シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年10月18日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回の内容から、今、「人間の進化は、高次の精神(霊)的な存在達と、どのような関係にあるのか?」という疑問に対する答えを発見する。

 これまで、一方で、感覚、腺組織、消化機能を持つ人間が、ルシファーの影響を通じて存在するようになった経緯を見てきた。他方でまた、ある意味、ルシファーの影響に帰するが、人間に対する上記の第1の作用が、そのまま消滅すべき運命をもちながら、時間の中に存在するように定められているのに対し、第2の作用は、人間の本性を、永遠性と持続性において救出し、人間性を未来へともたらす。

 従って、人間が第1の作用(感覚、腺組織、消化機能を持つ人間)をもったとき、人間は、高次の精神(霊)的な存在性から本当に脱落したが、その釣り合いをとるために、第2の作用(神経、筋肉、骨を持つ人間)の受け取りを通じて、再び精神(霊)的な存在へと少しずつ上昇の歩みを進めている。

 しかし今、不思議なのは、イマジネーション(霊視力)、インスピレーション(霊聴力)、インテュイション(神通力)的な霊的実質の分泌が、物質的なプロセス(破壊的なプロセス)を通じてしか生じない、ということである。

 もし、神経、筋肉、骨が絶えず崩壊せずに、そのまま継続するものだったら、人間は、上記の精神(霊)的実質を放出できなかっただろう。というのも、精神(霊)に輝きを与え、燃え立つ機会を与えることができるのは、物質の破壊と衰退だけだからである。

 もし、以上述べてきたように、神経、筋肉、骨が衰微し、最終的には死の中で破壊されなかったら、人間は、永遠に、地球上の存在性のなかに縛りつけられ、未来へとつながる更なる進化に参加できなかっただろう。

 現在の人間はまるで石のように硬化し、未来に向けての進化が不可能になっただろう。人間のなかの一方の作用と、他方の作用の間に働く力とは、2つの作用を、互いに均衡を取りながら支え合い、バランスするような力である。

 そして今、上記の2つの作用の間に、いわば、それらを仲介するものとして、ある霊的な実質を発見する。その実質については、一般向けの講演で何回も述べてきたが、上記の2つの作用との関連ではほとんど言及してこなかった。

 その2つの作用の間にある霊的な実質とは血液である。



 もし、ルシファーの影響がなければ、肉体、エーテル体、アストラル体は、現在とは別様に互いの中に働きかけ合っていた、という事実を理解し、霊的な観点からいえば、それらは純粋に超感覚(霊)的な関係だった。ただ後になって、過去に被ったルシファーの影響から、物質に働きかけ、自分の中に物質を取り込み、物質を現在のような状態にした。

 だから、神経、筋肉、骨の霊的な実質は、人間の構成体が不規則に組み合わさっているという事実に負っている。

 本来なら、超感覚的な関係である霊的実質に対し、ルシファーは影響を及ぼせない。というのも、人間が、自らの構成体をずらし、混乱させた結果として、霊的実質から、物質が生じたからである。人間が、ルシファーが接近してきた場所、つまり4つの各構成体間に不整合を生じさせた。

 ところが、血液という物質、もしくは血液の霊的実質に対しては、ルシファーは直接働きかけることができる。

 人間は、血液に関しても(血液は特別な液体だが)、神々が本当に意図した状態にはなく、つまり、ルシファーの影響のため、本当の人間の血のありかたでないことを、血液という物質的な実質自体が示していることがわかる。というのも、血は本来あるべき姿とは全く異なった存在になったからである。

 「そんな馬鹿な!」と思うかもしれないが、それは真実である。

 物質の起源について以前述べた事実を思い出してほしい。精神(霊)的な形態が、一種の境界、もしくは限界に達した後、分解し、分散するときに、物質が生じ、つまり、砕け散った(霊的な)形態が物質として現れる、という事実を、そのときに述べた。

 地上の物質とは以上のようなものだが、直接生じるのは、実際には、鉱物界だけである。何故なら、鉱物界以外のその他の物質は、その際、介入してくる別の条件に捉えられることで変化し、改造されるからである。ところが、血の実質は、特別なありかたをする霊的な実質である。

 血の霊的実質も、本来は、ある限界まで達するように定められていた。

masga5.jpg

 例えば、図8の(a)には、血液の実質といえる、純粋に精神(霊)的な形態の放出があり、(b)で、その力が使い果たされるものとイメージして欲しい。

 さて、元々備わっていた傾向により、血液の霊的実質は、空間中に分散し、噴霧されるようにはなっていない。図8の境界(b)で、ごく僅かに物質になり、再び、血の霊的実質そのものの中、つまり精神(霊)的な存在の中に投げ返されるはずだった。



 血は、常に精神(霊)的な存在から、一瞬のうちに打ち出され、微小な物質として知覚可能な程度にまで物質化してから、再び精神(霊)的な存在へと逆転し、その中へと受け取られるべきものだった。

 絶えず精神(霊)から、うち寄せてきては、また戻っていくような傾向を、本来の血はもっていた。血は、物質の中では、永遠の光の煌きのように神々に企図されていた。血は、本当は、全体として精神(霊)的存在であるように意図されていた。

 もし人間が、地球進化の始めに、自我を、形態霊だけから受け取っていたなら、血は、上記のようなものになっていただろう。というのも、血が上記のようなものだったら、人間は、上記のような血での一瞬の点火により創り出される光の煌きのような半物質的な崩壊を通じて、自我を経験していたからである。

 上記のような血の煌きの中で、人間は「私である」という自我を経験していただろう。本当の血は、人間が自我を知覚するための器官となるべきで、人間のもつ、唯一の感覚による知覚であったはずである。ルシファーの影響なしに全てが起こっていたなら、血以外の他の器官は存在せずに、人間は、神々の「支配する意志」と1つになって生きていただろう。

 人間のために、神々が意図した唯一の感覚による知覚とは、次のようなものだった。



 人間のために、神々が意図したものは、人間が、純粋なイマジネーション、インスピレーション、インテュイションの存在として置かれている精神(霊)界から、地球上、もしくは、地上の周辺にいる、自分に所属する対象を見下ろし、「私は、あの対象の中にいる。」というように感じるのではなく、「私は、私に属する精神(霊)的な血が、下方の地上で、一瞬、物質になるのを見る、それから、私に向かって反射し、輝くなかに、私は、私を知覚する。」というように感じることだった。





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Last updated  2011年10月19日 10時47分21秒
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