは、人間のなかに心臓とともにいた神ともいえる。人間の思考、感情、意志を動かしていた本体なので、全てを記述しているわけである。

 現代の裁判の弁護士ともいえる。古代エジプトでは、時間が、人間を支配していることが理解されていたといえるわけである。

 最後の審判により、天国に召されるなら、問題はないが、大抵の人間は、罪を犯しているので、悪霊、つまり悪い霊的実質がついてまわるわけで、怪物に食べられることになり、その怪物を退治するため、つまりカルマを解消するために、再び転生しないといけないので、新しい肉体が必要になるわけで、それが伝承されて、ミイラになるわけである。

 つまり、エジプト人がミイラをつくったのは、悪霊と戦い、カルマを解消するためであることが、シュタイナーの講義からわかる。ミイラとは、人間の肉体のことである。SF的に考えるなら、遺伝子操作をしていたとも考えられる。)





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Last updated  2011年10月18日 09時27分46秒
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